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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第39局 2015年度全国高等学校将棋トーナメント(2015年7月20日月曜)
418/686

406手目 本気モード

 あたしたちはメックに到着した。

 めちゃくちゃ混んでた。将棋関係者もちらほら。

 持ち帰りを選択。といっても、そとで食べるのはキツいんだよな。7月だから暑い。

 あたしは紙袋を持ったまま、

「師匠、どうします?」

 とたずねた。

「店内で立ったままでもいいよ。エアコン効いてるし」

 うーん、あたしはそれでもいいんだが、師匠はなあ。

 師匠は、白い長袖シャツを着ていた。日焼け対策だと思う。師匠は紫外線にあたると、うまく焼けないで赤くなるタイプだった。プールなんかもほとんど行かない。そもそも泳げないんじゃねぇかな。

 やっぱ、座って食べるほうがいいよな。

 公民館へもどろう。ちょっと遠回しに誘導するか。

 あたしがしゃべりかけるよりも早く、師匠が先に口をひらいた。

「あ、ごめん、不破ふわさん、公民館にもどろうか」

 ……ん? 望みどおりの展開になった。

 あたしは即行で同意した。

 メックを出て、ゆだるような街中を歩く。もちろん日陰を選んで。

 H島市の夏は暑い。けど、盆地の駒桜こまざくらのほうが、気候的にはシビアだ。熱がこもる。

 その点、H島市は海が近いから、あるていどは我慢できた。ビル影も多い。

 信号で待っているあいだ、あたしは、

「やっぱいてるところで食べたほうが、いいですよね」

 と、てきとうなことを言った。

「うん、そうだね。御城ごじょうくんと六連むつむらくんがいたし」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………そういうことか。

 信号が青に変わる。渡りながら、あたしは師匠をみた。

「今日、宇宙人が来てませんよね」

飛瀬とびせさん? うん、来てないよ」

「師匠、なんで今回の大会、マジなんですか?」

 師匠の顔から、フッと笑みが消えた。

 そう、あたしはこの表情を知っている。

 むかし、師匠がまだ中学生のとき、ふいに見せてくる顔だった。

「……不破さんは、どうしてそう思うの?」

「だって師匠、マジのときはあたし以外、そばに置かないじゃないですか」

 師匠は笑った。

「アハッ、バレてた?」

「長いつきあいですし……で、本気モードな理由は?」

「ちょっと格付けをしたいかな、と思って」

「ああ、御城とですか。御城も今回優勝したら、飛び入りで日日杯ですもんね。事前にポカリとやっておいて……」

 師匠は首をふった。

「六連くんとつけたいんだよね」

 あたしは意外に思った。

 師匠と六連の絡みなんて、ほとんど見たことがなかったからだ。

 ボードゲームをしたとき以来じゃないか。

 それに、六連は日日杯の出場が確定している。

「六連と、なにかあったんですか?」

「なにも」

 ウソをつかれた気配はなかった。

 あたしは首をかしげる。

 師匠は先をつづけた。

「ほら、言葉じゃ伝わらないことってあるでしょ。僕にはピアノのライバルが何人かいるけど、彼らとはあんまり会わないんだ。でも、コンテストでおたがいの演奏を聞いたら、それだけで理解し合えてる。彼は悩んでるんだな、とか、彼女は課題の答えを見つけたんだな、とか、そういうふうにね。僕は、六連くんがなにを考えて将棋を指してるのか、わからないんだ。ふらっと将棋界に現れたけど、最近はあんまり楽しそうじゃないし……だから、教えて欲しい。将棋で。そのためには、僕も本気でいくしかないよね」


  ○

   。

    .


 女子の会場。

 目のまえには早乙女さおとめが座っている。

 駒を並べ終えて、あとは開始の合図を待つだけ。

 早乙女はうしろ髪をなでながら、

「どうしたの、さっきからニヤニヤして」

 と訊いてきた。

「いやぁ、まだまだ勉強することがあるな、って」

「私たち、まだ十代なのだけれど」

 つまんねぇリアクションだな。

 だけど、そのリアクションは予期していた。それくらいの仲ってことだ。

 不思議だよな。こいつとはたまにしか会わない。が、天堂てんどうの女子よりよっぽど読める。

 中央で、月代つきしろが会場をみまわした。

「準備はよろしいですか? ……それでは、準決勝を始めてください」

「よろしくお願いします」

 早乙女はチェスクロを押した。

 7六歩、8四歩、5六歩、6二銀、5八飛。


挿絵(By みてみん)


