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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
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377手目 鳴門駿・那賀すみれ〔編〕

 さてさて、無事にK川を出て、T島に到着。

 城跡のすぐ近くにある駅から、あたしたちはターミナルに降り立った。

 午後2時を回って、あたりはすっかり暑くなっていた。

犬井いぬいくん、ちょっと休憩しない?」

 あたしは手帳で顔をあおぎながら、そう提案した。

 けど、これは拒否されてしまった。

「待ち合わせ場所が喫茶店だから、とりあえずそこまで行って休もう」

 ふえぇええん。

 あたしはがんばって大通りを歩く。

 ちょっと気が早いけど、阿波踊りのポスターが貼ってあった。

 喫茶店は、その大通りの途中、橋を渡る手前でみつかった。

 そこは窓から川がみえる立地で、食後の休憩客でにぎわっていた。

 エアコンの冷気で生き返る。

 犬井くんは店内を見回して、お目当のあいてを発見した。窓際の席に、ちょっと茶髪の入った、さわやか系の男子が座っている。ジーンズに白のポロシャツを着て、首にヘッドフォンをかけていた。なにやら薄い冊子を眺めている。

 犬井くんが声をかけると、少年は手を振って返事をした。

「待ってたよ」

 その少年は、4人席を取ってくれていた。

 あたしたちは彼の正面に着席。観葉植物を背に腰をおろした。

 少年が冊子を閉じると、譜面ふめんだってことがわかった。

 彼はすぐにあいさつした。

「はじめまして、鳴門なると駿しゅんです」

「は、はじめまして、葉山はやまひかるです」

「なんか緊張してる?」

「あ、はい」

 理由はよくわからないけど、なんかこの少年の雰囲気に押されてる。

 まるであたしがインタビューを受けるような錯覚におちいった。

「大物アーティストと会ってるわけじゃないんだから、気楽にいこうよ」

 そう言われると、ますます緊張するかも。

 とりあえず、質問事項は決まっている。

「まず、将棋を始めたきっかけなどを……」

「いきなりインタビューなの? アイスブレイクとか、どう?」

 んー、会話しろってことかぁ。

 積極的だね、鳴門くん。インタビュー慣れしているくさい。

「じゃあ、直球で訊きますけど、バンドやってるんですよね?」

「うん、T取の米子よなご、W歌山の日高ひだか、あとH島の多喜たきで組んでる」

 米子くんがギター、多喜くんがベース、日高さんがヴォーカル。

 鳴門くんはドラムらしい。本格的だね。

「バンドを組むきっかけは?」

「米子の提案だよ。僕と米子は、中1のときにO阪の音楽フェスで知り合って、それからずっと音楽仲間だった。中2のときに米子が『W歌山の日高ちゃんを誘ってやろう』って言ってきたから、乗ったんだ」

「4県バラバラなのに、どうやって活動してるんですか?」

「今はヴァーチャルでいろいろできるだろ」

 どうやら、インターネットを介して練習しているらしい。

 もうそういう時代なんだね。

「とまあ、これがアイスブレイクかな。将棋を始めたきっかけだっけ?」

「あ、はい」

「小学生のとき、地元の敬老会で教えてもらった」

「そのときに初めて?」

「うん、ルールもそのとき教わった。もちろん、ぜんぜん勝てなかったよ。けど、なんとなくおもしろかったから、小学校の担任の先生と練習した。そのあとはネットがメイン。中学に上がったとき、軽音部はなかったけど将棋部があったから、そこに入った」

「軽音部があったら将棋部には入らなかった、と?」

 それまで流暢りゅうちょうにしゃべっていた鳴門くんは、急に口をつぐんだ。

 おだやかな表情で、あたしを見つめ返す。

「そういうのって、あとから考えてみることあるよね」

「もしかして……後悔してます? まだ吹奏楽部にしておけば良かったとか?」

 鳴門くんは笑った。

「いや、そういう意味じゃないよ。でもさ、こどもの頃って、習いごともスポーツも、なんとなくで選択するよね。親に言われたとか、友だちがやってるとか……ところが、そのなんとなくで選んだことが、中学、高校と、どんどん続いていくことがあるだろう」

