表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第41局 日日杯1日目(2015年8月1日土曜)
439/686

427手目 捨神くん応援団

【1日目午前:女子】

挿絵(By みてみん)


【1日目午前:男子】

挿絵(By みてみん)

 さて、1日目午前の対局が終わったわけですが──

 2局目のインタビューは、あっさりとしていた。

 良かった点、悪かった点をひとつずつあげて終わり。

 とくに磯前いそざきさんには、質問がしにくかった。

 タブレットが暗転し、カメラがオフになる。私は大きく背伸びをした。

「んー、ようやく終わった」

「おつかれさまです」

一之宮いちのみやさんも、おつかれさま……お昼はお弁当って言ってたわよね?」

「はい、そのようなアナウンスがありました」

 しばらくして、お弁当とお茶が運ばれてきた。

 やったぁ。さっそく開封。

 幕内弁当だった。お肉もお魚もついていて、おいしそう。

「いただきまーす」

 この焼き魚は……たらかしら。どれどれ……ふむ、あっさり風味ね。

 素材の味が、そのまま伝わってくる。

 お惣菜、煮豆、高野豆腐。お茶を飲み、ひと息ついた。

「午後もおなじメンツかしら?」

「そうかもしれません……ペア替えをなさりたいようでしたら、申告なさってみては」

 一之宮さんと組むのがイヤなわけじゃなくてですね。

 むしろ難波なんばさんあたりと組まされたほうが疲れそう。

「ううん、一之宮さんの解説が的確だから助かるわ」

「そのようにおっしゃっていただけると、光栄です」

 食事を続ける。将棋漬けだったから、話題はそれ以外にした。

 学校とか、住んでる街のこととか。

 一之宮さんは、最近咲いた花の話がメインだった。

 だいたい食べ終わったところで、スタッフのひとが入ってきた。

「みなさん、おつかれさまです。第3局の担当者を発表します」

 あ、チェンジなんだ。

 みんな静かになった。

 スタッフのひとは、メモを読み上げた。

 そのなかに、私の名前はなかった。

「以上です。名前を呼ばれなかったかたは、抜け番になります」

 抜け番もあるの? ……そりゃそうか。

 どこかでがっつり休ませてくれないと、さすがにバテそう。

 それに、あとから来る解説者もいるようだ。ひとりあたりの負担が減っていく。

 あとかたづけをしていると、一之宮さんが、

「このホテルははじめてですか?」

 とたずねてきた。

 はい、庶民なもので。

 そのことを伝えると、

「このホテルの4階に一般会場があります。地元のかたがいらしているかもしれません」

 と教えてくれた。

 そういえば、駒桜こまざくらのメンバーも観に来るって言ってたかな。

「ありがと。息抜きに降りてみるわ」

「では、のちほど」

 私は解説室を出た。

 もういちど背伸びをする。椅子に座りっぱなしはキツい。

 廊下のガラス壁から、H島の街並みをみおろす。

 目の疲れを癒やす。

香子きょうこちゃ〜ん」

 幽霊みたいな声。ふりかえると、磯前さんが立っていた。

「このあわれな釣り人に、勝ち星を〜」

「あ……おつかれさま」

 なんて声をかけたものか、迷う。

 ところが、磯前さんのほうから笑って、

「なーんてね、ちょっとスタートダッシュ失敗」

 と言った。

 そうそうその意気。

「まだ2敗だし、ぜんぜん問題ないわよ」

「5、6敗するとアウトな気はするけどね。亜季あきに負けたのは痛かった」

 そうかも、と思いきや、これを聞きとがめたひとがいた。

 長門ながとさん本人。

 ちょうど会場から出て来たところで、気づかなかった。

 長門さんは三白眼さんぱくがんを細めて、

