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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
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380手目 剣桃子・鬼首あざみ〔編〕

 うひゃー、ここが大都会だいとかい高校かぁ。

 囃子原はやしばらグループが出資する最先端な高校だけあって、立地も外観もすごい。

 中国山地を背にしたゆるやかな丘陵沿いに、その校舎は建っていた。

 よくある真っ白な建物じゃなくて、レンガづくりのものもあれば、壁面がガラス張りになっているものもあった。正門の案内図をみるかぎり、敷地内には高校だけじゃなく、いろいろな施設が併設されてるみたいだね。高校というより大学に近い感じかな。

 つるぎさんは、守衛さんの事務室で、あたしの入場手続きをしてくれた。っていうか、入場手続きがあるのか。よくみるとゲートに監視カメラがついていた。あたしはちょっと緊張してくる。

 犬井いぬいくんの話によると、在校生は顔認証で顔パスらしい。セキュリティも最先端。

 ゲートを通過したあたしは、校舎を撮ろうとした。すると、犬井くんにとめられた。

「このアングルは撮影禁止だよ」

「え? 撮影禁止とかあるの?」

「ここは囃子原グループの研究所も併設されてるからね。撮影許可が出てるところは、カメラのイラストにOKマークの看板が立ってるから、そこでお願い」

 うむむむ、いきなり高校らしくないスタート。

 あたしはカメラをバッグにしまった。肩にかける。

 剣さんは黙々とまえを歩いた。

「あのぉ、剣さん、インタビューしてもいいですか?」

「まだ鬼首おにこうべのいる校舎についていないが?」

 いやいや、剣さんも日日杯にちにちはい参加者だから。

 O山の女子代表は情報がぜんぜんないから、いろいろと訊きたい。

「剣さんのインタビューなんですが……」

 剣さんは、十字路になっている場所で足をとめた。

 周囲は芝生しばふの公園。ジョギングやバドミントンをしている生徒の姿があった。

 彼女は、じぶんがリストに入っていないと思っていたのか、不思議そうな顔で、

礼音れおんさまの付き人のインタビューなどして、おもしろいのか?」

 とたずねた。

 そんな裏方に徹しなくても。

「おもしろいとかおもしろくないとかではなく……あ、いえ、おもしろいと思います」

 ぜったいおもしろい。だってこのひと、帯刀たいとうしてるんだよ?

 なんで警察につかまらないの? これが権力? これが財力?

