表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第40局 ぼくらの夏休み(2015年7月下旬)
428/686

416手目 萩尾萌の夏休み

※ここからは、萩尾はぎおさん視点です。

 青空のしたで、セミが鳴く。

 ボクは校庭の芝生しばふに寝転がって、お昼寝をしていた。

 日焼け対策に木陰をえらぶ。UVカットのクリームもばっちり。

 え? わざわざ学校で休まなくても、いいだろうって?

 ちがうんだな。かまが冷えるのを待ってるんだよ。今日はふつうにお仕事。

 陶芸家と高校生の二足のわらじって、けっこうキツい。

 息抜きに、ぼんやりと空を眺める。

 雲のかたちが変わる。自然は偉大だ。こんなにも変化に富んでいる。

 ボクもいつか、ああいう雲を散らしたような作品を──

 

 ファーンッ!

 

 おっと、この排気音は?

 ボクは上体を起こした。

 1台のバイクが、校庭に入ってくる。大きさ的に、小型二輪かな。

 白い車体に、これまた白いジャケットとズボンを着た乗り手。

 バイクは、そのままボクのそばに停まった。

 フルフェイスをはずすと、三白眼さんぱくがんの少女がすがたをあらわした。

 ボクはその顔をみて、

「あれ、亜季あきじゃん、どうしたの?」

 と声をかけた。

 亜季はバイクにスタンドをかけ、シートから降りる。

 夏の風に吹かれながら、ボクのほうに歩みよった。

萩尾はぎお先輩、こんにちは。MINEに既読がつかないので、いらっしゃらないものかと」

 ボクは腰をおろしたまま対応。友だちだからいいよね。

「ごめん、創作のときは、スマホを持たないんだよね。で、どうしたの?」

「T取の梨元なしもと先輩といっしょに、バイクの仕上げをしようかと思いまして」

 ああ、そういうことか。

 あれって改造バイクなんだね。

 うちの高校のバイク部に、チェックしてもらうってことか。

 車検大事。

「ん? 今、いっしょにって言った?」

 そのときだった。フェンスのむこうに、もう1台のバイクがみえた。

 真っ赤な車体で、右のハンドルにスマホホルダーがついていた。

 なんだか全体的にキラキラしてるね。ラメ調っていうのかな。

 バイクは、そのまま校庭に侵入してくる。

 ちょっとアクロバットな動きをして、ボクのまえに停まった。

 フルフェイスをはずすと、こんどは茶髪の女子高生。

「イエーイ! もえちゃん、ひさしぶりぃ!」

 T取代表の将棋指しこと、梨元なしもと真沙子まさこちゃんだった。

 やれやれだな。

 ボクはあきれつつ、立ち上がった。

「夏休みに敵地へ乗り込んでくるとか、いい度胸してるね」

「え? べつに敵対してなくない?」

「ま、それもそうか……T取からバイクで来たの?」

「そそ、ズーッと国道を乗り継いできた」

 よくやるね。山陰さんいんづたいでT取からはぎまでくるとか、けっこうたいへんだと思う。

 真沙子ちゃんは大きく背伸びをして、それからあたりをみまわした。

 農作業をしている男女とか、ドローンを飛ばしてる男子生徒とか、いろいろいる。

「あいかわず、ここの学校は変わってるねぇ。まるで研究所みたい」

「国の特区だからね」

 ものつくり高校は、一般的な高校じゃないんだよね。

 必修科目が英数国しかなくて、あとは選択制。文科省のカリキュラム外。

 選択科目は物理が人気かな。あと、化学。

 ボクは陶工だから、古典とかもわりとやるほう。

 真沙子ちゃんは、シートから飛び降りた。

「で、萌はお昼寝でもしてたの?」

「窯が冷えるのを待ってるんだ」

「お仕事の最中だったか。あとで見せてくれる?」

「もちろん」

 真沙子ちゃんは、ハンドルのホルダーから、スマホを引き抜いた。

「ところで、これ見た?」

