367手目 毛利輝子・萩尾萌〔編〕
というわけで到着――したけど、ここは、どこかな?
ずいぶん変わった場所な気がする。遠くには大きな白い建物。でも、ふつうの校舎じゃなかった。近くには工場とかプレハブみたいな建物がいくつかあって、煙突から白い煙が出ている。校庭とおぼしき場所では、自動車を組み立てているひとたちもいた。
「えっと……ここは……」
あたしがとまどっていると、毛利先輩は、
「ここが萌の通っている、ものつくり高校だ」
と教えてくれた。
うひゃぁ、すごい。こんな高校、はじめてみたかも。
なにかの特区で作られたとは聞いていた。でも、ここまで異色とは思わなかった。
「高専みたいな感じなんですね」
「うむ、そうだな……さて、萌の工房へ行こう」
毛利先輩に案内されて、あたしたちは校舎のうらがわへ。
そこにはロッジのような小屋があって、そのそばに陶芸用の窯があった。
頭にバンダナを巻いたかっこいいお兄さん、もとい、お姉さん。
先に性別を聞いてなかったら、かんちがいしたかも。彼女が萩尾萌さんだね。
萩尾さんは、ちょうど窯の入り口をはずして、中を覗いているところだった。
ちょっと声をかけにくいかな、と思ったら、毛利先輩はさくっと名前を呼んだ。
「おーい、萌、お客さんだぞ」
萩尾さんはこちらへふりかえった。
集中してて気づかなかった感じかな。
「毛利先輩、こんにちは。どうかしましたか?」
「お客さんだ。日日杯の取材らしい」
あたしたちは窯に近づいてあいさつ。
こんなときのために作っておいた名刺をみせようとした。
ところが、萩尾さんは犬井くんをちらりとみて、
「犬井がいるなら、そうなのかな」
と、先に納得していた。うーん、信用格差。埋めていきたいね。
とりあえず名刺は渡しておく。
さっそく取材開始。
「ま、そう焦らずにさ、座って茶でも飲みなよ」
いきなりのおもてなし。私たちは、工房のそばにある木製のテーブルについた。しばらくして、お茶が運ばれてくる。あたしはその容器に着目。素朴なかたちをした円筒形で、白い釉薬を塗ってある。これが萩焼だねぇ。
お茶はふつうの緑茶だった。冷たくておいしい。
「萩尾さんが作ったんですか?」
「これは市販されてる大量生産品だよ」
ん、けっこう意外。アピール目的で高級品出してくるかと思ったのに。
あたしの疑問が顔に出たのか、萩尾さんは、
「ちょっとがっかりしたかな。でもさ、工業製品っていうのは、デザインがやっぱり秀逸なんだよ。マジョリティのセンスに合わせていくからね。そういうものから逸脱するのが芸術なわけだけど、やっぱり基礎は大事。大衆車を知らずにスポーツカーだけ作るっていうのはむずかしいんだ」
とコメントした。ふぅむ、テツガク。
「週刊誌を知らずに新聞は書けない、みたいな?」
「ボクは週刊誌は読まないからわからないけど、そうかもね」
ここで犬井くんがひとこと、
「将棋でも、よく指されてる戦法を把握しておくのは大事ですよね」
とコメントした。
萩尾さんは、
「さすが犬井だね。その喩えがわかりやすいか」
と答えた。
うーん、記者としての格付けチェックに敗北している。
これ、犬井くんと比較され続けたら、けっこうキツいかも。
ふんばれ、葉山光。あたしは質問を続けた。
「萩尾さんが将棋を始めたきっかけを教えてください」
「ずいぶん無難なところからきたね……兄貴に教えてもらった」
「お兄さんがいらっしゃるんですか?」
「上にひとりいるよ」
家族から教えてもらったっていうひと、多い気がする。
あたしはちょっと違うんだよねぇ。片想いの男子がうんたらかんたら(涙)
「ふだんはどういう活動をなさってるんですか?」
「うちの高校には将棋部があるから、そこで指してる」
「部は強いですか?」
「うーん、そんなに強くないかな。チーム戦で県代表になったことないし」
そのあたりは、早乙女さんのところと事情が似てるかな。早乙女さんはH島の女子個人トップだけど、チーム戦で出てきたことはないらしいんだよね。県大会は3人制だから、最低でも2人は強くないと勝ちぬけない。
「じゃあ、クラブで練習するとき、たいへんじゃありません?」
