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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
398/686

386手目 早乙女素子〔編〕

「はじめまして、早乙女さおとめ素子もとこです」

 ふりかえると、駐車場に植えられた松の木のしたに、赤い帽子をかぶった少女が立っていた。それはカァプの帽子で、衣装もカァプの応援用ユニフォームだった。

「は、はじめまして、葉山はやまひかるです……このあと観戦ですか?」

「ええ、戦闘服なので」

 野球は戦闘じゃないよ、スポーツだよ、うん。

 とりあえず写真を1枚撮らせてもらう。

 って、これいいのかな。特定の野球チームの衣装を載せちゃって。

 あたしはすぐにカメラを仕舞いながら、

「駐車場でインタビューというのもあれですから、海岸へ降りませんか?」

 と提案した。早乙女さんは、

「わざわざ日差しが強いほうへ、ですか?」

 とたずねた。

 うーん、それはあるんだよね。ちゃんとUVカットしないと。

「べつに強制ではないので、ここでも問題は……」

「今のは冗談です。日焼け止めクリームは塗ってきてあります」

 冗談がわかりにくすぎるッ!

 笑いのツボがちがうのかな。怒るツボとかもちがったら困るんだけど。

 あたしたちはゆるやかな傾斜をおりて、ふたたび砂を踏みしめた。

 なるべく日陰になりそうなところに行こうか。

 瀬戸内海は、海岸ぎりぎりまで森がせり出してて、日陰をさがしやすい。

 あたしたちは、大きな枝がつきだしたところに移動した。

「えー、では、将棋をはじめたきっかけなどを……」

「小4から小5へあがる春休みのとき、グラフ理論にハマってたんです」

 いきなり話がみえない。

「グラフ理論というのは?」

「組み合わせ問題の形式化……とでも言えばいいんでしょうか。例えば、日本には47都道府県がありますね?」

「はい」

「では、『日本地図を、隣接する都道府県が同色にならないように塗るには、最低で何色必要か?』と訊かれたら、葉山先輩は何色だと答えますか?」

 うーん、いきなりクイズか。

 答えをすぐ訊いちゃうのは失礼だから、ちょっと考えてみる。

「……7色なら全部塗れそうかな、と」

「どのような計算を?」

「あ、いえ、計算したわけじゃなくて、九州の7県が一番ごちゃっとしてるから、九州を塗り分けられたら、ほかの地域もいけるかな、と……」

 怒られるかな、と思ったけど、早乙女さんは顔色ひとつ変えず、

「そういう目星のつけかた、大切ですよね。たしかに7色なら十分です。しかし、最低限の色数いろかずではありません」

「あの、ちょっといいですか……これって、地図の問題ですよね? 地図はたしかに図形の集まりかもしれないですけど、数式とかで表しようがなくないですか? それに、地図のパターンって、空想の世界まで入れたら無限にありません?」

「おっしゃるとおりです。では、次のように考えてみましょう」

 早乙女さんは、そばにあった木の枝をひろって、砂浜に図形を描いた。

「たとえば、ふたつの土地がこのように区画整理されているとします」


【A】

挿絵(By みてみん)


【B】

挿絵(By みてみん)


「区画Aと区画Bは同一でしょうか?」

 あたしは質問の意味がわからなかった。

「同一というのは? どうみても割り方がちがいますよね?」

「では、似ていると思いますか?」

 あたしはもういちど図形を見比べた。

「……似てる感じはします」

「はい、このふたつの地図は、ある観点からは同一なのです」

 早乙女さんは、図に数字を追加した。


【A】

挿絵(By みてみん)


【B】

挿絵(By みてみん)


「区画Aのうち、辺で接している数字の組み合わせをおっしゃってください」

「えーと……1は2と4、2は1と3、3は2と4、4は3と1」

「区画Bはどうですか?」

「1は2と4、2は1と3、3は2と4、4は3と1……あ、同じですね」

「そうです。これをグラフ化すると……」

 早乙女さんは長い髪をゆらしながら、3番目の図を描いた。


挿絵(By みてみん)


