表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第33局 日日杯司会決定オーディション(2015年6月28日日曜)
349/686

337手目 第5課題:歌って踊って

「将棋仮面ッ!」

 私はおどろいて、ペットボトルを落としかけた。

 ギリギリ空中でキャッチ。

「おどかさないで」

「どうだ、調子は?」

「……まあまあね」

「順位は?」

「さっき足切りがあって、8人まで減ったわ。そのなかで8位」

「ふむ、あまりかんばしいとは言えないな」

 言われなくてもわかっている。

 わたしはプイッと横をむいた。

「で、わざわざそれを言いに来たの? 家で留守番してなさいって言ったでしょ?」

「録画は見終わった。すこしヒマになってな……とはいえ、協力はできないが」

 あたりまえだ。

 この変態が会場にあらわれでもしたら、私が失格になりかねない。

「オーディションは自力で勝ち取るものよ。ヘルプは必要ないわ」

「オーディションは自力、か……レモンはあいかわらずマジメだな。もうすこし楽しんで受けたほうがいい。それに……」

「それに?」

呉越ごえつ同船どうしゅうという言葉もある。敵でもなんでも、使えるものは使うことだ」

「ヒーローっぽくない発言ね」

「……そうかもしれない」

 すなおな返事で、私は拍子抜けしてしまった。彼らしくない。もうひとことくらい声をかけようかと思ったけど、将棋仮面は私に背をむけて、会場とは反対のろうかに消えた。

 いったいなにが言いたかったのか、さっぱり――っと、もう時間だ。

 

  ○

   。

    .


《さて、十分な休憩はとれただろうか。第5課題に入る。これが準決勝だ。今回も足切りで半分に減らし、最終課題は4名でおこなう》

 会場からは、とくに目立った反応はなかった。

 のこり2課題というのは、ほかのメンツも予想していたらしい。

 囃子原はやしばら先輩はさきをつづける。

《第4課題が将棋に特化した内容になったことにかんがみて、第5課題はテンペストのメンバーに決めてもらいたい。葉隠はがくれくん、どうかね、なにか提案は?》

 いきなり指名された葉隠くんは、興味がなさそうに、

「リーダー、出番だぞ」

 と、結城ゆうきくんにふった。

 結城くんは笑いながら、

「こらこら、葉隠が指名されたんだから、葉隠が考えなきゃダメだろ」

 と、やんわり拒否った。

「俺はリーダーをさしおいてでしゃばる気はない」

「だったらリーダー命令だよ、葉隠」

「……」

 葉隠くんは審査員のテーブルにひじをついて、しばらく瞑想した。

「……歌とダンス。選曲は自由だ」

 うぅうううう……めちゃくちゃオーソドックスなのがきた。

《ほほぉ、そのお題の趣旨は?》

「こってりしたもののあとには、箸休めが必要だろう」

《ハハハ、たしかに、懐石料理でも、一汁三菜のあとは箸洗いと決まっている。葉隠くんは和の心にも通じているようだ。では、カラーボールを引いてもらおう》

 スタッフがカラーボールを配り始めた。

 すると、ひとりの応募者が手をあげた。

「すみません、これってデュエット曲の場合は、どうすればいいんですか?」

《そうだな……それも葉隠くんに決めてもらいたい》

 葉隠くんは、また目を閉じた。

「……デュエットの場合は、2人で組めばいいんじゃないか。ただし、人数が多いと採点がしづらくなる。トリオやカルテットは遠慮して欲しい」

「ご回答、ありがとうございました」

 その子はお礼をいうと、すぐにべつの応募者の子とくっついた。

 ずいぶん手際がいい。そう思っていると、スタッフに声をかけられた。

内木うちきレモンさん、どうぞ」

「あ、はい」

 私はボールをひいた。3番だった。

「では、曲を考えておいてください」

「今、申告しなくていいんですか? マイナーな曲を選ぶかもしれないですよ?」

 音楽系のオーディションでは、大きくわけて2つの戦略がある。ひとつは、思いっきりメジャーな曲を選ぶ方法。歌唱力に自信のある子が使う戦略だ。メジャー曲のほうが作り込まれているし、知名度もあるから伝わりやすい。でも、これにはデメリットがある。それは、個性を出しにくい、という点だ。