 真沙子ちゃんはそう言って、スマホをボクに放った。

 キャッチしてみると、日日にちにち杯の紹介サイトが出ていた。

「あれ、いつ公開されたの?」

「さっき犬井いぬいから連絡があった」

 だったら、ボクのスマホにも連絡が来ていそうだ。

 あとで返信しとこ。

 ボクは画面をスクロールさせる。

「……へぇ、紹介のスペースを、全員に均等割きんとうわりしてるんだ」

 ボクのコメントに対して、真沙子ちゃんは、

「あ、萌、もしかしてご不満?」

 としたり顔。

 いやいや、ボクはそんなに名誉欲は強くないから。

「不満はないよ。ただ犬井って、ああみえてリアリストだから、閲覧数とかを考えて調整するかな、と思ってた」

「んー、そこはジェーン梨元さまも同感。しかも、男女混合で五十音だし」

 だね。トップバッターはS根の葦原あしはら先輩か。

 でも、葦原先輩は高身長のイケメン弓道家だからなあ。

 これはこれでコマーシャル入ってる気がする。

「……っと、亜季ちゃん発見」

 長門ながと亜季あきで【な】行だから、けっこう後ろのほうだった。

「なになに……ミリタリーをこよなく愛する戦略家、温故知新の精神で挑む、と。これって亜季ちゃんがじっさいに言ったの? それとも捏造?」

「温故知新を言ったかどうかは覚えていませんが、古棋譜こきふの話はしました」

 なるほどね。記事の内容は、犬井たちとのサバイバルゲームが中心だった。

 読み応えはあったけど、将棋と関係ないような気もする。

「次は……真沙子ちゃんか。あくなきオリジナリティの追求、盤上で光る個性」

 掲載写真には、バイクに寄りかかり、カウボーイハットを銃口で持ち上げる真沙子ちゃんが写っていた。アメリカの大衆雑誌っぽい構図だ。

「これだけ見たら、なんの特集かわかんなくない?」

 ボクの感想に対して、真沙子ちゃんは、

「えぇ、それが感想なの?」

 と不満げ。

「んー、真沙子ちゃんのカウボーイ姿、ボクは見慣れてるしなぁ」

 真沙子ちゃんは「ぶぅ」と頬をふくらませて、腕組みをした。

 ボクはさらにスクロールする。

「……あ、ボクだ」

 って、当たり前か。出場選手だし。

 木製のテーブルを背に座っている。テーブルのうえには、かわいい湯のみたち。

 光の当てかたがいいな。左ななめうえから、ちょうどボクの半身を照らしている。

 なんか恥ずかしいね。次、次。

 ボクがスクロールしかけたところで、真沙子ちゃんがのぞきこんだ。

「高校生陶芸家は、81マスに美を見るのか……いいじゃーん。写真もキマってるし」

 ボクは、

「写真の構図がいいよね。アマチュアっぽくない」

 と、感想だけ述べておいた。

 真沙子ちゃんはうんうんうなずきながら、

「そうそう、あの……えーと、だれだっけ、写真撮ってたの?」

 と、名前が出てこないらしかった。

葉山はやまさん」

「そうそう、彼女の名前、聞いたことなかったけど、有名な高校生写真家?」

「ちがうんじゃないかな……いや、写真の世界はわかんないや。ただ、あの葉山さん、あんまり記者っぽくはなかったよね」

 ボクのひとことに、真沙子ちゃんと亜季ちゃんは納得顔。

 亜季ちゃんは、

「突っ込んだ質問が、ほとんどありませんでしたね」

 と評した。

 ボクもそう思った。

 真沙子ちゃんも、

「キワドイ質問って、『ライバルはいますか?』くらいだったかな」

 と言い、それからボクの目をみて、

「萌は、だれをライバルに挙げたの?」

 と質問された。

「ライバルの質問とか、あったっけ?」

「気になる選手はだれですか、って訊かれなかった?」

「ああ、あの質問か。総当りだから気にしてない、って答えたよ」

 よくみたら、ボクの記事に、そのときの答えが載っていた。

 もしかして、真沙子ちゃんは具体的に挙げたのかな。

