380手目 剣桃子・鬼首あざみ〔編〕
うひゃー、ここが大都会高校かぁ。
囃子原グループが出資する最先端な高校だけあって、立地も外観もすごい。
中国山地を背にしたゆるやかな丘陵沿いに、その校舎は建っていた。
よくある真っ白な建物じゃなくて、レンガづくりのものもあれば、壁面がガラス張りになっているものもあった。正門の案内図をみるかぎり、敷地内には高校だけじゃなく、いろいろな施設が併設されてるみたいだね。高校というより大学に近い感じかな。
剣さんは、守衛さんの事務室で、あたしの入場手続きをしてくれた。っていうか、入場手続きがあるのか。よくみるとゲートに監視カメラがついていた。あたしはちょっと緊張してくる。
犬井くんの話によると、在校生は顔認証で顔パスらしい。セキュリティも最先端。
ゲートを通過したあたしは、校舎を撮ろうとした。すると、犬井くんにとめられた。
「このアングルは撮影禁止だよ」
「え? 撮影禁止とかあるの?」
「ここは囃子原グループの研究所も併設されてるからね。撮影許可が出てるところは、カメラのイラストにOKマークの看板が立ってるから、そこでお願い」
うむむむ、いきなり高校らしくないスタート。
あたしはカメラをバッグにしまった。肩にかける。
剣さんは黙々とまえを歩いた。
「あのぉ、剣さん、インタビューしてもいいですか?」
「まだ鬼首のいる校舎についていないが?」
いやいや、剣さんも日日杯参加者だから。
O山の女子代表は情報がぜんぜんないから、いろいろと訊きたい。
「剣さんのインタビューなんですが……」
剣さんは、十字路になっている場所で足をとめた。
周囲は芝生の公園。ジョギングやバドミントンをしている生徒の姿があった。
彼女は、じぶんがリストに入っていないと思っていたのか、不思議そうな顔で、
「礼音さまの付き人のインタビューなどして、おもしろいのか?」
とたずねた。
そんな裏方に徹しなくても。
「おもしろいとかおもしろくないとかではなく……あ、いえ、おもしろいと思います」
ぜったいおもしろい。だってこのひと、帯刀してるんだよ?
なんで警察につかまらないの? これが権力? これが財力?
「その刀、ほんものですか?」
剣さんはムッとして、
「剣家に代々伝わる家宝だ……女子高生の首で、試し斬りしてみるか?」
とおどしてきた。
ヒエッ、そんなに怒らなくてもいいじゃん。
となりで聞いていた犬井くんは、
「桃子ちゃんはプライベートなこと訊かれるの好きじゃないから、アンケ項目だけで」
とアドバイスしてくれた。
そのほうがよさそうだね。あたしはいそいそとメモ帳をとりだす。
「えーと、それでは……あ、そこのベンチでやりましょう」
「私は公共の場では座らない」
「え、なんでですか?」
「襲われたときに対応が遅れる」
うーん、礼音くんのボディガードだけあって、警戒心がすごい。
しょうがないから、あたしたちは道ばたで取材することになった。
「では……将棋をはじめたきっかけは、なんですか?」
「礼音さまのお相手だ」
「となると……囲碁とかチェスもできます?」
剣さんは胸を張って答える。
「礼音さまが新しい習いごとをするときは、私も必ず習う」
そ、そうなのか……ってことは、けっこう万能人なんだね。
「礼音くんは、剣さんと練習してるって言ってましたね」
「そうだ。絆奏さまの練習相手もつとめている」
このひとたち、強豪同士で指してる感じか。
ほかの庶民的なグループとは、ちょっとちがうね。
いいのか悪いのかはわかんないけど。
「趣味はなんですか?」
「趣味? 趣味……」
剣さん、ずいぶんとなやんだ。
あまりにも考え込むから、あたしは、
「刀剣関連の趣味はないんですか?」
と、さりげなく誘導してみた。ところが、
「これは私の仕事道具だ」
と一蹴されてしまった。
