366手目 出世の糸口
※ここからは、葉山さん視点です。
【2015年5月28日(木)】
「いやぁ、今回の現像、神技でしょ」
ヴィーヴィー
ん? 電話?
私は現像室から出た。スマホを確認する――知らない番号だ。
どうしよう、変な勧誘だったらめんどうだけど……ま、出ますか。
「もしもし、葉山です」
《突然の電話でもうしわけない。囃子原礼音だ》
……………………
……………………
…………………
………………はい?
「あの、もしもし、どなたでしょうか?」
《これは失礼した。囃子原グループの……いや、この自己紹介もめんどうか。日日杯のスポンサーの囃子原だ。日日杯は知っているだろう?》
あ、それならわかる。8月に開催されるおっきな大会だ。
捨神くんとかも参加するから、よく話題になっている。
スポンサーは、西日本で最大の囃子原グループ……囃子原グループから電話ッ!?
「あわわわ、す、すみません、知らない番号だったので……」
ん……ちょっと待ってよ。ほんもの?
これ、詐欺なんじゃないでしょうね。
「もしもし、囃子原グループが、あたしになんの用ですか?」
《ずいぶんと懐疑的な声だな。オレオレ詐欺を疑っているのか?》
ぎくぅ──とはいえ、こんな電話がかかってきたら疑わなきゃダメよね。
「で、なんの用ですか?」
《きみの記事を読ませてもらった。駒桜の強豪校がおもしろく紹介されていたな》
あ、読んでくれたんだ、照れるなぁ。
記者ってこういうのを褒められるのが一番うれしいよね。
「いやぁ、褒めてもなにも出ませんよ」
《そこで頼みたいことがある……日日杯の紹介記事を書いてもらえないだろうか》
……………………
……………………
…………………
………………え?
「あ、あたしがですか? あたし、じつは将棋弱くて……」
《問題ない。もうひとり記者をつける。彼は将棋が強いぞ》
え、いや、でも……あたしでいいの?
迷う。迷うけど――あたしは腹をくくった。
「わかりました。引き受けます」
迷ったら取る。将棋でも取材でも基本。消極性は悪手。
出世の道はどこに落ちてるのかわかんない。
《よい返事をありがとう。それでは、一度本社に来てくれたまえ。迎えにあがる》
そこで電話は切れた。
いや、迎えにあがるって……場所も時間も指定されてないんだけど。
もしかして、イタズラ電話だった? ドッキリスペシャルとか?
あたしのこと持ち上げといて、どっかで落とす気じゃないでしょうね。あたしは、そのあたりにスタッフが隠れていないかどうか確認した。いない。
うーん、囃子原くん本人だって証拠はどこにも……ん? 外が騒がしい。
あたしは窓をあけた……って、ヘリコプターッ!?
○
。
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というわけで、まさかのヘリ送迎。
あたしはO山市にある囃子原本社ビルにいた。
ひえー、すっごい高層ビル。豪勢な待合室から、下界を見下ろす。駅もO山城も一望できる立地だった。あたしがいるのは、何階なんだろう。感覚的に30階くらいかな。屋上のヘリポートに着陸して、そこからエレベータで何階かさがった。正確な数字は、緊張していておぼえていない。
しばらく展望を楽しんでいると、うしろでドアが開いた。
「お次のかた、どうぞ」
帯刀した女子高生が、あたしに声をかけた。
怖いなぁ。ボディガードかな。
あたしはおずおずと、囃子原くんのオフィスに案内された。まるでドラマに出てくる社長室みたいだ。うしろがガラス張りで、重厚な木製のテーブルに羽ペン。あれでサインするのかなぁ。案外、あれで宿題してたりして。御曹司とはいえ、高校生だもんね。
囃子原くんは椅子に座ったまま、あたしを正面から見据えた。おかっぱ頭の少年。一見普通の男子高校生なんだけど、どことなく威厳があった。もっと年上に感じる。これが帝王学ってやつ? それともレインボー効果かな?
