337手目 第5課題:歌って踊って
「将棋仮面ッ!」
私はおどろいて、ペットボトルを落としかけた。
ギリギリ空中でキャッチ。
「おどかさないで」
「どうだ、調子は?」
「……まあまあね」
「順位は?」
「さっき足切りがあって、8人まで減ったわ。そのなかで8位」
「ふむ、あまりかんばしいとは言えないな」
言われなくてもわかっている。
わたしはプイッと横をむいた。
「で、わざわざそれを言いに来たの? 家で留守番してなさいって言ったでしょ?」
「録画は見終わった。すこしヒマになってな……とはいえ、協力はできないが」
あたりまえだ。
この変態が会場にあらわれでもしたら、私が失格になりかねない。
「オーディションは自力で勝ち取るものよ。ヘルプは必要ないわ」
「オーディションは自力、か……レモンはあいかわらずマジメだな。もうすこし楽しんで受けたほうがいい。それに……」
「それに?」
「呉越同船という言葉もある。敵でもなんでも、使えるものは使うことだ」
「ヒーローっぽくない発言ね」
「……そうかもしれない」
すなおな返事で、私は拍子抜けしてしまった。彼らしくない。もうひとことくらい声をかけようかと思ったけど、将棋仮面は私に背をむけて、会場とは反対のろうかに消えた。
いったいなにが言いたかったのか、さっぱり――っと、もう時間だ。
○
。
.
《さて、十分な休憩はとれただろうか。第5課題に入る。これが準決勝だ。今回も足切りで半分に減らし、最終課題は4名でおこなう》
会場からは、とくに目立った反応はなかった。
のこり2課題というのは、ほかのメンツも予想していたらしい。
囃子原先輩はさきをつづける。
《第4課題が将棋に特化した内容になったことにかんがみて、第5課題はテンペストのメンバーに決めてもらいたい。葉隠くん、どうかね、なにか提案は?》
いきなり指名された葉隠くんは、興味がなさそうに、
「リーダー、出番だぞ」
と、結城くんにふった。
結城くんは笑いながら、
「こらこら、葉隠が指名されたんだから、葉隠が考えなきゃダメだろ」
と、やんわり拒否った。
「俺はリーダーをさしおいてでしゃばる気はない」
「だったらリーダー命令だよ、葉隠」
「……」
葉隠くんは審査員のテーブルにひじをついて、しばらく瞑想した。
「……歌とダンス。選曲は自由だ」
うぅうううう……めちゃくちゃオーソドックスなのがきた。
《ほほぉ、そのお題の趣旨は?》
「こってりしたもののあとには、箸休めが必要だろう」
《ハハハ、たしかに、懐石料理でも、一汁三菜のあとは箸洗いと決まっている。葉隠くんは和の心にも通じているようだ。では、カラーボールを引いてもらおう》
スタッフがカラーボールを配り始めた。
すると、ひとりの応募者が手をあげた。
「すみません、これってデュエット曲の場合は、どうすればいいんですか?」
《そうだな……それも葉隠くんに決めてもらいたい》
葉隠くんは、また目を閉じた。
「……デュエットの場合は、2人で組めばいいんじゃないか。ただし、人数が多いと採点がしづらくなる。トリオやカルテットは遠慮して欲しい」
「ご回答、ありがとうございました」
その子はお礼をいうと、すぐにべつの応募者の子とくっついた。
ずいぶん手際がいい。そう思っていると、スタッフに声をかけられた。
「内木レモンさん、どうぞ」
「あ、はい」
私はボールをひいた。3番だった。
「では、曲を考えておいてください」
「今、申告しなくていいんですか? マイナーな曲を選ぶかもしれないですよ?」
音楽系のオーディションでは、大きくわけて2つの戦略がある。ひとつは、思いっきりメジャーな曲を選ぶ方法。歌唱力に自信のある子が使う戦略だ。メジャー曲のほうが作り込まれているし、知名度もあるから伝わりやすい。でも、これにはデメリットがある。それは、個性を出しにくい、という点だ。
