表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第33局 日日杯司会決定オーディション(2015年6月28日日曜)
344/686

332手目 第1課題:ペア大盤解説

 O山駅前、囃子原はやしばら本社ビル15階ホール――

 私と傍目さんは、赤い絨毯のうえを並んで歩いていた。

 左手の壁はガラス張り。そこから大きな川とO山城がみえた。

 傍目先輩はさも感心したように、メガネを上げ下げしながら、

「さすがは囃子原グループ本社、すごいビルですね」

 とつぶやいた。そして、こんどは右手のほうに視線をうつした。

 どうやら、壁の絵に興味があるらしい。ひとつひとつ丁寧に見てまわっていた。

「傍目先輩、このままだと遅れてしまいます」

 私は遠回しにたしなめた。

「あ、すみません、つい夢中になってしまいました。会場はこの先ですか?」

「15階多目的ホールとあるので、おそらく」

 しばらく進むと、それらしいとびらがみえた。

 映画館によくある、左右にひらくタイプだった。

 受付はなかったけど、スーツ姿の女性が立っていた。

 剣桃子さんだった。O山の県代表になったこともある女性だ。

 すこし強面の剣さんは、わたしたちを一瞥して、

礼音れおん様のご招待ですか?」

 とたずねた。私は招待状をさしだした。

 剣さんは封を開けて、中身を確認した。

「……失礼いたしました。どうぞ中へお入りください」

 私たちはとびらを開けて、中へ入った。

 イベント用の大きなホールが、目のまえに広がった。

 椅子や長机が用意されていて、いかにもこれからオーディションという感じだ。

 すでに先客が20人近くいる。

 みんなおしゃれしていた。

 さすがにあの変態仮面は来ていない。念入りに釘を刺しておいた。

「どうですか? 顔見知りはいますか?」

 傍目先輩はアイドルにはくわしくないようだ。だれがだれか分からないらしい。

「おおよそは……将棋ができるという触れ込みのアイドルが数人、それ以外は一般で売り込みにきたのだと思います。大手でプッシュ中の子もいます」

「そうですか……囃子原くんが棋力で選んでくれることを祈ります」

「先輩、けっこうヒドいことをおっしゃいますね。私は将棋以外にとりえナシですか?」

「あッ……すみません、内木さんがアイドルとして負けているという意味では……」

 先輩はあわてて弁解した。

「べつに謝らなくてもけっこうですよ。事務所の規模はじっさい大事なので。月並みな選考をされると、私に勝ち目はありません。マネージャーも疑心暗鬼ですし……それより、傍目先輩は東京の大学へ行かれたのでは? なぜ急遽、O山に?」

「いきなり呼び出しを受けました」

 囃子原先輩もずいぶん強引だ――などと思っていると、ふいに声をかけられた。

内木うちきはん、お久しぶりぃ」

 もみ手をしながら接近してきたのは、O阪府代表経験者の難波なんば先輩だった。

「こんにちは……今日は、どうなさったのですか? まさか司会に応募を?」

「いやぁ、じつはうち、審査員に呼ばれとるんや」

「審査員……?」

「せや。高校将棋界のことは高校生で決めんとねぇ」

 私は傍目先輩のほうへふりむいた。

「先輩も審査員なのですか?」

「い、いえ、学生が審査員というのは初耳です」

「傍目はんは大学生やさかい、オブザーバーなんとちゃう?」

 オブザーバー? なんの?