「その刀、ほんものですか?」

 剣さんはムッとして、

つるぎ家に代々伝わる家宝だ……女子高生の首で、試し斬りしてみるか?」

 とおどしてきた。

 ヒエッ、そんなに怒らなくてもいいじゃん。

 となりで聞いていた犬井くんは、

桃子ももこちゃんはプライベートなこと訊かれるの好きじゃないから、アンケ項目だけで」

 とアドバイスしてくれた。

 そのほうがよさそうだね。あたしはいそいそとメモ帳をとりだす。

「えーと、それでは……あ、そこのベンチでやりましょう」

「私は公共の場では座らない」

「え、なんでですか?」

「襲われたときに対応が遅れる」

 うーん、礼音くんのボディガードだけあって、警戒心がすごい。

 しょうがないから、あたしたちは道ばたで取材することになった。

「では……将棋をはじめたきっかけは、なんですか?」

「礼音さまのお相手だ」

「となると……囲碁とかチェスもできます?」

 剣さんは胸を張って答える。

「礼音さまが新しい習いごとをするときは、私も必ず習う」

 そ、そうなのか……ってことは、けっこう万能人なんだね。

「礼音くんは、剣さんと練習してるって言ってましたね」

「そうだ。絆奏はんなさまの練習相手もつとめている」

 このひとたち、強豪同士で指してる感じか。

 ほかの庶民的なグループとは、ちょっとちがうね。

 いいのか悪いのかはわかんないけど。

「趣味はなんですか?」

「趣味? 趣味……」

 剣さん、ずいぶんとなやんだ。

 あまりにも考え込むから、あたしは、

刀剣とうけん関連の趣味はないんですか?」

 と、さりげなく誘導してみた。ところが、

「これは私の仕事道具だ」

 と一蹴されてしまった。

「じゃあ、仕事のあいまの息抜きにやっていることは?」

「礼音さまの身辺警護に、あいまなどあるわけがないだろう」

 マジですか。早死にしそう。せめて有休とろうよ。

 さすがに見かねたのか、犬井くんが助け舟を出してくれた。

「桃子ちゃん、亀を飼ってるよね? あれって趣味じゃないの?」

「むッ……たしかに、カメ吉はかわいいな」

 あ、じゃあそれで。

 趣味、亀の飼育、と。

「亀を飼い始めたきっかけは?」

「知り合いにもらった」

 自発的に飼い始めたわけじゃないのか。

 まあ、捨てないってことはだいじだよね。用水路とかに逃がしちゃうひともいるし。

「気になる選手はいますか?」

「総当たり戦で、特定のあいてを気にする意義を感じない」

 このひとらしい回答かな。

 あたしがメモを取り終えると、剣さんは先をいそごうとした。

「待ち合わせ場所の2号館はこちらだ」

「おーい、桃子ッ!」

 いきなり女の子の声が聞こえた。

 向かいの道から、腰巻カーデをした女子高生が歩いてくる。

 後ろ髪をふたつの角みたいにたばねて、それがあたまのてっぺんにひょっこり突き出ていた。中華娘のイラストでよくみるお団子を、ちょっととがらせた感じ、とでも言えばいいのかな。すっごく変わった髪型だった。

