354手目 相土居矢倉
「なるほどねぇ、5三金の阻止と3一のスペースを空けた手かぁ」
阿南先輩はそう言って小考。
「飛車先を止めるしかないね。7四歩」
堅実、と言いたいところですが、これは後手から手があるような。
「5五角だッ!」
ですね。これが厳しいように思います。
とはいえ、飛車先を止めておかないといけないのも正しいのですが。
阿南先輩は5四金、同歩で金銀を交換。さらに6七桂と打って角を後退させます。
「6四角、と」
「角銀交換してもらうよ。6五歩」
5三角、6四銀。
さっきの局面で8二角なら7三銀からの角銀交換でしたが、5三角でもゴリ押しで交換する方針ですか。6二角と逃げるのは6三銀成と入られて悪化します。
ピッ
ここで吉良先輩が30秒将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同角」
「同歩」
「じゃあこっちは飛車金交換な」
パシリ
「……あッ」
阿南先輩、目をぱちくり。
僕もぱちくりです――これ、飛車を引くと1六歩と伸ばされて終わりです。
先手は歩切れ。1八歩と受けることができません。
「あちゃー、これはやられちゃったかなぁ」
阿南先輩は陽気にそう言いました。
「なんだ、投了か?」
「いやいや、まだ指すよ。僕は今治先輩とちがってあきらめが悪いからね。同飛」
同歩、2五桂、3四玉、6三歩成。
後手の入玉はまだ難しいですかね。いずれにせよ6六歩もありますし、先手劣勢。
「2九飛ッ!」
ここに打たれるとキツいです。攻防。
「6二と」
阿南先輩は冷静にと金を寄りました。
「……さすがに飛車を渡すとめんどうか。3一飛だ」
「飛車の1枚くらいちょうだいよ」
飛車より価値の高い駒って王様しかないです。
阿南先輩は5二とと追撃。
「4三銀」
「うわぁ、からいなぁ。でも今度こそ逃がさないよ。5三と」
吉良先輩は悠々と2五飛成。
先手苦しいですね。後手は最悪入玉含みです。
「こっちも入玉を目指そうか。4三と」
「入玉するとは言ってないぜ。同玉」
あ、しないんですか。たしかに、先手は角金銀ですから、むりに入玉を目指すと危ないかもしれません。
7三歩成、6六桂。
吉良先輩は寄せに突入。
6三と、3三玉。
「是靖さまの奇手ッ! 4一金ッ!」
「飛車龍両取りか」
「そのようすだと読んでたっぽいね」
「悪いがそのとおりだ。同飛」
5二角、3四角、4一角成、7八桂成、同玉。
先手は飛車と角が入れ替わりました。
最悪3二馬と切ってから7二飛でしょうか。
6六歩、5六歩、同角、7二飛。
阿南先輩は、3二馬〜7二飛ではなく単に飛車打ちを選択。
入玉を目指してますね。しかし、7二飛は王手ではないので――
「それは詰むな。6七歩成」
「うーん、8八玉は7七金以下で詰むけど、同銀なら大丈夫じゃないかなぁ。同銀」
「同角成」
「同玉」
「6六歩」
「……投了」
「ありがとうございました」
詰みますね、はい。阿南先輩も6七歩成の時点で気づいていたと思います。5八玉は6七金、4九玉、2九龍、3九合駒、3八金までの簡単な一間龍ですし、7八玉は6七金、8八玉に7七銀と打って、同桂、同金以下、あるいは、7七銀に9八玉、8六桂、同歩、8七銀、同玉、8六銀成以下です。
【参考図】
ちなみに、6六歩に同玉なら5五龍、6七玉(7六玉は6六金の一手詰み)と押し戻してからさきほどの手順で問題ありません。
阿南先輩は「いやぁ、参ったなぁ」と言ってから、
「さーて、もう一局」
と対局を申し込みました。
「おい、次は烈の番だぞ」
「吉良だけ連続で指してずるくな〜い?」
こういう阿南先輩のテンション、若干うらやましいです。
僕は負けがこむと落ち込んでしまうタイプなので。
「みかんか香宗我部先輩と指せばいいだろ」
「ま、それもそうだね。この借りは大きいよ」
将棋の勝敗の貸し借りとは? 八百長はいけません。
「よーし、烈、座れ」
「は、はい」
「ダーリン、がんばるの〜」
彼女に見られながら指すの、苦手なんですよね。
日日杯の本番はおたがいに対局中だからいいですけど。
吉良先輩の振り駒。
「よし、全部オモテ。俺が先手だ。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
僕がチェスクロを押して、対局スタートです。
7六歩、8四歩、6八銀。
矢倉のお誘いでしょうか。
3四歩、7七銀、6二銀、2六歩、4二銀、2五歩。
早めに飛車先を決めてきましたね。
なにかあるのかもしれないので、注意しましょう。
「3三銀です」
4八銀、5四歩、5六歩、3二金、7八金、5二金、5八金。
このへんはサクサクです。
僕は7四歩、3六歩、8五歩で飛車先を伸ばすかたちを選択。
最近は9四歩〜9三桂はあんまり指されないみたいですね。
6九玉、4一玉、7九角、3一角、6六歩、4四歩、3七桂。
さあ、ここまではほとんどノータイムの応酬でした。
僕は手を止めて、30秒ほど小考。
「……4三金左です」
