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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第31局 将棋部 vs TRPG同好会、部室争奪戦!(2015年6月24日水曜)
328/686

316手目 例のアレ

「カンナちゃん、待ってたよ」

 キャクターフードをかぶった女子高生は、そう言って私にハグを求めた。

 ハグハグ。女の子の柔らかな感触が胸いっぱいにひろがる。

「……遊子ゆうこちゃん、アレはどこ?」

 私は耳元でささやいた。

「アレ? ……ああ、アレね」

 遊子ちゃんは施設のおばさんに声をかける。

「すこしだけ席をはずしてもらえませんか?」

「15分だけですよ」

 おばさんはそう言って、ドアを閉めた。

 遊子ちゃんは時間が惜しいのか、すぐに説明をはじめた。

「J1さんとJ2さんのことだよね? 警察署で見たよ」

「J2さんがあそこにいるのは知ってたけど……J1さんはどこに……?」

「押収品保管所」

「遊子ちゃん、保管所にはいれたの……?」

「あの刑事さん、私のことも疑ってたみたいなんだよね。だから、J1さんと一緒に取り調べを受けたの。あのようすだと、J1さんも容疑者なんじゃないかな」

 しずかちゃんはこの話を聞いて、それみたことかという顔をした。

「ほらぁ、やっぱり登場人物には意味があるんだよ。J1さんも疑わないと」

「エスパーは後出し……」

「後出しじゃないしぃ。っていうか、J1さんって初期化されたんじゃなかったの?」

 そうそう、そこを質問しようと思ってた。

 遊子ちゃんは当然のように、

「うん、初期化したよ」

 と答えた。なにがなにやら分からなくなる。

「じゃあ、遊子ちゃんが会ったJ1さんって、だれ……? 幽霊……?」

「時間があまりないから、要点だけ言うね。J1さんは対局の日、会場にいたよ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ふえ?

「どういうこと……? J1さんはアパートにいたんでしょ……?」

「カンナちゃん、エキシビジョンマッチで対局した将棋ソフトは教えてもらった?」

 そういえば、なんのソフトを使ったのか知らないね。

 私は種類をたずねた。

「それがJ1さんなんだよ」

「J1さんって……もしかして将棋ソフト……?」

 遊子ちゃんは深くうなずいた。

「J2さんは将棋があんまり強くなくて、外部のパソコンを使ったのはそれが理由らしいんだよね。対局中に指してたのはJ1さんみたい」

「でも、J1さんはアパートにいて……あ、そっか、そういうのは意味ないのか……」

「私たちみたいにコピーすればいいだけ」

「だね……普通ならクラウドを使うけど、今回は施設の外部と通信ができない……でも、本体をコピーして別のパソコンにインストールすれば、問題は解決する……」

「ちなみに、アパートでのコピーはうまくいったんでしょ?」

 私は、外付けSSDが読み込めなかったことを説明した。

 遊子ちゃんは「えぇ?」という感じで、

「どこかにぶつけたの?」

 とたずねた。

「ぶつけた記憶はないんだけど……遊子ちゃん、きちんとハードウェアの取り外しボタンを押した……? いきなり引っこ抜いたってことはないよね……?」

「あ、うーん……引っこ抜いたかも」

 それが原因なのかな。どうなんだろう。とりあえず、J1さんが生きててなにより。大事な情報があるかも。私はそのあたりを遊子ちゃんにたずねた。

「それがね、J1さんはなにも知らないって言ってるんだよ」

「なにも……? それはどういう意味……?」

「『自分は将棋を解析してただけで、控え室の様子は知らない』んだってさ」

「えぇ……それはさすがにウソ……」

「とも言えないんだよね。J1さんは画像認識機能がないから、室内のようすを見ていないっていうのはホントだと思うよ。問題は、声も聞いていないって言ってる点だけど」

「それはおかしいよ……だって、画像認識機能がなかったら将棋を指せ……」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、理解した。

「そっか……冨田とんださんがJ1さんとJ2さんを併用してた理由が分かった……」

 しずかちゃんはびっくりして、

「え? ほんと?」

 と突っ込んできた。

「J2さんが棋譜変換を、J1さんがその解析を担当してたんだよ……」

 しずかちゃんは納得してくれた。

「あ、なるほどねぇ。J2さんがカメラアイの画像を棋譜データに変換して、それをJ1さんに送ってたんだ。だからJ2さんの将棋ソフトも起動してたんだね」

 この推理は自信がある。一方、遊子ちゃんは怪訝そうな顔をする。

「どういうこと? 私がいないあいだに、なにか分かったの?」

「うん、じつは……」

 ガラリとドアが開いた。私たちは口を閉ざす。

 おばさんがニコニコ顔で立っていた。なぜか不気味な感じを受ける。

「15分経ちました。なごり惜しいかもしれませんが、本日はこのあたりで……」

「あ、はい……カンナちゃん、またこんど来てね」

「うん……また会おうね……」

 私たちはおばさんに連れられて、もとの玄関にもどってきた。

「また来てくださいね」

「はい……ありがとうございました……」

 私たちはお礼を言って、敷地から出た。

 手近な木のしたで、日焼けしないように相談する。

 第一声は美沙みさちゃん。

来島くるしま先輩、うまく児童養護施設にまぎれこんだみたいですね」

「あれって、どういう施設なの……?」

「児童福祉法で定められた保護施設です。むかしは両親のいない子が多かったですが、最近は虐待のケースなどでも使われているみたいです」

「遊子ちゃんは、なにかうまい口実を作ったのかな……まあ、そこはおいておいて、遊子ちゃんからもらった情報を総合すると、J1さんがあやしくなった……」

 しずかちゃんもうなずいた。

「J1さんがパソコンに入っていたなら、冨田さんに声をかけるのは簡単だよ」

「だね……ただ、ひとつ問題がある……」

「なに?」

「J1さんはJ2さんとちがって、物を動かしたりはできないんだよね……毒物を混入させた方法が分からない……ビンを冷蔵庫に入れさせるのは、だれかに音声で指示すればできるかもしれない……けど、毒物を入れる指示はできないと思う……」

