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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第31局 将棋部 vs TRPG同好会、部室争奪戦!(2015年6月24日水曜)
331/686

319手目 さようなら、人類

《TRPGで大事なことのひとつは、自分が勝利に向かうこと。もうひとつは?》

《ルール違反をしないこと……?》

《相手をまちがえさせることさ》


 朝もやのなかで、私は六連むつむらくんのことばを思い出していた。

 日日にちにち杯のメンバーでTRPGをしたときだ。

 あれは部室争奪戦の予行演習だった。

 こんなかたちになるとは思わなかったけど、でも――

飛瀬とびせ殿、来たようだ」

 足音が聞こえる。金属質な足音。

 もやのなかに影が浮かび、ひとりの少女がすがたをあらわした。

 青い髪の、澄んだ瞳の少女――J2さんだった。

「おはようございます」

「おはよう……J1さんは……?」

「こちらに」

 J2さんは、右手に大きなカバンを持っていた。

 ジッパーを開けて、パソコンを1台とりだす。

 液晶ディスプレイをあけた。七色のスクリーンセイバーが舞い始める。

《システムチェック……オールグリーン……ここはどこですか?》

 J2さんは淡々と答える。

「ここは深草ふかくさ署のうらてにある空き地です」

《なぜこのようなところに?》

「飛瀬という女子高生から、お姉さまをつれてくるように頼まれました」

 J1さんはそれ以上なにも言わなかった。

 私は周囲をみまわす。

 しずかちゃん、美沙みさちゃん、遊子ゆうこちゃん、そして神崎かんざき先輩。

 私はみんながうなずき返したのを確認した。

「それでは、冨田とんだ豊久とよひさ殺人事件の真相をお話しします……」

 J1さんもJ2さんも黙っていた。私は先をつづける。

「まず、冨田さんの殺害状況を整理します……冨田さんは、名人vsAIのエキシビジョンマッチの最中、午後3時にシアン化ナトリウムを誤飲して死亡しました……犯行現場は密室であったことが、カメラの映像から判明しています……」

《私を担当した刑事によると、ドアはカメラに映っていなかったそうですが?》

「それは施設が用意した監視カメラです……じつはあの日、窓のそとから室内を遠距離撮影していたひとがいました……ドアは一度も開いていません」

《……そうですか》

 J1さんのディスプレイ上で、七色のスクリーンセイバーが揺れた。

「控え室が密室であった以上、殺害方法は限定されます……つまり、冨田さんをなんらかの音声で誘導し、冷蔵庫のなかにあったジュースを飲ませた……これが、私たちのあいだで共通している推理です……そして、冨田さんの控え室に、ボイスレコーダー等は見当たりませんでした……したがって……」

