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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
395/686

383手目 出雲美伽〔編〕

【2015年7月4日(土)】


 おごそかな雰囲気の境内けいだい。大きな杉の木が、天高く伸びている。

 あたしは青空を背景に、一枚写真をとった。

 すると、うしろからスーッと影が伸びてきて、

「待たせた」

 と、女のひとの声が聞こえた。

 ふりかえると、巫女さんの服を着た髪の長い少女が立っていた。

 髪が長い、と言っても尋常な長さじゃなかった。地面につきそう。

 お手入れとかたいへんなんじゃないかな。

「わらわの髪がどうかしたかえ?」

「あ、いえ……綺麗だな、と」

 出雲いずもさんは口もとに手をあてて、

「ほほほ、わらわの自慢じゃ」

 とごきげんだった。つかみはOKっぽい。

 事前のうわさでは、けっこう怖いひとな印象があったんだよね。

 顔立ちも、どこか怜悧れいりなところがあって、おなじ高校生にはみえなかった。

「立ち話もなんじゃで、こちらへ」

 あたしはやしろに案内された。この神社の神主さんは、出雲さんのお父さん。格式はそこそこあるらしい。大きさ的には田舎の神社って感じだね。ぐるっと一周するのに10分もかからなさそう。奥にある鳥居も、高さは2メートルくらいしかなかった。駒桜こまざくら神社のほうがまだちょっと大きいかな、と思う。

 まあ、大きさは関係ないよね。失礼だから観察はこのへんで。

 せっかくだから、やしろのえんがわに座ってお茶を飲むことに。

 冷たい緑茶が、木製の茶托ちゃたくつきで出された。

「あ、おかまいなく」

「出雲は神々のつどう地。遠来えんらいの旅人をもてなすのは当然のこと……して、今日はわらわに訊きたいことがあるとな」

「はい、日日にちにち杯のインタビューでして……」

 あたしはお茶には手をつけず、メモ帳をとりだした。

「まずは、将棋をおぼえたきっかけから、お願いします」

「ふむ、わらわが将棋をおぼえたきっかけか……父に教わった」

 んー、オーソドックス。

 宗教的な理由で将棋を勉強してる馬下こまさげさんのほうが、よっぽど変わってる。

 地元の駒桜神社は、駒の神様を祀っている。日本でもめずらしい神社なのだ。

 っと、そんな比較をしている場合ではなく。

「やっぱり一家団欒ですか?」

「こういう遊びは、氏子うじこと暇つぶしができてよい」

「うじこ?」

「わらわの神社をお祀りしているご近所さんたちじゃ」

 ああ、なるほど、お寺の檀家さんみたいなものか。

「出雲先輩、ご近所回りもなさってるんですか?」

「むろん……こどもの頃からの手伝いで、慣れておるがな」

 んー、ほんとうかな。

 実質的に自営業みたいなもんだし、けっこうたいへんそう。

「ふだんの将棋の練習は?」

「高校で指すこともあるが……ご近所づきあいがもっぱらか」

「このあたりは、強いおとなが多いんですか?」

「うむ、有段者が多い」

 なるほど、そういう将棋の練習方法もあるわけか。

 でも、納得がいかない部分もあった。

「そういうのって、持ち時間フリーですよね? 持ち時間の練習は?」

「茶などを飲みながらやるからのぉ……しかし、高校の部室でも、大会の持ち時間で指すことは、稀であるように思うが」

 あたしは駒桜高校の練習風景を思い出す――ふだんは30秒とか60秒で、てきとうに指してることが多いね。ただ、きちんとチェスクロを使ってるし、時間通りに指す練習になっている気がした。

 あたしがそのことを説明すると、出雲さんは、

「そうかのぉ、三〇秒将棋は、三〇分六〇秒の練習にはならんと思うが」

 と疑問を呈してきた。

「そうなんですか? でも、チェスクロの練習にはなりますよね?」

「高校で毎日一局指せば、それくらいは身につこう」

 ふぅむ、今だに59秒ぎりぎりで押す勇気がないあたしって、いったい?

 年季が違うか。

 っていうか、出雲さんとのインタビュー、わりと正統派になってるね。

 もうちょっと斜めうえの展開が出てくるかと期待してたけど。

 次の質問はどうかな。

「趣味はなんですか?」

「趣味は……人見ひとみじゃな」

 ひとみ? ……じつはコンタクトレンズとか?