 いくぜ、あたしの十八番おはこ

 4二玉、4八玉、3二玉、5五歩。

 早乙女は3四歩と開けた。

 3八玉、8五歩、7七角、4二銀。

「穴熊はない、と。ふつうだな」

「将棋にふつうも特殊もないと、私は思ってるわ」

 そう、ようは勝ちゃいいんだよ。

 王道も邪道もない。それが現代将棋だ。

 6八銀、7四歩、5七銀、7三銀、6六銀、6四銀。


挿絵(By みてみん)


 さて、どうしたもんか。

 あたしは30秒ほど使って、方針を決めた。

 4八銀とあがり、1四歩、1六歩、5二金右に4六歩と突く。

「あら、木村美濃を選択するのね」

 早乙女は30秒ほど考えて、4四歩と突き返してきた。

 4七銀、4三銀、2八玉、3三角、3八金。

「5一角」


挿絵(By みてみん)


ん、そう展開するのか。

後手もめずらしいかたちになった。

とりあえず、5九金で離れ駒をなくす。

9四歩、9六歩、8四角、4八金上、7三桂。

あたしは5六銀とあがりながら、

「もしかして、5筋に殺到するつもりか?」

とたずねた。

早乙女は答えずに3三桂。


挿絵(By みてみん)


 マジで殺到っぽいな。

 あんまり5筋をいじれなくなった。

 あたしは本腰をいれて読む──焦点を変えよう。

「6八角」

 玉頭にむけて大砲をうつす。

 2二玉、5九飛、3二金、3六歩、4二金右。

 あたしは3七桂と跳ねた。

 2四歩、2六歩、8一飛。

「開戦だ。4五歩」


挿絵(By みてみん)


 早乙女はこの手をみて、

「4筋からだと、中飛車の意味がないんじゃない?」

 と言った。

「後手も8四角がボケてるだろ」

「それもそうね……しばらくは流れに身を任せましょう。同歩」

 同桂、4四歩、3三桂成、同金右。

 あたしは3七桂と打ちなおす。

「反撃させてもらうわ。8六歩」


挿絵(By みてみん)


 ん? 8筋?

 8筋に突破口はなくないか?

 あたしはちょっと変だと感じた。読みなおす。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………もしかして、次に3五歩?

 3五歩、同角、6六角と切って、同歩、8六飛。


挿絵(By みてみん)


 (※図は不破さんの脳内イメージです。)

 

 ありえるな。っていうか、本命だ。

「早乙女、けっこう過激な順でくるんだな」

「まだ8筋を突いただけよ」

「まあそう言うなって。ネタはお見通しだ」

 あたしは2分ほど読んで、8筋突破を許容することにした。

 8六同歩、3五歩、同角、6六角、8六飛。

 ここで4五歩と攻めかえす。

 早乙女の手がとまった。

かえでさんも、なかなか過激ね。5一角のほうを読んでいたのだけれど」

 それも考えた。5一角、8八飛成、6二角成の成り合い。以下、9九龍、6三馬ならいいんだが、9九龍とせずに5二銀打と粘られるのがイヤだった。馬の行き場がない。

 早乙女も、今議論することではないと思ったのか、

「まあ、そのあたりは感想戦で……8八飛成」

 と進めた。

 6五歩、同桂、6六角。

 早乙女はキュッと龍をすべらせた。


挿絵(By みてみん)


 んー、この位置、ブキミっちゃブキミなんだよな。王様に直通してる。

 あたしは自陣に注意しながら、攻め筋を読んだ。玉頭戦に持ち込むなら、4三の銀が一番邪魔だ。5四歩と突いて……ん? 5四歩なら5四銀とひっぱり出せるか? 5四歩、同歩は4四歩、同銀、同角右がキツいだろうし、4四同銀に代えて3四銀と出るのは、4五銀のぶつけがあるから藪蛇やぶへびだよな。

 あたしは5四歩、同銀、4四歩とたたみかけた。

「4七歩よ」

 早乙女は歩を打ち込む。

 チッ、痛いところを突いてくる。

 同銀は5五銀右で角を封鎖されそうだ。それとも、そうさせたうえで角を切るか?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………いや、さすがにあぶないな。

 あたしは4七同金直とした。

 5五桂に4三歩成、同金上、4四歩と踏み込む。


挿絵(By みてみん)


 早乙女はうしろ髪をなでた。

「4七桂成が一瞬詰めろになるけど、同銀で安泰ってことね。私は次に4二金とさがっても、4五桂打とされたら終わり」

 ほらほら、解説してないで指せよ。

 とはいえ、勝負どころだから、早指しするわけもない。

 早乙女は長考に沈んだ。

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