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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
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384手目 葦原貴・少名光彦〔編〕

 軽い木の音が、あたりにこだました。

 扇子せんすを持った少女が、伸びのある声を出す。

「あた〜り〜」

 ここは御霊みたま高校の弓道場。

 白砂しらすなの敷かれた地面から、和風の建物がせりあがっている。

 矢をはなつこの場所を、正式には【定めの座】というらしい。

 あたしはその定めの座の後方で、葦原あしはらたつる先輩の残心をながめていた。

 身長が180センチ近くあって、今治先輩の次くらいに大きなひとだった。

 だけど、四肢はスラリとしていて、大柄っていうよりはモデルさんみたい。

 オシャレはしてないけど、清潔感があった。

 弓道場にふさわしいおちつきもある。大学生って言われても違和感はない。

 葦原先輩はこちらをふりむいて、ひとこと。

「さきほどから、写真をお撮りになられないのですか?」

 あたしはキョドって、

「え、あ、はい……邪魔になるかと思って」

 と答えた。

「そうですか、ご配慮ありがとうございます」

「あ、すみません……もしよろしければ、1枚……」

「承知しました」

 葦原先輩は、弓を引く動作をしてくれた。

 なんかもうしわけないな。あたしは写真を撮る。

「ありがとうございました」

「では、取材に入りましょう」

 なんとなく主導権をにぎられてる感じ。

 葦原先輩は弓道場のすみへ移動して、弓を手にしたまま正座した。

 これはあれかなぁ、あたしも正座しないといけないかな。

 というか、犬井いぬいくんがもう正座してるから、回避は無理か。

 木のゆかに正座すると、足がしびれそう。慎重に。

「えーと、それでは、将棋をはじめたきっかけなどを」

光彦みつひこに誘われました」

「……もうひとりの代表の、少名すくな光彦みつひこくんですか?」

「はい」

「いつごろ?」

「私が小5、光彦が小3のときです」

 あ、そうなんだ……わりとめずらしいパターンじゃないかな。

 2コ下が2コ上を誘うの、けっこう勇気がいるよ。

「少名くんは、どうして葦原さんに将棋を?」

「それは光彦に訊いていただいたほうがよろしいかと」

 それもそうか。本心なんかわかんないだろうし。

 あたしは次の質問にうつった。

「ふだんの練習は?」

「そうですね……とりたてて特別なことは、なにも。部員と指すくらいでしょうか」

「それで県代表は、すごいですね」

「いえ、県代表になれたのはたまたまです。それに、私は……」

 葦原先輩は、持っている弓をすこし持ち上げた。

「どちらかといえば、こちらのほうが本命です」

「ということは、弓道も県代表レベルですか?」

 と質問して、あたしはまた失敗した気がした。

 下調べ不足。だけど、葦原先輩は顔色ひとつ変えなかった。

「はい、弓道は個人で全国ベスト8ですが、将棋は1回戦負けです」

「いやぁ、それでも全国レベルの競技が2つは、すごいと思います」

 葦原先輩は、「そうでしょうか」と答えた。

「だって全国大会ですよ?」

「全国大会というものは、あるラインに名前をつけただけに過ぎません。高校将棋では、春の県大会に優勝することで、全国に出場できます。しかし、準優勝のひとと明確な力量差が常にあるわけではありません。たまたまルール上、ライン引きがされるだけです」

「そのライン引きがだいじですよね? オリンピックでも金銀銅までですし」

「おっしゃるとおりです。しかし、それはものごとの見方を歪めていると思います」

 うーん、ゆずってくれないね。紳士的にみえて、じつは頑固なタイプかも。

 あたしは引こうと思った。けれど、犬井くんが会話に割り込んできた。

「葦原先輩、ちょっとよろしいですか?」

「はい」

「これは取材と関係ないので、オフレコとさせていただきたいんですが、葦原先輩の理屈を押し進めていくと、優勝と最下位はおなじである、ってことになりませんか?」

「はい、左様です」

「僕にはそれが正しいとは思えないんです。砂山のパラドックスを、ご存知ですか?」

「犬井くんがおっしゃっているものとおなじかどうかは分かりませんが、次のような話を聞いたことがあります。砂山から一粒の砂を取り除いても、砂山のままである。これを繰り返すと、どこかで砂山ではなくなるはずである。ところが、いくつ取り除いたときにそうなるのかを、正確に指摘できない……たしかに、そのとおりだと思います」

