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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第38局 2015年度全国高等学校将棋トーナメント(2015年7月19日日曜)
412/686

400手目 もどってきた風景

挿絵(By みてみん)


 僕はチェスクロを押す。

 のこり時間は、おたがいに4分。

 御城ごじょう先輩は長考に沈んだ。 

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………だいぶ考えてるな。

 さっき読んだ順をトレースされてるかも。

 僕も枝葉の変化を読みなおした。

 のこり2分を切ったところで、御城先輩はコーヒーを飲んだ。

 そのまま一手指す。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 角打ちか……これもサブで読んである。

 詰みはない。

 僕はノータイムで2一玉と寄った。

 これで持ち時間は逆転。御城先輩がのこり1分50秒、僕が4分半。

 御城先輩は、そこからすぐに指した。

 3二と、同飛。

 ここで手が止まった。

 ん? 読みなおし?

 手順は必然だった気がする。

 僕はこの時間を利用して水分補給。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ペットボトルを握った手に、力が入った。

 プラスチック特有の、ひしゃげた音が聞こえた。

 ……逃げるんじゃなくて、取った?

 これは読んでなかった。

 だって、同成桂、同玉、5六飛で王手角だろ?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、ちがう。

 王手角は僕の負けだ。

 5八同成桂、同玉、5六飛に5七歩と受けて、5三飛、4五桂。


挿絵(By みてみん)


 (※図は古谷ふるやくんの脳内イメージです。)

 

 これで後手が寄る──いや、そうとも言い切れないか?

 6六銀、同角、同金、5三桂成、7六角は、きわどいと思う。

 僕はペットボトルを握りしめたまま考える。

 5八同飛、同成桂、同玉、5六飛、5七歩、5三飛、4五桂、6六銀に、一回6七歩と受けるかも。以下、7七銀成、5三桂成、7六角に対して、5一飛の王手。僕の受け駒は角しかない。これは打っても意味がないから、3一飛、同飛成、同玉、5一飛、2二玉、2三歩、同玉、2四歩、同銀(同玉は1五金、同玉、1六歩)、2一飛成……詰む。

 単純に同成桂は、僕の負けっぽい。

「……」

「……」

 時間が溶ける。

 同成桂を上回る手があるのか?

 飛車を差し出されてるんだぞ?

 それを取らないで別の手?

 僕は落ち着こうとする。

 もう終盤なんだ。大切なのは寄せのスピード。

 僕の最優先事項は、先手玉に対する詰めろ。

 だけど、先手玉に詰めろはかからない。

 

 ピッ

 

 1分将棋に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4八銀ッ!」


挿絵(By みてみん)


 方針変更。

 詰めろはかからない。だったら──

「同飛」

 同歩成、同金、7九飛、5九歩、7七飛成。

 僕は先手の角を抜いた。

 このあいだに詰めろをさがす。


 ピッ

 

 御城先輩も1分将棋に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3一金」


挿絵(By みてみん)


 これは……取るしかない。

 僕はノータイム指しを避けた。

 この時間を使って、先手陣に迫る方法を考える。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 59秒ぎりぎりで同飛。

 御城先輩はノータイムで同角成。

 以下、僕のギリギリ指しと先輩のノータイムとの応酬。

 同角成、同玉、5一飛、4一角、2三桂、2二玉。

「ここで手渡しだ。4一飛成」

 

挿絵(By みてみん)


 御城先輩は、王手をストップさせた。缶コーヒーを飲む。

 これ、僕のほうは詰めろか?

 どのみち受けはない。とにかく先手玉に迫る。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4七歩」

 僕は金の頭に歩を打った。

 これは明白な詰めろ。だけど──

 御城先輩は最後のひとくちを飲み干した。

 カタンと、缶が置かれる。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3一龍」

「……2三玉です」

 3二角、2四玉、2三金、1五玉、1六歩、2六玉、1七銀、2七玉。

 御城先輩は、金にゆびを乗せた。

「4七が香車だったら、この詰みはなかったな……3八金」

 キュッと、駒が盤上をすべった。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ぴったりか。

「負けました」

 僕は頭をさげた。御城先輩も一礼する。

「ありがとうございました」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………終わった。

 思考も気持ちも、からっぽになる。

 終わってしまったという事実だけが残った。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「おい、感想戦はしないのか?」

 御城先輩の声に、僕はハッとなった。

 先輩は前髪をさわりながら、目をつむっていた。

「古谷はときどき、自己中心的だな」

「あ、いえ……すみません。負けてしまって、つい……」

「それが自己中心的だというんだ。これは団体戦だろう」

 どこか引っかかる言い回し。

 僕はうしろをむいた。

 佐伯さえき先輩と虎向こなたが立っていた。

 虎向はよろこびを噛みしめるような表情で、両手をにぎりしめ、

「兎丸……ッ! やった……やったぞ……ッ!」

 と言った。

 僕は盤へ向きなおり、天をあおいだ。

「そっか……勝ったのか」


  ○

   。

    .


