428手目 合流する少年少女たち
《……挑発してきたでやんすね》
御城くんはタッチペンを使い、黙って5三角と打った。
【参考図】
《6四角は意味がない。同角成、同歩、5三角の打ちなおしだ》
《後手は4六歩と攻めるしかないでやんす。突破は一見ムリそうでやんすが》
《4六同歩、同飛、4七歩、4一飛……角成りは防げないか》
《成るならどっちでやんすか?》
《俺なら2六だ。玉頭戦に持ち込む方針と一貫させる》
《なーるほど》
我孫子くんは扇子をパチパチし始めた。
御城くんも黙ってタブレットをみている。
阿南くんが長考。
三拍子そろって映像に動きがなくなった。
私は飛瀬さんに、
「ここは1局しか解説しないの?」
とたずねた。
「このモニタは捨神くん専用チャンネルに近いですね……ほぼ固定……」
あれ? 2局解説してた私たちって、じつはイレギュラーだった?
私は会場を見渡す。
他のモニタは……わりとコロコロ切り替わってる。
2局どころか、3、4局を周期的に解説しているところもあった。
フリースタイルなのか。安心した。
ではでは、引き続き観戦を──
パシリ
さすがに打った。
以下、解説どおりに2六角成まで進んだ。
パシリ
捨神くん、積極策。
《3五銀はマズいから3六歩だな》
《それでも5五銀〜4六歩の強攻っぽいでやんすね》
《そうだな……しかし突破できるか?》
御城くんは半信半疑のようだった。
私も突破はムリだと思うなあ。4筋は守りが厚いのよね。
ひとまず局面は進む。
3六歩、3三桂、3七桂、5五銀、7七銀右。
先手は銀矢倉か。そのうち7五歩が入りそう。
捨神くんは当然4六歩と攻めた。
同歩、同銀、4八飛。
《4七角の強襲はありんすか?》
《いや、さすがにやりすぎだろう。4七角、同金、同銀成、1八飛で先手の駒得だ。3七成銀、同馬、4九飛成としたところで、4八飛のカウンターがある》
《御城兄さん、読みが冴えてるでやんすね。ずばり、捨神くんの次の一手は?》
《4七歩じゃないか……ん、そう指したな》
我孫子くんも、相方がうまいわね。
彼もK都代表だから、4七角が成立しないことくらいはわかってるはず。
さっきの質問は、視聴者サービスだろう。
4七歩以下、3八飛、1四歩、1六歩で一回見合いになった。
捨神くんの手が止まる。
飛瀬さんは心配そうに、
「どうですか……形勢は……?」
と訊いてきた。
「まだ互角じゃない?」
「そうですか……後手はあまり手がないように見えるんですが……」
それはそのとおりかな。
攻めの継続手はないと思う。
とはいえ、先手も動きにくいのよね。
捨神くんの長考が3分を超えたあたりで、我孫子くんが扇子をパチリとやった。
《今のところ、2連勝キープは6人でやんすね》
御城くんは対戦表を確認した。
《吉良、少名、捨神、囃子原、嘉中、六連か……》
《吉良vs六連は連勝同士の対決でやんす。観てみるでやんすか?》
《さすがにバッティングしてるんじゃないか?》
御城くんの音声が途切れた。
おそらく、ヘッドセットのマイクを切って、スタッフに確認しているのだろう。
《……7番のモニタでやってるらしい》
《そうでやんしたか。失礼したでやんす》
吉良くんの対局か──ちょっと観てみたいかも。
私は飛瀬さんに、7番モニタはどこかとたずねた。
「捨神くん応援団をうらぎり子ちゃんですか……?」
そういう言い方をしない。
「ちょっと確認するだけよ」
「ここが9番なので、ふたつ右のほうだと思います……」
私は席を立った。
ふたつ右へ移動する。
【先手:六連昴(H島県) 後手:吉良義伸(K知県)】
これは……居飛車力戦形か。
画面が微妙に反射している。
私は見る角度を変えようとした。
椅子につまずいてしまった。
先に座っていた少年ふたりとぶつかりそうになる。
「っと、ごめんなさい」
少年のひとりがふりかえった。
「あ、こっちこそすみません……あれ?」
私と少年は、おたがいにみつめあった。
「桂太じゃないッ!」
従兄弟の裏見桂太だった。
「香子姉ちゃん、解説してたんじゃなかったの?」
「今は抜け番なのよ。っていうか、来るなら連絡してちょうだい」
「ごめんごめん、どうせ会場で会うからいいかな、と思って」
桂太のとなりには、麦わら帽子にサンダルの少年が座っていた。
こっちも見たことあるわね。解説室にいたような。
とりあえずあいさつをする。
「こんにちは……桂太のお友だち?」
「あ、こんにちは、魚住っていいます。黒潮高校1年です」
桂太はこの会話を聞いて、
「姉ちゃん、おなじH島の中学竜王知らないの? 顔狭すぎじゃない?」
と言った。
こらぁ、従兄弟でも容赦しないわよ。
ヘッドロックをかます。
「いたたたた……暴力反対」
「ところでこれ、どういう流れなの?」
「俺が魚住と会った流れ? それとも対局の話?」