 ボクはすこしもどしてみる。

「……最終日にのこりたい、か。けっこう大胆な発言してるね」

「チッチッチッ、ベスト4くらい狙わないでどうするの。萌も狙ってるんでしょ?」

「うん、優勝を狙ってる」 

「Pfui!! そういうところがイヤらしいんだなあ、萌は」

 ボクはスクロールを終えて、スマホを真沙子ちゃんに返した。

 真沙子ちゃんはポケットにしまいながら、

「でもさ、これってみんな、じつはいるんでしょ?」

 と言った。

「なにが?」

「ライバル」

「……そうかな」

「またまた、とぼけちゃって。パンフレットに載るんだから、みんな言わなかっただけだよ。萌はどうなの? だれかマークしてる?」

「世の中には、言い出しっぺの法則というのがあってだね……」

 真沙子ちゃんは、わかったわかったと、両手を挙げた。

「とりあえず、H島のおはなちゃんは気になるわ。あの子の棋風、ちょっと合わない」

「ふーん」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「いや、ふーんじゃなくて、あたしが答えたんだから答えなさいよ」

「特定のだれか、ねぇ……じゃあ、ラスとラス前に当たるふたり、かな」

 真沙子ちゃんはキョトンとした。

 いっぽう、亜季は納得顔で、

「大勢が決したときは、最後の2局が重要になる……ということですか」

 と解説してくれた。

 さすがだね。ミリオタの知恵? あんまり関係ないか。

 真沙子ちゃんも理解してくれたらしく、

「ああ、ようするに、成績上位者同士の対局が残るのか、ってことね」

 と言った。

 ボクは、

「それもあるし、消化試合で全力投球してくるタイプかどうかも重要」

 と付け加えた。いわゆる米長哲学ってやつ。

 総当たりの対戦表は、当日にならないと発表されない。

 初戦でだれと当たるのか、最後にだれと当たるのか、それもわからない。

 けっこう気の利いた回答じゃないかな。戦略的でしょ。

 ところが、真沙子ちゃんは、

「なーんかつまんないなあ」

 と言って、バイクのほうへ向かった。

「あれ? 作品を見て行かないの?」

「邪魔しちゃ悪いからね。あたし、茶化す癖があるし……バイク部ってどこ?」

「一回校庭から出て、あっちの工場みたいな建物に入って。受付のおじさんがいるよ」

 真沙子ちゃんはフルフェイスをかぶりなおし、座席についた。

 大きな排気音を鳴らす。

 ぐるりと一回転して校門へ、と思いきや、急旋回してもどってきた。

 フルフェイスのシールドがあがる。

 さっきまでのおふざけモードとちがって、真顔だった。

「言うかどうか迷ったけど……あたしが挙げたかったのは、萌、あんたなんだよね」

 真夏特有の、シンとしたさわがしさ。

 セミの声が、意識から遠ざかっていく。

「……ご指名いただいてなにより。梨元戦は用心するよ」

「そういう打算的なところが腹たつわ。あたし、センスだけで生きてるから」

「打算じゃないさ……打算と偶然だよ。土、練り、整形、素焼き、釉薬ゆうやく……計算し尽くされた作業のあとに、窯焼きという偶然が待っている。火は人間の支配を受けつけない」

 真沙子ちゃんは中指を立ててくる。

御託ごたくはけっこう……絶対に勝つ」

「世の中に絶対はないよ」

 真沙子ちゃんはニヤリと笑い、シールドをさげた。

 排気音を残して、バイクが駆け去る。

 ボクは空を見上げた。

 入道雲が、天高くそびえたつ。どこまでも、天高く。

 まるで真沙子ちゃんの情熱みたいだね。そう、情熱も人間の支配を受けつけない。

「真沙子ちゃんのファッションセンス、ボクはけっこう好きなんだけどねぇ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