 そこで、もうひとつの戦略が出てくる。自分のイメージに合ったマイナー曲で勝負する方法。私は歌とダンスが上級者じゃないから、後者の戦略を考えていた。ここで一番困るのは、「その曲は準備できない」と言われてしまうことだった。

 ところが、その心配は完全に杞憂きゆうで、

「囃子原グループは、全国の著作権管理団体と包括協定を結んでいます。また、非加盟のアーティストさんたちとも個別に契約を締結しています。漏れはまずありませんので、ご安心を」

 と言われた。なら、大丈夫かな。アングラミュージックってほどじゃないし。

 スタッフがボールを配り終えて、さっそく審査が始まった。

《では、1番、天城あまぎせいらくん》

「はい、わたしは花咲はなさき萌絵もえさんとデュエットをします」

 天城さんは曲名を伝えた。

 花咲さんというのは、第1課題で天然聞き手役をしていた子だ。

 ふたりは壇上にあがって、イントロを待った。

《それでは、ミュージックスタート!》

 CMでよく耳にする激しいイントロ。

 ふたりは頭を左右に倒すステップから、複雑な足さばきをみせた。

 そこから豊かなビブラードで歌い始める。

 観戦しているメンバーからも、思わず「うわぁ」という羨望せんぼうの声がもれた。

 ふりつけが正確なだけじゃない。リズムがぴったりあっているのだ。

 3分ほどのショーだったけど、終わったときには拍手が起こった。

《すばらしい。さすがは本職だ。では、採点を……》

「あ、ちょい待ってぇな」

 また難波なんばさんが挙手した。

《なんだね?》

「これ、個別で採点するのむずかしいわ。通しでやって最後に採点タイムは、あかん?」

《なるほど、それも一理ある。ほかの審査員は? ……異議なし、と。では……》

「そいと、もひとつ、足切りもあるさかい、審査員のあいだで評点を最後に見せ合う時間をもらえん?」

《評点を見せ合う? 理由は?》

「あんまりちがう採点すると、落ちたひとに恨まれるやろ」

《ほかの審査員の意見は?》

 だれも異議を唱えなかった。難波先輩、急にどうしたのかしら。

《では、お待たせした。久山くやま理香りかくんの審査に移ろう。どうぞ》

 久山さんは、いたって平均的な歌唱力とダンスだった。

 選んだ曲も、まあまあ有名で、そこそこ歌いやすいもの。

 黙って聴いていると、そでをひっぱられた。

 ふりかえると、伊吹いぶきさんが立っていた。真剣なまなざしをしている。

 なにかと思い、私は小声でたずねた。

「なんですか?」

「レモンちゃん、ここは共闘しましょう」

「共闘……? どういう風の吹きまわしですか? 新手の詐欺は遠慮します」

「せいらちゃんと萌絵ちゃんのデュエット、見てなかったんですか? あれはどうみても練習してきてますよ。でないと、あんな複雑なふりつけを合わせるなんてできません」

 練習? そんなバカな。機材の準備があったとはいえ、葉隠くんがお題を決めてからスタートまで15分もかからなかった。練習する時間はなかったはずだ。

「まさか、葉隠くんが事前にお題を……?」

 伊吹さんは、大きくタメ息をついた。

「鈍感ですねぇ。お昼休憩のときに言ったじゃないですか、何人か組んでるメンバーがいるって。せいらちゃんと萌絵ちゃんは、このオーディションより前にどこかで練習してたんですよ。もしかすると、いっしょに仕事をしたことがあるのかもしれないです」

