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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
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382手目 今朝丸高志・米子耕平〔編〕

 夕風ゆうかぜの砂丘。ここが日本海かぁ、はじめて見たかも。

 日本にこんな砂漠みたいな景色があるなんて、すごいね。

 あたしは何枚か写真を撮った。

 すると、黒縁くろぶちのファッションメガネをかけた男子に、

「おれっち、ここで取材受けるのなんか変な感じがするっす」

 と、ひかえめに言われた。

 角刈りの詰襟つめえり制服を着た少年もうなずいて、

「そのとおりだ。もっと学生らしい場所で取材してもらいたい」

 と、強めの口調で言われてしまった。

 ファッションメガネの男子が米子よなごくん、詰襟の男子が今朝丸けさまる先輩。

 米子くんはピアスをしてて、いかにもバンドマンって感じの服装。

 今朝丸先輩は太い眉毛が特徴で、すごく堅物っぽいオーラを出していた。

 どちらもT取の男子代表だ。

 あたしはキゲンをとるために、

「いやぁ、やっぱりT取と言えばここかな、と……」

 などなど、いろいろ弁明をした。

 米子くんは、いや怒ってるわけじゃなくて、と前置きして、

「ここの砂はキメが細かいから、電子機器は持ち込みたくないんっすよ」

 と言い、首にかけてるヘッドセットを気にしていた。

 今朝丸先輩も、やや厳しめの表情で、

「僕も怒っているわけではないが、制服に砂が入るとたいへんなのだ」

 とつけくわえた。

 え? マジで? ……もしかしてやらかした?

 あたしはカメラのズームリングをまわした。

 ジャリっという変な音が聞こえる。

「ああ……砂が……」

「ここはカメラ殺しで有名っすからね。犬井いぬいっちに注意されなかった?」

 されてないっていうか、犬井くんは急遽O山へもどってしまったのだ。

 なにやら緊急の呼び出しをくらったらしい。

 そのとき「あたしに任せて」と安請け合いしたのが致命傷。

 あたしはカメラをそそくさとタオルで巻いて、カバンに入れた。

 カバンもあとで掃除しないとダメかなあ。お気に入りなのに、とほほ。

「えー、気をとりなおしまして……どちらからにしましょう?」

「それはきみが決めてくれたまえ」

「あ、すいません……まだ慣れないので、あまり怒らないでいただければ、と……」

「怒ってはいない。僕はこういう喋りかたなのだ」

「今朝丸先輩はいいひとっすよ。おれっちが保証するから」

 ほんとぉ?