「すみません、ひとみってなんですか?」

「人をみて、その者の運命をあてることじゃ」

「あ、人見……ようするに占いですか?」

「占いとはやや異なるが……その顔は信じておらんな。ひとつ見てしんぜよう」

 出雲さんは、じーっとあたしの顔をみつめた。

 なんか恥ずかしい。

「……片想いをしておるな」

 はい、出ました。

 てきとうに言ってもあたりそうな占い。

 女子高生にそう言ったら、だいたい当たるに決まってる。

 とはいえ、あんまりケンカを売るつもりもないので、

「あ、はい」

 と返事をした。

 出雲さんは、すこしばかり背を引いた。

「そして、その男にはすでに連れ合いの女がおる」

 あたしはギクリとした――けど、まだてきとうに言っても当たる範囲かな。

「ええ……まあ、あたしと彼じゃ釣り合わないかな、という気も……」

 出雲さんは着物のそでに腕をつっこんで、しばらくうつむいた。

「……わらわの人見では、すこしちがう相が出ておる」

「え、それって……」

 あたしはそこまで言って、遊子ゆうこちゃんのことを思い出した。

「……あ、やっぱりこの話はけっこうです。次の質問でもいいですか?」

「かまわぬ。人見は、強いてやるものではない」

「ありがとうございます……気になってる選手はいますか?」

「どのような意で?」

「単純に大会でマークしてるとか、むかしからのライバルだとか、そういうことです」

「ふぅむ、わらわはそのようなことにあまり興味はない」

 ……特になし、か。

 あんまりしつこく聞いても引き出せそうにないし、そうメモしておこう。

 あたしがメモを取り終えたところで、ちょうど犬井いぬいくんが姿をあらわした。

 彼は庭のほうにわざわざ回ってきて、出雲さんにあいさつをした。

「出雲さん、こんにちは」

「おお、犬井いぬいうじか、さあさあ上がるがよい」

「じゃ、失礼します」

 犬井くんは靴を脱いで、えんがわへあがった。

 あたしのとなりに正座する。

 メモ帳をチラリとのぞきこんできた。

「……もしかして、だいたい終わってる感じ?」

「うん、ちょうど最後の質問をしたとこ」

「そっか、ちょっと見せてもらえる?」

 あたしはメモ帳を渡した。

 犬井くんはザッと目をとおしてから、

「オッケ、任せちゃって悪かったね。今週も礼音れおんくんに呼び出されてさ」

 と言ってくれた。

 今回のインタビューは簡単だったかな。

 ただ、ちょっと物足りないところがあるな、という気もしていた。

 犬井くんにもお茶が出された。あたしもそろそろ手をつける。

 ……うん、おいしい。ヌルくなってるけど、それがいい。

 ぼんやりと外の風景をながめる。ここは市内から離れた場所で、中国山地の北側をながめることができた。7月にふさわしく、緑が生い茂っている。神社の近くに川が流れているのか、それとも湧き水でもあるのか、ちょろちょろと水の音が聞こえた。

 犬井くんもお茶を飲みながら、

「そういえば、葉山はやまさん、人相占いってしてもらった?」

 と訊いてきた。

 あたしはせた。

 ゴホゴホやっていると、出雲さんは、

「わらわは人相をみて占いをしているのではない。人を見ておるのじゃ」

 と答えた。

 あたしがすでにやってもらったことについて、出雲さんはなにも言わなかった。

 犬井くんは、

「どうしたの? だいじょうぶ?」

 と、あたしのほうを心配してくれた。

「ごめん、気管支に入りかけた……」

「せっかくの機会だし、占ってもらったら? そういうのは信じないタイプ?」

 なんとも答えにくかった。

 出雲さんは静かにお茶を飲みながら、

「犬井氏は、わらわの人見は信用ならん、と申しておったではないか」

 とコメントした。

 あ、そうなんだ、って驚くほどでもないね。

 むしろそっちのほうが犬井くんっぽいよ。非科学的なこと全否定路線。

 犬井くんは笑って、

「あ、すいません、その意見は変えてないんですけど、僕が信じてないからって葉山さんに教えないのも違うよな、と思って……いや、葉山さんも同意見ならいいんだよ」

「あ、えーと、まあ、占いをまったく信じてないってわけでもないっていうか……」

「じゃあ、見てもらったら? けっこう当たる、らしいよ」

 犬井くんはあくまでも伝聞ってところを強調した。

 うーん、どうしよう。さっきもう見てもらったんだよね。

 出雲さんはそのことを伏せてくれている。

 あたしは10秒ほど迷って、それからこう質問することに決めた。

「恋愛とかはべつにいいので、将来について見て欲しいかな、と……」

 出雲さんは前方を注視したまま、

「それは未来を予知せよ、という意か?」

 とたずね返した。

「あ、いえ、そういうことではなく……ぶっちゃけてもうしわけないんですが、占いとかじゃなくて、単純に進路についてアドバイスして欲しいんです」

「ふむ、進路相談か……人見とはやや異なるが、拝聴いたそう」

 あたしは、大学に進学するつもりだけど、学部をどうするか迷っていると伝えた。

「行きたい学部がないわけじゃないんです……大学によっては、マスメディアに特化した学部学科がありますよね。ああいうのもいいかな、と。ただ、あたし……なんていうか、マスコミに向いてない気がしてきて……」