「これに落ち着きます」

 うーん、なるほど、図形がグラフになっちゃうわけか。

「つまり、地図の種類は無限にあっても、そのパターンは有限ってことですか?」

「そうです。とはいえ、10や20ではないので、最終的にはコンピュータの協力を得て分析することになります。そこから導き出される結論は、4色です」

 なるほど、基本的な問題設定は人間がやってるけど、解決にはパソコンを使うのか。

 そのあたりは将棋に似ているな、と思った。

「つまり、数学上の関心から将棋を素材にえらんだ、と?」

「はい」

「で、面白かったから、今も遊んでいるわけですか?」

「そうですね」

「どういう練習をしていますか?」

 早乙女さんはこれに対して「なにもしていません」と答えた。

「私は将棋の練習はしません」

「え……ぜんぜん?」

「練習に該当するかもしれない行為をいっさいしない、とは言いません。近隣ブロックの選手と指したりはするので。しかし、練習というかたちではしていません」

「練習しないで県代表って、すごいですね。天才肌というか……」

「天才? 私は天才ではありません。都道府県の高校生代表止まりですから」

 さいですか……と、あたしはそのとき、囃子原はやしばらくんのインタビューを思い出した。

 囃子原くんにも、多種多彩なスポーツができるからすごい、という感想を伝えた。彼は謙遜して、同世代のトップアスリートに並んでいる競技はひとつもないと答えた。いや、謙遜したのかと思ったけど、早乙女さんとおなじで、率直な意見だったのかな。

 あたしがそのことを早乙女さんに話すと、彼女は、

「囃子原先輩らしいコメントですね」

 と返してきた。

「そう思いますか?」

「囃子原先輩は、徹底したリアリストにみえます」

 それは感じる。

 ユーモアはあるけど、スキがない印象なんだよね。

「S根の葦原あしはら先輩はちょっとちがってて、優勝と最下位とのあいだに差はない、みたいなことを言ってました。これはこれで極端な気がするんですけど」

「それも葦原先輩らしいコメントですね。あのひとはスケールの大きな見方をします」

 あたしは今回のインタビューの途中から思っていたことを、質問してみた。

「これは失礼な質問かもしれないんですが、ひとつ……あたし、将棋はぜんぜん強くなくて、市代表とかも、まあムリだなってレベルなんです。だから、市代表のひととか県代表のひととかがなにを考えてるのか、よく知らなくて……というか、あんまりそういう疑問自体、持ったことがなかったんですよね。今回インタビューをさせていただいて、なんというか……みなさん、県代表になれたことについてどう考えているのか、知りたいな、という気持ちが出てきました」

「すでにだれかに質問なさっていますか?」

「いえ、早乙女さんが初めてです。ですから、記事には載りませんが……」

 早乙女さんは海を眺めた。

 向こう岸に多くの島々がみえる。

 早乙女さんは、あたしの心象を見透かしたように、

「冷めている選手なので、回答があるかもしれない……という打算を感じます」

 とつぶやいた。

 まいったな。半分くらい当たってる。

「あ……はい、まあ、それもちょっとだけあります……すみません」

「打者に応じて球種を変えるのは、正当な行為です。それに、私はそういう質問に対して答えをはぐらかす必要性も感じません。率直に言って、私自身が県代表になれたことは、ことの成り行きがそうなっただけで、特別な思い入れはありません」

 やっぱりね、という感想と同時に、あたしは早乙女さんと六連むつむらくんを比較していた。

「早乙女さんと六連くんって、大会との向き合いかたが似てますね」

 早乙女さんは、はじめて怪訝そうな表情をみせた。

「私と六連くんがですか? ……いえ、似ていないと思います」

「大会と距離をとってるというか、入れ込んでないというか……」

「六連くんはこの大会に入れ込みすぎです」

 なんかぜんぜん違う評価をされて、あたしは混乱した。

「六連くん、そんなにヤル気がないように見えるんですが……」

「トレカの全国大会とかぶっていて、日日にちにち杯のほうを選択したと聞きました」

 あ、そうなんだ。

 でもそれって、大会のランクの問題なんじゃないかな。

 んー、でも、全国大会と地方大会か。ふつうは前者を選ぶかも。

「六連くんが日日杯を選択したのは、ヤル気の問題だ、と?」

「それはやや語弊があります……六連くんは、カードゲームから逃げたのでは?」

 え、なんかすごい言い方が出てきて、あたしは困惑した。

 犬井いぬいくんもアンテナにひっかかるものがあったらしく、一歩まえに出た。

「僕からも質問していいかな?」

 早乙女さんは「どうぞ」と言った。

「六連くんが『遊戯の王子様』の全国大会を蹴って、こっちへ参加してくれたことには、とても感謝してるよ。囃子原グループの一員としてね。ただ、囃子原グループの企画室でも、六連くんはたぶんカードゲームの大会に出るから、男子は奇数で抜け番が必要、って議論になってたんだよね。昨年度の段階では、ね。だから、彼の参加には僕たちもおどろいてるところなんだ」

