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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
378/686

366手目 出世の糸口

※ここからは、葉山はやまさん視点です。

【2015年5月28日(木)】


「いやぁ、今回の現像げんぞう、神技でしょ」


 ヴィーヴィー

 

 ん? 電話?

 私は現像室から出た。スマホを確認する――知らない番号だ。

 どうしよう、変な勧誘だったらめんどうだけど……ま、出ますか。

「もしもし、葉山です」

《突然の電話でもうしわけない。囃子原はやしばら礼音れおんだ》

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………はい?

「あの、もしもし、どなたでしょうか?」

《これは失礼した。囃子原グループの……いや、この自己紹介もめんどうか。日日にちにち杯のスポンサーの囃子原だ。日日杯は知っているだろう?》

 あ、それならわかる。8月に開催されるおっきな大会だ。

 捨神くんとかも参加するから、よく話題になっている。

 スポンサーは、西日本で最大の囃子原グループ……囃子原グループから電話ッ!?

「あわわわ、す、すみません、知らない番号だったので……」

 ん……ちょっと待ってよ。ほんもの?

 これ、詐欺なんじゃないでしょうね。

「もしもし、囃子原グループが、あたしになんの用ですか?」

《ずいぶんと懐疑的な声だな。オレオレ詐欺を疑っているのか?》

 ぎくぅ──とはいえ、こんな電話がかかってきたら疑わなきゃダメよね。

「で、なんの用ですか?」

《きみの記事を読ませてもらった。駒桜こまざくらの強豪校がおもしろく紹介されていたな》

 あ、読んでくれたんだ、照れるなぁ。

 記者ってこういうのを褒められるのが一番うれしいよね。

「いやぁ、褒めてもなにも出ませんよ」

《そこで頼みたいことがある……日日杯の紹介記事を書いてもらえないだろうか》

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え?

「あ、あたしがですか? あたし、じつは将棋弱くて……」

《問題ない。もうひとり記者をつける。彼は将棋が強いぞ》

 え、いや、でも……あたしでいいの?

 迷う。迷うけど――あたしは腹をくくった。

「わかりました。引き受けます」

 迷ったら取る。将棋でも取材でも基本。消極性は悪手。

 出世の道はどこに落ちてるのかわかんない。

《よい返事をありがとう。それでは、一度本社に来てくれたまえ。迎えにあがる》

 そこで電話は切れた。

 いや、迎えにあがるって……場所も時間も指定されてないんだけど。

 もしかして、イタズラ電話だった? ドッキリスペシャルとか?

 あたしのこと持ち上げといて、どっかで落とす気じゃないでしょうね。あたしは、そのあたりにスタッフが隠れていないかどうか確認した。いない。

 うーん、囃子原くん本人だって証拠はどこにも……ん? 外が騒がしい。

 あたしは窓をあけた……って、ヘリコプターッ!?


  ○

   。

    .


 というわけで、まさかのヘリ送迎。

 あたしはO山市にある囃子原本社ビルにいた。

 ひえー、すっごい高層ビル。豪勢な待合室から、下界を見下ろす。駅もO山城も一望できる立地だった。あたしがいるのは、何階なんだろう。感覚的に30階くらいかな。屋上のヘリポートに着陸して、そこからエレベータで何階かさがった。正確な数字は、緊張していておぼえていない。

 しばらく展望を楽しんでいると、うしろでドアが開いた。

「お次のかた、どうぞ」

 帯刀たいとうした女子高生が、あたしに声をかけた。

 怖いなぁ。ボディガードかな。

 あたしはおずおずと、囃子原くんのオフィスに案内された。まるでドラマに出てくる社長室みたいだ。うしろがガラス張りで、重厚な木製のテーブルに羽ペン。あれでサインするのかなぁ。案外、あれで宿題してたりして。御曹司とはいえ、高校生だもんね。

 囃子原くんは椅子に座ったまま、あたしを正面から見据えた。おかっぱ頭の少年。一見普通の男子高校生なんだけど、どことなく威厳があった。もっと年上に感じる。これが帝王学ってやつ? それともレインボー効果かな?

「いそがしいところ、ご足労いただき光栄だ」

「えー、本日はお招きいただきまして、不肖ふしょう葉山はやまひかる……」

「ハハハ、堅苦しいあいさつはよしたまえ。用件を言おう」

 囃子原くんはパチリと指を鳴らした。

 天井からモニタが降りてくる。中四国のマップが表示された。

 各県に、何人かずつ高校生の顔写真が浮かび上がる。捨神くんもいるね。

 囃子原くんの依頼は単純だった。資金援助するから、週末を利用して、中四国の代表選手にそれぞれインタビューして欲しい。それだけ。ようするに、取材旅行の申し出。普通なら即決でOKするんだけど、今回はべつ。