 もっともらしいような、もっともらしくないような理由づけ。

 私は変な気分になった。

「難波先輩以外にも、審査員はいらっしゃるんですか?」

「あのへんうろうろしとるでぇ」

 難波先輩は、ホールのすみっこをゆびさした。

 四国の香宗我部こうそかべ先輩と、Y口の松陰まつかげ先輩のすがたがみえた。

「……このメンバーは、どうやって選ばれたのですか?」

「それぞれの地域の目利きとちゃうん?」

 これまたもっともらしい回答。香宗我部先輩は四国のまとめ役だし、松陰先輩はY口のブレーンだ。でも、難波さんはちょっと違和感がある。

 私は次の質問を口にした。

「この会場に、ほかに知り合いはいませんか?」

 難波先輩は、みじんも表情を変えずにたずねかえしてくる。

「知り合い? 例えば?」

「例えば……あそこにいる眼帯少女の顔に、見覚えはありませんか?」

 私は、夜ノよるの伊吹いぶき(本名:忌部いんべ安子やすこ)をゆびさした。

 難波先輩は、ちらりと視線をそちらへむけた。

「ああいう女性アイドル、うちは興味ないわ」

「そうですか……彼女は近畿が活動拠点なので、ご存知かと」

「いくらうちが情報通でも、女性アイドルはいちいち把握しとらんさかい……このなかで司会に一番ふさわしいのはレモンちゃんや。応援しとるでぇ」

 難波先輩はポンポンと私の肩をたたき、奥のほうへ移動した。

 傍目先輩はメガネをなおしながら、

「性格に難があると聞いていましたが、ずいぶんと気さくな女性ですね」

 とつぶやいた。

「傍目先輩、ひとを見る目をやしなわれたほうがいいです」

「? なにかおっしゃいましたか?」

「いえ、なにも……そろそろ始まります」

 会場が暗くなった。前方のステージに、気取ったスーツ姿の少年があらわれた。

 おかっぱ頭のその少年は、マイクを受けとって挨拶する。

《ごきげんよう、囃子原はやしばら礼音れおんだ。今日は司会オーディションにご応募いただき、あらためて御礼もうしあげる。厳正な書類選考の結果、ここにいる16名に対して二次選考をおこなうこととなった》

 なるほど、人数がすくないと思ったけど、どうりで。

 囃子原先輩は、ステージの右がわへむけて手をひらいた。

《それでは、審査員を紹介しよう。四国高校将棋協議会会長、香宗我部こうそかべ忠親ただちかくん》

 香宗我部先輩は、緊張したおももちで頭をさげた。

「厳正な審査に努めてまいりますので、よろしくお願いします」

《お次は、中国高校将棋連絡事務局長、松陰まつかげ亮子りょうこくん》

「よろしくお願いいたします」

《次に、近畿高校将棋界から、難波なんば千昭ちあきくん》

「よろしゅう」

 3人は審査員席へ移動した。

 私は、まだ席が2つ空いていることに気づいた。

 囃子原先輩は高らかに笑う。

《ハハハ、そうがっかりした顔をするな。審査員全員が将棋指しでは不満か?》

 何人かの女の子が、ぴくりと体を動かした。

 将棋を指せないのに応募してるひとが、やっぱりいるわけだ。

 となると、私のほうに有利――でもないか。

 今の先輩の挑発+空席ふたつ。その答えは単純明快。

《安心したまえ。将棋と無関係な審査員もご用意した。おふたりにご登場願おう》

 ステージの反対がわにライトがむけられた。会場が湧く。

 私も息を呑んだ。

《ご紹介しよう。人気急上昇中アイドルグループ、テンペストのリーダー、結城ゆうき慎吾しんごくんと、同じくテンペストのメンバー、葉隠はがくれ秋丈あきひろくんだ》

 自然と拍手が起こった。

 結城くんはマイクを持って、さわやかに挨拶。

「こんにちは、結城ゆうき慎吾しんごです。今日は審査員をさせていただけるということで、たいへん光栄に思っています。真剣に審査しますので、みなさんの熱意を伝えてください。よろしくお願いします」

 パチパチパチ。さすがに場慣れしている。

 つづいて、黒いTシャツにジーンズを履いた少年が、冷たくあいさつする。

葉隠はがくれ秋丈あきひろだ。俺が重視するのはプロ意識……それだけだ」

 葉隠くんはマイクを囃子原くんに返し、すぐに着席した。結城くんはもういちど会場にむかって手をふってから着席。

 このふたり、ずいぶんと対照的な性格だ。

《よろしい。役者はそろった。最初のお題だ》

 ステージの天井から、垂れ幕がひらりと落ちた。

 

 ペア大盤解説

 

 なッ……いきなり?