「いそがしいところ、ご足労いただき光栄だ」
「えー、本日はお招きいただきまして、不肖、葉山光……」
「ハハハ、堅苦しいあいさつはよしたまえ。用件を言おう」
囃子原くんはパチリと指を鳴らした。
天井からモニタが降りてくる。中四国のマップが表示された。
各県に、何人かずつ高校生の顔写真が浮かび上がる。捨神くんもいるね。
囃子原くんの依頼は単純だった。資金援助するから、週末を利用して、中四国の代表選手にそれぞれインタビューして欲しい。それだけ。ようするに、取材旅行の申し出。普通なら即決でOKするんだけど、今回はべつ。
「えーとですね、あたしはさっきも言ったように棋力がそんなに……」
「安心したまえ。サポートをつける……犬井」
べつのドアから、メガネをかけた少年があらわれた。
おっと、なかなかいい男じゃーん。爽やか系。
首から一眼レフカメラをぶらさげているのも好印象。
「彼はO山県の将棋広報を担当している犬井くんだ。彼がきみをサポート……いや、この言い方は誤解をまねく。きみと犬井で対等に協力して取材して欲しい」
名前は以前から知っていた。高校将棋連盟の広報誌で有名な記者だ。
こんどこそ快諾。
さらに押す。
「で、ギャラのほうは……ひえッ!?」
あたしの喉元に、うしろから日本刀が押し付けられた。
さっきの受付の子だった。
「きさま、あまり調子に乗ると首が落ちるぞ」
ひええええ、お助け。
「ハハハ、剣、客人をおどしてはいかん。彼女の言い分はもっともだ。労働には正当な対価を支払う準備が囃子原グループにはある。1県あたり10万でどうかな。もちろん、経費はべつだ。純粋に取材料として支払う」
10万ッ!? ってことは中四国9県あるから90万ッ!?
はわわわ、失禁しそう。高校生には大金だ。
「やりますやります絶対やりますッ!」
「よろしい。では、犬井と相談して、好きな県から始めたまえ」
やったぁ。これ帰ったらこどもNISAに入ろ。
あたしは犬井くんともあいさつする。
「葉山光です。よろしく」
「犬井良太です。よろしく。葉山さんの記事、読ませてもらったよ。着眼点がユニークでおもしろいね」
「いやぁ、それほどでも。犬井くんの記事も読ませてもらってます」
おたがいに誉め殺しになる。
「まわる順番は、葉山さんに任せるよ。僕が所属してる大都会高校は、囃子原グループが出資してる私立学校だからね。公欠は簡単にとれるんだ」
治外法権かーい。囃子原グループ、聞きしに勝る強権っぷり。
となりで会話を聞いていた囃子原くんは、愉快そうに笑った。
「ハハハ、それではふたり仲良く、いい記事を作ってくれたまえ。期待している」
○
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【2015年5月30日(土)】
さてさて、週末になりました。
あたしが最初に選んだのは、ずばり、Y口け〜ん。
やってまいりました。萩です。吉田松陰の街。山と日本海に囲まれた観光地。和風の白壁があちこちにあって、茶屋や着物姿のひともいた。もと城下町なんだよね。今日は暑からず寒からずで、ちょうどいい気候だ。天気は晴れ。
あたしの前には、おばさんファッションセンスの女子高生がひとり。苔色のチュニックにベージュのワイドパンツ。黒髪ロングでちょっと抜けてそうなこのひとこそ、Y口県将棋界のヘッド、毛利輝子先輩だ。
「毛利先輩、今日はよろしくお願いします」
「うむ、最初にY口を選ぶとは、なかなか目が高いな」
「はい、H島の隣なので、めいわくかけても怒られないかな、と」
「は?」
まあまあまあ、落ち着いて。
やっぱりさ、最初は取材の段取りとかむずかしいから、やらかしても問題なさそうなところから始めるのが常道だよね。だったらH島にしろ、って言われそうだけど、H島は顔見知りが多いからさ、ヘマするとかえってしこりが残る。
あたしはペンを舐め舐め、手帳をめくる。
「さっそく取材させてもらいます。ずばり、優勝の自信は?」
「ふーむ、私はムリだろうが、萌はいけると思う」
なるほど、そこは事前調査通りかな。
萩尾萌っていうひとが、Y口最強なだけでなく、中四国でも最上位層なんだよね。
その萌ちゃんに取材したいんだけど……来てないね。
「萩尾さんは、どこにいるんですか?」
「萌は仕事中だ」
「仕事? ……補習とか?」
「なにも知らんのだな。萌は超高校級の陶芸家だぞ」
ぐぅ、そうだった。そういえば、裏見先輩が一度、萩尾さんの作品を見せてもらったとか言っていた気がする。100万円でびっくりした、とか*。裏見先輩も、なんだかんだでお金をけっこう大事にしてるタイプだよね。
松平先輩、将来稼がないと嫌われちゃうぞ。
と、話が逸れた。
「その工房まで案内していただけちゃったりしません?」
「いいぞ。窯まで案内してやろう」
よし、ここはついでに超高校級の陶芸もみせてもらって、一般紙にも投稿しよう。
あたしたちはレンタル自転車に乗って、萩尾さんの工房へとむかった。
*147手目 食べたら飲む、飲んだら食べる
https://book1.adouzi.eu.org/n2363cp/159/




