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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第35局 吉良義伸はうらやましい(2015年7月12日日曜)
367/686

355手目 好きのピークを過ぎて

「まいったな。4六銀だ」

 吉良きら先輩は銀を逃げました。

 まだ後手が明確にイイとは言えませんね。3四になにか打ち込まれると崩壊します。

 最悪、3八飛〜3四銀と切ってくる可能性がありますか。

「4二玉です」

 僕は先逃げを選択。

「冷静だな……」

 吉良先輩、小考。のこり1分なので使い切るつもりですね。

 

 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 こんどは4筋ですか……放置しましょう。

「3六歩です」

「切るぜ。3八飛」


挿絵(By みてみん)


 あ、予想どおり切ってきました。

 同成桂、4四歩で、吉良先輩の方針は明確に。

 4六に銀がいるので、入玉しにくい状態です。

 ふつうに攻めましょう。

「2八飛です」

 4五桂、4八成桂、6八金。

 ここで僕も30秒将棋に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 渾身の突き。

 左右挟撃に持ち込みます。

 同歩、8五歩。

「さすがに相手にしてられないな。5三歩」

 8六……無謀ですか。6二金といったん退避。

 吉良先輩も8五歩と手をもどしてきました。

 ここで、観戦者の阿南あなん先輩が、

「なんだ、けっきょく相手にしてるじゃん」

 とツッコミを入れました。吉良先輩は顔をあげずに、

「おーい、阿南、外野は静かにしろ」

 と言ってから、チェスクロを押しました。

 僕は5八成桂とすり寄ります。


挿絵(By みてみん)


 優勢になったっぽいです。

 少なくとも後手が悪いってことありませんよね?

 吉良先輩に作戦勝ちからの寄り切りが成功するかも。どきどき。

「くそぉ、こりゃ研究にハマったな」

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 この手は……手順に引きつけですか。

 5七同成桂に同銀で連結させる、と。なるほど。

 大山おおやま康晴やすはるみたいな手です。

 とはいえ、取るしかありません。

 5七同成桂、同銀。

 ここで3五金と歩を払います。

「入玉のおまけつきか。そいつは阻止だ。3三銀」

「5一玉」


挿絵(By みてみん)


 あえてここに引きます。

「王手角取り許容? ……あッ」

 気づかれましたか。でも、王手角取りするしかありませんよ、多分。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「しゃーねぇ! 4三桂ッ!」

 6一玉、3一桂成。

 ここで用意しておいた秘策(見破られ済み)をはなちます。

「8五飛です」


挿絵(By みてみん)


 詰めろ桂取り。

 今治いまばり先輩が失敗した十字飛車の意趣返しです。

 8六歩、4五飛、4三歩成。

 これは冷静に同飛。

「駒割り的には金損なんだよな……4四歩」

 不穏な手が来ました。銀はあげます、ってことです。

 飛車の封じ込めと角打ちのタイミングを図っている感じですか。

 先手は最悪1七角〜3五角と取れるので、こちらも安心できません。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3三飛」

 すなおに取ります。

 3二成桂、5三飛、4二成桂、3三飛、4三歩成、3四飛。

 だいぶ翻弄されてしまいましたが、これで包囲網脱出。

「2三角」


挿絵(By みてみん)


 また攻防の手を。

 簡単には勝たせてくれませんね。最終的に一手差勝負になるかも。

 2四飛は馬を作られて寄らなくなります。

「4五桂」

「……4六銀」

 冷静に2四飛。

 4五桂の効果で角は自陣にもどれません。

「こうなりゃ下駄を預けるしかないな。4一角成ッ!」

 むりやり寄せに来ました。速度計算をまちがえないように。

 4六金、5一馬、7一玉、5二成桂、同金、同と。

 同とは詰めろじゃありません。

「5七桂成」


挿絵(By みてみん)


 これは詰めろです(確認)

 飛車の横利きがあるので、6七銀、8七玉、7八銀打、同金、同飛成、9七玉、8七金までです。6七銀に8八玉と逃げるのは6八飛成、同角、8七金以下です。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「くッ、負けました」

