330手目 アイドルの怒り、収まらず
※ここからは我孫子くん視点です。
「このクソがぁッ!」
壁に強烈なパンチが入って、パラリと天井からほこりが。
怖いでやんすねぇ……あ、おひさしぶりでやんす。我孫子でやんすよ。
K戸の一之宮邸では、お世話になったでやんす。
今後とも、おたの申し上げるでやんす。
さて、近畿の県代表・府代表のミーティングに来てるでやんすが――
「あのいらん女は、こっちゃ全国区やのにッ!」
N良代表の忌部ちゃんが、えらー怒ってるでやんす。
こういうのは触れないのが一番でやんすよ。
男子高校生の知恵でやんす。扇子パチパチ。
「はいはい、それくらいにしときやぁ」
ここで我らが近畿の顔役、難波姐さんの登場でやんす。
「かわいいアイドルの顔が台無しやでぇ」
忌部ちゃんはあいさつもせずに、テーブルにつっぷしたでやんす。
「ぐやじぃいいいい! あんなポッと出の小娘にぃいいいいッ!」
「はいはい、うちが忌部ちゃんの心の悩みを聞いたげるさかいなぁ」
忌部ちゃんはガバッと起きあがって、いきなりまくしたてたでやんす。
「先輩ッ! 聞いてくださいッ! かくかくしかじか……」
姐さんは話を聞き終えて、ひとこと。
「ふぅん……私怨やね」
「アイドルの競争なんて、全部私怨みたいなもんだからいいですよッ! それよりッ! あの男ッ! 将棋仮面とかいう変態ッ! あいつの邪魔がなければ勝てたんですッ!」
「将棋仮面……? うちの知らんあいだに、新しいシリーズ始まっとったん?」
「ちが〜うッ! 内木のカレシですよッ! あれはッ! ゼッタイ! アイドルの勘に狂いはありませんッ! 清純派を気どってるくせにカレシ持ちで、あのあとホテルに……」
マズいでやんす。それ以上は放送コードにひっかかるでやんす。
しかも半分以上、憶測な気がするでやんすよ。
とりあえず落ち着かせるでやんす。
「この『おたべ』でも食べて、ひと息つくでやんす」
「ダイエット中ッ!」
そう言いながら食べてるでやんす。
「はぐはぐはぐ……ふぅ、とにかくですね、これは近畿に対する侮辱です」
勝手に巻き込まないで欲しいでやんす。
あっしはあきれて、扇子をパチパチ。
一方、難波姐さんは、えらーマジメな顔で腕組みをしてるでやんす。
「どうしたんでやんすか?」
「難波先輩も共感していただけるんですねッ!?」
「まあ、忌部ちゃんが負けたことは、わきに置いといてやね」
「わきに置かないでくださいッ!」
「そのメンツに勝てる将棋仮面って、何者なんやろな、と」
それは、あっしも気になってたでやんす。
「見当がつかないでやんす」
「顔が見えへんでも、体格からわかるんとちゃうの?」
「あっしが知ってる中国地方の選手には、該当者がいないでやんす。もしかすると、高校将棋界のメンバーじゃないかもしれないでやんす」
「せやけど、そのへんの高校生で忌部+我孫子ペアに勝てるって、ありえへんわ」
「まぐれ勝ちでもなかったでやんすからねぇ。あれは完敗でやんした……難波姐さん、もしかして将棋仮面の正体が気になるでやんすか?」
あっしの質問に、姐さんはかるくうなずいたでやんす。
「だったら、あっしがちょいとばかし偵察してくるでやんす」
これには姐さんと忌部ちゃんもびっくり。
「ツテがあるん?」
「こうみえても、あちこちにコネがあるでやんすよ。ま、みてておくれやす」
○
。
.
