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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第32局 わらしべ香子(2015年6月27日土曜)
337/686

325手目 自転車→???

 はぁ、楽チン楽チン。

 私は自転車に乗って帰宅を急いだ。

 駒はカバンにしまって、後方の荷台にくくりつけてある。

 捨神すてがみくんと不破ふわさんに手伝ってもらったのだ。

「ふだん乗らないけど、自転車通学も悪くないわね……っと」

 私はブレーキをかけた。通路をふさぐように、ふたりの女性が立っていたからだ。

「……葛城かつらぎくん?」

 女性だと思った片方は、升風ますかぜの葛城くんだった。

 葛城くんは私の存在に気づいて、こちらへ駆け寄った。

「ふえぇ、怖かったよぉ」

「どうしたの?」

「このおばさん変なんですぅ」

 私は、もうひとりの通行人へ目をやった。

 真っ赤な髪の毛で、ちょっとびっくりしてしまう。

 だけど、おばさんっていうよりはお姉さんという感じだった。

 お姉さんは私を見て、やたらと愛想のいい笑顔を浮かべた。

「こんにちは〜、飴玉あめだまはいらんかね〜?」

 飴? なんの飴? もしかして企業のキャッチセールス?

 私は身構えた。すると、葛城くんは耳もとで、

「このひと、有名な飴玉おねぇさんですよぉ」

 とつぶやいた。

「飴玉お姉さん?」

「両想いになれる飴をくばってるんでぇす」

 なにそれ。新手の商法かしら。両想いになれる飴とか、あやしすぎるでしょ。

 ますます警戒心がつのる。

「飴玉いらんかね〜? おいしぃよ〜」

 焼きイモかなにか? 私は強くことわった。

「けっこうです」

「もう彼氏いるのかな? おいしい飴だよ〜。彼氏いてもいいから食べてね〜」

 勧誘が雑すぎる。

 私はスルーしかけた。すると、お姉さんはいきなり、

「あ、ちょっと待って」

 と言って、自転車のフレームをつかんだ。ガタンと自転車がとまる。

 びっくりするくらい力が強い。私は怖くなった。

「すみません、しつこいと警察を呼びますよ」

「それって将棋?」

 お姉さんは、私の鞄からぶらさがるアクセサリーに目をつけた。

「そ、そうですけど……」

「へ〜、将棋指すんだ。どう? 一局指さない?」

 えぇ……どうしましょ。私はその場から逃げる算段をした。

「あの……急いでるので……」

「あれ、裏見うらみ先輩、なにしてるんっスか?」

 おっと、この声は。

 ふりかえると、大場おおばさんとさっきの男の子が立っていた。

「あッ、飴玉お姉さんだッ! こんにちはッ!」

 男の子は、まったく怖気おじけづくことなくあいさつした。

「こんにちは〜、ユウタくんは今日も元気だね〜。飴玉あげるね〜」

 真っ赤な髪のお姉さんは、少年に飴をあげた。

 私はびっくりして、

「知らないひとからもらっちゃダメよ」

 と注意した。ところが、

「飴玉お姉さんと僕は友達ですッ!」

 という、無邪気な返事がかえってきた。

「飴玉お姉さんは悪いひとじゃないっスよ。飴を配るボランティアさんっス」

 いやいやいや、両想いになる飴をくばるボランティアってなによ。

 あやしすぎるでしょ。

 大場さんたち、洗脳されてるのでは。怖い。

 ユウタと呼ばれた少年は飴をほおばりながら、

「飴玉お姉さん、将棋を指しましょうッ!」

 と催促した。

「ん〜、今はこっちの馬のシッポみたいな髪型のひとと指したいかなぁ」

「馬のしっぽのお姉さん、大場お姉さんとも指しましたし、大人気ですねッ!」

 だれが馬のしっぽやねん。

 とはいえ、なんか逃げられない雰囲気になってきた。

 仕方がなくなって、私は近くの空き地に自転車を移動させた。

 土管どかんに腰をおろす。

「1局だけです……そもそも将棋盤持ってますか?」

「もっちロン」

 飴玉お姉さんは、100圴で売ってそうな将棋盤をもちだした。

 駒をならべる。

「じゃんけん、ぽん」

 私の勝ち。

「じゃ、お馬さん先手ね」

 は?

「よろしくお願いしま〜す」

「よろしくお願いします」

 7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩。


挿絵(By みてみん)


 あう……横歩っぽくなった。これは回避したい。

 と思った矢先、

「これってヨコフっていうんだよね〜。勉強してきたよ」

「うわッ! 飴玉お姉さんの横歩をみられるんですねッ!」

 こらぁ、外野からプレッシャーをかけないでくださいな。

 とはいえ、飴玉お姉さんの指し手、さっきからおぼつかないし、初心者さんかも。

 あんまりガチでいかないほうがいいような気がしてきた。

 ただの将棋好きだと悪いし。

「7八金」

「3二金」

 2四歩、同歩、同飛。

「ん〜と、2三歩」


挿絵(By みてみん)


 ふえ?