「2015年度、全国高等学校将棋トーナメント、H県予選、男子団体戦の部、優勝、清心高校。あなたは頭書の成績を収められましたので、ここに表彰します。2015年7月19日、日本高等学校将棋連盟H県支部支部長、月代つきしろ晶子あきこ……おめでとうございます」

 佐伯先輩は一礼して、賞状を受けとった。

 盛大な拍手。

 先輩は女子の代表と交代して、僕たちのところへもどってくる。

 女子の表彰も終わり、月代先輩から、最後のコメント。

「以上で、2015年度、全国高等学校将棋トーナメント、H県予選団体戦を終了いたします。優勝校はおめでとうございました。8月の全国大会で、ぜひご活躍ください。明日は引き続き個人戦です。遅刻等がないようにお願いいたします。では、解散」

 みんなで「おつかれさまでした」を斉唱して、解散。

 駒桜こまざくらのグループは、固まってわいわいし始める。

 捨神すてがみ先輩はほんとうによろこんでいて、

「おめでとう。最後は詰むや詰まざるやで、ハラハラしたよ」

 と、佐伯先輩を祝福した。

 佐伯先輩は賞状を手にしたまま、

「あれは詰んでたのかな? 今でもわかんないや」

 と答えた。

「アハハ、あとでみんなで検討しよっか。ところで、このあとは打ち上げ?」

「優勝したときの予定は、考えてなかったんだよね……」

 佐伯先輩は、僕たちのほうへふりむいた。

「ふたりとも、このあと時間はある?」

 虎向はガッツポーズして、

「もちろんですッ! 市内で飯にしましょうッ!」

 と返事をした。虎向は僕にもたずねる。

兎丸うさまるも、もちろん出るよな?」

「時間はあるよ」

 僕の返事が冷めていたからか、虎向はすこし動揺した。

「兎丸、どうした? さっきから、なんか変だぞ?」

「そんなことはないよ……ちょっと手を洗ってくる」

「あ、トイレを我慢してたのか。とちゅうで抜ければよかったのに」

 その解釈は、虎向らしくていいや。

 僕はそんなことを思いながら、1階の男子トイレにむかった。

 洗面台で手を洗い、鏡をのぞきこむ。

 すると、真後ろに捨神先輩が立っていた。

 おどろいてふりむくと、先輩はもうしわけなさそうな顔で、

「あ、ストーカーみたいでごめん」

 と謝った。そして、こう続けた。

古谷ふるやくん、対局が終わってから、雰囲気がちがうね」

「そうですか?」

「うん、なんか憑き物が落ちたみたい」

 僕はハンカチで手をふく。

 虎向は気づかなくて、捨神先輩が気づくのか。

 そういうこともあるよね。

「これであのときの悪夢も帳消しになったかな、と」

「やっぱり気にしてたんだね、魚住うおずみくんとの決勝戦」

 僕はうなずきかけた。

 けど、すこし考えなおした。

「変な話ですけど、『気にしてた』こと自体が勘違いだったかもしれないです」

「アハッ、禅問答かな……とりあえず廊下に出ようか」

 僕と捨神先輩は、廊下に出た。

 すると、ほかの高校の生徒たちとすれちがった。

 なかには、僕たちに声をかけてくれるところもあった。

 最初は並木なみきくんだった。七日市なのかいち高校の正力しょうりきさんといっしょだった。

「あ、古谷くん、優勝おめでとう」

「ありがとう。もう帰るの? それとも打ち上げ?」

「僕はこれから正力さんと、日日にちにち杯の打ち合わせなんだ。日日杯は来る?」

「そのつもりだよ」

「がんばってセッティングするからね。それじゃあ、また」

 ふたりは出口のほうへ向かう。おしあわせにぃ。

 次に声をかけてきたのは、御城先輩だった。

「駒桜は、やけにひとが残ってるな。これから打ち上げか?」

「はい」

「そうか。俺からも、おめでとうと言っておこう……おい、捨神」

 御城先輩は、捨神先輩に声をかけた。

「明日は寝坊するなよ」

「僕が大会で遅刻したことないよね?」

「前日に打ち上げしたこともないだろ」

 捨神先輩は、肩をすくめてみせた。

「たしかに」