「なるほど、囃子原グループでもそうお考えでしたか。で、ご質問は?」

「六連くんが日日杯を選んだ理由を、早乙女さんは『逃げ』と見るんだね?」

「ええ、私にはそう見えます」

 早乙女さんは、ためらいなく答えた。

「具体的にどう逃げてると思う?」

「カードゲームでは頭打ちになったので、新天地を求めているのではないですか」

 うわぁ、なんか危ない会話になってきた。

 正直、ここまで踏み込んだ話をすると、憶測でも危ない気がするんだよね。

 ゴシップの域を超えてる気がする。

 あたしはさりげなく割りこむ。

「あのぉ、それは六連くんの内心なんで、わかんないんじゃないかな、と……」

 犬井くんもうなずいて、

「ま、そうだね。早乙女さん、今のはオフレコで……葉山さん、ごめん、どうぞ」

 あたしは気をとりなおして、次の質問。

「趣味はなんですか?」

「カァプの応援です」

 はい、らしいですね。事前に聞かされている。

 ディープなカァプファンみたいだから、どれぐらいいじっていいか、わかんない。

 あたしが躊躇していると、早乙女さんのほうから、

「葉山さんは、どの球団を応援していますか?」

 とたずねてきた。

 これはなに、返答によっては命がないやつ?

「リップサービス抜きでカァプです。年に何回か球場でも応援してます」

「そうですか。私はホームの試合をすべて観戦しています」

 えぇ……っていうか、意外とお金持ち?

 ぜんぶっていったら70試合くらいでしょ? 年間チケット組?

 早乙女さんは同志が見つかったような口ぶりで、

「こんど一緒にいかがですか?」

 と誘ってきた。

「え、あ、はい……前向きに検討します」

 もうしわけないんだけど、あたしはふつうに観戦したいタイプなんだよね。

 早乙女さんは、すっごい応援に力を入れてそう。ずっとスクワットしてるとか。

「気になってる選手はいますか?」

「やはり新人の……」

「あ、日日杯です」

「そうですか……将棋仮面のことが気になっています」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………将棋仮面?

「もしかして、御面ライダーの仮面をかぶってる、変な将棋指しのことですか?」

「あら、ごぞんじなんですね」

「まあ、その……Y口のS関で見かけたような気が……」

 あのときは思い至らなかったけど、あとで考えたら将棋仮面だったと思う。

 しまったなぁ、突撃インタビューしとけばよかったなぁ、とか反省中。

 早乙女さんはとくに表情も変えず、髪をなでながら、

「S関ですか……いかにもな場所に出没するんですね」

 とつぶやいた。

 え? なんで? 地理的になんかあるの?

「将棋仮面が気になってるというのは、どういう意味ですか?」

「指し掛けの将棋があるんです……とはいえ、あれは私の勝ちだと思いますが」

 勝利宣言、強い。

「もうしわけないんですが、日日杯の関係者にしぼっていただけませんか?」

「私、将棋仮面も日日杯に来るような気がしてるんです」

 会話がとまり、あたりの木が海風うみかぜにざわざわする。

 早乙女さんは、急に犬井くんに話しかけた。

「将棋仮面は、大会に来るでしょうか?」

「……さあ、それは将棋仮面に訊いてみないと、わからないんじゃないかな」

 早乙女さんはうっすらとほほえんだ。

「部外者だから会場には来られない、とは言わないんですね」

「いや、べつにそういう意味じゃないよ。当日は選手以外も来場可能だし。その将棋仮面というひとが日日杯に興味を持つなら、来る可能性はゼロじゃないよね」

「なるほど……そういうことにしておきましょう」

 なにやら意味深な終わりかた。

 犬井くんはなにも答えなかった。

 あたしは今の会話の意味がよくわからなくなって、

「どうして将棋仮面は来ると思うんですか?」

 とたずねた。

 早乙女さんは海を眺めつつ、

「こども時代になくしてしまったものを、さがしているのでしょう」

 と答えた。

 あたしのペンは進まず、ただ早乙女さんの独り言だけが続いた。

「六連くんも将棋仮面も、男の子って奇妙ですよね。はかない未来や過去に囚われて……いえ、これもジェンダー差別ですか。『言葉が滅んでも、数学の概念は滅びない』……イギリスの数学者ハーディです。将棋はどちらなのでしょう。もし将棋に真理というものがあるのなら、私たちがしている遊戯にも、ささやかな永遠が宿るのかもしれません。もし六連くんたちがそれをみつけられるなら……なんだかステキなことだと思います」

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