「じゃあ、今朝丸先輩から……将棋をはじめたきっかけなどを」

「僕がこどものころ、近所の敬老会で習った」

「いつごろですか?」

「たしか小3のときだったと思う」

「ふだんはどういう練習をされてますか?」

「むかしは兄と指していたが、最近は部員と指すことが多いな」

「あ、お兄さんがいらっしゃるんですね。やっぱり強いですか?」

「兄も県代表経験者だ。前回の日日杯に出ている」

 んー、なるほど、っていうか、また記者として失点してしまった気がする。

 この砂丘での取材、先行きが心配になってきた。

 今朝丸先輩の砂岡すなおか高校か、米子くんの天神てんじん高校にしておけばよかったかも。

 ま、後悔先に立たずだからね。

「趣味はなんですか?」

「趣味? ……それは記事に載るのかね?」

「はい、ぜんいんに答えてもらってます」

「趣味か……ふむ、米子くん、僕の趣味はなんだろう?」

 これには米子くんがあきれて、

「いや、それはおれっちに訊くことじゃないですよ」

 と答えた。

 それは、そう。じぶんの趣味を後輩に訊いてもしょうがない。

「しかし、この手の質問は苦手なのだ」

「今朝丸先輩の趣味……たしかに、コレってのないですね」

「だろう」

 その結論は困る。

 あたしはハードルをさげるために、

「読書とか映画鑑賞とか、ありきたりなのでもいいので……」

 と、いくつか候補をあげた。

 すると、今朝丸先輩は敏感に反応して、

「ふむ、読書か……警察ものの推理小説をよく読むな」

 と、いきなりばっちしな回答をしてくれた。

 やっぱりあるじゃーん。メモメモ。

「警察ものがお好きなんですね。理由は?」

「将来は警察官をめざしている」

 へぇ、そうなんだ。まあ、なんかいかにもって感じ。

 ただ、この手のひとが警察官になると、市民が窮屈そう。

 それは言わないでおきまして、と。

「気になってる選手はいますか?」

「どういう意味だね?」

「あ、いえ、べつに他意はないんですが……純粋に日日杯で気になってる選手です」

 今朝丸先輩は眉間にしわを寄せて、

「気になる選手……気になる選手か……」

 とずいぶん深刻にうけとめた。

 いやぁ、てきとうでいいんだけどなぁ。

 因縁の対決とかあれば、そりゃおもしろいんだけど。

「……ほかの3年生だな」

「あ、そうなんですか」

「どうした? なにか問題でも?」

「いえ、その……E媛の今治いまばり先輩も、似たような回答だったので……」

 今朝丸先輩は心当たりがあるらしく、ふかくうなずいた。

「なるほどな、ということは、去年の僕との会話を覚えているのだろう」

「会話? ……もしよろしければ、その点、くわしく教えていただけませんか?」

「なに、簡単な話だ。日日杯は3年おきにあって一見公平にみえるが、そのとき3年生で参加する選手にはハンデがある、という話をしたのだ」

 なるほど……そういう観点から、日日杯を見たことはなかったかも。

「やっぱりハンデですか?」

「進学にせよ就職にせよ、1学期に将棋を指す機会は減る。これはハンデだ」

 そっか……まあ、そうだよね。

 あたしは県代表どころか市代表にもなれないレベルだから、そういう細かいところには頭が回っていなかったかもしれない。ただ、そういう不満をあんまり聞かなかった、っていうのもあるんだよね。磯前いそざき先輩と大谷おおたに先輩も3年生でしょ。

 ああ、でも、あのふたりはそういうこと言いそうにないタイプか。毛利もうり先輩は、「どうも勝てる気がしない」とか言ってたし、あれも3年生ってニュアンス含みかも。

 ほかの選手がどう思ってるのか、じゃっかん気になってきた。

「……米子くんは、今の話、どう思います?」

「おれっちに振るんっすか? この状況で?」

 たしかに、先輩のまえで訊いたら「そうですね」しか答えられないか。

 あたしは質問を撤回しようとした。けど、今朝丸先輩のほうが先に、

「米子くん、忌憚きたんなく答えたまえ」

 と発破はっぱをかけた。

 米子くんは困ったように、頭をかく。

「まあ……今朝丸先輩のごきげんとりをするつもりはないっすけど、2年生で参加できるのが1番有利、っていう気はするっすね」

 あたしは、今の言い方がとても気になった。

「1年生も不利ですか?」

「そりゃそうだよ。発育期なんだから、1年の差は大きいっしょ?」

「あ、たしかに……甲子園でも、3年生の割合が最多だったような……」

「でしょ。将棋の場合は高校野球とちがって、それをやってれば学校がある程度配慮してくれるわけじゃないから、そう考えると2年生が1番有利っすよ」

「そのとおりッ! とはいえ、じぶんで言っておいてなんだが、全国大会での優勝は学年がバラバラだ。3年生でも優勝できる。負けても言いワケにするつもりはない。しかし、全国大会とは異なって、毎年行われていないのは事実だ。開催年にどの学年かは運だ」