「じゃあ、仕事のあいまの息抜きにやっていることは?」
「礼音さまの身辺警護に、あいまなどあるわけがないだろう」
マジですか。早死にしそう。せめて有休とろうよ。
さすがに見かねたのか、犬井くんが助け舟を出してくれた。
「桃子ちゃん、亀を飼ってるよね? あれって趣味じゃないの?」
「むッ……たしかに、カメ吉はかわいいな」
あ、じゃあそれで。
趣味、亀の飼育、と。
「亀を飼い始めたきっかけは?」
「知り合いにもらった」
自発的に飼い始めたわけじゃないのか。
まあ、捨てないってことはだいじだよね。用水路とかに逃がしちゃうひともいるし。
「気になる選手はいますか?」
「総当たり戦で、特定のあいてを気にする意義を感じない」
このひとらしい回答かな。
あたしがメモを取り終えると、剣さんは先をいそごうとした。
「待ち合わせ場所の2号館はこちらだ」
「おーい、桃子ッ!」
いきなり女の子の声が聞こえた。
向かいの道から、腰巻カーデをした女子高生が歩いてくる。
後ろ髪をふたつの角みたいにたばねて、それがあたまのてっぺんにひょっこり突き出ていた。中華娘のイラストでよくみるお団子を、ちょっととがらせた感じ、とでも言えばいいのかな。すっごく変わった髪型だった。
ちょっと強面なその女の子は、次に取材しようとしていた鬼首さんだった。
怖いなぁ。写真でみたときよりも、実物のほうが怖いかも。
写真うつりがちょっと悪いのかな、と思ってたら、ちがってた。
鬼首さんは、あたしには目もくれず、
「桃子、おまえなにちんたらやってんだ。約束の時間過ぎてるだろ」
と食ってかかった。
けど、剣さんはまったく平気なようすだった。
「2301教室で待っていろと言ったはずだ」
「おまえがここで立ち止まってるのがみえたんだよ」
鬼首さんは、ようやくあたしたちのほうへ顔をむけた。
「で、犬井とこいつが記者なの?」
「は、はじめまして、葉山です」
「じゃあさ、昼飯おごってくれよ。まだ食べてないんだよね」
むむむ、いきなり記者におごれと言ってくるパターンか。
あたしが困っていると、犬井くんが対応してくれた。
「いいよ、学生食堂でお昼にしよう」
「なんだよ、どうせ経費で落ちるんだろ? ケチケチすんなって」
犬井くんはこれをスルーして、学生食堂へ移動した。
十字路を左に曲がると、ずいぶんとおしゃれな3階建ての建物があった。
エスカレーターに乗って、フロアをみおろす。1階は本や文房具、2階にはスポーツ用品がならんでいた。
「なんかショッピングモールみたいだね」
あたしの感想に犬井くんは、
「囃子原グループのチェーン店だよ」
と答えた。
この学校は、企業活動と一体なわけかぁ。すごくビジネスライクだね。
3階は、デパートによくある最上階の飲食街にそっくりだった。
和食、洋食、ファーストフード、喫茶店、なんでもある。
犬井くんは食べたいものをたずねた。
すると言い出しっぺの鬼首さんは、
「ハンバーガーとポテト、シェイクつきッ!」
と即答した。
さっきの発言はなんだったの。
というわけで、あたしたちはファーストフード店に入った。
鬼首さんは先頭にならんで、Wチーズバーガーにポテト大盛りとシェイクを注文。
次にならんでいた犬井くんは、コーヒーを注文したあと、
「葉山さん、なにか食べる?」
と訊いてきた。
そうなんだよねぇ、さっきゴルフ場でごちそうになっちゃったからね。
「あたしもコーヒーでいいよ」
「了解、桃子ちゃんは?」
「ウーロン茶」
剣さんも食べないのか。それとも、ファーストフードは嫌いなのかな。
注文が簡単だったから、あっさりと受け取ることができた。着席。
4人席で、鬼首さんと剣さん、あたしと犬井くんが同列に座る。
鬼首さんは包み紙をあけながら、
「桃子といっしょに食うと飯がマズくなるんだよなぁ」
と、なんか危ないことを言い出した。