 あるっていうか、たぶんそっちのほうが多いんじゃないかな。

 校内新聞で、野球部のエースに取材したことがある。なんで野球をしているのか、っていう質問の答えが、小学生のころに地域の野球チームに所属させられたからだ、だった。これってようするに、サッカークラブだったらサッカーを、テニスクラブだったらテニスをしてるってことなんだよね。とくに野球である理由はなかった。

「そのようすだと、葉山さんも心当たりある?」

 あたしは野球部のエースの話をした。

 鳴門くんは、

「ありがちだよね、そういうの。じゃあ、葉山さん自身にそういう経験はある?」

 と尋ねてきた。

 あたしはちょっと考えてから答えた。

「あります……ね。中学のとき、写真部も考えてたんです」

「でも写真部はなかった、と」

「はい、代わりに新聞部はあって……これはあとで知ったんですが、首都圏ですら中学に写真部はあんまりないみたいですね。だいたい2、3校に1校とか。しかもほとんど私立なんです。現像室なんかの設備が必要ですし、カメラだって自前になると高いので。あたしが通っていたのは地元の公立中学ですから、まあないですよね」

「で、そのとき新聞部にしたから、今こうしてインタビューしてる、と」

「……そうなりますね」

 鳴門くんは笑った。

「ごめんごめん、これじゃあ僕がインタビューしてるみたいだな。次の質問は?」

「ふだんの練習は、どうしてますか?」

「高校の将棋部でも指すけど、一番勉強になるのはバンドのメンバーとの対局かな」

「米子くんはT取代表ですもんね」

「日高ちゃんもW歌山の女子代表だよ。多喜もそのうちなるんじゃない?」

 それはすごい。県代表メンバーで結成されたバンド。

「バンドの練習のあとに指したりするわけですか?」

「うーん、それもなくはないけど……練習のときは音楽に専念するよ。将棋のときはべつに打ち合わせて集まることにしてる。4人全員そろわなくてもいいし」

「なるほど……えーと、次の質問は趣味なんですが……」

「音楽鑑賞、かな」

 ですよねぇ。演奏じゃないってことくらいかな、予想とちがったのは。

「ちょっと深堀りさせてください。特に好きなジャンルは?」

「ジャズ」

 即答だった。

 ジャズはけっこうめずらしいような気がする。

「ジャズ系バンドなんですか?」

「うちはロック系」

 あ、今の質問はミスったかも。

 ジャズってサックスとかピアノがメインだよね。

「どうしてジャズが好きなんですか?」

 この質問に、鳴門くんはしばらく考えた。

「なんだろうね……そもそもジャズが好き、って言い方もあいまいかもしれない」

「どういう意味ですか?」

「ジャズってさ、もともとは吹奏楽とおなじルーツで、軍楽隊なんだ。行進しながら楽器を演奏するわけさ。これがアメリカでアフリカ音楽と融合して広まっていく。1930年代に発展したスウィングっていうジャンルは、まるでオーケストラみたいに大人数で演奏していた」

「でも、テレビとかで観るジャズって4、5人でやってません?」

「そう、それが1940年代に生まれたビバップだよ。大人数が必要なスウィングは廃れて、ビバップ形式が主流になっていく。日本では和製英語でモダンジャズともいうね。だけどビバップもけっきょくマンネリ化して、1960年代にはコード進行をしないモードジャズが生まれ、さらになんでもありのフリージャズが誕生した。以後、これがジャズだという王道はなくなって、楽器を変えたり他の音楽と融合したりしながら進化してる」