 犬井くんはパチリと指をはじいた。

「それです。これって、葦原先輩の話といっしょですよね。優勝と準優勝のあいだには、絶対的な差異はない。再戦したら、逆転するかもしれない。準優勝と3位も同様で、と繰り返していくと、最下位までおりていくことができます。優勝と最下位が等しいというのは、どうみてもパラドックスですよ」

「私はそれをパラドックスだとは思っていません」

「というと? 一粒でも砂山ってことですか?」

「はい」

 この返事に、犬井くんはしばらく黙った。

 あたしもちょっと困惑する。さすがにそれは詭弁きべんだと思うんだけど。

「……葦原先輩は、それをきちんと正当化できますか?」

「今、将棋の神が降りてきたとします」

神在月かんありづきの国でも、神様の話は、ちょっと」

「では将棋ソフトにしましょう。ソフトからみて、名人と初心者に差はありますか?」

「……先輩、けっこう危ない質問をしますね」

「犬井くんは、どうお考えですか?」

 犬井くんは明確な回答を避けた。

「先輩の言いたいことはわかりました。でも僕たちはソフトじゃないんです」

「けれども、人間は視点を……」

 そのときだった。

 うしろで足音がしたかと思うと、ちょっと嫌味っぽく、

たつる、まーたしょうもないテツガクしてるの?」

 という、少年のセリフが飛び出した。

 ふりかえると、ちょっと生意気そうな、小柄な男子が立っていた。

 少名すくな光彦みつひこくんだった。

 ショートヘアの下には、これまた中学生にしかみえない童顔。

 でも、雰囲気だけは一人前で、目つきはそこそこ鋭かった。服装は開襟シャツに黒地のズボンで、ちょっとだけおとなびていた。

 葦原先輩は、年下にからかわれたにもかかわらず、冷静に、

「光彦、道場では神妙にしなさい」

 と注意した。

 少名くんは床に座って、その場であぐらを組む。

「そろそろ俺の番かな?」

 少名くんは、あたしの手帳をのぞきこんできた。

 こらこらこら、乙女のプライバシー。

 あたしは手帳の角度をずらして、

「まだ終わっていないので、ちょっと待ってください」

 とことわった。

 ところが、少名くんは口を閉じなかった。

「さっきのテツガクみたいな話も、取材の一貫?」

 これには犬井くんが答えてくれた。

「いや、あれは雑談だよ……葉山はやまさん、次の質問」

 だね、そのほうが個人的に助かる。決着がつきそうになかったし。少名くんのぶっきらぼうな登場は、議論の流れを切ってくれて、かえって助かったかも。

 あたしは次の質問にうつった。

「趣味はなんですか?」

「それはよく聞かれますが、いつも返答に困ります。読書とでもしておきましょうか」

 ぶ、無難……読書は今朝丸けさまる先輩につづいて、ふたりめだね。

「どういう本を読まれますか?」

「私は地球史を愛好しています」

「地球史?」

「この惑星ができてから、現在に至るまでの歴史です」

「じゃあ、エジプトの歴史とか戦国時代とかも興味あります?」

 もちろんイエスだろうと思っていたら、肩透かしの返答がかえってきた。

「いえ、私が集めているのは、もっとむかしのできごとです」

「……恐竜大百科とかですか?」

「それは持っています」

 えぇ、恐竜大百科を読んでるところ、想像できないんだけど。

 なんかそれっぽくない感じ。

 日本史か純文学かな、と予想してた。

 あたしがメモしていると、少名くんが急に笑って、

たつるは人間とか社会がキライなんだよ」

 と、またまた危ない発言をしてきた。

 あたしはスルーする。

「最後の質問です。気になってる選手はいますか?」

「弓道と同様、ひとをみる競技ではないと思います」

 ふむ……全体的にあっさりしているようにみえて、けっこう芯があったね。

 じゃあ、次のインタビュー。

「それでは、少名くんに質問です。将棋を始めたきっかけは?」

「スポーツだとたつるに勝てないから、ボードゲームにしたんだ」

 そ、そういう背景だったのか。巻き込むために葦原先輩にも声をかけた、と。

 とはいえ、それは功を奏している。おなじ舞台で戦えてるわけだし。

 少名くんにはもうしわけないけど、彼は平均的な高校生より背がだいぶ低い。体格差が大きいから、葦原先輩にスポーツで勝つのはちょっとむずかしいかもしれない。

 少名くんは訊かれてもいないのに、