でも、顔はニヤけてて、ほんきで言っていない感じだった。
剣さんも言われ慣れているのか、ウーロン茶を飲みながら、
「おまえのバカ舌では、なにを食べてもいっしょだろう」
と言い返した。
「わかってねぇな、ここのWチーズバーガーは絶品なんだよ」
鬼首さんはバクバクとおいしそうにほおばった。
口のまわりをケチャップだらけにしながら、
「で、オレに訊きたいことってなに?」
と言った。
「あ、はい……まずは、将棋をはじめたきっかけなどを」
「きっかけ? そんなのどうでもいいだろ。もっとおもしろい質問しろよ」
うわぁ、あたりがキツい。
とはいえ、ここでひるんじゃ記者魂がすたる。
「すみません、全員におなじ質問をしてますので」
鬼首さんはめんどくさそうな顔をした。
「校長がおぼえろっつったから、おぼえたんだよ。それだけだ」
「……校長先生に教わったんですか?」
「そう」
これは、まったく考えたことのないケースだった。
親とか兄弟におぼえろって言われたのなら、なんとなくわかるんだけど。
「ふだんは、だれと指してますか?」
「礼音とか絆奏とか……あと桃子ともイヤイヤ指してるな」
鬼首さんは、ああそれから、とつけくわえて、
「H島のお花とも指してる」
と言った。
「桐野さんですか?」
「ほかにいるの?」
「あ、いえ……桐野さんとはどこで会うんですか? 通信対局?」
「あいつがたまに遊びにくるんだよ」
そういうことか。
桐野さんのお友だちなんだね。
「趣味はなんですか?」
「趣味? すくなくとも将棋じゃねぇな」
「将棋は競技ですか?」
「オレ、将棋好きじゃないから」
あ、ついに「好きじゃない」を公言する選手が。
「純粋にゲームとしてやってる、って感じですか?」
「礼音がやれっていうからやってる。ぶっちゃけやりたくない」
ん……これってどういう関係なんだろ。
訊いても大丈夫かな。
「礼音くんに勧誘されて将棋部に入った、ってことですか?」
「ちがうちがう、オレがこの高校に入る条件がそれだったの」
あ、そういう……大都会高校は、入試で入ろうとすると激ムズだって聞いた。
でも、一芸入試みたいなものも多彩で、鬼首さんはそれで入ったわけか。
だったらやめられないね。やめたらペナルティありそうだし。
「じゃあ、趣味はなんですか?」
「ないね。べつにダラダラ生きててよくね?」
鬼首さんは、そう言っておやゆびをぺろりと舐めた。
あたしはもう一回くらい訊きなおそうかと思った。
でも、この調子だとテキトウな返事をされそうだし、それなら【なし】のほうが鬼首さんらしいかな、という気がした。
「気になってる選手はいますか?」
鬼首さんは、ストロベリーシェイクを飲んで考える。
「……桃子の足は引っ張っとくか」
いやがらせですかい。
とりあえず、鬼首さんはあんまり将棋に情熱がないんだな、と思った。
どうじに、情熱と実力が関係ない世界だな、ということもあらためて実感した。
そのあと、鬼首さんが最近の少女漫画の話をしだしたから、それにつきあった。
帰り道、正門を出たところで、あたしはメモ帳をまとめながら、
「校長先生に習ったって、けっこうめずらしいよね」
とつぶやいた。すると、犬井くんはびみょうそうな顔をした。
「あ、うん」
「どうしたの? ……もしかしてウソだったとか?」
「いや、ウソじゃないんだけど……あざみちゃんが言ってた『校長』って、児童自立支援施設の院長のことなんだよね」
「児童自立支援施設?」
「うん……まあでも、この話はあんまりしないほうがいいかな。校長先生でいいよ」
犬井くんはそこで話を打ち切った。
あたしは帰りの新幹線のなかで、児童自立支援施設について調べてみた。
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………………あ、うん……そういうことか。