そこで、もうひとつの戦略が出てくる。自分のイメージに合ったマイナー曲で勝負する方法。私は歌とダンスが上級者じゃないから、後者の戦略を考えていた。ここで一番困るのは、「その曲は準備できない」と言われてしまうことだった。
ところが、その心配は完全に杞憂で、
「囃子原グループは、全国の著作権管理団体と包括協定を結んでいます。また、非加盟のアーティストさんたちとも個別に契約を締結しています。漏れはまずありませんので、ご安心を」
と言われた。なら、大丈夫かな。アングラミュージックってほどじゃないし。
スタッフがボールを配り終えて、さっそく審査が始まった。
《では、1番、天城せいらくん》
「はい、わたしは花咲萌絵さんとデュエットをします」
天城さんは曲名を伝えた。
花咲さんというのは、第1課題で天然聞き手役をしていた子だ。
ふたりは壇上にあがって、イントロを待った。
《それでは、ミュージックスタート!》
CMでよく耳にする激しいイントロ。
ふたりは頭を左右に倒すステップから、複雑な足さばきをみせた。
そこから豊かなビブラードで歌い始める。
観戦しているメンバーからも、思わず「うわぁ」という羨望の声がもれた。
ふりつけが正確なだけじゃない。リズムがぴったりあっているのだ。
3分ほどのショーだったけど、終わったときには拍手が起こった。
《すばらしい。さすがは本職だ。では、採点を……》
「あ、ちょい待ってぇな」
また難波さんが挙手した。
《なんだね?》
「これ、個別で採点するのむずかしいわ。通しでやって最後に採点タイムは、あかん?」
《なるほど、それも一理ある。ほかの審査員は? ……異議なし、と。では……》
「そいと、もひとつ、足切りもあるさかい、審査員のあいだで評点を最後に見せ合う時間をもらえん?」
《評点を見せ合う? 理由は?》
「あんまりちがう採点すると、落ちたひとに恨まれるやろ」
《ほかの審査員の意見は?》
だれも異議を唱えなかった。難波先輩、急にどうしたのかしら。
《では、お待たせした。久山理香くんの審査に移ろう。どうぞ》
久山さんは、いたって平均的な歌唱力とダンスだった。
選んだ曲も、まあまあ有名で、そこそこ歌いやすいもの。
黙って聴いていると、そでをひっぱられた。
ふりかえると、伊吹さんが立っていた。真剣なまなざしをしている。
なにかと思い、私は小声でたずねた。
「なんですか?」
「レモンちゃん、ここは共闘しましょう」
「共闘……? どういう風の吹きまわしですか? 新手の詐欺は遠慮します」
「せいらちゃんと萌絵ちゃんのデュエット、見てなかったんですか? あれはどうみても練習してきてますよ。でないと、あんな複雑なふりつけを合わせるなんてできません」
練習? そんなバカな。機材の準備があったとはいえ、葉隠くんがお題を決めてからスタートまで15分もかからなかった。練習する時間はなかったはずだ。
「まさか、葉隠くんが事前にお題を……?」
伊吹さんは、大きくタメ息をついた。
「鈍感ですねぇ。お昼休憩のときに言ったじゃないですか、何人か組んでるメンバーがいるって。せいらちゃんと萌絵ちゃんは、このオーディションより前にどこかで練習してたんですよ。もしかすると、いっしょに仕事をしたことがあるのかもしれないです」
私は天城さんと花咲さんのほうを盗み見た。
ふたりはなにやら談笑している。内容は聞き取れないけど、かなり親しいことがみてとれた。
「というわけで、レモンちゃん、私たちも共闘です……あ、勘違いしないでくださいね。これ、単なる損得勘定ですから」
やれやれ、って感じ。
伊吹さん、ほんとに負けず嫌いというか、なんというか。
とはいえ、ほかに組んでいるコンビがあるなら、この申し出は受けざるをえない。
私はうなずいた。
「わかりました……でも、次だから練習する時間が……」
「わたしたちが練習したレパートリー、ひとつだけあるじゃないですか」
「練習? ……あッ」
私は、このまえのディナーショーを思い出した。
そうだ、あそこの余興で、伊吹さんといっしょに歌ったことがある。