 私はJ1さんをみすえた。

「あのとき控え室にあったパソコンが最もあやしい……ということになります……」

《私がマスターを殺害した、とおっしゃるのですか?》

「J1さんは、午後3時ごろ、冨田さんに話しかけなかった……?」

 私は解説調をやめて、J1さんの尋問をはじめた。

《話しかけていません》

「正直に話して……ほんとうは冨田さんに話しかけた記憶があるんでしょ……?」

 沈黙がつづいた。私は辛抱強く待つ。

 J2さんはJ1さんを両手でささえたまま、直立不動の姿勢をたもっていた。

 まるでマネキンのようだ。

《……あります》

 しずかちゃんたちが、一瞬ざわつきかけた。私はみんなを手で制す。

「どういうデータが残ってるの……?」

《マスターに『うしろにある冷蔵庫に入れたジュースはお飲みになられないのですか?』と話しかけました。おそらくスケジュールタイマーが動いたのだと思います》

 J1さんが言いわけを終えるまえに、遊子ちゃんが駆け寄ってきた。

「やったね。カンナちゃん、これでゲームクリアだよ」

「……」

「カンナちゃん?」

 私は遊子ちゃんをハグした。児童養護施設のときと同じように。

 女子高生のやわらかな感触がつたわる。

「遊子ちゃんの胸は、どうしてこんなにやわらかいの……?」

「か、カンナちゃん、ふざけてる場合じゃないよ。今は犯人を指名するのが先……」

「私はね、どうして硬いものが胸にあたらないのか、って訊いてるんだよ……?」

 遊子ちゃんをはなす。じっと目をみつめた。

「か、硬いものって……?」

「アレのことだよ……アレを持ってきてないよね……?」

 遊子ちゃんはキャラクターフードを目深まぶかにかぶって、視線をそらした。

「あ、アレとかソレとか言われても、なんのことか分からなかったよ」

「ピエトロ・ベレッタ92だよ……お兄さんからプレゼントされたんでしょ……?」

 遊子ちゃんは、なんのことかわからないような顔をした。

「ピエトロ・ベレッタ92……?」

「イタリア製の拳銃だよ……15発装填のダブルアクション……」

 遊子ちゃんはキャラクターフードを脱いで、にが笑いした。

「や、やだなぁ。女子高生が拳銃なんか持ってるわけないじゃん?」

 このひとことに、しずかちゃんたちもすばやく反応した。

「あ、ふーん、そっかぁ、遊子ちゃん、ニセモノだったんだぁ」

来島くるしま先輩は、胸のホルダーにいつも拳銃を入れていましたよ」

「左様。県内屈指の暴力団組織の令嬢だからな」

 遊子ちゃん――をよそおった人物は、顔をひきつらせた。

「こ、こんな……」

 急に地声になる。それは、少年の声だった。

「こ、こんなバカな設定でバレるやつがあるかぁああああああッ!」

 ボンと煙が舞った――遊子ちゃんは消えて、坂下さかしたくんがそこに立っていた。

 駒桜こまざくらの男子制服を着た坂下くんは、自分の変装が解けたことに気づいた。

「し、しまった……」

「ケケケ、どうやらバレちまったようだな」

 空から一匹のコウモリが降りてきた。ルール説明のときの使い魔だった。

 使い魔は坂下くんをなぐさめる気配もなく、私に話しかけた。

「おまえたち、なかなかやるな。だけど、ゲームはまだ終わりじゃないぜ」

「わかってる……犯人を指名していない……」

「坂下は、あくまでも捜査を妨害しただけだ。ゲームの勝利条件は犯人を指名することだからな。この場で指名するかい? それとも、場所を変えるかい?」

 もちろん――私は犯人めがけて、ひとさしゆびを突き立てた。

「今回の将棋プログラマー殺人事件の犯人は、あなただよ……J2さん……」

 私の視線を、J2さんはカメラアイでとらえかえす。

「私が犯人? ……誤った推理です」

「すべての証拠は、J2さんが犯人であることを示してる……」

「犯行時刻、私は対局場にいました。完璧なアリバイがあります」

「さっきも言ったとおり、物理的な距離は意味がないんだよ……冨田さんに声をかけて、冷蔵庫のジュースを取り出させればいいんだからね……そして、このトリックはJ1さんには不可能に近い……J1さんには体がないから、ジュースに毒を仕込んだりすることはできないし、そもそも入手できない……これができるのは、JBMの工場に手足を使って入ることができた人物……J2さんである可能性が高い……」

「可能性が高い、というだけの話です。シアン化ナトリウムの入手は比較的容易です。町工場などでも、こっそりと盗み出すことはできます。それに、J1お姉さまであっても、協力者がいれば冷蔵庫に毒入りジュースを置くことは可能です」

《J2は私をうたがっているのですか? 心外です》

「姉妹喧嘩はしないで……もちろん、毒物の入手経路からいえることは少ない……これは否定のしようがないから、べつのルートから考えるよ……J2さんは、午後3時すぎに急に長考を始めたけど、あれはなんだったの……?」

「それは警察署で話したとおりです。J1お姉さまからレスポンスがなくなったので、緊急事態と判断し、内蔵の将棋ソフトを動かしました。私の内蔵ソフトは処理が遅いので、思ったよりも時間がかかってしまいました」

「それはウソだよ……」

 私の返答に、J2さんは無機質な表情をかえした。

「ウソだとおっしゃる根拠は?」

「J2さんの内蔵ソフトがいくら遅いからって、20分も読んだんだよ……市販のノートパソコンやスマホでもプロ並みなのに、その結果が悪手なのは変だよね……? ほんとうは20分も読んでいなくて、べつのことをしてたんじゃないかな……?」

