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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
幕間 つじーんのカウンター業務(2015年7月19日日曜)
414/686

402手目 みんなの借り物(4)

※ここからは、つじ竜馬りょうまくん視点です。

 あ、こんにちは、辻竜馬です。

 今日は県の団体戦ですね。ざんねんながら、升風ますかぜは代表じゃありません。

 というわけで、駒桜こまざくら市の図書館でお留守番をしています。

 夏休み初日にバイトを入れたのは、ミスでしたかね。

 受験勉強の息抜きとしては、いいのですが。

「おーい、にいちゃん、これ貸してくれ」

 利用者が来ました──おっと、これまた派手なお姉さんですね。

 髪の毛が真っ赤なのは、染めているんでしょうか。

 それになんかタバコくさいような。

「どうした? ここで借りるんじゃないの?」

「あ、すいません、どうぞ本をここに置いてください」

 お姉さんは分厚い本をカウンターに置きました。

 

 『岩山科学講座 原子力』

 『地球の鉱物辞典』

 『世界のタバコ名選』

 

 かたい。

 3番目はなんか違いますけど、辻竜馬、ひとを見た目で判断してしまいました。

 反省します。

「ここに置いてどうするの?」

「利用者カードはお持ちですか?」

「ああ、なんか板みたいなのもらったな」

 お姉さんはジーンズのポケットをごそごそ。

「生体認証にすりゃいいのになぁ」

 テクノロジー大好きお姉さん。

 カードをさしだされたので、まずはそれを読み取り。

「少々お待ちください」

 ちゃちゃっと本のバーコードの読み取り。

「8月2日までになります」

「サンキュ〜、お礼にこれあげるね」

 お姉さんは、包みに入ったお菓子をとりだしました。

「いえ、この図書館は無料です」

「べつに本の代金じゃないよ〜おいしいおいしい飴玉あめだまだから、食べてね〜」

 あ、ちょっと待ってください。図書館員が物をもらってはいけないのですが。

 ……っと、行ってしまいましたね。食べずに事務へ回しておきますか。

 忘れ物あつかいということで。

 それにしても、あのお姉さん、どこかで見たような──あ、べつのひとが来ました。

 ちょびひげのダンディなおじさん、八一やいちのマスターじゃないですか。

「あれ? 辻くん、ここでバイトしてたの?」

「はい、息抜きがてらに」

「そっか、偉いね。おじさんも高校生のときはよくバイトしてたよ。新聞配達とか」

 そう言いながら、マスターは1冊の本をおきました。


 『デジタル時代の写真入門』

 

「マスター、写真をお始めになられたんですか?」

 マスターはちょっと照れくさそうに、

「むかしやってたんだけどね、また始めようかな、と思ってるんだ。けど、パソコンの使い方がよくわからないんだよ」

 と答えました。

 まあしょうがないですよね。

 個人経営の喫茶店では、HPを作ることくらいですか。

 それにしても、写真をなさっていたというのは初耳です。

 あ、でも、八一の壁に、古い猫の写真がありました。

 もしかして、マスターのお手製なんですかね。

 とりあえずカードと本のバーコードをスキャン。

「8月2日までです」

「それじゃ、がんばってね」

 マスターはゲートを通過して退館。

 そのまま姿が見えなくなりました。

 僕はうんと背伸びをして、待機。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん? 奇抜な制服を着たひとが来ましたよ。

「あ、つじーん先輩、こんちゃっす」

大場おおばさん、こんにちは」

 あいかわらず、すごい制服ですね。

 白に水玉模様ですか──駒北こまきたは、制服を改造しても怒られないんでしょうか?