 ふーん、そういうわけか。

 まあでも、この規模の大会を毎年はムリだろうなあ。

 スタッフが大変そうだし。

「で、次の質問は?」

「あ、これで終わりです」

「そうか、では米子くんの番だ」

 なぜか仕切られてるあたし。

 米子くんはポケットに手をつっこんで、

「同じ質問に答えればいいんっすよね?」

 と確認してきた。

「そうです。質問は変えません」

「まず、将棋をはじめたきっかけは、おれっちが好きなアーティストの趣味だから」

「どなたですか?」

 米子くんは名前を答えてくれた。けど、あたしは知らなかった。

「すみません、ちょっと聞いたことないかも……」

「いいっすよ。で、ふだんの練習は真沙子まさこちゃんとのスパーリングがメイン。あとは組んでるバンドのメンバーと指してる感じ」

「それは鳴門なるとくんからも聞きました。W歌山のヴォーカルの女子も強いとか」

「そうそう、で、趣味は駿しゅんとおなじ音楽鑑賞で、気になってる選手も駿」

「気になってる理由は?」

「負けたらあとでネタにされそうだから」

 そうかな? 鳴門くんって、あんまりそういうタイプじゃないような?

 むしろ米子くんのほうがネタにしそうなイメージがある。

 ま、とりあえずメモして、と――

「米子くんッ! 5分もかかっていないではないかッ!」

「あ〜、あっさりし過ぎっすか……葉山はやまさん、なんか話を広げてもらえない?」

 お安いご用で。

 そういうのは得意なのよん。

「音楽はどういうジャンルが好きですか?」

「おれっち、基本は雑食なんだよね、なんでも聴くかな」

「鳴門くんはジャズだって言ってましたけど、そういう推しとかは?」

「駿は趣味が高尚だからねぇ」

 ん……これって、なんか予想してた反応とちがう。

 あたしはちょっと遠回しに、

「おふたりのあいだに、音楽性のちがいがあったりします?」

 とたずねた。

 ごまかされるかと思いきや、米子くんはあっさりと答える。

「あるっすよ。駿は理論肌だけど、おれっちは趣味の域を出てないから」

「鳴門くんは趣味の域を出てる、と?」

「もしおれっちのバンドからプロが出るなら、駿じゃないかな、って思う。ただ、駿がプロになれるとしたら、パフォーマーじゃなくて、プロデューサーとしてな気がしてる」

 ふぅん……わりかし冷めてるんだね。

 鳴門くんのおちついた雰囲気と対照的だから、目指せ武道館、とでも言うかと思った。今の話を聞く限り、米子くんはプロにはなれないと思っているらしい。

「プロは目指されていないんですか?」

「ああ、ムリムリ、あのさ、音楽ってスポーツと似てるんだよ。こどものときの力量で、だいたいわかっちゃうわけ。おれっちのバンドでプロになれそうなのは、製作の方面で駿だけ。ヴォーカルの日高ひだかちゃんは、インディーズはイケると思う。もし一発当てたら、それで食べてイケるかもしれない。でも、メジャーはムリ」

 これをとなりで聞いていた今朝丸先輩は、いきなり大声で、

「きみッ! 大志をいだけという言葉を知らないのかねッ! 大志をいだきたまえッ!」

 と言った。

 ところが、米子くんは冷静に返した。

「いや、たとえばですよ、おれっちが他の選手に『これからがんばればプロ棋士にだってなれる』なーんて言ったら、みんな笑うじゃないっすか。からかわれたと思う選手だっているかもしれないし……そういうもんなんっすよ。やってるメンバーには、だいたい分かるんです。それをごまかして口だけの応援をするのは無責任だと、おれっちは思います」

小池こいけ重明じゅうめいがプロ棋士を倒したのは、30代のときだろう?」

「小池重明はけっきょくプロになれなかったじゃないっすか」

「世の中には、何十年もやって花開いている有名人もいるのだッ!」

 いかんいかんいかん、論争になってきた。

 斜に構えてる系と熱血系がバトったら、収拾がつかなくなる。

「まあまあまあ、そのあたりで……ところで、おふたりとも、自信のほどは?」

 てきとうな質問をぶつけてごまかす。

 今朝丸先輩が先に答えた。

「もちろん優勝を狙うッ!」

 米子くんはすこし考えて、

「おれっちは楽しんで指したいです。一生に一回の大会っすから」

 と答えた。

 あたしはメモをとりつつ、胸をなでおろした。

 濃いメンツがそろってるなぁ。

 それじゃ、来週もまたとびっきりの濃いメンツがそろってる、あの県へ行きますか。

 乞うご期待。

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