 あたしはそこまで説明して、なんか気が引けてきた。

 犬井くんのまえでこういう話をするのはよくないかな、という気がしたからだ。

 でも、犬井くんはそのあたりを察して、

「マスコミに対するネガティブな意見でも、僕はぜんぜんかまわないよ」

 と言ってくれた。

「えーとね、マスコミに対するネガティブな意見っていうか……あたし、今回の取材でわかったんだけど、突っ込んだ質問がすごい下手……だと思う」

 となりで聞いていた出雲さんは、遠慮なくうなずいた。

「うむ、もうすこしずけずけと質問してくるかと思うておった」

「訊きたいことはいっぱいあるんです。たとえば、宗教関連の家に生まれたことを、どう思ってますか、とか……でも、なんか訊いたら悪いかな、という気がしちゃって……そういう気がする時点で、記者には向いてないのかなあ、と……」

 出雲さんと犬井くんは、しばらく押し黙った。

 遠くで鳥のはばたく音が聞こえた。

「ふむ……して、その質問はこの場で答えて欲しい、ということか?」

「あ、いえ、べつに例で出しただけなので……」

「なかなか興味深い質問であろう。しかし、わらわも答えようがない。わらわの父は神主であるがゆえ、おおよその家庭とは異なる生活を送っておるのかもしれぬ……しかし、それはわらわからみれば、信仰のない家庭に生まれるとはどういうことなのか、それがわからぬのと等しい」

 なるほど……おたがいの立場になって考えるのは困難ってことか。

 それはそうだよね。あたしのお父さんが神主だったら、というのは、想像してみるしかない。その想像は、おそらく誤りだ。おなじように、出雲さんが考える【一般家庭】っていうのも、想像でしかない。そしてたぶん、それも誤り。空想の産物。

「……やっぱり不適切な質問でしたね。すみません」

「いや、興味深いと申したのは、世辞せじではない。して、進路の件であるが、人の世においてなにがうまくゆき、なにがうまくゆかぬかは、神々であっても読めぬ。ゆえに、わらわは……正しい選択という考えを、とうに捨てておる」

 あたしはポカンとした。

 犬井くんもちょっとよくわからなかったみたいで、

「そのお話、くわしく訊きたいですね」

 と先をうながした。

「将棋の感想戦で、ああすればよかったと後悔することがあろう」

 犬井くんは相槌あいずちをうつ。

「もちろんあります」

「では、過去にもどってそちらの手を選びなおしたとき、こんどはその先でまちがわぬという保証があろうか……わらわはないと考える。人の生においてもおなじことじゃ。あのときああすればよかったということは多かれど、その選択の先に大きな不運が待ちかまえておらぬとは、だれも請け合ってくれぬ」

「つまり、『あのときああすればよかった』っていうのは、その変更がもたらすかもしれない悪影響を度外視しているだけだ、と?」

「左様」

 出雲さんは目を閉じて、ふたたびお茶を口にした。

 犬井くんはなにか感じるところがあったらしく、思案顔。

「……これは自分語りになっちゃうんですけど、僕、こどものころに小鳥を逃しちゃったことがあるんですよね。すぐに追いかけてたら、捕まえられたかもしれなくて、1ヶ月くらいはくよくよしてました。でも、それを母に話したら、こう言われたんです。道路に飛び出さなくてよかった、って……たしかにそうなんですよ。もしあのとき小鳥を追いかけて、道に飛び出していたら、交通事故に遭ったかもしれません。そういうことって、頭から抜けがちだと思います。でも、それじゃあ未来の指針は得られませんよね?」

 犬井くんらしい、もたれかかった反論。

 出雲さんは茶碗ちゃわん茶托ちゃたくにおいた。

「生きるために、過去を悔やむ必要はあるまいて」

 犬井くんはなんとも言えない表情で、

「……そうかもしれませんね」

 とだけ答えた。

 あたしもお茶を飲み終えて、ひと息つく。

 ふぅ、なんだか重たい話になっちゃった。

 気分転換に、軽い話をふる。

「出雲さん、髪にすごくつやがありますけど、シャンプーはなにをお使いで?」

「そのようなものは使っておらぬ。水で洗っておるだけじゃ」

「……さすがに冗談ですよね?」

「なぜじゃ、ふつうに水で洗えば、こうなろう」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………今日一番衝撃的だったかもしれない。

「このへんで水をめるところ、あります?」

「そこの湧き水ならば、一升いっしょうにつき一〇〇円なるぞ」

 くぅ、この商売上手ッ! やっぱり占いなんか信じてあげないぞッ!

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