 それから、となりにかわいらしいお客さんがいますね。

 小学生か中学生くらいの少年。

 少年は両手をあげて、

「こんにちは〜」

 とあいさつしてきました。

「こんにちは……大場さんの弟さんですか?」

「大場さんのお友だちで〜す」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………いや、人間関係をあやしんではいけない。

「なにかお借りになられますか? 本をお持ちでないようですが?」

「『御面ライダー大図鑑』ってあるっスか? 優太ゆうたくんが読みたがってるっス」

「少々お待ちください」

 パソコンで検索。

「……すみません、その本は所蔵されていません」

 少年はがっかりしたようす。

 大場さんは少年の肩に手をおいて、

すみちゃんが本屋でさがしてあげるっスよ」

 となぐさめました。

 そうですね。趣味のものは買ったほうがいいかもしれません。

 そのほうが長く手もとにおけますし。

「ご用件は、ほかにおありですか?」

「あ、角ちゃんもあるっス。『お裁縫ビジュアル大辞典』ってあるっスか?」

「少々お待ちください」

 これはある可能性が微妙に……ないですね。

「似たような本として、『写真でわかる裁縫入門』はあります」

「角ちゃん、それは持ってるんっスよねぇ」

 さすがは大場さん、というか、入門書を勧めたのはミスでしたね。

 大場さんは初心者じゃないですし。

「『お裁縫ビジュアル大辞典』は2万円超えで、角ちゃんには手が出せないっス」

 そういう悩み、わかります。

 大山おおやま康晴やすはる全集も5万円近くしますよね。

「ほかにご用件はおありですか?」

「ないっス。つじーん先輩、がんばってくださいっス」

 ふたり仲良く退館。

 まるで姉弟みたいですね。僕も姉さんとここに来ていたことを思い出します。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん? 柱の向こうから、ベリーショートヘアの少女がひょっこり。

 図書館の入り口を警戒しながら、こちらへ歩いて来ました。

「これお願いします」

 少女は利用者カードを提示。

 

 大場 行代

 

 むッ! もしや大場さんの姉妹ッ!

 大場さんの視界に入らないように隠れていた?

「どうかしましたか?」

「あ、すみません、読み取らせていただきます」

 さて、本のほうは──

 

 川端康成『名人』(新潮文庫)

 

 ん……なんでしたっけ、これ。

 なんか聞いたことがあるような。

 とりあえず仕事を済ませます。

 

 ピッ

 

「8月2日までです」

「ありがとうございます」

 大場さんの姉妹(見た目的に妹さんですかね)も退館。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………思い出しました。あれは囲碁の名人のお話ですね。

 大場さんの妹さんは、囲碁をなさっているんでしょうか。

 とはいえ、あまり詮索するのはよくないですね、はい。

 あと5分で休憩時間なのですが……っと、いらっしゃいました。

 メガネにいがぐり頭。清心せいしん田中たなかくんです。

「あれ、つじーん、今日がバイトだったの?」

「はい」

「そっか、おつかれさま。これの貸し出しをお願い」

 田中くんがカウンターにおいたのは、はやりの小説でした。

 てっきり受験参考書かと思ったんですが。おなじ3年生ですし。


 ピッ


「8月2日までです……清心は今日、団体戦じゃありませんでしたか?」

「上級生が顔を出すのは、気をつかわせて悪いかな、と思ったんだ。だから図書館で勉強してたんだけど、まだ勝ち残ってるみたいなんだよね。部のMINEに、さっきそういう連絡があったよ」

「ということは2回戦……いえ、3回戦進出ですか。すごいですね」

「午後から応援に行こうかなあ……っと、ごめん、仕事中だったね。またこんど」

 田中くんは学習スペースにもどって行きました。

 ふぅむ、佐伯さえきくんたち、なかなかやりますね。

 升風に勝って県大会へ出場した以上、ぜひ優勝してもらいたいものです。

 それでは、ランチタイム(コンビニのおにぎり)へ。

【連絡事項】

タイマーの設定ミスで、先週の木曜日に本日分を掲載してしまいました。

よろしければ401手目「裏番組」もよろしくお願いいたします。

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