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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第39局 2015年度全国高等学校将棋トーナメント(2015年7月20日月曜)
419/686

407手目 読み切り

 早乙女さおとめは、大いに時間を使った。

 かなり先まで読んでるな、これ。

 あたしも飴玉あめだまをくわえて読む。

 次の手は4四同金直だろう。問題は、同角と切って後手が寄るかどうかだ。

 早乙女の長考は、寄る可能性があることを示唆している。

 こういうのは人読みだよな。

「……4四金」

 ほい来た。

 あたしは1分追加して、同角と取った。

 同金、5五銀、同銀右、同角。


挿絵(By みてみん)


 早乙女はこれをみて、

「あら、先手は寄らないとみているの?」

 と、プレッシャーをかけてきた。

 そこはもちろん読んであるんだよ。

 あたしのほうは5八銀がいきなり2手スキだ。

 が、そこで用意しておいた手がある。

 早乙女の5五同銀に、あたしは持ち駒の歩をひろった。

「4八歩だ」


挿絵(By みてみん)


 早乙女は、うしろ髪をなでた。

「なるほどね……5八銀を緩和してから攻める、と」

「そこまで分かってるなら、応手があるんだろうな?」

「……」

 早乙女はまた考え始めた。

 正直、応手はないほうがいい。あと、ここから3二玉と逃げられたら、かなりめんどくさいと感じていた。5八銀と素で打ってくれねぇかな。

 早乙女はのこり10分を切るまで考えて、5八銀と打った。

 ん? そっか、ド本命できてくれたか。

「3五桂だ」

「詰めろね。3二銀と受けるわ」

 4五桂、同金とする。

 ここで3四銀は、先手の金駒かなごまが足りない。

 が、盤上に落ちてる。

「5八飛」

 あたしは銀を回収した。

 早乙女はスッと同龍。

「3四銀」


挿絵(By みてみん)


 詰めろ。3三銀打、3一玉、3二銀成、同玉、3三銀打、4一玉、4二金までだ。

 こっちはまだ詰めろじゃない。

 ただ、受けがいろいろありそうなんだよなあ。単純に3一桂とか。

 早乙女は、また時間を使い始めた。

「……読み切りかしら」

「あ? 対局中に読切よみきりジャイアントの話かよ」

「ちがうわよ。3五金」


挿絵(By みてみん)


 ……そう来たか。

 同歩、3一桂で完切れ、って寸法ね。

 読み抜けてたわけじゃない。これはある程度、道筋をつけてあった。

 あたしが考えてるのは、無視して3三銀打。以下、同銀、2三金、3一玉、3三銀成、4一玉、3五歩と詰めろ詰めろでせまって、5二玉に7三銀。


挿絵(By みてみん)


 (※図は不破ふわさんの脳内イメージです。)

 

 このかたちだ。

 詰めろの挟撃になっていて、しかも先手は詰まない。

 もっとも、5一角があるから、必至じゃないんだよな。5一角、6二歩で、早乙女がどう受けてくるか。持ち駒が桂桂銀角飛車だから、案外受けにくい気もする。例えば、4二銀は受けになっていない。同成銀、同角、3四銀で、詰めろにもどるからだ。

 ぶっこんでくるなら、4四飛の受けか? 4四飛、3四成銀……3七歩と打たれると、速度で逆ってるかもしれねぇ。3七歩に4四成銀は詰む(3八歩成、同玉、4九角、3七玉に4七龍と切って、同歩、4八銀、3六玉、2七角成以下)。だから3七歩、同金寄として、そこで4八飛成が詰めろ(3九角、2七玉、3七龍、同玉、4六金)。4八同金でも詰むから、4三金、同龍、同成銀、同玉で消すしかない。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は不破さんの脳内イメージです。)

 

 ……どっちも寄らないか?

 あたしは右膝みぎひざをかかえて、椅子のうえでのけぞった。

 天井をあおぐ。蛍光灯がまぶしい。目を閉じて考える。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………どっちも詰まないな。

 じゃあこれが最善か。

 あたしは姿勢をもどした。

 のこり時間は、10分を切った。

 そろそろ潮どきだ。

 早乙女あいてに、少ない持ち時間じゃ戦えない。

 あたしは3三銀打とした。

「……そちらなのね」

「どの手と比較してた?」

 早乙女はなんだかシラけたような顔で、

「3五同歩と比べてたの」

 と答えた。

「そりゃ完切れコースだろ」

「……そうね。3三同銀」

 2三金、3一玉、3三銀成。

 早乙女は豊富な持ち駒のなかから、器用に銀を選り分けた。

「2七銀」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん?

 あたしは盤面を見直した。

 2七同金、3九角、4九飛のつもりか? 3八玉なら詰まな……4六桂があるか。4六桂、3七玉は3九飛成まで。4六桂、2八玉は3九角、1八玉、4八飛成、同金、同龍、2八銀、同角成、同金、同龍、同玉、3九銀、1七玉、2五桂(!)があって詰む。

 最初に2七同金じゃなくて同玉なら……2六金、同玉、2五飛があるのかよッ!