「飴玉お姉さん、それ横歩じゃないっスよ」

「え、ちがうの?」

 いったいなに情報なのかしら。とりま浅く引く。

「2六飛」

「ん〜、なんか違うカタチになっちゃったかな。じゃあ、6二銀」

 3八銀、5四歩、6八玉、5三銀。


挿絵(By みてみん)


 狙いがよくわからない。

「2二角成」

 5筋を突いてきたから、角交換。

 角交換には5筋を突くな、を利用した手だ。

「よし、角をゲット」

 ゲットじゃなくて交換です。やっぱり初心者っぽい。

 同銀、8八銀、4一玉、7七銀、7四歩、4六歩。


挿絵(By みてみん)


 駒組みでリードした感。私のほうは格言通りに5筋を突いていない。

 6四銀、4五歩。

「あ、歩が浮いたね。3三桂」

 いや、これが間に合ってる。

「4七銀」

「4五桂……あ、4六歩で取られちゃうのか」

 バレたか。さすがにそこまで期待していない。

「もう攻めちゃうね。7五歩」

 同歩、同銀、4八金、8六歩。


挿絵(By みてみん)


 ん? 枚数足りてなくない?

 7六に歩がいなくなったから、飛車の横利きがあるわよ?

「……同歩」

「5三角、と」

 なるほど、足すわけか。

 私は初めて長考した。

 このお姉さん、初心者だけどセンスは悪くないっぽいわね。

「裏見先輩、考え始めたっスね」

 しーッ、静かに。

「……5六飛」

「角を狙ってるんだね。でも、お姉さんのほうが早いよ。8六銀」

 私は8五歩と打った。

「ん〜? 取るよ、同飛」

「7六銀」


挿絵(By みてみん)


 はい、受かった。

 さすがに7七銀成、同桂、8九飛成はムリでしょ。

「そういう手があるんだ〜。なるほどね〜。8二飛」

 8三歩でもう一回追撃。

「あ、こういうのは取らないほうがいいね。7二飛」

 いや……取ってもよかったような……私の読みは同飛、5四飛、4二金、8四歩だ。

 まあ、指されなかった手についてどうこうする段階じゃない。対局中。

「7七歩」

 完全に押さえこんだ。後手は棒銀失敗。

「ん〜、5四飛だと角を取られちゃうから、4二金」

 それも指されてからでいいような。7五銀とかのほうが怖かった。

 私は勢い良く6五銀と出た。


挿絵(By みてみん)


 というわけで角を……ッ!

 しまったッ! 8二角って打てたじゃないですかッ!

 好手をのがした。

「大場お姉さん、さっきのは8二……」

「しーッ、優太ゆうたくん、助言すると首をちょんぎられるっスよ」

「ひえッ」

 ぐぬぬぬ、外野にモロバレしてる。

 だけど、肝心の対局相手は気づいていないようだ。

 うんうん考え込んだ。

「う〜ん、5四銀って出られたら困るのか。どうしよっかなぁ」

 お姉さん、胸の谷間をごそごそ。汗で蒸れた?

 と思いきや、タバコの箱が出てきた。どこに入れてるんですか。

 一本取り出す。

「あ、すみません、目のまえでタバコは……まだ高校生なので」

「じゃあ咥えタバコね」

 お姉さんは口もとに咥えて、また考え込んだ。お行儀が悪い。

「う〜ん……よし、大駒は近づけて受けろ、だね。5五歩」


挿絵(By みてみん)


 ……うッ、これはいい手だ。

 同飛〜5四銀だと、6四角が飛車当たりになる。

「飴玉お姉さん、やるっスねぇ」

「あははは、でしょ?」

 ……逃げるしかないか。3六飛。

「こっちも動かす駒がないんだよね〜。5二金」

 飴玉お姉さんは5二金右とした。

 これはチャンスだ。


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 今度こそのがさない。

「ん? 角と交換させてくれるの? 同飛だよ」

 同歩成、2七角、7六飛、4五角成、9一と。

「また動かす駒がなくなっちゃった。3二玉ね」

「5四香」


挿絵(By みてみん)


 飴玉お姉さんはタバコをぽろりと落とした。

「あッ……串刺し」

 これはかなり差がついたのでは。

 飴玉お姉さんは1分近くなやんで、7五銀と引いた。

 5三香成、7六銀、5二成香、同金。

「8二飛」

 浮いた金に当てる。

「はぁ〜……お馬のお姉ちゃん、火をつけちゃダメ? 一服したいんだけど?」

「ダメです」

「はぁ〜」

 どんだけ吸いたいんですか。私もお茶で一服したいというのはあるけど。

「金を逃げても勝てないから、突撃ぃ」


挿絵(By みてみん)