私は対局だと答えた。
桂太は「角換わりっぽい出だしからの角換わりしない力戦」と答えた。
よくわからん。どこかに棋譜が出てないかしら──ないか。
あると便利なんだけど。あとでスタッフのひとに言っておこう。
職場改善。
パシリ
この手をみて、解説の声が入った。
難波さんと内木さんだった。
《過激やなあ。レモンちゃん、どない?》
《7二金と受けたいところですが、銀当たりなので6四銀とするしかありません。そこで8六角をみせられてからの、7二金でしょうか》
本譜もその通りに進んだ。
六連くんはいったん7六飛と撤退する。
7五歩、同角、同銀、同飛、4二角、7六歩。
私はこの手をみて、
「8六歩から畳み掛けられそうね。同歩、同角が王手だし」
とつぶやいた。
桂太は「姉ちゃん、とりあえず座ったら?」と椅子を勧めてくれた。
私は最前列に座る。
8六歩(正解)、同歩、同角、4八玉、7五歩で飛車が死んだ。
六連くんは8六飛と切って、同飛、8七歩、8四飛、5三角と打ち込む。
《馬は確定やね》
《成る場所は先手に任せて、後手は4二銀の壁銀解消だと思います》
吉良くんの手が伸びた。
4二銀。内木さん、正解。
発声も読みもちゃんとしていて、解説慣れしてるっぽい。
私はどうしても「んー」とかが多くなっちゃうのよね。
《レモンちゃん、どっちに成る?》
《私なら1七角成です。陣形の傷をカバーします。難波さんはいかがですか?》
《せやねぇ……3五角成はダメなん?》
難波さんの指摘を受けて、内木さんは「あッ」となった。
《失礼しました。1七には限定されていないですね》
《まあ浮いとると気持ち悪いし、1七が本線っちゅーことやね》
パシリ
六連くんも1七角成とした。
この手を見た魚住くんは、
「おいらなら3五に成るね」
とコメントした。桂太は理由をたずねた。
「1五歩〜1四歩って突けるから」
なるほど、一理ある。先手玉は4八だから、1筋を攻めても反動は小さい。
とりま、本譜は4四歩、3九玉、3三桂、2七歩。
「おいら、こういうガチガチなのは好きじゃないなあ」
魚住くん、唐突なダメ出し。
いっぽう桂太は、
「俺はこっちのほうが好き……香子姉ちゃんは?」
とたずねてきた。
「そうね……私は……」
「俺みたいなタイプだよな」
松平にアッパーカーット!
「ぐすん……裏見さん、いわれのない暴力はやめてください」
「なんでそんなに神出鬼没なのよ」
松平はあごをなでつつ、
「裏見が抜け番だって聞いたから、飯食いに行ってた」
と答えた。
「午前中から来てたの?」
「1局目から余さず観てるぜ、裏見の解説をな」
私たちの会話を聞いた桂太は、
「あれ? 姉ちゃんたち、けっきょくつきあってるの?*」
と訊いてきた。ほら、勘違いされるじゃないの。
「松平、こんどそういう発言したら、紐でふん縛って廊下に捨てるからね」
「ね、姉ちゃん、紐で縛るとか、けっこう危ないプレイしてんね」
なにを言ってるんですか。
将棋の話をしなさい、将棋の話を。
「私は3五角成のほうが好みかな」
松平は、なんの話だ、と訊いてきた。
事情を説明する。
「なるほど……このレベルの大会だと、1七角成で固めたくはあるよな」
そういう考えもあるか……っと、局面が進んでる。
あれ? 3五に馬がいる?
どうやら1四歩、3五馬と飛び出したらしい。
魚住くんは、
「ほら、これなら最初から3五角成でよかったよ」
と自説を推した。
いやあ、どうかしら、後手に動いてもらったわけでしょ。
手順の妙だと思うんだけど。
4五歩、5八銀、7六歩、2八玉、7四飛、5六歩、4三金、6八馬。
《先手、慎重ですね……》
《もっとこうガッガッガッみたいなのでええのになあ》
感覚的解説はNG。
私のとなりにちゃっかり座った松平は、ひとこと。
「大一番だから、さすがにプレッシャーがあるのかもな」
「そう? 六連くんってクールキャラっぽくない?」
「外面は冷めてても内面は熱いって可能性もないか?」
なるほど、姫野さんのことを思い出す。
パシリ
1五歩が指された。
攻守逆転かな、と思いきや、同歩、5二玉、8六馬で体勢が入れ替わった。
《7六の歩を取り切れば、先手陣は安泰ですね》
《レモンちゃんは先手持ち?》
《そうですね……わずかに先手がいいかな、と……》
これには桂太が、
「吉良先輩、今日の山場なんだからがんばってくれぇ」
と応援した。
魚住くんは笑って、
「昴くん、こうなるとカラいよ」
と言い、六連くん持ちをほのめかした。
応援したい選手がいるのは、いいことですね、はい。
2四飛、7六馬、9四角。
さすがに交換すると損だから、六連くんは7七馬と引いた。
パシリ
あ、切った。
*2手目 香子ちゃんの、瀬戸内海一周計画
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