324手目 シルクのハンカチ→自転車
八一を出た私は、商店街へ移動した。
おじいちゃんから、将棋の駒を買ってくるように頼まれたからだ。
アーケードをくぐると、なぜか人だかりができていた。
「白髪の兄ちゃん、つえぇなぁ」
「このへんで一番強い高校生らしいぞ」
ん? この会話は……私は人だかりをのぞきこんだ。
すると、即席の対局席に捨神くんが座っていた。
捨神くんは私に気づいて手をふった。
「裏見先輩、こんにちは」
「なにやってるの?」
「僕に勝ったら自転車がもらえるイベントです」
よくわからない。私は詳細を尋ねた。
「駅前商店街の抽選で自転車が当たったんです。でも、僕は乗らないんですよ。だから、僕と指して勝ったひとにプレゼントします。裏見先輩もどうですか、一局?」
「いや、私は……」
「お、姉ちゃん指すのか。ゆずるぞ。俺じゃ勝てそうにないからな」
ことわりにくい雰囲気になった。周囲の視線と期待を感じる。
私はしぶしぶ席についた。駒をならべなおす。
捨神くん、まえの対局者をだいぶボコボコにしたみたいね。
「1手20秒でいいですか?」
「いいわよ」
振駒をして、私が先手になった。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
捨神くんはチェスクロを押した。
7六歩、3四歩、2六歩、4二飛。
当然の出だし。私は2五歩と突きこす。
6二玉、6八玉、7二玉、7八玉、3五歩。
「裏見先輩と指すのはひさしぶりですね」
ほんとひさしぶり。これは気合を入れないと勝てない。
4八銀、8八角成、同銀、2二銀、9六歩、9四歩。
「7七銀」
穴熊を牽制された以上、矢倉に組むのが最善。
後手は4四歩と飛車先を伸ばした。
ここで小考。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2四歩」
さっそく仕掛けまーす。
同歩、同飛、3一金。
あ、歩で受けないんだ。
これは先手からなんかありそう……でないのか。
捨神くんが序盤でうっかりはないわよね。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
私は3八金と上がった。
「薄く来ましたね。6二銀です」
後手は早囲いだ。これもそんなに硬くない。
私は5九銀と引いて、組み替えを始めた。
「なるほど、僕だけ一方的に薄くさせる作戦ですか」
捨神くんの考慮時間。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
パシリ
ん……2三飛成をさそってきたけど……さすがに無理だ。
「2六飛」
「アハッ、さすがに勘はにぶってませんね。7一金です」
5八銀、1四歩、1六歩、2二飛。
ぶつけてきた。
取って4三飛と打て……ないのか。4二飛の自陣飛車で受かってしまう。
でも4三角なら? ……あ、2三飛が角桂両取りになるのか。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2三歩」
交換拒否。捨神くんは4二飛ともどった。
こちらだけ歩切れ。私は3六歩と突いた。
「裏見先輩、けっこう動いてきますね」
とりあえず歩切れを解消したい。あと、3八金がそんなによくなかった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ふつうに同歩で」
同飛、5四角、2六飛、3二飛、4八金。
びみょうに手損。
「3四銀」
捨神くんは自然に盛り上がってくる。
このままだとジリ貧だ。
「……5六歩」
私は中央の歩を突いた。
「ん、それは……角を狙ってるんですか?」
黙秘。
「5五歩から飛車を展開されると困るか……でも……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
捨神くんは3五銀と進めた。
2五飛、1三桂に、恐れず5五歩と突いた。
「さすがに交換します。2五桂」
「5四歩」
「先着」
パシリ
ぐぅ、先着された。また金の位置がよくない。駒組み失敗したかも。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7五角ッ!」
ギャラリーがざわついた。
捨神くんもちらっと視線をはずして、
「その助け方があった……」
と言い、時間を使う。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
捨神くんは5四歩とした。冷静。
4三角、3三飛、5二角成。
だいぶ迫ってきた。さすがに2九飛成としてくるかも。
「先手のほうが若干速いか……7四歩」
あ、これも冷静。
私はしぶしぶ5七角と引いた。
3六銀、2二歩成、同金、4二馬。
「3三の飛車はあげます。2九飛成」
うッ……素直に手渡されるとキツい……働いてない飛車と馬の交換。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3三馬ッ!」
同金、3一飛、3七桂成。
これは……先手がけっこう駒損してる。
私は3三飛成と回収して、6五桂に5三歩と打った。
4八成桂、同角、4七銀成、同銀、7七桂成。
あうぅ、猛攻。
「ど、同桂」
「これでどうですか。8九角」
はい、しゅーりょー!