 し、しまった。3五の金じゃ直接王手できないから、関係ないと誤解していた。

 あたしは頭をかかえた。

 とりあえず、パターンは多い。ぜんぶ詰むとは限らない。

「……」

「……」

 3分ほどして、あたしは気づいた──ぜんぶ詰みだ。

 よ、読み抜けてないだろうな。あたしはもういちど考える。

 早乙女は離席をせず、淡々とあたしの時間がなくなるのを待っていた。

 ムダに何回も読む。将棋で一番苦しいかたちになっちまった。

「……」

「……」


 ピッ

 

 のこり1分になった。

 あたしは腹をくくった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 首をあずける。

 以下、3九角、同玉、4九飛、2八玉、4八飛成、同金、同龍、3八銀、3九角、2九玉、3七桂、同銀と、ノータイムの応酬。

 早乙女は読み切りだった。

「1七桂」


挿絵(By みてみん)


 あたしは持ち駒をそろえた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 いやぁ、あたしは椅子にふんぞりかえる。

「3四銀は手拍子だったな。なんかあったか?」

「もうすこしまえのところから、後手が良かったと思うわ」

「具体的には?」

「5五の地点で清算せずに4五歩は?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 早乙女はこの手を指摘しながら、

「先手は、そこまで急ぐ必要がなかったと思うの」

 とコメントした。

「んー、6八龍で?」

「5八金と弾くかしら」

 あたしは目を細めた。

「6八龍は飛車角両取りだぞ? 角を素抜かれて、どうすんだ?」

「そこで4四歩と取り込んで勝負かしら」

 あたしは両腕を後頭部にまわし、椅子をうしろに傾けながら、

「ムリじゃね? 飛車が自陣だし、攻め駒が金1枚じゃ足りないぜ?」

 と答えた。

「そうね……先手の攻めは、もっとまえで切れているのかも」

 そのあと、中盤をいくらか検討して、あたしたちは席を立った。

 周囲にはけっこうなギャラリーが集まっていた。

 最初に声をかけてきたのは青來せいらだった。

「名局でしたッ!」

「はいはい、結果がすべてなの」

 次に安奈あんなが話しかけてくる。

「最後、詰みがあったのね。観ていて気づかなかったわ」

「あたしも途中まで気づかなかった。時間配分をまちがえたな」

「そのあたりはむずかしいわよね。1分将棋で負けたら、逆のことを言いたくなるし」

 そうそう、だからけっきょくは、たられば。

 あたしは気持ちを切り替える──ってわけにもいかないよなあ。

 ああ、悔しい。あたしは飴玉のスティックを噛みしめた。

 会場内をぶらぶらしていると、急にうしろから声をかけられた。

「不破さん……おつかれさま……」

 ふりかえると、飛瀬とびせが死んだ魚のような目で立っていた。

「なんだ、来てたのか?」

捨神すてがみくんに来ないように言われたけど、来ちゃった……」

 飛瀬、じゃっかんウルウルしてる。

 あたしはタメ息ついて、

「師匠は本気モードのときは誰もつれてこないの」

 と教えてやった。

 飛瀬はきょとんとして、

「本気のときこそ、愛の力が必要なんじゃない……?」

 とたずねた。

「あのなぁ、少女漫画じゃねぇんだから、羽生はぶさんだって奥さんつれてこないだろ」

「なるほど……一理ある……」

 飛瀬は、

「愛はむずかしい……」

 と言いながら納得していた。

「まあそこは同意するが……ん?」

 スマホがブルっと来たぜ。MINEを確認する。

 

 歩夢 。o O(いま準決勝? 観にいくとメイワクかもだから家で応援するねv)

 

 おまえは来いよッ!

 何年あたしのツレやってんだッ!

 しかもおせーしッ!

「ちくしょーッ! なにもかもうまくいかねぇッ!」

 あたしの絶叫が、公民館にこだました。

場所:2015年度全国高等学校将棋トーナメント(H島県予選・個人)

先手:不破 楓

後手:早乙女 素子

戦型:先手ゴキゲン中飛車


▲7六歩 △8四歩 ▲5六歩 △6二銀 ▲5八飛 △4二玉

▲4八玉 △3二玉 ▲5五歩 △3四歩 ▲3八玉 △8五歩

▲7七角 △4二銀 ▲6八銀 △7四歩 ▲5七銀 △7三銀

▲6六銀 △6四銀 ▲4八銀 △1四歩 ▲1六歩 △5二金右

▲4六歩 △4四歩 ▲4七銀 △4三銀 ▲2八玉 △3三角

▲3八金 △5一角 ▲5九金 △9四歩 ▲9六歩 △8四角

▲4八金上 △7三桂 ▲5六銀 △3三桂 ▲6八角 △2二玉

▲5九飛 △3二金 ▲3六歩 △4二金右 ▲3七桂 △2四歩

▲2六歩 △8一飛 ▲4五歩 △同 歩 ▲同 桂 △4四歩

▲3三桂成 △同金右 ▲3七桂 △8六歩 ▲同 歩 △3五歩

▲同 角 △6六角 ▲同 歩 △8六飛 ▲4五歩 △8八飛成

▲6五歩 △同 桂 ▲6六角 △7八龍 ▲5四歩 △同 銀

▲4四歩 △4七歩 ▲同金直 △5五桂 ▲4三歩成 △同金上

▲4四歩 △同金直 ▲同 角 △同 金 ▲5五銀 △同銀右

▲同 角 △同 銀 ▲4八歩 △5八銀 ▲3五桂 △3二銀

▲4五桂 △同 金 ▲5八飛 △同 龍 ▲3四銀 △3五金

▲3三銀打 △同 銀 ▲2三金 △3一玉 ▲3三銀成 △2七銀

▲同 金 △3九角 ▲同 玉 △4九飛 ▲2八玉 △4八飛成

▲同 金 △同 龍 ▲3八銀 △3九角 ▲2九玉 △3七桂

▲同 銀 △1七桂


まで116手で早乙女の勝ち

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