「鳴門くんが好きなのは、どれですか?」

「僕は、そういうジャズの歴史そのものが好きだよ」

 なんか哲学的。

 あたしは最後の質問に移る。

「気になってる選手はいますか?」

日日にちにち杯の文脈で?」

「えーと……そういう縛りはとくに……」

「じゃあ、捨神すてがみくんかな」

 ん、個人的なうらみとかはやめて欲しい。

 あたしは恐る恐る尋ねた。

「捨神くんをご指名の理由は?」

「彼にジャズを演奏して欲しいんだよね。クラシックを弾いてるのは、生で聴いたことあるんだけどさ。こっそり聴きに行ったんだ。うまかったよ……って、あたりまえか」

 思った以上に平和で安心。

「日日杯で頼んでみたらどうですか?」

「んー、そうしよっかなぁ、でも盤外戦術と受け取られると……あ、来た」

 鳴門くんは入り口のほうへ手を振った。

 紺のブレザーを着た小柄な少女がこっちに歩いてきた。

「遅れてすみませんじょ。那賀ながすみれですじょ」

 あ、那賀さんか。

 鳴門くんがひとつ席を詰めて、そこに那賀さんが座った。

 那賀さんは写真でみた印象とそっくりで、健全な田舎少女という感じ。

 まあ、あたしもそんなに都会の出身じゃないけどね。

 那賀さんはコーヒーを注文した。

「インタビュー、もう始まってますかじょ?」

「あ、ちょうど鳴門くんに最後の質問をしたところです……ついたばかりでもうしわけないですけど、那賀さんのインタビューも始めていいですか?」

「OKですじょ」

「将棋を始めたきっかけは、なんですか?」

「中1のときに、鳴門先輩に教えてもらいましたじょ」

「もしかして鳴門くんと中高一緒?」

「ですじょ」

 ふたりとも渦潮うずしお高校なんだよね。中学も一緒だったのか。

「那賀さんは中2、中3と連続で県代表ですよね? 1年で伸びたんですか?」

 これには鳴門くんが笑って、

「いやぁ、すみれちゃん、めちゃくちゃ上達が早いからさぁ」

 と言った。

 那賀さんは照れて、

「そうでもないですじょ。ひよこ先輩が高校に上がったのが大きかったですじょ」

 と謙遜した。

 そういうのも多少はあるよね。

 ほかの県代表についてもいろいろ調べてみたら、上の強豪が抜けた直後に県代表になっているひとがちらほらいた。もちろん、そういう選手の実力が低いってわけじゃないと思う。ただ、その強豪と同世代だったら、ずっと県代表になれなかった可能性もある。

 たられば、かな。

「練習はどうやってますか?」

「部でよく指しますじょ。あと、ひよこ先輩ともお寺で指しますじょ」

大谷おおたにさんと仲いいんですね」

「将棋のお師匠さんみたいなもんですじょ」

 気の合う先輩。上達のポイントは、そのへんにあるのかな。

 新聞記事でも、実力者に添削してもらえるかどうかは大きい。

 ノウハウをじぶんでみつけるのはけっこう大変。

 ここでコーヒーが運ばれてきた。那賀さんはミルクをたっぷり入れて飲む。

 あたしたちもコーヒーのおかわりを注文した。

「趣味はなんですか?」

「もちろん将棋ですじょ」

 あれ、ここで初めてのパターンに遭遇。

「やっぱり将棋が好きですか?」

「大好きですじょ。これより面白いゲームはまだあったことないですじょ」

 すごいなぁ、これまでの選手は、将棋と適度に距離をとってる感じだったのに。

 那賀さんは純粋に将棋が好きなんだ。

「ちなみに、どこが好きですか?」

「うーん……そう言われると回答に困りますじょ」

 これには鳴門くんがフォローを入れた。

「ようするに、すみれちゃんは将棋が純粋に好きってことだよね。僕がジャズを純粋に好きで、明確な理由があるわけじゃないのといっしょでさ」

 なるほどねぇ、理由があるうちはまだまだ甘い、ってことなのかな。

 あたしはおかわりで注がれたコーヒーを飲みながら、そんなことを考えた。

「これが最後の質問です。気になってる選手はいますか?」

「ひよこ先輩に勝ちたいですじょ」

「それは近くにいる目標だから?」

「恩返しですじょ」

 ふむふむ、プロでも師匠に勝つのを【恩返し】って言うんだっけ。

「ちなみに、優勝はひよこ先輩だと思いますじょ」

 おっとっと、訊かれていないことにコメントが。

 これには鳴門くんが悪ノリして、

磯前いそざき先輩が聞いたら怒るぞぉ」

 と言った。

好江よしえ先輩には悪いですが、優勝はひよこ先輩ですじょ」

「アハハ、あのふたり、やる気がないように見せかけて狙ってると思うね」

 磯前さんについては、あたしもそんな気がしていた。

 何気なく釣りをしていたわりに、闘志を感じたからだ。

 鳴門くんは最後のコーヒーを飲み干す。

「ま、そのへんは記者の眼で確かめてよ。音楽だって、名曲かどうかは聴かなきゃわからない。なにごとも体感しないと嘘だよ、ね?」

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