「お言葉ですが、フロック勝ちのようなあつかいは、やや納得できません」

 と苦情を入れてきた。

 磯前さんはすなおに謝る。

「ごめんごめん、最後はやられたよ。1七香成の時点で読み切り?」

「いえ、あのときは3八角がみえていませんでした。気づいたのは最後の最後です」

「再戦は残念ながらないけど、おたがいがんばろう。えーと、 I'll be back?」

「それは溶鉱炉ようこうろに沈むコースですね……I shall returnかと」

 長門さんはそう言い残して、その場を去った。

 こんどは桐野きりのさんが出てくる。

「あ、香子ちゃんなのですぅ」

「桐野さん、おつかれさま」

「香子ちゃん、お花の2局目観てなかったのですぅ。いじけちゃうのですぅ」

 まあまあ、解説の都合ということで。

 磯前さんも桐野さんに話しかける。

「そっちは2連勝、こっちは2連敗、明暗分かれたね」

「楽しんで指すのが一番なのですぅ」

 そうそう、楽しんでやりましょう。

 桐野さんはくるりと一回転して、

「お部屋にもどって歯磨きしてきまぁす」

 と言った。

 磯前さんも自室にもどるらしい。

 私も歯を磨きたい。

 階段でいっしょに降りた。桐野さんと磯前さんは18階でおわかれ。

 私は17階でろうかに出て、自室にもどり、歯を磨いた。

 すこしリラックスして、それからエレベーターで4階へ。

 一般会場はすぐにみつかった。体育館みたいに大きなイベントホールだった。

 たぶん、宴会場でしょうね。奥に白い幕、天井にはシャンデリア。

 床には白と緋色を組み合わせた絨毯がしきつめられていた。ふわふわする。

 会場の壁沿いに、モニタが何台も設置されていた。そのまえに椅子が並んでいる。

 大盤解説じゃなくて、個別に観る方式なのか。

 初日だし、ひとは多くない感じかな……あ、箕辺みのべくんだ。

 右奥隅のモニタ前に、箕辺くんたちが座っていた。私は声をかける。

「みんな、おはよ」

 箕辺くんはふりかえって、

「あ、裏見うらみ先輩、おはようございます」

 とあいさつをした。

 ひとつうしろに座っていた葛城かつらぎくんも、

「えへへぇ、おはようございまぁす」

 とごきげんのもよう。

 ほかには来島くるしまさん、飛瀬とびせさん、駒込こまごめくんもいた。

大所帯だいしょたいね」

 箕辺くんは、あとでほかのメンバーも来ると答えた。

 ただし、今日なのか2日目以降なのかはわからない、という回答だった。

 そりゃそうか。4日連続で来るひとは少ないと思う。最終日は満員御礼かもだけど。

「私の解説、どうだった? 変なところなかった?」

「……」

「……」

「……」

 だれも観てないんかーいッ!

 箕辺くんはあせって、

「あ、その、捨神すてがみの対局を観てたもので……」

 と弁解した。

「それもそうか……みんな、お昼は済ませたの? それともこれから?」

「すませました。そこで買えますよ」

 箕辺くんは、会場の反対側をゆびさした──あ、軽食コーナーがあるのか。

 ホテルもちゃっかりしてるわね。

「裏見先輩、なにか買って来ましょうか?」

「ううん、私はお弁当を食べたから……」

 あ、でも、甘いものを食べたいかな。

 そう思った瞬間、うしろから声をかけられた。

「ニャハハ、今、甘いものを食べたいと思いましたね?」

 ふりかえると、メイド服を着た猫山ねこやまさんが立っていた。

「ね、猫山さん……どうしてここに?」

「ショバ代を払ったら営業できるんですよ。いかがですか、八一やいちのバームクーヘンは?」

 猫山さんは、肩からさげたトレイに、バームクーヘンを乗せていた。

 おいしそう……ごくり……でもカロリーが……いや、そんなことはないッ! 解説で頭を使ってるから、だいじょうぶなはずッ!