女子校で和服に下駄は、ちょいとばかし目立つでやんすね。
たしか、このへんの教室だったと思うでやんすが……あ、ここでやんす。
「ごめんやす」
ドアをあけると、そこは和室。
ふたりの少女が、畳のうえに寝そべってるでやんす。はしたないでやんすねぇ。
西日本でも有名な藤花女学園の名前が泣くでやんすよ。
ひとりは黒髪ロングの小柄な少女で、もうひとりはすごくボーイッシュでやんす。
黒髪少女はあっしの顔をみて、すぐに起き上がったでやんす。
「師匠ッ! どうしたんですかッ!?」
「笑魅ちゃん、おひさしぶりでやんす」
「さささ、どうぞこちらへ。ずずっとあがって……おい、いおりん、お茶」
「あぁ? だれだよ、こいつ?」
「かーッ! これだから田舎者はッ! 高校生噺家、我孫子良師匠ですよッ!」
「シラネ」
ま、そんなもんでやんす。
この界隈の有名人なんて、認知度がかぎられてるでやんす。
「笑魅ちゃん、世間とかけまして、電車に落ちていた定期券と解きます」
「師匠、その心は?」
「拾い物(広いもの)です」
「いよッ! さすがは師匠ッ!」
「おーい、マジで寝かせてくれ。漫才なら外でしろ」
「だから漫才じゃねーってッ! 100万回説明してもわかんないんですか、脳筋は」
まあまあ、そのへんにしておくでやんす。
べつにケンカしに来たわけじゃないでやんすからね。
「笑魅ちゃん、お友だちに迷惑なら、よそで話すでやんす」
「ですね。ここの空気は汚れてます」
「あー、屁が出そう」
女子校の闇をみてる気がするので、さっさと退散するでやんすぅ。
*** 噺家2名、移動中 ***
というわけで、藤花女学園を出て、喫茶店に寄ったでやんす。
ここなら落ち着いて話せるでやんすね。店の雰囲気もいいでやんす。
「あらあら、新しいお客さんですか」
猫耳ヘアのお姉さんが出てきたでやんす。変わった髪型でやんすね。
「ご注文は?」
「抹茶ティーラテのホットでお願いするでやんす」
「私は抹茶カフェラテのホット、和菓子つきで」
さて、そろそろ遠回しに本題へ入るでやんす。
と思っていたら、笑魅ちゃんのほうから話しかけてきたでやんす。
「師匠、なんで駒桜にいらしたんですか? K都は6月から夏休みなんですか?」
「日日杯でゲスト解説をするから、H島市へ下見にきたでやんす。駒桜に来たのは寄り道でやんす。笑魅ちゃんがいるのを思い出したでやんすからね」
「照れますねぇ、師匠」
こういうときに弁解がきくから、日日杯サマサマでやんす。
あっしはふところから扇子を取り出して、パチリと大きく音を立てたでやんす。
「最近、駒桜でなにかおもしろいことはあったでやんすか?」
「ここは奇人変人の巣窟ですからね。いくらでもありますよ」
ぜんぶ聞く時間はないでやんす。うまく誘導するでやんす。
「そういえば、テレビに駒桜出身の女の子が出てたでやんす」
「だれですか? 姫野先輩?」
「ツインテールのアイドルだったでやんす」
「ああ、レモンちゃんですか。そういえば撮影がどうとか言ってましたね」
笑魅ちゃん、あんまり興味ないでやんすかね。
反応がうすいでやんす。ここはもうすこし踏み込んだ質問を――
「あれ? もしかして我孫子くん?」
ん、この声は聞きおぼえがあるでやんす。
顔をあげると、白髪の美少年が立っていたでやんす。
「……捨神兄さん、こんにちは、でやんす」
「アハッ、こんにちは。どうしたの? H島観光?」
「日日杯の下見で、ちょっと寄り道でやんす。捨神兄さん、出場おめでとうでやんす」
「ありがとう。すごいメンバーだから、がんばらないと最下位になっちゃうよ」
捨神兄さん、なんか雰囲気が変わったでやんすね。
以前会ったときは、もっと暗かった気がするでやんす。
あっしがそんなことを考えていると、今度は金髪の少女が挨拶してきたでやんす。