「で、でも、あれはめちゃくちゃマイナーで、しかもアニメ……」
「つべこべ言ってられません。あれで勝負します」
伊吹さんは私の目をじっとみた。勝負師の色をしている。
私に対するライバル心がどうのこうのじゃない。
この業界でのしあがりたいという野心を感じた。
同時に、私に足りないものだとも思った。
「……わかりました。共闘します」
「わたしのほうが番号はうしろです。レモンちゃんのタイミングで誘ってください」
もういちどうなずいたところで、音楽が終わった。
拍手が聞こえる。
《なかなか楽しませてもらった。それでは、次、内木レモンくん》
「はい……私は夜ノ伊吹さんと組みます」
この宣言に、会場の視線が集まった。
《夜ノくんは、同意しているのか?》
いかにも作ったような笑顔で、伊吹さんは手をあげた。
「はい、してま〜す」
《そうか、ならばけっこうだ。選曲をお願いしよう》
私はひと呼吸おいた。
「アニメ『恋のドキドキ☆角交換』のOPソング『届け!81マスの想い』です」
会場から、すこしばかりの失笑が聞こえた。
その一方で、この選曲を警戒するメンバーもいた。
将棋大会というテーマに合ったチョイス。しかも声優が歌うから、極端な高音域や低音域がない。トリッキーな間奏もないし、ダレるようなアウトロもない。深夜の30分アニメというきっちりした枠に合わせて作られた、アップテンポの曲だ。OPでキャラがおどるから、簡単なふりつけも存在している。考えてみれば、悪くない。
《よろしい。準備ができたようだ。壇上にあがってくれたまえ》
私と伊吹さんはステージにあがる。
「レモンちゃん、ふりつけ忘れてるとかいうオチはやめてくださいよぉ」
「伊吹さんこそ、歌詞まちがえないでくださいね」
ヘッドセットを渡されて、頭に装着する。
《それでは、ミュージックスタート!》
軽快な音楽。
私たちは右手を高くあげて、右を向きながら流線型におろす。
「「81マスのむこうに♪ 見出したきみの笑顔♪」」
さわやかなスマイル。ゆっくりしたブルックリンのステップ。
「「眠れない夜の詰将棋♪ 解けない恋の打ち歩詰め♪」」
フライングターンからの両腕交差。切なそうな顔に。
「「ああ〜♪ 盤を挟んで届かない、ボクの思い〜♪」」
両腕をひらきながらボディウェーブ。
「「定跡どおりにいかない恋♪ だから青春は面白い♪」」
テンションアップ! 歌って踊って。やっぱりアイドルはこうでなくっちゃ。
私はこれまでのストレスを発散するように、思いっきり体を動かした。
伊吹さんの調子もいい。いがみ合っていたのがウソのようなシンクロ。
締めのアウトロが終わったところで、拍手が起こった。
好感触。私と伊吹さんは息を切らせつつ、ステージから降りた。
「ナイス、伊吹さん」
「レモンちゃんも、思ったより良かったです」
この減らず口がぁ。
そのあと、のこりのメンバーが無難にこなして、第5課題は終了。
私たちは、審査員の話し合いが終わるのを待った。
「伊吹さん、イケたと思いますか?」
「なんとも言えないですねぇ。2枠はせいらちゃんと萌絵ちゃんで、ほぼ決まりです」
そうか、さすがにあのふたりは抜けないか。
歌とダンスが完璧だった。ここまでの得点の累積もある。
私たちは神妙な面持ちで待った。
《それでは、成績を発表しよう。上位4名、最終課題に挑むのは、このメンバーだッ!》
ダダダダダダダ……ダーン
残ったぁああああああああああッ! ギリギリ残ったッ!
ガタッ
突然、椅子を引く音がした。
私は急にドキリとして、ふりかえった。将棋仮面かと思ったからだ。
だけど、だれも席を立っていなかった。
《それでは、第5課題を終えよう。繰り返しになるが、囃子原グループは、がんばるひとを応援するものだ。さらなる飛躍とチャレンジに期待している……さて、ここで15分の休憩としたい。糖分と水分の補給を忘れずにしてくれたまえ。最終課題は、すこしばかりハードなのでね》




