334手目 第3課題:ペア将棋
これは……?
盤面を分析するよりも早く、囃子原先輩のマイクがはいった。
《おどろいたかね。これはペア将棋だ》
「ペア将棋……?」
《きみには審査員と組んで、10手だけ指してもらいたい。交互に指す必要はない》
審査員とのマッチングか。これはチャンスかもしれない。
5分の3の確率で、将棋経験者と組めるからだ。
そう思った矢先、相方になる審査員が壇上にあがった――葉隠くんだった。
「よろしく」
葉隠くんは無愛想にあいさつをした。
「よ、よろしくお願いします」
「将棋のルールは皆目知らない。あとは頼んだ」
いや、頼んだとか言われても……あんたがさっき言ってたプロ意識って、なんだったのよ。格がちがうから、私に丸投げってこと? このひと、完全に私の鬼門だ。
《では、11手目から再開しよう。制限時間は5分だ。どうぞ》
ご、5分。1手30秒。
私は盤面をみて、もういちど読みを入れた――ダメだ。一部を再現できない。
おそらく7六歩、3四歩、2六歩に3二銀か4二銀で、角を素抜きされたはず。
だけど、香車も取られているのは、なぜ?
7六歩〜2六歩〜2二角成〜1一馬〜1二馬〜2三馬は合計12手になる。
「おい、なにを考え込んでいるんだ?」
葉隠くんは、冷ややかな目で私に声をかけた。
「なぜこの局面になったのか、正確にわからないもので……」
「それは重要なことなのか? 10回動かせばいいだけだろう?」
……そうだ。これは棋譜再現ゲームじゃない。思考を切り替える。
「では、葉隠さん、先手と後手のどちらを持たれますか?」
「センテゴテ?」
「下の陣営と上の陣営のどちらを動かしたいですか、という質問です」
「ルールを知らないひとにいきなりやれと言うのが、内木レモンのマナーなのか?」
「あッ……すみません。では、私から動かします。馬を逃げるスペースがないので、2二馬と取ります」
私は飛車を回収した。
葉隠くんは、ひとこと、
「で、これはなにをした?」
と質問してきた。
「えーとですね……将棋の駒には、価値の差というものがありまして、なるべくタダであげないようにしないといけません。今、この駒が取られそうだったので、こちらと……」
「5分間、ルール説明に費やすつもりか?」
あーなーたーがー質問したんでしょッ!
このひと、私にだけイジワルしてるんじゃないでしょうね。
「こんどはにらみつけ作戦か?」
し、しまった、顔に出た。スマイル、スマイル。
「えへへへ……とりあえず、ここは交換するほうがいいです」
私は2二馬、同銀と進めた。
「ここで……2五香ですか」
1二飛も考えたけど、3三角が面倒と判断した。
歩切れを直接叩く。
「まあ、どうやっても後手負けですが、3三銀、2一香成……」
「おい、俺はなにをすればいい?」
し、しまった、葉隠くんをおいてきぼりにしてしまった。
将棋の話題をふると質問ぜめになるし、かといって放置すると私のモノローグ。
アクセルとブレーキのバランスがむずかし過ぎる。
時間もない。私は混乱してきた。
「と、とりあえず、なにか駒を動かしてください」
「どれを?」
「なんでもいいです。自由に指してください」
葉隠くんはフゥとタメ息をついて、
「そういうのが一番困るんだが……じゃあ、こうだ」
と言い、角を盤の真ん中においた。
この手は……いや、手の意味を考える必要はない。
おそらく、一番大きい駒を盤の真ん中においただけだ。でも、たまたまイイ位置。
後手の反撃の筋としてはアリ。
「これはいい手ですね。9九を狙いつつ、次の3五歩をみています。5六飛と受けるのは5四歩で特になにも……あ、これだけ駒得してると、5六飛もありか……」
「時間がないぞ。のこり1分だ」
「は、はい、無難にいきます。8八銀、3五歩、7七銀です」
「次で10回目だぞ。俺のターンは1度だけか?」
「あッ……えーと、ここが飛車のこびんと言って、弱点になります」
私は3七の地点をゆびさした。
「つまり、そこを突けばいいんだな? この駒は前に進めるか?」
葉隠くんは、3五の歩を手にした。
「1つ前に進めます」
「じゃあ、これでフィニッシュだな」
パチリ
「これで10回だ。全体の感想は?」
「今は後手も攻勢に移っていますが、3八金と上がって受ければ先手盤石です」
ヴィー
ブザーが鳴った。ギリギリセーフ。
私は胸をなでおろす。
「おつかれさん」
葉隠くんはそれだけ言って、壇上からおりた。
囃子原先輩のマイクが入る。
《後半はなかなか良かったぞ。では、控え室へもどってくれたまえ。全員が終わり次第、昼食休憩に入る》
○
。
.