 私は1個買った。コーヒーは無料だった。

 みんなもつられて買った。

「まいど、今後も八一をよろしく」

 私たちは席に座りなおす。

 葛城くんが箕辺くんのそでをひっぱって、

「そろそろ席替えしよぉ、たっちゃんはボクのとなりぃ」

 と言った。

 すると来島さんが、

「一度決めた席順は守ろうね?」

 と止めた。

「ほら、ボクのほうがつきあい長いからさぁ」

「つきあいは長さじゃなくて深さだと思うよ?」

 な、なんか不穏なんですが。

 飛瀬さんがあいだに割って入る。

「宇宙平和条約第1条、みんな仲良く……葛城くんは右、来島さんは左……」

 飛瀬さんは有無を言わさず、その順番に座らせた。

 なんかよくわからないけど、問題は解決したっぽい。

 私は飛瀬さんの右どなり、端っこの席に座った。

「捨神くんのほうは、どうなってるの?」

「2連勝してます……」

 さすがね。

 では、バームクーヘンを……うん、おいしい。

 自家製だけあって、少し甘さひかえめかな。

 甘いものは別腹よね。もぐもぐ。

「このあと、ずっと会場にいるの?」

「その予定です……ちなみにこの席だと、捨神くんを応援する会になりますよ……」

 ぜんぜんオッケー。

 こうして昼休みは終わり、対局が再開された。

 モニタに解説陣が映る。我孫子あびこくんと御城ごじょうくんだった。

 我孫子くんはカラシ色の和服に扇子せんす。御城くんは白のカッターシャツだった。

《午後もよろしくでやんす》

《よろしく》

 我孫子くんはじぶんの頭を、扇子でペチペチやった。

《さーて、引き続き阿南あなんvs捨神を観ていくでやんすよ》

《阿南はなにか用意してるだろうな》

《御城兄さん、その心は?》

《捨神の角交換型振り飛車に対して、阿南の研究があると思う》

 振り駒で、阿南くんが先手になっていた。

 阿南くんってどんなひとなのかしら?

 四国に行ったときも、彼には会わなかった。

 対局が始まる。

 2六歩、3四歩、2五歩、3三角、7六歩。


挿絵(By みてみん)


 角交換型になりそう。

 4二銀、6八玉、5四歩。

 あ、5筋をついた。

《5三角、4四角の打ち合いが、阿南くんの研究でやんすか?》

《いや……阿南のほうの手が止まったな。捨神の研究外しだ》

 あらら、捨神くんなら受けるかと思ったけど。

 阿南くん、けっこうな研究家なのかしら。

 それとも捨神くんが慎重になってる?

 30秒ほどして3三角成、同銀、5三角が打たれた。

 ノータイムで4四角の打ち返し。

 以下、同角成、同歩、4三角、3二角、同角成、同金、4八銀。


挿絵(By みてみん)


 私はこれをみて、

「先手、だいぶ手損してるわね」

 とコメントした。

 飛瀬さんもうなずく。

「ですね……ただ、後手はちょっと振りにくくなった気が……」

 この予想ははずれた。

 9四歩、9六歩のあと、5二飛が指されたのだ。

 

挿絵(By みてみん)


「うーん……愛は指し手をあてない……」

「飛瀬さん、なにか言った?」

「いいえ、なにも……後手は、まとめるのが難しいかな、と……」

 それはそう。

 角を打ち込むスキを、与えないようにしないといけない。

 例えばうっかり6四歩と突くのは、4一角をくらってしまう。

 私たちは、捨神くんの駒組みに注目した。

 5八金右、6二玉、6六歩、7二玉、7八銀。

《先手は矢倉っぽいでやんすかね》

《うむ》

 御城くん、口数が少ないタイプかしら。

 相槌あいずちをして、それっきり。

 8二玉、7九玉、7二銀、8八玉。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 これは中飛車の常套手段。 

「先手が低く構えてますね……」

 飛瀬さんの指摘については、私も気になっていた。

 角交換に5筋を突くな、というわけで、5六を突かないのはわかる。

 けど、4六も3六も突かないのは、積極性に欠ける気がした。

 解説陣もそこに触れ始めた。

《このままだと4五歩で圧迫されそうだが……》

《4六歩〜4七銀は、なにがイヤなんでやんすかね?》

《後手の伸びすぎを待ってるのかもしれない》

《なーるほど……あ、5九銀と引いたでやんす》

《5九銀? ……4枚美濃か?》

 捨神くんは4五歩と突いて、先手陣を圧迫した。

 阿南くんはかまわず6八銀。

 解説が言うように、後手の伸びすぎを待ってるのかしら。

《あるいは、玉頭位取りを目指す可能性もあるか……》

 左から攻めるのもありよね。

 後手は金銀2枚の囲いだ。薄い。


 パシリ


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