「へぇ、21世紀に土居矢倉ねぇ。研究を用意してたか……本番じゃないのに披露していいのか? ……ってわけでもないか。むしろ本番で実験するほうがおかしいよな。俺も付き合うぜ。6七金左」
え、そういう付き合い方なんですか。ちょっと困惑。
ちなみに土居矢倉というのは土居市太郎名誉名人が愛用した囲いです。
3二玉、7八玉、7三桂、4六歩、6四歩、4七銀、6三銀。
これが完成形です。金銀の連結が変わってますよね。
それにしても、相土居矢倉になるとは予想していませんでした。
先手からの同型開戦になりそうです。
2九飛、8一飛、1六歩、1四歩、9六歩、9四歩。
ここで吉良先輩の長考。
4五歩だと思うのですが、そのあとの展開を読んでいそうです。僕としては、4五歩、同歩に3五歩と予想して、そこで4四銀とかわす手を考えています。
(※図は石鉄くんの脳内イメージです。)
ちょっと怖いですけど、なんとか。今回みたいな相土居矢倉ではないんですけど、阿南先輩と研究したかたちに部分的に似てきました。玉頭の攻防なら応用できそうです。
後手は受ける展開になりますね……っと、吉良先輩が動きました。
「4五歩」
同歩、3五歩、4四銀、3四歩、同金。
「おいおい、受け一辺倒でいいのか? 2四歩」
厳しいです。がんばります。
同歩、2五歩、同歩。
「ん……マジで全受けなのか? 3六銀だ」
ここでしれっと2六歩。
「……同飛」
からの2筋じゃなくてこちらへ歩打ち。
パシリ
「!」
吉良先輩も、さすがにこれは読んでなかったみたいですね。
この手は2五銀で一見危ないんですけど、阿南先輩たちと検討したときは、そこまで悪くないという結論になりました。例えば、2五銀、同金、同桂に2三銀と一回打って、2四歩の追撃には3四銀とかわします。
【参考図】
これが意外としぶといです。以下、1五歩からの端攻めが来ると思うので、反動を利用しながら盛り上がっていきます。このとき、王様を4筋に逃がしやすいのが、土居矢倉を採用しているメリットです。銀矢倉でこのかたちを選択すると崩壊します。
吉良先輩は大きく息をついて、後ろ髪をなでつけました。
「こいつは読んでなかったな……」
吉良先輩、意外とすなお。
先手は土居矢倉にしたメリットがいまいち感じられないんですよね。
ただ、これで後手がいいというわけでもないと思います。日日杯の本番じゃなくて練習試合でぶつけた理由は、ひねってるわりに後手よしになっていないから、です。今回みたいな15分30秒将棋なら、時間を削るという追加効果が得られるんですよね。
「……4五銀」
あ、そっちですか……これも研究してあります。
「同銀」
4五桂にあわてず2五歩と蓋をします。
2九飛、4四歩、3三歩、同桂、同桂成、同玉。
これで2筋、3筋は清算できました。
「4六銀」
追撃してきましたか。先手はこのままだと押し込まれるので、当然ではあります。
「4三桂です」
桂馬で下支え。
「放置だと銀が4五歩で追い返されるか……5七桂」
角筋が遮断されたので3六歩と伸ばします。
3五歩、2四金、5五歩。
先手も手順を駆使してきています。ここは反動を狙いましょう。
1分ほど使って念入りに読んで――
「同桂です」
「桂跳ね? ……3八銀〜4七桂成か?」
ご明察です。
後手玉の薄さを代償に、このまま攻めの堡塁を作りましょう。
「上を厚くする。5六金」
3八銀、2八飛、3七歩成、同銀、4七桂成。
さあ、これで先手陣に食らいつけました。
僕も負けっぱなしはイヤなので、がんばっちゃいますよ。
場所:愛甲学園将棋部
先手:阿南 是靖
後手:吉良 義伸
戦型:相掛かり
▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩 ▲7八金 △3二金
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩 ▲2六飛 △7二銀
▲1六歩 △1四歩 ▲6九玉 △6四歩 ▲5九金 △6三銀
▲9六歩 △7四歩 ▲4八銀 △7三桂 ▲3六歩 △3四歩
▲7六歩 △4二玉 ▲3七桂 △6二金 ▲3五歩 △同 歩
▲7五歩 △8八角成 ▲同 銀 △7五歩 ▲7四歩 △同 銀
▲7一角 △7二飛 ▲6二角成 △同 飛 ▲8四金 △6五銀
▲7三金 △6一飛 ▲7七銀 △4四歩 ▲1五歩 △同 歩
▲7九玉 △3三玉 ▲6六歩 △5四銀 ▲7四金 △7一飛
▲6四金 △7六歩 ▲6八銀 △4二銀 ▲7四歩 △5五角
▲5四金 △同 歩 ▲6七桂 △6四角 ▲6五歩 △5三角
▲6四銀 △同 角 ▲同 歩 △3六金 ▲同 飛 △同 歩
▲2五桂 △3四玉 ▲6三歩成 △2九飛 ▲6二と △3一飛
▲5二と △4三銀 ▲5三と △2五飛成 ▲4三と △同 玉
▲7三歩成 △6六桂 ▲6三と △3三玉 ▲4一金 △同 飛
▲5二角 △3四角 ▲4一角成 △7八桂成 ▲同 玉 △6六歩
▲5六歩 △同 角 ▲7二飛 △6七歩成 ▲同 銀 △同角成
▲同 玉 △6六歩
まで104手で吉良の勝ち




