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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第32局 わらしべ香子(2015年6月27日土曜)
335/686

323手目 チョコレート→シルクのハンカチ

「こんにちはぁ」

 喫茶店のドアをあけると、すずやかに鈴の音が鳴った。

 おっとっと、めちゃくちゃ混んでる。

 マスターはカウンター越しに、

「悪いけど、満席なんだ」

 と、もうしわけなさそうに言った。あらら。

「じゃあ、またこんど……」

「Frauウラミ、こちらが空いておりますわよ」

 ふりかえると、ポーンさんが手招きしていた。

 4人テーブルに、彼女と佐伯さえきくんだけが座っている。

「いいの?」

「Natürlich!! 困ったときは……えーと……」

「困ったときはおたがいさま、だよ、ポーンさん」

 佐伯くんの助け舟に、ポーンさんは顔を赤らめた。

「そうですわ。さすがはHerrサエキ」

 えーとですね、そういう芝居をされると入りにくくなるわけですが。

 とはいえ、断るのもなんだか悪い気がした。ポーンさんのとなりに着席。

「ありがと。邪魔だったらすぐに言ってね」

 私は猫山ねこやまさんにコーヒーを注文して、ちらりとテーブルのうえをみた。

「将棋してるの?」

「こんどの県大会の練習です」

 ハァ……なんて立派な。それにくらべてうちの部員は、まったく。

裏見うらみ先輩も一局、いかがですか?」

 佐伯くんは、いきなり対局をもうしこんできた。

「指してる途中じゃないの?」

「いいえ、これは感想戦です。県大会優勝経験者とお手合わせをお願いします」

 おほほほ、では一局。

 駒をならべて、先後を決める。私が先手を引いた。

「秒読みは?」

「てきとうでいいです」

 それは練習にならない気もするけど……喫茶店でチェスクロは迷惑か。

「じゃ、いくわね。7六歩」

 3四歩、2六歩、4四歩。

 佐伯くんだから、振り飛車ってことはないでしょ。

 4八銀、4二銀、6八玉、4三銀、7八銀、8四歩。


挿絵(By みてみん)


 あいかわらずの変則的な出だし。

 私が方針を練っていると、コーヒーが届いた。

「ニャンともまあ、熱心ですねぇ」

 猫山さんはそれだけ言って業務にもどった。

 私は2五歩と伸ばす。

 3三角、3六歩、3二金、3七銀、5二金、7七角。

 雁木がんぎ……? 王様を動かさないから右玉でしょ、多分。

 6二銀、2六銀、5四歩。

「攻めるわよ。3五歩」


挿絵(By みてみん)


 さっそく開戦。私はコーヒーを飲む。

「同歩はお手伝いかな……4二角」

 3四歩、6四角、3七銀、5三銀。

 6四角は牽制の常套手段だ。私はすこし考える。

「4六歩」

 安定をとりましょう。

 佐伯くんは3四銀と歩を取った。ここで2四歩。

 さあさあ、どうですか。これで困ってるんじゃないの。

「3六歩」


挿絵(By みてみん)


 ……あ、そっちのほうが速いのか。

 でも、同銀、4六角に2七飛と浮いて、1九角成、3五歩があるわよね。

 私は念入りに読みを入れた。

「……」

「裏見先輩、けっこう考えますね」

 こら、さっきテキトウでいいって言ったじゃないですか。催促禁止。

「3六同銀よ」

 4六角、2七飛、1九角成、3五歩。

「4六馬です」


挿絵(By みてみん)


 これはさすがに読み筋。

 私は3四歩で銀取りを優先する。

「3六馬」

「3七飛」

 さ、交換しましょ。飛車はさすがに欲しいでしょ。

「……1四馬です」

 うわッ、めんどくさくなった。

 2三歩成、同金のあと、私はまた長考する。

「……」

「Frauウラミ、なかなか念入りに読んでいらっしゃいますわね」

 こらこらこら、かさない。ブランクを主張します。

「……4五歩」

 佐伯くんは10秒ほど考えて、飛車の頭に銀をおいた。


挿絵(By みてみん)


 〜〜〜〜〜〜〜ッ!