「ありがとうございました」

 まわりがちょっと盛り上がります。

「ダーリン、さすがなの〜」

 照れます。とりあえず、吉良先輩からのコメントを待ちましょう。

 吉良先輩はオールバックにしたひたいをコツコツと叩いてから、

「どこが悪かった?」

 とたずねました。

「相土居矢倉は、さすがにおつきあいしすぎかな、と……」

「だな……研究はずしのつもりだったんだが」

 そこは不運でしたね。研究手順は1〜4筋あたりにしか関係していなかったので、吉良先輩が相土居矢倉にしても影響はありませんでした。

 これを聞いた阿南先輩は、

「いやぁ、じつは共同研究なんだよねぇ。これで僕に1勝追加しといていいかな」

 とご機嫌そうでした。

 うばわれる功績。

 そのあと、ちょっとだけ感想戦をして、お菓子を食べて、それからまた将棋を指して解散に。香宗我部こうそかべ先輩と伊代いよちゃんは日日杯の打ち合わせがあるとかで、別行動。僕は吉良先輩のお見送りを命じられました。

 下校して、駅へと向かいます。もうすっかり夏ですね。4時過ぎですが、まだまだ暑いです。半袖のサラリーマンが、ハンカチで顔を拭いています。散歩中の犬もゼェゼェ。げんきなのは近所の小学生くらいでしょうか。

「べつに見送ってもらわなくてもいいんだぜ」

 吉良先輩はポケットに手をつっこんだまま、めんどくさそうな反応。

 でも、さっき道をまちがえそうになっていたような。

 僕たちは歩道を歩きつつ、いろいろと話題を変えました。

「吉良先輩、ダンスの調子はどうですか?」

「ん……まあまあだな」

 なんか微妙な反応。触れて欲しくなかったんでしょうか。

「あ、すみません、今は将棋に集中ですよね」

「いや、将棋オンリーってわけじゃないんだが……」

 吉良先輩は信号を待ちながら、ぼんやりと空を見上げました。

「捨神とも話したんだけどな、やっぱ将棋と藝術ってギャップが大きいんだよ」

「? まあ、ボードゲームとスポーツですし……」

「いや、そこじゃないんだ」

 さっきから僕の反応がズレてるみたいですね。すこし傾聴。

「将棋は外野が勝敗を決めるゲームじゃないだろ。でも、ピアノとかダンスみたいな藝術評価は、当事者じゃなくて外野が決める。そうだよな?」

 あッ……僕はちょっと返答に困りました。

 吉良先輩、むかしはダンスのプロを目指してたけど、どこかの大会の判定に納得がいかなくてやめた、って聞いたことがあります。もしかして、その話なのでしょうか。だとしたら重たいテーマになってきたような。

「そ、そうですね……そうかもしれません」

「んー、そのようすだと、れつは審査員がいる競技はしたことがないんだな」

「あ、はい……」

「まあそうだよな。高校までで他人の主観に左右される評価って、体育と内申くらいしかないもんな。烈が通ってる愛甲あいこうは四国一の進学校だから、大学入試は試験一発勝負で、体育も内申もどうでもいいだろうし」

 あ、いえ、吉良先輩の王手町おうてまちもいい高校で、っていうか論点はそこではなく。

 信号が青になりました。田舎の信号なのですぐ赤に変わります。いそいそ。

 渡りきったところで、僕は思い切って尋ねてみました。

「吉良先輩は、他人に評価されるのがあんまり好きじゃないんですか?」

 吉良先輩はあごに手をあてて黙考。

「……そういうわけじゃないんだよな。審査員にダンスを褒めてもらうのはもちろん好きだし、問題点を指摘してもらうのも悪くはないぜ。勉強になる」

「将棋もダンスも好きなんですね」

「そこに矛盾があるんだよなぁ」

 またまたテツガク。

「烈は知ってると思うけどな、俺はむかし、審査に納得がいかなかったことがある。今でもあるぜ。『あの子のダンスが良かった』って言われて、『いや、あんなの派手にぶん回してるだけだろ』って思うことがさ。コーヘーセーとかキャッカンセーってやつだよな、ダンスに欠けてるのは。ただ反対に、ダンスにはあるが将棋には欠けてるものもある」

「将棋に欠けてるもの……? なんですか?」

「勝敗のない一体感だ」

 ……なるほど、理解しました。

「そうですね、ダンスはみんなが楽しんで踊って勝敗をつけない、ということもできますが、将棋は必ず勝敗がつきますね。勝敗をつけずに全員で差掛けにする方法もあるかもしれませんが、それはもう将棋ではないと思います」