「どうして?」
「対戦相手を組むときに困りませんか?」
萩尾さんは、そんなことはないと答えた。
あたしは疑問に思う。
「練習するときは、だいたいおなじレベルで組まないと意味ないですよね?」
「それは偏見だよ。スポーツとか勉強でも、同レベルのプレイヤーだけ集めて練習させる意味は、あんまりないよ」
「え、そうなんですか?」
萩尾さんは、ちゃんとエビデンスのある話だよ、と言った。
うむむ、そうなのか。
「だったら、じぶんよりずっと下の棋力のひとと指しても上達しますか?」
「練習方法がきちんとしていれば、問題ないんじゃない? そもそもさ、自分より下の棋力のひとと指してて上達しないなら、トップのひとはどうやって上達するの?」
正論。
「ま、ボクは自分がトップだとうぬぼれてるわけじゃないから、毛利先輩や松陰さんとはよく指してるし、ネットで長門やキャッシーとも指してるよ」
Y口県、全体的な棋力は全国平均未満だけど、人数は多いんだよね。あと、全体的に一番まとまってるっぽい。H島は早乙女さんや六連くんが浮いてるし、東と西でもあんまり交流はないから、対照的だった。
チーム力あり、と。メモメモ。
「県外で、とくに注目してる選手はいますか?」
「うーん、いないかな」
「それはあんまり気にしてないって意味で?」
「逆だね。全員気にしてる。総当たり戦だから、強い相手を気にするよりも、一戦一戦きちんと指すことが大事なんじゃないかな。陶芸もそうだよね。最高という言葉に囚われないで、一品一品きちんと作っていかないと」
このひと、ほんとに高校生か?
それとも陶芸によってメンタルが純化されてる?
となりで聞いていた毛利先輩も、
「さすがは萌、勉強になる」
と感心していた。
萩尾さんはひとつタメ息をついて、
「毛利先輩も参加選手なんですから、よろしくお願いしますよ」
とはげました。
「どうも勝てる気がしない」
どんだけ自信がないの、このひと。
それとも、これって演技だったりするのかな。
あたしは毛利先輩に質問をむける。
「毛利先輩が将棋を始めたきっかけは、なんですか?」
「私はお姉さまたちに教えてもらった」
お姉さま? ……あやしい言い回し。
ところが、どうも話を聞いていると、血の繋がった姉妹のことらしい。
しかも、意外な事実が判明する。
「私は三女なのだが、お姉さまたちはみな養子に出ている」
はえ〜ってことはおなじ家庭で育ったわけじゃないんだ。
「お姉さんたちは、強いんですか?」
「ふたりとも県代表クラスだ」
すごい。ってことは三人姉妹でみんな県代表なのか。
毛利先輩が3年生だから、上のふたりは高校を卒業してるってことだよね。
大学生か、それとも社会人か。これは他人の家庭事情を調査する企画じゃないので、ここまでにする。あたしは質問を変えた。
「毛利先輩は、ふだん、どういう練習をしてますか?」
「部員と指したり萌と指したり松陰と指したり松陰の兄と指したり、そんな感じだ」
「しょういん?」
「松陰のあだ名だ」
そういえば、松陰ってひとがY口のブレイン役なんだっけ。
今日は来てないっぽいね。もしかしてスパイだと思われて避けられたのかな。
「ネット将棋は?」
「たまにするが、スマホの操作がうまくない」
このひとも、萩尾さんとはべつの意味で女子高生っぽくないなぁ。
まあ、H島の強豪もあんまりひとのことは言えないけど。
「毛利先輩は、注目している選手がいますか?」
「いや、とくにはいない……と言いたいところだが、T取の梨元は私から千円借りてまだ返していない。早く返して欲しい」
それは大会となにも関係がないね。
金銭の貸し借りには気をつけよう。
さて、将棋関連は把握したので、ちょっとプライベートな方向へ。
「おふたりの趣味はなんですか?」
「サイクリング」
「昼寝」
これまた対照的だなぁ。
あたしは萩尾さんに、
「陶芸は趣味じゃないんですか?」
とたずねた。
「いや、これ、仕事なんだけど……」
「あ、すみません。ですね。サイクリングが好きな理由ってなんですか?」
「あちこち回って、自然を観察するのが好きなんだよね」
それで美意識を磨いているとか?