 しまったッ! 4五歩は悪手っぽいッ!

 さ、3九飛、4五銀は、攻め手がなくなる。

「4四歩ッ!」

 押し込む。

 3七銀成、同桂、5五歩(手筋)、同角、5四銀、7七角、5五歩。


挿絵(By みてみん)


 まいった。やることがなくなってしまった。

 猫山さんがほかのテーブルへ給仕するついでに、盤面をのぞきこんだ。

「おや、ニャンともまあ」

 あおらないでくださいな。クレーム、お店にクレーム。

 私は泣く泣く7九玉と入った。

 4七飛、5九金右で、とりあえず辛抱する。

「さすがに整えたほうがいいかな。3四金」

 ん、歩を払いにいくのか……小考。

「5六歩」

「4四金」

 私はさらに5五歩と伸ばした。


挿絵(By みてみん)


 これは……ちょっと戻ってないかしら。

「そうきますか……」

 佐伯くん、初の長考。

「……6五銀」

 ん、斜めに逃げた。

 私は4五歩と打って打診する。

「4三金引」

「5四歩ッ!」

 よし、盛り返したッ!


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 〜〜〜〜〜〜〜ッ! 5八歩と打てないッ! 

「6五銀はこの布石か……」

「マジックはタネが大事なんです」

 そんなこと聞いてなぁい。

 とりあえず5三歩成として、同金寄に5八歩と受けなおす。

 3七飛成(拠点を取られたのは痛い)、1一角成、4六桂、4八銀、1七龍。

「徹底抗戦ッ! 4七銀打ッ!」

 5八桂成、同銀、同香成、同金直、5七歩。

 これは……取れないか。

「6八金寄」

「1八龍」


挿絵(By みてみん)


 馬が利いてるから、5九銀は受けになってないわね。

「……2八歩」

 龍の位置を動かす。

 同龍に5五馬が龍銀両取り――なんだけど、4八龍、6五馬は先手がよくない。

「同龍」

 佐伯くんも読みきりらしく、恐れずに歩を取った。

 一回5七銀と手をもどす。

「3三歩」

 うわぁ、カラい……これはカラい。

 私も5八歩と受ける。

 以下、5六歩、6六銀、同銀、同歩、5七銀、5九銀と進んだ。


挿絵(By みてみん)


 一気に崩れるわけじゃない……けど、後手玉にせまる手段がない。

 2八龍を退かさないと、2一馬とすらできない。

「攻めどきかな……6八銀成」

 後手は猛攻にはいった。

 同銀、5七歩成、同銀、4七金、6八銀打。

 金銀は手にはいるから、とにかく自陣に打つ。

 5六歩、同銀、5八金、同金、同馬、6九金、6八馬、同金。

「これで先手は金駒かなごまがありませんね。5七銀」


挿絵(By みてみん)


 ぐぬぬぬ……6九香しかない。

「6九香」

 5九銀と引っ掛けられる。これもキツい。

 5八歩、6八銀上成、同香、5七歩。

「これに賭けるわよッ! 5五角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 とりあえず龍はどけぇい。