 ちょっと強面こわもてなその女の子は、次に取材しようとしていた鬼首さんだった。

 怖いなぁ。写真でみたときよりも、実物のほうが怖いかも。

 写真うつりがちょっと悪いのかな、と思ってたら、ちがってた。

 鬼首さんは、あたしには目もくれず、

「桃子、おまえなにちんたらやってんだ。約束の時間過ぎてるだろ」

 と食ってかかった。

 けど、剣さんはまったく平気なようすだった。

「2301教室で待っていろと言ったはずだ」

「おまえがここで立ち止まってるのがみえたんだよ」

 鬼首さんは、ようやくあたしたちのほうへ顔をむけた。

「で、犬井とこいつが記者なの?」

「は、はじめまして、葉山はやまです」

「じゃあさ、昼飯おごってくれよ。まだ食べてないんだよね」

 むむむ、いきなり記者におごれと言ってくるパターンか。

 あたしが困っていると、犬井くんが対応してくれた。

「いいよ、学生食堂でお昼にしよう」

「なんだよ、どうせ経費で落ちるんだろ? ケチケチすんなって」

 犬井くんはこれをスルーして、学生食堂へ移動した。

 十字路を左に曲がると、ずいぶんとおしゃれな3階建ての建物があった。

 エスカレーターに乗って、フロアをみおろす。1階は本や文房具、2階にはスポーツ用品がならんでいた。

「なんかショッピングモールみたいだね」

 あたしの感想に犬井くんは、

「囃子原グループのチェーン店だよ」

 と答えた。

 この学校は、企業活動と一体なわけかぁ。すごくビジネスライクだね。

 3階は、デパートによくある最上階の飲食街にそっくりだった。

 和食、洋食、ファーストフード、喫茶店、なんでもある。

 犬井くんは食べたいものをたずねた。

 すると言い出しっぺの鬼首さんは、

「ハンバーガーとポテト、シェイクつきッ!」

 と即答した。

 さっきの発言はなんだったの。

 というわけで、あたしたちはファーストフード店に入った。

 鬼首さんは先頭にならんで、Wチーズバーガーにポテト大盛りとシェイクを注文。

 次にならんでいた犬井くんは、コーヒーを注文したあと、

「葉山さん、なにか食べる?」

 と訊いてきた。

 そうなんだよねぇ、さっきゴルフ場でごちそうになっちゃったからね。

「あたしもコーヒーでいいよ」

「了解、桃子ちゃんは?」

「ウーロン茶」

 剣さんも食べないのか。それとも、ファーストフードは嫌いなのかな。

 注文が簡単だったから、あっさりと受け取ることができた。着席。

 4人席で、鬼首さんと剣さん、あたしと犬井くんが同列に座る。

 鬼首さんは包み紙をあけながら、

「桃子といっしょに食うと飯がマズくなるんだよなぁ」

 と、なんか危ないことを言い出した。

 でも、顔はニヤけてて、ほんきで言っていない感じだった。

 剣さんも言われ慣れているのか、ウーロン茶を飲みながら、

「おまえのバカ舌では、なにを食べてもいっしょだろう」

 と言い返した。

「わかってねぇな、ここのWチーズバーガーは絶品なんだよ」

 鬼首さんはバクバクとおいしそうにほおばった。

 口のまわりをケチャップだらけにしながら、

「で、オレに訊きたいことってなに?」

 と言った。

「あ、はい……まずは、将棋をはじめたきっかけなどを」

「きっかけ? そんなのどうでもいいだろ。もっとおもしろい質問しろよ」

 うわぁ、あたりがキツい。

 とはいえ、ここでひるんじゃ記者魂がすたる。

「すみません、全員におなじ質問をしてますので」

 鬼首さんはめんどくさそうな顔をした。

「校長がおぼえろっつったから、おぼえたんだよ。それだけだ」

「……校長先生に教わったんですか?」

「そう」

 これは、まったく考えたことのないケースだった。

 親とか兄弟におぼえろって言われたのなら、なんとなくわかるんだけど。

「ふだんは、だれと指してますか?」

「礼音とか絆奏とか……あと桃子ともイヤイヤ指してるな」

 鬼首さんは、ああそれから、とつけくわえて、

「H島のおはなとも指してる」

 と言った。

桐野きりのさんですか?」

「ほかにいるの?」

「あ、いえ……桐野さんとはどこで会うんですか? 通信対局?」

「あいつがたまに遊びにくるんだよ」

 そういうことか。

 桐野さんのお友だちなんだね。

「趣味はなんですか?」

「趣味? すくなくとも将棋じゃねぇな」

「将棋は競技ですか?」

「オレ、将棋好きじゃないから」

 あ、ついに「好きじゃない」を公言する選手が。

「純粋にゲームとしてやってる、って感じですか?」

「礼音がやれっていうからやってる。ぶっちゃけやりたくない」

 ん……これってどういう関係なんだろ。

 訊いても大丈夫かな。

「礼音くんに勧誘されて将棋部に入った、ってことですか?」

「ちがうちがう、オレがこの高校に入る条件がそれだったの」

 あ、そういう……大都会高校は、入試で入ろうとすると激ムズだって聞いた。

 でも、一芸入試みたいなものも多彩で、鬼首さんはそれで入ったわけか。

 だったらやめられないね。やめたらペナルティありそうだし。

「じゃあ、趣味はなんですか?」

「ないね。べつにダラダラ生きててよくね?」

 鬼首さんは、そう言っておやゆびをぺろりと舐めた。

 あたしはもう一回くらい訊きなおそうかと思った。

 でも、この調子だとテキトウな返事をされそうだし、それなら【なし】のほうが鬼首さんらしいかな、という気がした。

「気になってる選手はいますか?」

 鬼首さんは、ストロベリーシェイクを飲んで考える。

「……桃子の足は引っ張っとくか」

 いやがらせですかい。

 とりあえず、鬼首さんはあんまり将棋に情熱がないんだな、と思った。

 どうじに、情熱と実力が関係ない世界だな、ということもあらためて実感した。

 そのあと、鬼首さんが最近の少女漫画の話をしだしたから、それにつきあった。

 帰り道、正門を出たところで、あたしはメモ帳をまとめながら、

「校長先生に習ったって、けっこうめずらしいよね」

 とつぶやいた。すると、犬井くんはびみょうそうな顔をした。

「あ、うん」

「どうしたの? ……もしかしてウソだったとか?」

「いや、ウソじゃないんだけど……あざみちゃんが言ってた『校長』って、児童自立支援施設の院長のことなんだよね」

「児童自立支援施設?」

「うん……まあでも、この話はあんまりしないほうがいいかな。校長先生でいいよ」

 犬井くんはそこで話を打ち切った。

 あたしは帰りの新幹線のなかで、児童自立支援施設について調べてみた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、うん……そういうことか。

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