「えーとですね、あたしはさっきも言ったように棋力がそんなに……」

「安心したまえ。サポートをつける……犬井いぬい

 べつのドアから、メガネをかけた少年があらわれた。

 おっと、なかなかいい男じゃーん。爽やか系。

 首から一眼レフカメラをぶらさげているのも好印象。

「彼はO山県の将棋広報を担当している犬井くんだ。彼がきみをサポート……いや、この言い方は誤解をまねく。きみと犬井で対等に協力して取材して欲しい」

 名前は以前から知っていた。高校将棋連盟の広報誌で有名な記者だ。

 こんどこそ快諾。

 さらに押す。

「で、ギャラのほうは……ひえッ!?」

 あたしの喉元に、うしろから日本刀が押し付けられた。

 さっきの受付の子だった。

「きさま、あまり調子に乗ると首が落ちるぞ」

 ひええええ、お助け。

「ハハハ、剣、客人をおどしてはいかん。彼女の言い分はもっともだ。労働には正当な対価を支払う準備が囃子原グループにはある。1県あたり10万でどうかな。もちろん、経費はべつだ。純粋に取材料として支払う」

 10万ッ!? ってことは中四国9県あるから90万ッ!?

 はわわわ、失禁しそう。高校生には大金だ。

「やりますやります絶対やりますッ!」

「よろしい。では、犬井と相談して、好きな県から始めたまえ」

 やったぁ。これ帰ったらこどもNISAに入ろ。

 あたしは犬井くんともあいさつする。

「葉山光です。よろしく」

「犬井良太です。よろしく。葉山さんの記事、読ませてもらったよ。着眼点がユニークでおもしろいね」

「いやぁ、それほどでも。犬井くんの記事も読ませてもらってます」

 おたがいに誉め殺しになる。

「まわる順番は、葉山さんに任せるよ。僕が所属してる大都会高校は、囃子原グループが出資してる私立学校だからね。公欠は簡単にとれるんだ」

 治外法権かーい。囃子原グループ、聞きしに勝る強権っぷり。

 となりで会話を聞いていた囃子原くんは、愉快そうに笑った。

「ハハハ、それではふたり仲良く、いい記事を作ってくれたまえ。期待している」


  ○

   。

    .


【2015年5月30日(土)】


 さてさて、週末になりました。

 あたしが最初に選んだのは、ずばり、Y口け〜ん。

 やってまいりました。はぎです。吉田よしだ松陰しょういんの街。山と日本海に囲まれた観光地。和風の白壁があちこちにあって、茶屋や着物姿のひともいた。もと城下町なんだよね。今日は暑からず寒からずで、ちょうどいい気候だ。天気は晴れ。

 あたしの前には、おばさんファッションセンスの女子高生がひとり。苔色のチュニックにベージュのワイドパンツ。黒髪ロングでちょっと抜けてそうなこのひとこそ、Y口県将棋界のヘッド、毛利もうり輝子てるこ先輩だ。

「毛利先輩、今日はよろしくお願いします」

「うむ、最初にY口を選ぶとは、なかなか目が高いな」

「はい、H島の隣なので、めいわくかけても怒られないかな、と」

「は?」

 まあまあまあ、落ち着いて。

 やっぱりさ、最初は取材の段取りとかむずかしいから、やらかしても問題なさそうなところから始めるのが常道だよね。だったらH島にしろ、って言われそうだけど、H島は顔見知りが多いからさ、ヘマするとかえってしこりが残る。

 あたしはペンを舐め舐め、手帳をめくる。

「さっそく取材させてもらいます。ずばり、優勝の自信は?」

「ふーむ、私はムリだろうが、もえはいけると思う」

 なるほど、そこは事前調査通りかな。

 萩尾はぎおもえっていうひとが、Y口最強なだけでなく、中四国でも最上位層なんだよね。

 その萌ちゃんに取材したいんだけど……来てないね。

「萩尾さんは、どこにいるんですか?」

「萌は仕事中だ」

「仕事? ……補習とか?」

「なにも知らんのだな。萌は超高校級の陶芸家だぞ」

 ぐぅ、そうだった。そういえば、裏見うらみ先輩が一度、萩尾さんの作品を見せてもらったとか言っていた気がする。100万円でびっくりした、とか*。裏見先輩も、なんだかんだでお金をけっこう大事にしてるタイプだよね。

 松平まつだいら先輩、将来稼がないと嫌われちゃうぞ。

 と、話が逸れた。

「その工房まで案内していただけちゃったりしません?」

「いいぞ。かままで案内してやろう」

 よし、ここはついでに超高校級の陶芸もみせてもらって、一般紙にも投稿しよう。

 あたしたちはレンタル自転車に乗って、萩尾さんの工房へとむかった。

*147手目 食べたら飲む、飲んだら食べる

https://book1.adouzi.eu.org/n2363cp/159/

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