「さしあげます。5八歩成」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………受けなし。

 8四歩と突いてあるから、追い回されて8五金で詰む。

「負けました」

「ありがとうございました」

 うーん、さすがにブランクを感じた。

 飛瀬とびせさんや大場おおばさんには入っても、男子トップクラスにはちょっとむずかしい。

「佐伯くん、また強くなったんじゃないの?」

「そうですか?」

「わたくしもそう思いますのよ」

 ポーンさん、便乗よいしょ。

 佐伯くんは謙遜して、

捨神すてがみくんと指すと、やっぱり勝てないんですよね」

 と答えた。いやぁ、比較対象が悪いのでは。

 私は感想戦をしながら、ヌルくなったコーヒーを飲み干す。

 佐伯くんはなにかを思い出したように、感想戦の手をとめた。

「そういえば、新しい手品を考えました。見ていただけますか?」

 はあ、さいですか。私はうなずいた。

「食べ物を使った手品なんですが……さっきポーンさんに見せたとき使っちゃったか」

「もうひと皿頼みませう」

「なにがあればいいの? 食べ物なら持ってるわよ?」

 私はポケットから、TKY13のコラボチョコをとりだした。

「Frauウラミは女性アイドルのお菓子を買ってらっしゃるのですか?」

「もらいもの。大場さんの友だちから」

 友だちだったのかどうか、よくわかんないけど。

 佐伯くんは、そのチョコでいいと言った。

「食べてもいいですか?」

「どうぞ」

 吐き出す手品はダメよ。食べ物で遊ばない。

 佐伯くんは包み紙をあけて、ひとくちかじった。

「さて、ここに歯型がついてますね?」

「そうね」

「一瞬だけ手をかざします」

 佐伯くんは、手のひらでチョコを隠した。

「1、2、3、はい」

 手をどけると、チョコがもとどおりになっていた。

 えぇ? なんで?

「どうですか? 感想を聞かせてください」

 すなおにスゴいと思う。私は正直に答えた。

 佐伯くんは満足したようで、チョコを私に返した。

 じっくり観察してみても、食べた形跡がどこにもない。

「うーん……」

「Frauウラミ、Frauウラミ」

 ポーンさんが小声で話しかけてきた。

「なに? タネを教えてくれるの?」

「そのチョコをゆずっていただけませんでしょうか」

 ……あ、はい。好きなひとが触ったものが欲しいのね。

「もらいものだし、どうぞ」

「Danke schön……お礼にこれをさしあげます」

 ポーンさんは、いかにも高級そうなシルクのハンカチをさしだした。

「いいわよ。釣り合ってないでしょ」

「わたくし、おなじ柄を持っておりますので、平素のお礼に」

 何度かことわったけど、どうしてもというので受け取った。

 なんだか、だんだん高級なものが手に入ってるわね――おっと、そろそろ移動。

場所:喫茶店『八一』

先手:裏見 香子

後手:佐伯 宗三

戦型:居飛車力戦形


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △4二銀

▲6八玉 △4三銀 ▲7八銀 △8四歩 ▲2五歩 △3三角

▲3六歩 △3二金 ▲3七銀 △5二金 ▲7七角 △6二銀

▲2六銀 △5四歩 ▲3五歩 △4二角 ▲3四歩 △6四角

▲3七銀 △5三銀 ▲4六歩 △3四銀 ▲2四歩 △3六歩

▲同 銀 △4六角 ▲2七飛 △1九角成 ▲3五歩 △4六馬

▲3四歩 △3六馬 ▲3七飛 △1四馬 ▲2三歩成 △同 金

▲4五歩 △3六銀 ▲4四歩 △3七銀成 ▲同 桂 △5五歩

▲同 角 △5四銀 ▲7七角 △5五歩 ▲7九玉 △4七飛

▲5九金右 △3四金 ▲5六歩 △4四金 ▲5五歩 △6五銀

▲4五歩 △4三金引 ▲5四歩 △5六香 ▲5三歩成 △同金寄

▲5八歩 △3七飛成 ▲1一角成 △4六桂 ▲4八銀 △1七龍

▲4七銀打 △5八桂成 ▲同 銀 △同香成 ▲同金直 △5七歩

▲6八金寄 △1八龍 ▲2八歩 △同 龍 ▲5七銀 △3三歩

▲5八歩 △5六歩 ▲6六銀 △同 銀 ▲同 歩 △5七銀

▲5九銀 △6八銀成 ▲同 銀 △5七歩成 ▲同 銀 △4七金

▲6八銀打 △5六歩 ▲同 銀 △5八金 ▲同 金 △同 馬

▲6九金 △6八馬 ▲同 金 △5七銀 ▲6九香 △5九銀

▲5八歩 △6八銀上成▲同 香 △5七歩 ▲5五角 △5八歩成


まで114手で佐伯の勝ち

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