「よぉ、我孫子じゃん。あたしのこと、覚えてる?」
「たしか……不破さんだったでやんすね。下の名前は楓だったと思うでやんす」
「よく覚えてるな。忘れてると思ったぜ」
噺家は記憶力が大事でやんすよ。タニマチの名前はおぼえないといけないでやんす。
不破さんとは、中学の全国大会でみかけたと記憶してるでやんす。
不破さん自身は県代表じゃなくて、観戦者として参加してたはずでやんす。
「おたがい高1だから、こんどは高校大会でよろしくな」
「よろしくでやんす……おふたりとも、同席しないでやんすか?」
ちょうど4人がけでやんす。笑魅ちゃんは情報を落としてくれなさそうだから、このふたりにターゲットをきりかえるでやんす。県外の客だからことわりにくいはずでやんす。
「アハッ、いいよ。サークルのミーティングに寄っただけだし。内容は大したことじゃないんだ。天堂の将棋サークルも、そろそろ部に昇格してくれないかな、って」
捨神兄さんはあっしのとなりに、不破さんは笑魅ちゃんのとなりに着席。
ちょうどそこへ、注文のドリンクがとどいたでやんす。
猫耳ヘアのお姉さんは、
「捨神くんのお知り合いでしたか」
と言いながら、あっしにカップを渡してくれたでやんす。
猫耳ヘアのお姉さんは、捨神くんと不破さんからも注文をとって、ふたたびカウンターの向こうへ消えたでやんす。どれどれ、ひとくち……うまいでやんす。
「ところで、捨神兄さん、調子はどうでやんすか?」
「可もなく不可もなく、って感じだよ」
「ピアノはまだ続けてるでやんすか?」
「もちろん」
ちょっと世間話をして、だんだん寄せていくでやんす。
「ところで、最近、駒桜のアイドルがテレビに出てるのを観たでやんす」
「え? いつ?」
「5月の後半だったでやんす」
「ご、ごめん、僕はテレビ持ってないからわかんないや」
そうでやんすか……まあ、捨神兄さんはアイドル登竜門なんて見てなさそうでやんす。
「あ、それ知ってるぜ。アイドル登竜門ってやつだろ?」
おっと、そっちからでやんすか。
「不破さん、観たんでやんすか?」
「観ねーよ。レモンが出演したってのは聞いた」
「どんな内容だったか、ご存知でやんすか?」
「全然」
ダメみたいでやんすね。もうすこし違う方向から――
「レモンのやつ、アタリーでも出演してたな。特撮の被害者の役だったけど」
「アタリーってなんでやんすか?」
「このへんで一番デカいテーマパークだよ。あいつ、変な御面野郎と一緒だったぞ」
パチリ――かかったでやんす。
思わぬ方向からだったでやんすが、ソースはこのさいだれでもいいでやんす。
「変な御面野郎って、だれでやんすか?」
不破さんはワハハと笑って、
「御面ライダー幽玄って番組があるだろ? あの御面をかぶってる変態だ」
と答えたでやんす。
すると、捨神くんも話に乗ってきて、
「あ、将棋仮面だよね。僕も会ったよ」
ななな、なんと、連続で魚がかかったでやんす。
「どこでやんすか?」
「H島市内で将棋ディナーショーがあったんだ。ペア将棋のイベントで、内木さんと組んでたよ。あいては、えーと……」
「TKY13の伊吹ちゃんじゃないでやんすか?」
捨神兄さんは、不思議そうな顔をしたでやんす。
「あれ? もしかしてあのとき我孫子くんもいたの?」
「あっしは参加してないでやんす。ただ、こうみえて、あっしもテレビにちょくちょく出させてもらってるから、伊吹ちゃんとは顔見知りでやんす。H島の将棋が強いアイドルに負けたって言ってたから、だれなのかちょっと気になってたでやんす」
「あ、そうなんだ。TKY13って有名なんだね」
捨神兄さん、伊吹ちゃんがN良代表の忌部安子ちゃんと同一人物だと気づいてないでやんすね。あっしも最初は気づかなかったくらいだから、ムリもないでやんす。
「捨神兄さん、ちょっとお願いがあるでやんすが……」