 会場がざわついた。

《静粛に。審査員がなにを重視するかは自由だ。将棋がわからないならば、わからないなりに演じてみてほしい。では、組み合わせ抽選をおこなう》

 私たちは、箱からボールを引いた。アルファベットが書いてある。

「C……」

「ハァ〜、レモンちゃんとペアですかぁ」

 いきなりのタメ息。ふりかえると、伊吹さんが立っていた。

「最悪ですね」

 そう言いながら、伊吹さんは自分のボールをみせた。Cと書いてある。

「それはこっちの台詞」

「せいぜい私の足をひっぱらないようにお願いします」

 むかぁ。私が反論しかけたところで、アナウンスが入った。

《それでは、Aチームからお願いしよう》

 清楚系とほんわか系の少女が、大盤のそばに歩み寄った。

 スタートの合図とともに、ほんわか系の少女が自分の頭をこつんとやった。

「将棋がわかんないのにうっかり応募しちゃった、花咲はなさき萌絵もえといいまぁす。理香りかさん、この道具はなんに使うんでしょうか?」

「これはお客さんにみえやすいように、大きく作った将棋盤なんですよ」

「う〜ん、萌絵、ショウギバンっていうのがもうわかんな〜い」

「将棋盤というのはですね……」

 なるほど、シロウト役とサポート役に分かれたのか。

 さすがに書類審査を通過してきただけのことはある。

 ふたりのトークが終わると、拍手が起こった。

 囃子原先輩がふたたびマイクをとる。

《なかなか楽しませてもらった。では、審査員の諸君、結果を発表してもらいたい》

 軽快な小太鼓の音。結果は――

 

挿絵(By みてみん)

 

《10点中6.2……ひとまず合格というところか。結城くんにコメントをもらおう》

《シロウトの僕でもよくわかりました。これがオオバンカイセツなんですね》

 結城くん、ほんとに将棋がまったくわかってないっぽい。

《よし、それでは次のペア……》

 Bチームはどちらも初心者だったらしく、お笑い路線だった。

 それでも審査員の評価は上々。6.0に。

 囃子原先輩は、この結果をみて、

「今日の審査員は、なかなか辛口だな……では、Cチーム」

 と言った。そして、私たちの名前を呼んだ。

 私と伊吹さんはまえに出る。

「私たちは、名人戦第4局の終盤をふりかえります。まずは……」

 パパッと駒をならべる。


挿絵(By みてみん)


 ここで伊吹さんが口出ししてきた。

「名人側は伊吹がやりますから、レモンちゃんは行方なめかた八段のほうをお願いします」

「この手が本局のポイントです。この時点では、後手の行方八段が優勢です。後手は一方的に入玉できるかたちになっていること、先手は飛車の横利きがあるので、一気に寄る可能性があること、このふたつが重要になります」

「もしもーし、無視しないでくださいねぇ」

「さて、伊吹さんなら、ここでなにを指しますか」

 伊吹さんはさすがに将棋指しらしく、真剣に考えた。

「むずかしいですね……パッと見、2五銀?」

「本譜は3五玉でした。おそらく2五銀、3三金、同玉、3五銀と挟まれるのを嫌ったのだと思います。3五玉に1七銀で後手が困りました」


挿絵(By みてみん)


「レモンちゃ〜ん、それ名人戦の解説そのまんまですよねぇ」

「プロ以上に解説するのは無理だと思いますが……」

「そもそも、これほんとに後手が困ってるんですかぁ? 2九飛成だと?」

「3四金で?」

「3四金……あ、同歩だと2六銀打か。同玉で問題ないです」

「1一馬と寄られたら厳しいのでは?」

「いやいや、それは2二桂でなんとかなりますよ」

「そこに桂馬使うのはセンスないです」

「レモンちゃん、私にそんなこと言えるくらい強いんですかねぇ」

 私たちは、ごちゃごちゃと駒を動かした。

 最後は全然ちがう局面になってタイムアップ。

《なかなかみごとな分析だった……では、審査員の評価をみてみよう》


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………さん……てん……よん?

《ほほぉ、これはカラい。最低点をつけた葉隠くん、なにかコメントは?》

 葉隠くんは私たちを見もせずに、冷たい言葉を投げた。

《プロ意識をみせろと言っただろう。私情で張り合うな……0点だ》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