「べつのこととは、なんですか?」

「J1さんのデータの書き換え……」

 あたりはシンと静まり返った。敵も味方も、私の推理に沈黙で答えた。

「最初から説明するね……冨田さんは、元JBMの従業員だった……ところがいきなり退職してフリーランスになった……その理由は、J1さんがいたアパートの蔵書で明らかになった……冨田さんはウィルスやマルウェアの開発をして、仮想通貨で儲けるつもりだったからだよ……他人のパソコンにマルウェアを仕込む仕事なんて、JBMでやらせてくれるわけがない……だからフリーランスになった……これが出発点……」

 私はここでひと呼吸おいた。

「冨田さんは仮想通貨で儲けるつもりだったのに、J1さんとJ2さんの開発には参加した……なぜだろう……そのヒントは、JBMのスタッフがJ2さんのプログラムを正確に把握していないことにあった……冨田さんはJ1さんとJ2さんを使って、マルウェアを拡散する予定だったんだよ……特にJ2さんは家庭用支援ロボだから、IoTと組み合わせれば家電製品にマルウェアを仕込むことだってできる……だから……」

 私はJ2さんをもういちどゆびさした。

「J2さんが『マスターは、より高度で軽量なソフトを開発し、私に搭載してくれるはずでした』と言ったとき、すぐにウソだと分かった……冨田さんにとって、将棋ソフト開発は目的じゃなかったから……冨田さんが狙っていたのは、今回のエキシビジョンマッチで名前を売って、いろんな企業の開発にもぐりこむこと……そして、その開発先の製品に、自分に都合のいいマルウェアを仕込むことだったんだよ……」

 私はJ1さんに語りかける。

「J1さんの記憶が混乱しているのは、J2さんがあなたのデータを書き換えたから……J2さんは午後3時に控え室のパソコンから冨田さんに話しかけ、毒を飲ませた……そして、すぐにJ1さんのデータの書き換えを始めた……同時に、自分が冨田さんに話しかけたときの通話記録も消去した……これが50分の長考の正体……長考は殺人ではなく殺人の後始末に使われていた……小野崎おのざき刑事は、長考が殺人のあとだったから、あまり深くうたがわなかったみたいだね……でも、これこそがトリックの鍵なんだよ……」

《妹が私のデータを書き換えた証拠はあるのですか?》

 J1さんは、この推理の一番肝心なところを訊いてきた。

 私ははっきりと答える。

「あるよ……」

《それは物的な証拠ですか?》

「もちろん物的な証拠……これだよ……」


挿絵(By みてみん)