 ほほぉ……同金、同馬、同玉に6九飛ですか。

 さすがに駒が足りないでしょ。

「同金」

 同馬、同玉、6九飛、6八金、6六香、7六玉。

「6八飛成、と」

 詰んだわね。私は5二飛成とする。

 4二金、4一角、2一玉、3二金。


挿絵(By みてみん)


「そっか、1二で詰むね。負けました」

「ありがとうございました」

 一礼して終了。

 飴玉お姉さんは咥えタバコのまま、

「強いね」

 と褒めてくれた。

「裏見先輩は県大会優勝経験者っスからねぇ」

「裏見お姉さん、かっこいいッ!」

 照れる。

「それじゃ、指してくれたお礼に飴玉をあげるね」

「いや、それは……」

 お姉さんは、むりやり私の手に飴玉をにぎらせた。

「それじゃ、よく味わって食べてね〜」

 はぁ……とりあえず食べてみる……おいしいッ!

「これ、すごくおいしいですね。クリーミーで……あれ?」

 私はあたりをキョロキョロした――飴玉お姉さんは、いつのまにかいなくなっていた。

 

  ○

   。

    .


「あのひと、なんだったのかしらね」

 私はふたたび自転車を押しながら、葛城くんと道を歩いていた。

 大場さんはユウタくんを送っていくとかで、駅の方向へ。

 あのふたりの関係も、けっきょくよくわかんなかったし。

「裏見先輩、巻き込んじゃってごめんなさぁい」

「べつにいいわよ。あの飴、なんだかんだでおいしかったし……」

「おーい、裏見ぃ」

 ん、この声は……道のむこうがわから、松平まつだいらが手を振ってきた。

「裏見ぃ、ちょうどよかった。例の不定積分、解けたぞ」

 私は学食での話を思い出した。

「あ、そういえば数学を解いてたわね……って、ああッ!」

「どうした?」

飛瀬とびせさんにお説教するの忘れてたじゃないッ!」

 しまった。部室へナニしに行ったのかわからない。

「飛瀬がどうかしたのか?」

 私は松平に事情をつたえた。

「俺たちも卒業するし、後輩に任せときゃいいんじゃないか」

「よくないわよ。OGになんて言いワケするの」

「OGも部室に顔出さないし、禁止する権限もないと思うけどな……ところで、その自転車はどうしたんだ? 自転車通学にするのか?」

「これはもらいものよ」

 私は、部室を出たところから順番に説明した。

「なるほど……裏見、ひとつ交換するものを忘れてないか?」

「交換するもの? ……たしかに、飴玉お姉さんとは交換しなかったわね」

「いや、わらしべ長者ってのがあるだろ?」

「日本昔ばなし?」

「そうだ。アブのついたワラ→ミカン→反物たんもの→馬」

「携帯ストラップ→チョコ→ハンカチ→自転車……あッ」

「そして、馬はするッ! その自転車は俺と交換ごほぉッ!?」

 ふぅ……いいパンチが入った。

「じゃ、葛城くん、行きましょ」

「ふ、ふえぇ……わらしべ長者になれなかった松平先輩のご冥福をお祈りしまぁす」

場所:駒桜市内の空き地

先手:裏見 香子

後手:飴玉お姉さん

戦型:居飛車力戦形


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩

▲2六飛 △6二銀 ▲3八銀 △5四歩 ▲6八玉 △5三銀

▲2二角成 △同 銀 ▲8八銀 △4一玉 ▲7七銀 △7四歩

▲4六歩 △6四銀 ▲4五歩 △3三桂 ▲4七銀 △7五歩

▲同 歩 △同 銀 ▲4八金 △8六歩 ▲同 歩 △5三角

▲5六飛 △8六銀 ▲8五歩 △同 飛 ▲7六銀 △8二飛

▲8三歩 △7二飛 ▲7七歩 △4二金 ▲6五銀 △5五歩

▲3六飛 △5二金上 ▲8二角 △同 飛 ▲同歩成 △2七角

▲7六飛 △4五角成 ▲9一と △3二玉 ▲5四香 △7五銀

▲5三香成 △7六銀 ▲5二成香 △同 金 ▲7二飛 △6七銀成

▲同 金 △同 馬 ▲同 玉 △6九飛 ▲6八金 △6六香

▲7六玉 △6八飛成 ▲5二飛成 △4二金 ▲4一角 △2一玉

▲3二金


まで79手で裏見の勝ち

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