たしかに写真もあちこち回って撮ったほうがいいって指導されるね。
習うより慣れろというか、経験がものをいうというか。
次は、毛利先輩に質問。
「昼寝が趣味なんですか?」
「うむ、飼い犬をもふもふしながら寝ると最高だ」
あ、いいっすねぇ〜もふもふ最高。
「犬飼ってるんですか?」
「ゴールデンレトリバーを一匹」
でかい。あれと添い寝したら、全身もふもふできそう。
これには犬井くんも乗ってきて、
「僕もコーギー飼ってます」
と言った。
コーギーもいいよね。コーギーのお尻ふりふりしているところがかわいい。
萩尾さんもなにか飼っていないのかな。質問してみる。
「セキセイインコを飼ってる」
「色は?」
「青と黄色」
「しゃべったりします?」
「多少は」
こっちはペットといちゃいちゃイベントはあんまり聞けなさそうかな。
あたしは時計を確認する。そろそろI国へ移動しないと、時間がないね。
「最後に、萩尾さんのとっておきの作品、見せてもらえませんか?」
「いいよ。ちょうどいいから、窯出ししようか」
萩尾さんは、窯のなかに入って、3つほど持ち出してきた。
どれも、ぐい呑っていう種類だ。西洋でいうコップだね。
ひとつは、ムラのある青さが絶妙な色合い。
ひとつは、ちょっとかたちがイビツで、釉薬が砂糖菓子のようだった。
最後のひとつは、飲み口がやや広くなっていて、紫に白い雲がかかったような感じ。
どれも細かいヒビが入っている。これは貫入だね。萩焼の特徴らしい。
「さて、どれが一番よさそう?」
うわぁ、格付けチェックか。まいったな。
「触ってみても、いいですか?」
「ごめん、出したばかりだから、タッチはちょっと」
それもそうか。
何十万もするといけないから、あんまり持ち上げないほうがいいね。
一個一個、じっくりと観察する。
「けっこういい感じでしょ」
「はい」
うーん、どれが一番高いかな。
こういうときって、かたちが整ってないほうが高い印象。
あたしは犬井くんにも確認してみた。
「どれが一番良さげ?」
犬井くんはカメラを片手に、じっとぐい呑を観察。
「……2番かな」
よし、意見がそろった。あたしは2番目だと答える。
「このちょっとかたちが変わっているのが一番だと思います」
「へぇ、そうなんだ」
……………………
……………………
…………………
………………答えは?
「答えは、なんでしょうか?」
萩尾さんは、きょとんとした。
「答えって?」
「どれが一番高いか、って質問ですよね? 2番じゃないんですか?」
萩尾さんはポンとひざを叩いて、破顔一笑した。
「値段を訊かれたと思ったの? ボクは純粋にどれが好みかって訊いただけだよ」
マジ? これは恥ずかしい。
「すみません、あたしたち、てっきり値段の話かと……」
「え? 僕は『2番が一番好き』って意味で言ったんだけど?」
金の話をしてたの、あたしだけかーいッ!
っていうか、犬井くん、フォローして、フォロー。女の子が困ってるんだよ。
萩尾さんはにっこりして、
「分かるよ。だいたいみんな値段を気にするからね。でもさ、千円で売られてるワゴンの萩焼が好み思うなら、それを使っていいんだよ。美的感覚なんて、人それぞれだし。高級車が好みじゃないひとがいても、それはそのひとが悪いわけじゃないだろ」
「萩尾さんがそれを言うんですか?」
「もちろん。だって、ボクはボクのセンスで作ってるんだから。ボクがいいと思ったものは、たとえ品評会で値がつかなくても、かけがいのない作品だよ」
かっこよすぎィ!
あたしは悶絶する。同世代なのになぜこうも差がついた。環境、慢心。
一方、これを見ていた毛利先輩は、
「ふぅむ、もうすこし、かわいらしいのはないのか? ピンクピンクしてるやつとか」
と、我が道を行った。
「アハハ、毛利先輩らしいや。そういうのもありますよ。お茶でも点てて飲みますか」
茶菓子も用意してあると、萩尾さんは言った。
やったね。役得、役得。
え? 時間? まあまあ、多少はね?
レッツ、茶道ッ!