「だろ。ダンスの本質は勝負じゃないが、将棋の本質は勝負なんだよ」

「……吉良先輩、ほんとに将棋とかダンスのことマジメに考えてるんですね」

 吉良先輩はちょっと赤くなって、ひたいを掻きました。

「いや、まあそういうわけでもないんだが……」

 そして、またマジメな表情に。

「とにかくさ、『ダンスのほうの調子はどう』って訊いてきただろ、さっき。俺の答えは『まあまあ』なんだよ。今の俺のなかで、将棋とかダンスってのは『めちゃくちゃ面白いナニか』じゃなくて『よく分かんないけどまあまあ好きなナニか』なんだ……でも、いいことだと思わないか? 好きのピークが過ぎてもある程度好き、ってことだからな」

 あ……それ、なんとなくわかります。みかんちゃんに言うと悲しまれるから一生言わないと思いますけど、みかんちゃんのこと、付き合い始めたときほど好きじゃない……かもしれません。あの頃は1日中みかんちゃんのことを考えてポーッとしてましたけど、今は勉強とか将棋とかにちゃんと取り組めて……多分、みかんちゃんも一緒だと思います。むかしほどべたべたしなくなってますし……でも、これって逆にこれからもうまくいく兆候なんじゃないかなって、そう思います。ものごとって、醒めたときにどれだけ好きが残ってるか、な気がするんです。

 吉良先輩は大股で歩きながら、先をつづけました。

「捨神もたぶんそうなんだよ……ただの勘だけどな。癪だけど、俺とあいつは中四国の高校生将棋指しのなかで一番似てると思う。将棋と二足のわらじで、おたがいに藝術が好きだけどその評価方法に不満がある、って点でな。俺が将棋とダンス以外のことも楽しむようになったように、あいつは将棋やピアノ以外のことも楽しんで……あッ!」

 吉良先輩、いきなりこぶしをにぎってプルプル。

「あいつ、俺の知らないところで彼女作りやがって……しかもあんな美人……マジで許さねぇからな……そこだけ不揃ふぞろいになってるじゃないか……!」

 や、やっぱり気にしてたんですね。

 このまえの日日杯の視察のあとで、気にしてないみたいなこと言ってましたけど。

 というわけで、オチがついたところで終わりです。

 四国勢もがんばりますから、みなさん、応援よろしくお願いします。

場所:愛甲学園将棋部

先手:吉良 義伸

後手:石鉄 烈

戦型:相土居矢倉


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀

▲2六歩 △4二銀 ▲2五歩 △3三銀 ▲4八銀 △5四歩

▲5六歩 △3二金 ▲7八金 △5二金 ▲5八金 △7四歩

▲3六歩 △8五歩 ▲6九玉 △4一玉 ▲7九角 △3一角

▲6六歩 △4四歩 ▲3七桂 △4三金左 ▲6七金左 △3二玉

▲7八玉 △7三桂 ▲4六歩 △6四歩 ▲4七銀 △6三銀

▲2九飛 △8一飛 ▲1六歩 △1四歩 ▲9六歩 △9四歩

▲4五歩 △同 歩 ▲3五歩 △4四銀 ▲3四歩 △同 金

▲2四歩 △同 歩 ▲2五歩 △同 歩 ▲3六銀 △2六歩

▲同 飛 △3五歩 ▲4五銀 △同 銀 ▲同 桂 △2五歩

▲2九飛 △4四歩 ▲3三歩 △同 桂 ▲同桂成 △同 玉

▲4六銀 △4三桂 ▲5七桂 △3六歩 ▲3五歩 △2四金

▲5五歩 △同 桂 ▲5六金 △3八銀 ▲2八飛 △3七歩成

▲同 銀 △4七桂成 ▲4六銀 △4二玉 ▲4五歩 △3六歩

▲3八飛 △同成桂 ▲4四歩 △2八飛 ▲4五桂 △4八成桂

▲6八金 △8六歩 ▲同 歩 △8五歩 ▲5三歩 △6二金

▲8五歩 △5八成桂 ▲5七金引 △同成桂 ▲同 銀 △3五金

▲3三銀 △5一玉 ▲4三桂 △6一玉 ▲3一桂成 △8五飛

▲8六歩 △4五飛 ▲4三歩成 △同 飛 ▲4四歩 △3三飛

▲3二成桂 △5三飛 ▲4二成桂 △3三飛 ▲4三歩成 △3四飛

▲2三角 △4五桂 ▲4六銀 △2四飛 ▲4一角成 △4六金

▲5一馬 △7一玉 ▲5二成桂 △同 金 ▲同 と △5七桂成


まで132手で石鉄の勝ち

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