 私は天城さんと花咲さんのほうを盗み見た。

 ふたりはなにやら談笑している。内容は聞き取れないけど、かなり親しいことがみてとれた。

「というわけで、レモンちゃん、私たちも共闘です……あ、勘違いしないでくださいね。これ、単なる損得勘定ですから」

 やれやれ、って感じ。

 伊吹さん、ほんとに負けず嫌いというか、なんというか。

 とはいえ、ほかに組んでいるコンビがあるなら、この申し出は受けざるをえない。

 私はうなずいた。

「わかりました……でも、次だから練習する時間が……」

「わたしたちが練習したレパートリー、ひとつだけあるじゃないですか」

「練習? ……あッ」

 私は、このまえのディナーショーを思い出した。

 そうだ、あそこの余興で、伊吹さんといっしょに歌ったことがある。

「で、でも、あれはめちゃくちゃマイナーで、しかもアニメ……」

「つべこべ言ってられません。あれで勝負します」

 伊吹さんは私の目をじっとみた。勝負師の色をしている。

 私に対するライバル心がどうのこうのじゃない。

 この業界でのしあがりたいという野心を感じた。

 同時に、私に足りないものだとも思った。

「……わかりました。共闘します」

「わたしのほうが番号はうしろです。レモンちゃんのタイミングで誘ってください」

 もういちどうなずいたところで、音楽が終わった。

 拍手が聞こえる。

《なかなか楽しませてもらった。それでは、次、内木レモンくん》

「はい……私は夜ノよるの伊吹いぶきさんと組みます」

 この宣言に、会場の視線が集まった。

《夜ノくんは、同意しているのか?》

 いかにも作ったような笑顔で、伊吹さんは手をあげた。

「はい、してま〜す」

《そうか、ならばけっこうだ。選曲をお願いしよう》

 私はひと呼吸おいた。

「アニメ『恋のドキドキ☆角交換』のOPソング『届け!81マスの想い』です」

 会場から、すこしばかりの失笑が聞こえた。

 その一方で、この選曲を警戒するメンバーもいた。

 将棋大会というテーマに合ったチョイス。しかも声優が歌うから、極端な高音域や低音域がない。トリッキーな間奏もないし、ダレるようなアウトロもない。深夜の30分アニメというきっちりした枠に合わせて作られた、アップテンポの曲だ。OPでキャラがおどるから、簡単なふりつけも存在している。考えてみれば、悪くない。

《よろしい。準備ができたようだ。壇上にあがってくれたまえ》

 私と伊吹さんはステージにあがる。

「レモンちゃん、ふりつけ忘れてるとかいうオチはやめてくださいよぉ」

「伊吹さんこそ、歌詞まちがえないでくださいね」

 ヘッドセットを渡されて、頭に装着する。

《それでは、ミュージックスタート!》

 軽快な音楽。

 私たちは右手を高くあげて、右を向きながら流線型におろす。

「「81マスのむこうに♪ 見出したきみの笑顔♪」」

 さわやかなスマイル。ゆっくりしたブルックリンのステップ。

「「眠れない夜の詰将棋♪ 解けない恋の打ち歩詰め♪」」

 フライングターンからの両腕交差。切なそうな顔に。

「「ああ〜♪ 盤を挟んで届かない、ボクの思い〜♪」」

 両腕をひらきながらボディウェーブ。

「「定跡どおりにいかない恋♪ だから青春は面白い♪」」

 テンションアップ! 歌って踊って。やっぱりアイドルはこうでなくっちゃ。

 私はこれまでのストレスを発散するように、思いっきり体を動かした。

 伊吹さんの調子もいい。いがみ合っていたのがウソのようなシンクロ。

 締めのアウトロが終わったところで、拍手が起こった。

 好感触。私と伊吹さんは息を切らせつつ、ステージから降りた。

「ナイス、伊吹さん」

「レモンちゃんも、思ったより良かったです」

 この減らず口がぁ。

 そのあと、のこりのメンバーが無難にこなして、第5課題は終了。

 私たちは、審査員の話し合いが終わるのを待った。

「伊吹さん、イケたと思いますか?」

「なんとも言えないですねぇ。2枠はせいらちゃんと萌絵ちゃんで、ほぼ決まりです」

 そうか、さすがにあのふたりは抜けないか。

 歌とダンスが完璧だった。ここまでの得点の累積もある。

 私たちは神妙な面持ちで待った。

《それでは、成績を発表しよう。上位4名、最終課題に挑むのは、このメンバーだッ!》


 ダダダダダダダ……ダーン


挿絵(By みてみん)


 残ったぁああああああああああッ! ギリギリ残ったッ!


 ガタッ

 

 突然、椅子を引く音がした。

 私は急にドキリとして、ふりかえった。将棋仮面かと思ったからだ。

 だけど、だれも席を立っていなかった。

《それでは、第5課題を終えよう。繰り返しになるが、囃子原グループは、がんばるひとを応援するものだ。さらなる飛躍とチャレンジに期待している……さて、ここで15分の休憩としたい。糖分と水分の補給を忘れずにしてくれたまえ。最終課題は、すこしばかりハードなのでね》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