402手目 みんなの借り物(4)
※ここからは、辻竜馬くん視点です。
あ、こんにちは、辻竜馬です。
今日は県の団体戦ですね。ざんねんながら、升風は代表じゃありません。
というわけで、駒桜市の図書館でお留守番をしています。
夏休み初日にバイトを入れたのは、ミスでしたかね。
受験勉強の息抜きとしては、いいのですが。
「おーい、にいちゃん、これ貸してくれ」
利用者が来ました──おっと、これまた派手なお姉さんですね。
髪の毛が真っ赤なのは、染めているんでしょうか。
それになんかタバコくさいような。
「どうした? ここで借りるんじゃないの?」
「あ、すいません、どうぞ本をここに置いてください」
お姉さんは分厚い本をカウンターに置きました。
『岩山科学講座 原子力』
『地球の鉱物辞典』
『世界のタバコ名選』
かたい。
3番目はなんか違いますけど、辻竜馬、ひとを見た目で判断してしまいました。
反省します。
「ここに置いてどうするの?」
「利用者カードはお持ちですか?」
「ああ、なんか板みたいなのもらったな」
お姉さんはジーンズのポケットをごそごそ。
「生体認証にすりゃいいのになぁ」
テクノロジー大好きお姉さん。
カードをさしだされたので、まずはそれを読み取り。
「少々お待ちください」
ちゃちゃっと本のバーコードの読み取り。
「8月2日までになります」
「サンキュ〜、お礼にこれあげるね」
お姉さんは、包みに入ったお菓子をとりだしました。
「いえ、この図書館は無料です」
「べつに本の代金じゃないよ〜おいしいおいしい飴玉だから、食べてね〜」
あ、ちょっと待ってください。図書館員が物をもらってはいけないのですが。
……っと、行ってしまいましたね。食べずに事務へ回しておきますか。
忘れ物あつかいということで。
それにしても、あのお姉さん、どこかで見たような──あ、べつのひとが来ました。
ちょびひげのダンディなおじさん、八一のマスターじゃないですか。
「あれ? 辻くん、ここでバイトしてたの?」
「はい、息抜きがてらに」
「そっか、偉いね。おじさんも高校生のときはよくバイトしてたよ。新聞配達とか」
そう言いながら、マスターは1冊の本をおきました。
『デジタル時代の写真入門』
「マスター、写真をお始めになられたんですか?」
マスターはちょっと照れくさそうに、
「むかしやってたんだけどね、また始めようかな、と思ってるんだ。けど、パソコンの使い方がよくわからないんだよ」
と答えました。
まあしょうがないですよね。
個人経営の喫茶店では、HPを作ることくらいですか。
それにしても、写真をなさっていたというのは初耳です。
あ、でも、八一の壁に、古い猫の写真がありました。
もしかして、マスターのお手製なんですかね。
とりあえずカードと本のバーコードをスキャン。
「8月2日までです」
「それじゃ、がんばってね」
マスターはゲートを通過して退館。
そのまま姿が見えなくなりました。
僕はうんと背伸びをして、待機。
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…………………
………………ん? 奇抜な制服を着たひとが来ましたよ。
「あ、つじーん先輩、こんちゃっす」
「大場さん、こんにちは」
あいかわらず、すごい制服ですね。
白に水玉模様ですか──駒北は、制服を改造しても怒られないんでしょうか?
それから、となりにかわいらしいお客さんがいますね。
小学生か中学生くらいの少年。
少年は両手をあげて、
「こんにちは〜」
とあいさつしてきました。
「こんにちは……大場さんの弟さんですか?」
「大場さんのお友だちで〜す」
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…………………
………………いや、人間関係をあやしんではいけない。
「なにかお借りになられますか? 本をお持ちでないようですが?」
「『御面ライダー大図鑑』ってあるっスか? 優太くんが読みたがってるっス」
「少々お待ちください」
パソコンで検索。
「……すみません、その本は所蔵されていません」
少年はがっかりしたようす。
大場さんは少年の肩に手をおいて、
「角ちゃんが本屋でさがしてあげるっスよ」
となぐさめました。
そうですね。趣味のものは買ったほうがいいかもしれません。
そのほうが長く手もとにおけますし。
「ご用件は、ほかにおありですか?」
「あ、角ちゃんもあるっス。『お裁縫ビジュアル大辞典』ってあるっスか?」
「少々お待ちください」
これはある可能性が微妙に……ないですね。
「似たような本として、『写真でわかる裁縫入門』はあります」
「角ちゃん、それは持ってるんっスよねぇ」
さすがは大場さん、というか、入門書を勧めたのはミスでしたね。
大場さんは初心者じゃないですし。
「『お裁縫ビジュアル大辞典』は2万円超えで、角ちゃんには手が出せないっス」
そういう悩み、わかります。
大山康晴全集も5万円近くしますよね。
「ほかにご用件はおありですか?」
「ないっス。つじーん先輩、がんばってくださいっス」
ふたり仲良く退館。
まるで姉弟みたいですね。僕も姉さんとここに来ていたことを思い出します。
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…………………
………………ん? 柱の向こうから、ベリーショートヘアの少女がひょっこり。
図書館の入り口を警戒しながら、こちらへ歩いて来ました。
「これお願いします」
少女は利用者カードを提示。
大場 行代
むッ! もしや大場さんの姉妹ッ!
大場さんの視界に入らないように隠れていた?
「どうかしましたか?」
「あ、すみません、読み取らせていただきます」
さて、本のほうは──
川端康成『名人』(新潮文庫)
ん……なんでしたっけ、これ。
なんか聞いたことがあるような。
とりあえず仕事を済ませます。
ピッ
「8月2日までです」
「ありがとうございます」
大場さんの姉妹(見た目的に妹さんですかね)も退館。
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……………………
…………………
………………思い出しました。あれは囲碁の名人のお話ですね。
大場さんの妹さんは、囲碁をなさっているんでしょうか。
とはいえ、あまり詮索するのはよくないですね、はい。
あと5分で休憩時間なのですが……っと、いらっしゃいました。
メガネにいがぐり頭。清心の田中くんです。
「あれ、つじーん、今日がバイトだったの?」
「はい」
「そっか、おつかれさま。これの貸し出しをお願い」
田中くんがカウンターにおいたのは、はやりの小説でした。
てっきり受験参考書かと思ったんですが。おなじ3年生ですし。
ピッ
「8月2日までです……清心は今日、団体戦じゃありませんでしたか?」
「上級生が顔を出すのは、気をつかわせて悪いかな、と思ったんだ。だから図書館で勉強してたんだけど、まだ勝ち残ってるみたいなんだよね。部のMINEに、さっきそういう連絡があったよ」
「ということは2回戦……いえ、3回戦進出ですか。すごいですね」
「午後から応援に行こうかなあ……っと、ごめん、仕事中だったね。またこんど」
田中くんは学習スペースにもどって行きました。
ふぅむ、佐伯くんたち、なかなかやりますね。
升風に勝って県大会へ出場した以上、ぜひ優勝してもらいたいものです。
それでは、ランチタイム(コンビニのおにぎり)へ。
【連絡事項】
タイマーの設定ミスで、先週の木曜日に本日分を掲載してしまいました。
よろしければ401手目「裏番組」もよろしくお願いいたします。