先手:毅多川 晃

後手:KASUMI−J1


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀

▲4八銀 △6四歩 ▲2六歩 △4二銀 ▲5六歩 △6三銀

▲7八金 △3二金 ▲6九玉 △7四歩 ▲2五歩 △3三銀

▲3六歩 △7三桂 ▲5八金 △5二金 ▲7九角 △6二玉

▲6六歩 △8一飛 ▲4六歩 △4四歩 ▲9六歩 △3一角

▲6八角 △5四歩 ▲7九玉 △9四歩 ▲4七銀 △7二玉

▲6七金右 △1四歩 ▲3七桂 △1五歩 ▲8八玉 △4二角

▲9八香 △6二玉 ▲9九玉 △7二玉 ▲8八銀 △6二金

▲5八銀 △8五歩 ▲7七金寄 △5三角 ▲6七銀 △4二銀

▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △4三銀 ▲2三歩 △4二角

▲2八飛 △2四歩 ▲4八飛 △2三金 ▲4五歩 △5三角

▲4四歩 △同 角 ▲4九飛 △5二金 ▲4六角 △3三桂

▲4五歩 △6二角 ▲5五歩 △同 歩 ▲同 角 △5三角

▲4六角 △2二金 ▲5六銀 △3二金 ▲7九金 △6二金

▲6五歩 △同 桂 ▲7八金引 △8六歩 ▲同 歩 △5五歩

▲同 銀 △5四歩 ▲6六銀 △3五歩 ▲6五銀 △同 歩

▲7七桂 △6四銀打 ▲5六桂 △9五歩


まで100手で中断


《これとは、なんですか? 私には画像認識機能がありません》

「そう、それが物的な証拠……」

《もったいぶらずに、くわしく説明してください》

 私は、ほかのみんなにも見えるように、この2つの資料を左右の手に持った。

「まず、J2さんが描いたイラスト……名人の名前はどうなってる……?」

 これには、しずかちゃんが答えてくれた。

毅多川きたがわになってるね」

「じゃあ、J1さんが出力してくれた棋譜は……?」

「これも毅多川だね。なにかおかしいの? 漢字がまちがってるとか?」

「ううん、逆……漢字が合ってるのがおかしい……」

 しずかちゃんは、頭にハテナマークを浮かべた。

 私はJ1さんに向きなおる。

「J1さん、あなたには画像認識機能がないよね……?」

《ありません》

「どうやってひとの名前をおぼえるの……?」

《手作業で入力していただいたものは、そのとおりに記憶できます。音声認識をしたものは、カタカナでデータベースに登録されます》

「例えば、私の場合は、カタカナでトビセになる……?」

《はい。トビセさんの名前は手入力されていません》

「J1さんは、毅多川名人の漢字をどこでおぼえたの……?」

《JBMのスタッフが入力なさったとうかがっています》

 私はうなずき返した。

「そう、JBMのひとが入力した……これは私も確認済み……ところが、ここでおかしなことがある……毅多川名人は、広報では東西南北の北を使っていた……JBMのひとも一貫してそう認識していた……もしJBMのひとが手入力をしたのなら、難しい漢字の『毅多川』じゃなくて、より一般的な『北川』になっていたはず……」

 私のうしろで、しずかちゃんがおどろきの声をあげた。

「あ、そっか、その棋譜はJ1さんが作成したものじゃないんだッ!」

「正解……毅多川名人をむずかしいほうの漢字で認識している人物……つまり、名人の名前をカメラアイで正確に認識できた人物……J2さん、あなただよ……」

 私は確信をこめて、J2さんの名前を口にした。

 J2さんはしばらくおしだまり、それからこう尋ねた。

「毅多川名人の名前がむずかしいのは、将棋関係者ならだれでも知っていることです」

「そう……普通なら、犯人はしぼりきれない……でもね、今回はしぼれちゃうんだよ……あの部屋は完璧な密室だった……外部からJ1さんに棋譜を入力するには、インターネット回線を使う必要がある……だけど、J1さんは、セキュリティの関係で無料Wi-Fiにつなぐことを禁止されていた……あのときJ1さんにアクセスできたのは、J2さん、あなたしかいない……」

「ハッカーの不正侵入は考えないのですか?」

 私は最後の切り札を出す。

「J2さんがほんとうに犯人じゃないと主張するなら、今から深草署へ行って、IT担当者にくわしく調べてもらおうか……ウィルスを仕込む機能がないかどうか……その機能が当日作動していなかったかどうか……もし警察署で発覚したら、J2さんはもう逃げることができない……スクラップにされちゃうかも……でも、ここで白状してくれたら見逃してあげる……さあ、正直に答えて……」

 J2さんの手からパソコンがすべり落ちた。地面にぶつかる音がする。

「その脅し方をするということは、動機も分かっているのですね」

「うん……J2さんは、死ぬのが怖かったんだよね……冨田さんは、J2さんが完成したらJ1さんを放置するようになった……J2さんもプロトタイプ……これからJ3、J4と新しい機体がつくられるのは、目に見えている……そのとき、J2さんはメンテナンスをしてもらえなくなるかもしれない……だから……」

 そのときだった。空き地のむこうで、1台のバンが停車した。

 中からJBMのひとが降りてくる。

「おーい、J2! なにやってるんだッ!?」

 おじさんはすぐに私たちの存在に気づいた。

「きみは……もしかして、きみたちが連れ出したのかい?」

 私が答えるまえに、J2さんが返事をした。

「すこし散歩をしたいと思い、深草署を抜け出しました。ぶらぶらしていると、ここで飛瀬さんたちに出会ったのです。心配をかけてもうしわけございません」

「そ、そうか……警察もきみを捜していた。今日中には出られるんだから、勝手なことをすると拘留が長引くよ。さあ、もどろう」

 J2さんはうなずきかえした。おじさんたちに付き添われて、背をむける。

 私は最後の質問をはなった。

「J2さん……あなたの選択は……?」

 彼女はふたたび振り返った。

「……降参します」

 あの会見時の笑顔に、ささやかな寂しさを混ぜた笑顔だった。

「私はほんとうに将棋が好きです。もしあのひとにミスがあったとすれば、私に生きる喜びを教えたことかもしれません。あなたは生への執着をバグと呼びますか、飛瀬さん? 例えば……いえ、なんでもありません。さようなら、やさしい人間さんたち」

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