ここは囃子原グループ本社ビルの社員食堂。
和風、洋風、いくつかセッションがあったので、私はサンドイッチを選択した。
あまり食べると午後の部にさしつかえるからだ。
傍目先輩はうどんをお盆にのせて、私の正面に腰かけた。
「おつかれさまです。前半はハラハラしましたが、後半はうまくまとまっていましたね」
傍目先輩はそう言いながら、箸を割った。
私はサンドイッチを皿において、口もとを拭く。
「あれで平均より上だったのが奇跡です」
私の成績は5.2だった。第2課題より低い。
けど、全体の採点がカラかった。平均は4.8だった。
「ええ、ほかのペアはもっとぐだぐだでした。どうも、将棋が分かるひとと分からないひととでマッチングしていたようです。つまり、フォロー力のテストだったわけです。それに、審査員も遠慮しがちで、会話苦手部みたいになっていましたね」
「そうですか? 葉隠くんは、けっこうしゃべってくれましたけど?」
「ええ、あれは彼なりにフォローしてくれたんじゃないでしょうか。彼はほかの応募者とも組みましたが、あれだけセリフがあったのは内木さんのときだけです」
フォロー? ……信じられない。あのひとが一番私の採点にカラいのに。
「ところで、内木さん、すこし気になることが……」
傍目先輩は、あたりを見回した。
遠くのテーブルに、応募者の顔がちらほらみえる。
でも、全員が距離をとって座っていた。
審査員はいないようだ。あとは社員っぽいひとたちだけ。
「気になることとは、なんですか?」
「これはただの憶測なので、ほかのひとには言わないで欲しいです。内木さんなら大丈夫だと信頼していますので……第3課題で審査員と応募者を組ませたのは、なにかウラがあるような気がしています。というのも、審査員は利害関係人です。応募者と組ませてはいけないはずなのです。囃子原くんなら、そのことは知っているでしょう。現に、第3課題では、審査員のほうが困惑していました。自分の演技が採点に影響を与えるわけですからね。できるだけ中立になろうとして、全体がぎこちなくなってしまったようです。これではオーディションとしても失敗です」
「つまり……審査とはべつの目的があった、ということですか?」
「あくまでも憶測です。しかし、囃子原くんが審査の公平性をうっかり損ねるなどというケアレスミスをするとは思えません。なにか狙いがあったはず……私をわざわざ東京から呼び寄せたことといい、ただのオーディションにしては妙です。もしや……」
ヴィーヴィー
MINEだ。私はスマホを確認した。
将棋仮面 。o O(どうだ? うまくいってるか?)
おまえは保護者か。私は既読無視にした。
傍目先輩と会話をつづける。
「とにかく、のこりの課題を全力でこなすだけです」
「そうですね。とにかくコミュ力と演技力重視のようです。将棋の解説は、ほどほどにしたほうがいいかもしれません。例えば、考えられる課題として……」
○
。
.
*** ここからは我孫子くん視点です。 ***
いやぁ、審査って疲れるでやんすねぇ。
パパッと適当で終わりにして欲しいでやんすが。
「ほんま役得やわぁ」
目のまえで寿司に舌鼓をうっているのは、千昭姐さんでやんす。
千昭姐さんはこういうイベントも楽しめて、お気楽でやんすね。
「回らん寿司はひさしぶりやね……っと、我孫子は寿司キライなん?」
「むしろ好物でやんすが……ちょっと気になってることがあるでやんす」
千昭姐さんはお茶を飲んで、パンとテーブルにおいたでやんす。
食器のあつかいが雑なのは、マナー違反でやんすよ。
「言うてみ」
「あっしの頭がおかしくなったと思わないで欲しいでやんすが……」
「うちを信用しぃやぁ」
「じつはでやんすね……将棋仮面と、しぐさが似ている人物がいるでやんす」
千昭姐さんは、パチリと指を鳴らしたでやんす。
周囲の視線を集めるのはやめてくんだまし。
「よっしゃ、どこのどいつや?」
「葉隠秋丈くんでやんす。大盤の立ちポーズが似てるでやんす」
……………………
……………………
…………………
………………
千昭姐さん、思いっきり変顔。
「なんでそんな顔するでやんすか?」
「我孫子、頭おかしゅうなったんとちゃう?」
「さっきそう言わないって約束したでやんすよ」
千昭姐さんは肩をすくめてタメ息。
「関西男性アイドルユニットのクールキャラ、葉隠秋丈が変態仮面なはずないやろ」
「あっしもそう思うでやんす。だけど、今回の参加者で一番似てるのは彼でやんす。身長と体格も、よく観察すると将棋仮面っぽいような気がするでやんす」
「せやけど、葉隠はんに『おたく変態仮面?』とか聞けへんで」
あたりまえでやんす。あっしの憶測が葉隠くんのファンに伝わったら、殺されてしまうでやんす。アイドルのファンは暴走すると怖いでやんすからね。
「そのあたりの処遇は、千昭姐さんに任せたいでやんす。あっしも高校生噺家、芸能界のはしくれ。利害関係がありすぎて、冷静に判断できないでやんす」
千昭姐さんは皿のウニをほおばって、しばらく思案したでやんす。
そして、指先をペロリ。
「……ははぁん、礼音ぼっちゃんの腹のうちがみえたで」
「? 囃子原先輩はさしあたり関係ないでやんす」
「難波千昭、あやうく先を越されるところやったわ。この情報、利用させてもらうでぇ」