「最終バスで帰るのはナシだ。それじゃ、また明日」

 御城先輩が立ち去る。

 そのうしろを、こそこそと逃げるように追う男子がいた。

 魚住くんだった。

 僕は呼び止める。

「魚住くん」

「ぎくぅ」

「ちょっと話があるんだけど」

 魚住くんは、恐る恐るふりむいた。

「な、なにかな?」

 僕は右手をさしだす。

「……?」

「仲直りの握手」

 僕のセリフに、魚住くんは一瞬ポカンとした。

 それから急に目頭を押さえて、

「ううッ、ようやく赦してくれるんだね」

 と言い、がっちりと握手した。

 イタタタ、魚住くん、けっこう握力がある。

「おいらからも、おめでとうと言っておくよ。御城のあんちゃんに勝ったのはスゴイよ」

「御城先輩のチームに勝った、だろ。僕は負けてるからね」

 魚住くんは口もとに手をあてた。

「あ、ごめん、そういう意味じゃ……」

「いいよ。団体戦でだいじなのは、僕個人の勝敗じゃないから」

 そう、僕はそのことを忘れていた。

 自己中心的だったと思う。

 世の中は、僕を中心にはまわっていない。

 だけど、それを認めるのってむずかしいよね。

 それとも、僕がもっと強ければ──いや、やめておこう。

 ほら、虎向が階段を降りて来た。

「おーい、兎丸、なにしゃべってるんだ。もう出発するぞ」

 僕は魚住くんと別れる。虎向は、僕の荷物も持ってきてくれていた。

 僕は虎向と並んで、出口へと向かう。

「捨神先輩となにしてたんだ?」

「虎向がいてくれてよかったな、って」

「だろォ! これで俺たちの友情も100倍だァ!」

 ほんとによかったよ。それは本音。

 自動ドアをくぐると、真夏の夕暮れどき。

 少しづつ、空が群青に染まっていく。

 昨日までとはちがう輝き。

 それは、なんだかひどく懐かしいような、そんな気がした。

挿絵(By みてみん)

 

場所:2015年度全国高等学校将棋トーナメント(H島県予選)

先手:御城 悟

後手:古谷 兎丸

戦型:居飛車力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6八銀 △6二銀 ▲2五歩 △3二金 ▲7八金 △7四歩

▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △7三銀 ▲6六歩 △4一玉

▲6七銀 △5二金 ▲5八金 △4二銀 ▲4八銀 △2三歩

▲2五飛 △3一玉 ▲4六歩 △8四銀 ▲9六歩 △5四歩

▲4七銀 △7五歩 ▲8八角 △4四角 ▲7七金 △9四歩

▲2八飛 △3三桂 ▲5六歩 △5三角 ▲5五歩 △同 歩

▲6五歩 △7三桂 ▲7八金 △8六歩 ▲5四歩 △4四角

▲8六歩 △7六歩 ▲4五歩 △同 桂 ▲4六銀 △5七桂成

▲同 金 △7五銀 ▲4七金 △7七歩成 ▲同 桂 △7六歩

▲3六桂 △3三角 ▲8五桂 △6五桂 ▲2四歩 △同 歩

▲4四歩 △同 歩 ▲4九玉 △4三金右 ▲2四桂 △同 角

▲同 飛 △7七歩成 ▲同 金 △4五歩 ▲5五銀 △3五桂

▲4八金 △7七桂成 ▲同 角 △7六歩 ▲8八角 △3三銀

▲2六飛 △2五歩 ▲5六飛 △6五金 ▲5九飛 △4六歩

▲同 銀 △4七歩 ▲3八金 △7七歩成 ▲同 角 △7六銀

▲5三歩成 △6七銀成 ▲4三と △5八歩 ▲5三角 △2一玉

▲3二と △同 飛 ▲5八飛 △4八銀 ▲同 飛 △同歩成

▲同 金 △7九飛 ▲5九歩 △7七飛成 ▲3一金 △同 飛

▲同角成 △同 玉 ▲5一飛 △4一角 ▲2三桂 △2二玉

▲4一飛成 △4七歩 ▲3一龍 △2三玉 ▲3二角 △2四玉

▲2三金 △1五玉 ▲1六歩 △2六玉 ▲1七銀 △2七玉

▲3八金


まで133手で御城の勝ち

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