「ま、負けました……」
「ありがとうございました」
ぼ、ボコボコにされた。不覚。
捨神くんはフゥとタメ息をついて、
「さすがに裏見先輩と指すとつかれます」
と、お世辞なのかお世辞じゃないのか、よくわからないことを言った。
「どこが悪かったのかしら?」
「3八金が狙いどころになってましたね」
うーん、右に上がったのはマズかったのか。となると、全体的に方針がおかしい。
私が感想戦をしていると、うしろの人混みで声が聞こえた。
「はいはい、ちょっと通してよ」
ふりかえると、不破さんが隙間から出てきた。
「師匠、勝ってますか……と、ポニテの姉ちゃんじゃん、おひさ」
「おひさしぶり……もしかして、不破さんも参戦に来たの」
「いえ、師匠が商店街で指してるって耳にしたから、ようすを見にきたんですよ。師匠、無理してませんか? あんまり指すと体にさわりますよ?」
たしかに、捨神くんはちょっとつかれてるようにみえた。
「さすがに10局以上指すとつかれるね」
「じゃあ、ここでおひらきですね。はいはい、みなさん、解散解散」
不破さんは手際よく、野次馬を解散させた。
捨神くんは、テーブルを貸してくれたおもちゃ屋さんにお礼をいう。
「ありがとうございました」
「いいえ……あ、香子ちゃん、おじいさんから注文の品、届いてるよ」
そうだ、おつかいで来たんだ。私は商品を受け取った。
「お代はもらってるからね。よろしく伝えといて」
「はい、いつもありがとうございます」
私は駒をカバンにしまった。捨神くんも自転車を押して帰ろうとする。
それをみた不破さんは、
「あれ、師匠、自転車乗り始めたんですか?」
と質問した。
「うぅん、抽選で当たったんだ」
「もったいないですね」
「不破さんは、どう? 持って帰る?」
「うーん、それ、どうみても男ものですよね」
意外。そういうの気にするんだ。けっこう乙女チック。
「2年生の男子にあげようかな……箕辺くんとか……」
プライベートなことだし、私は不干渉を決め込んだ。
スマホをとりだして、おじいちゃんに連絡を入れる。
その途端、捨神くんの顔色が変わった。
「う、裏見先輩、そのハンカチってどこで手に入れました?」
ハンカチ? ……あ、ポケットからハンカチが出ちゃった。
「これはポーンさんからもらったの」
「ってことは、やっぱり例の……ゆずってもらえませんか?」
……………………
……………………
…………………
………………え?
「ダメですか?」
「いや、ダメとかダメじゃないとかいうまえに、これ、女物よ?」
「そ、そうですけど……」
口ごもる捨神くん。
私がいぶかっていると、横腹をこづかれた。
「ポニテの姉ちゃん、察しが悪いな。師匠にゆずれよ」
いやいやいや、意味不明だから。
天堂の不良2人(?)に絡まれても屈しないわよ、裏見香子は。
「これはもらいものだから、タダじゃあげられないわ」
「タダじゃなかったらいいんですね? この自転車と交換しませんか?」
えぇ……そこまでして欲しいの? 謎すぎる。
「プラスして1万円つけましょうか? 2万でもいいですよ?」
「おいおい、姉ちゃん、値を釣り上げる気かぁ? 師匠を困らせるなよぉ」
なんですか、これは。完全におとなの世界になってるじゃないですか。
「わ、わかったわよ。ゆずればいいんでしょ」
こんな高級品、持ち歩けないから、そのほうがいい気がしてきた。
ハンカチと自転車を交換する。
「アハッ、裏見先輩、やっぱり親切ですね。ありがとうございます」
いやぁ……なんか心理的カツアゲをくらった気がするけど……ま、いっか。
場所:駒桜市の商店街
先手:裏見 香子
後手:捨神 九十九
戦型:後手角交換型四間飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4二飛 ▲2五歩 △6二玉
▲6八玉 △7二玉 ▲7八玉 △3五歩 ▲4八銀 △8八角成
▲同 銀 △2二銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲7七銀 △4四歩
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △3一金 ▲3八金 △6二銀
▲5九銀 △3三銀 ▲2六飛 △7一金 ▲5八銀 △1四歩
▲1六歩 △2二飛 ▲2三歩 △4二飛 ▲3六歩 △同 歩
▲同 飛 △5四角 ▲2六飛 △3二飛 ▲4八金 △3四銀
▲5六歩 △3五銀 ▲2五飛 △1三桂 ▲5五歩 △2五桂
▲5四歩 △2八飛 ▲7五角 △5四歩 ▲4三角 △3三飛
▲5二角成 △7四歩 ▲5七角 △3六銀 ▲2二歩成 △同 金
▲4二馬 △2九飛成 ▲3三馬 △同 金 ▲3一飛 △3七桂成
▲3三飛成 △6五桂 ▲5三歩 △4八成桂 ▲同 角 △4七銀成
▲同 銀 △7七桂成 ▲同 桂 △8九角
まで76手で捨神の勝ち