「ちなみに俺は全国大会の1回戦で勝ったことあるぞ。たつるはない」

 と言った。

 これ、葦原先輩が人格者じゃなかったら、あとでめちゃくちゃ怒られる流れ。

 逆に言うと、葦原先輩と少名くんは、仲がいいってことだよね。

 でないとこの軽口はガチ喧嘩になる。

「練習はどうしてますか?」

「練習方法は秘密だ」

 えーッ、これは予想してなかった。

「ひとに言えないようなトレーニングをしてるわけじゃないですよね?」

「秘密だ」

 マジかい。

 まあ、そういうのがひとりくらいいても、記事にメリハリがあっていいか。

 あたしは【練習方法:秘密】とメモした。

「趣味はなんですか?」

「動物とたわむれること」

「……ペットの飼育ですか?」

ちまたではそう言うな」

 巷ではっていうか、ペット以外は畜産になっちゃうんじゃないかな。

「たとえば、どういう動物を飼ってます?」

「犬、猫、鳥、亀、蛇、なんでもいるぞ」

 やっぱりペットじゃないかなぁ。

 と思ったところで、ふとあたしはあることに気づいた。

「もしかして、他の選手にあげたことあります?」

「ある。去年は桃子ももこに亀をやった。そのまえはもえにインコをやったな」

 つるぎさんにカメ吉くんをあげたのは、少名くんだったのか。

 それにしても、女の子にあげてばっかりじゃない。

「将来はそういう職業につきたいとか、思ってます?」

「ブリーダーってこと?」

「はい」

「思ってない」

「動物を飼育してほかのひとにあげるのって、ブリーダーですよね?」

 ブリーダー呼ばわりされたのが気に入らなかったのか、少名くんは、

「あのさ、俺は動物を売り買いしてるんじゃなくて、だいじょうぶだと思った知り合いにマッチングさせてるの。だいたいペット関連の産業なんて、つくもんじゃないよ」

 と、だいぶ強く反論してきた。

 あたしはなんか事情がよくわかんなかったから、

「あ、すいません」

 と謝ってしまった。

「で、次の質問は?」

 さっきの質問にはもう答えない、っていう意思表示だね。

 あたしは最後の質問にうつった。

「気になってる選手はいますか?」

たつるには勝ちたいなあ」

 これには葦原先輩が冷静に、

「S根のなかで争っても、せんなきことでしょうに」

 とつぶやいた。

「『気になる』って言われたら、知り合いがメインになるさ」

 ま、そうなんだよね。だいたいは有名選手をあげるか知り合いをあげるか、だ。

「……ありがとうございました。これで取材は終了です」

 あたしがお礼を言うと、少名くんから、

「そういえば、きみはどこ出身なんだ?」

 と訊かれた。

「H島です」

「あ、そうなんだ……ウラミっていう変わった名前の女子いない?」

 また裏見うらみ先輩か。

 先輩って、いろいろ厄介なものを引きつける体質?

 さっきのプレゼントの仕方だと、少名くん、女の子好きっぽいんだよねぇ。

 あたしはちょっと牽制して、

「名前は知ってます」

 とだけ答えた。

「ふーん、そっか」

「裏見さんというひとが、どうかしたんですか?」

「その女子の家に、ナルっていう犬がいるはずなんだけどさ、強引にじゃれてくるから、ちょっとイタズラをしてやったことがあるんだよ。今考えると悪いことしたな、と思う。もし会う機会があったら、謝っといてもらえないか」

 ん……ナルって、裏見先輩の家にいる雑種犬だよね?

 先輩、めちゃくちゃかわいがってて、よくお風呂場でシャンプーしてあげてるらしい。

「つまり、裏見せ……さんに謝っとけばいいんですか?」

「ちがうって、女子にはイタズラしないよ。ナルのほう」

 え? なにそれ?

 裏見先輩の家に行って、あのナルちゃんに「少名ってひとが謝ってたよ」って言えばいいってこと? あたしが先輩に変な目で見られちゃうでしょ。

「えーと……まあ、機会があれば……」

「頼んだぞ、っと」

 少名くんはたちあがると、急に指笛ゆびぶえを吹いた。

 すると、建物の屋根からサッと黒い影がおりてきた。

 あたしたちは喫驚する。

 影の正体はカラスで、まわりの弓道部員からも悲鳴があがった。

 カラスは弓道場を旋回して、それから少名くんの腕にとまった。

たつると俺、じつは人間ギライで似てるのに、同族嫌悪なのかね……ま、よろしく」

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