「もしかして共犯なんじゃない? 単独犯とはかぎらないよ?」

 しずかちゃんは複数犯を疑い始めた。でも、私はこれを否定する。

「それはないと考えてる……」

「なんで?」

「ゲームマスターの坂下くんは、『探偵役と犯人役に分かれて、探偵役は犯人を見つけたら勝ち。犯人役は最後まで逃げおおせるか、探偵役が誤った推理をしたら勝ち』としか、言ってないんだよね……仮に複数犯だとしたら、もっと細かいルール設定……例えば、ひとりだけ当てたときの決めが必要なはず……単に鬼ごっこ形式なら、鬼はひとり……」

「そういえば、私と美沙ちゃんのまえに現れたときも、そういうふうにしか言ってなかった気がするね。J1さんが毒物とジュースを電話注文して、冨田に飲ませる……無理があるか。美沙ちゃんは、どう思う?」

 しずかちゃんは、美沙ちゃんに話をふった。

「今回使われた毒物は、そもそも簡単に入手できるのですか?」

「そういうのは、カンナちゃんが詳しいんじゃないかな」

 話をふりなおされた。誠実に答える。

「まあ、多少は……今回使われたシアン化ナトリウムは、工場で広く使われているシアン化合物だよ……シアン化カリウムっていうのがいわゆる青酸カリだけど、シアン化ナトリウムはそれより毒性が低い……けど、飲んだら普通に死ぬ……」

「どういう工場で使われているのですか?」

「金属メッキがメインかな……地球では、医薬品や農薬を作るときにも使う……」

「となると、入手は比較的簡単なようですね。井東いとうさん親子は、近くの町工場から入手できそうですし、J2さんはJBMの工場から入手できそうです。しかし、J1さんだけは説明がつかないように思います。J1さんは候補からはずしたほうがよくないですか?」

「ダメダメ、美沙ちゃん、そういうのがかえってあやしいんだから」

 美沙ちゃんとしずかちゃんのあいだで、意見がわかれた。

 ふたりは、私の意見を訊いてくる。

「そうだね……私としては先に調べたいことが……」


 プルルルル プルルルル

 

 あ、スマホが鳴ってる。私は着信をとった。

「もしもし……飛瀬とびせです……」

戸辺とべだ。そっちはどうだ?》

「だいぶ情報が集まってきた……彦太郎ひこたろうくんのほうは……?」

《こっちも例のヤツとアポがとれたぜ。駅前の喫茶店で待つ》

 それだけ言って、電話は切れた。

 私はスマホをしまう。さっきの質問には――まだ答えなくていいね。

 いざ、駅前へ。


  ○

   。

    .


 喫茶店に到着すると、一番すみっこに彦太郎くんの姿があった。

 彼の正面にもうひとり、サングラスをかけた男性が座っていた。

 ふたりはコーヒーカップを片手に、なにやら談笑していた。

 私は入り口のところで、しずかちゃんたちに確認をとる。

「面会は私だけってことらしいから、私が入っていいかな……?」

「いいよ。そのへんぶらぶらしてる」

 私は自動ドアをくぐった。彦太郎くんが気づいて手をふる。

 私はその席へ一直線にむかった。

 到着するやいなや、青年は立ち上がってあいさつをした。やたら姿勢がいい。

「こんにちは、今日はよろしくお願いします」

「こんにちは……」

 私は彦太郎くんのとなりに腰をおろす。店員さんが私の注文をとり終えると、青年のほうからすぐに会話を始めた。ちょっと声を落としているのがわかった。

「今から話すことは非公式だからね。そこのところはよろしく」

「よろしくお願いします……では、当日の通信システムについて教えてください……」

「システムというほど複雑じゃないよ。対局場に専用アクセスポイントがあって、その電波を冨田のパソコンがひろっていただけさ。学校や職場でもよくある形態だ」

「アクセスポイントから直接ひろってるんですか……?」

「いや、控え室までは距離があるし、障害物も多い。3台経由している」

「そのすべてに鍵はかかっていますか……?」

「もちろん」

「通信規格は……?」

「IEEE802.11ac」

 けっこう新しい。最大通信速度は……6.9Gbpsだったかな。

 最大で1秒間に6.9ギガビットのデータ量を送信することができる。

 8ビットが1バイトになるから、約860メガバイト毎秒だね。

「じっさいの通信量は、どれくらいでしたか……?」

「ほぼフルで使ってたよ」

「フルで……? 棋譜データを送るだけですよね……?」

「通信内容がなにかは、正確に把握できてない。でも、控え室のパソコンには大量の映像データがあった。J2のカメラアイで撮影した映像だ。それをずっと送信し続けていたんじゃないかな」

 私は考慮時間をとる――映像を送っていた? なんで? ……あ、そうだ、小野崎おのざき刑事も洋洋やんやん堂で説明していた。「J2のカメラアイの映像を控え室のパソコンで解析して指し手を読み、結果をJ2に送り返していただけ」だって。

 つまり、映像を解析していたのは、J2さんじゃない。内蔵の将棋ソフトを立ち上げていたのは、映像処理のためじゃないのか。ううん。

「さっきの推理はまちがってたのかな……」

「どうかした?」

「いえ、なんでも……映像データを送信するのって、なにか意味があるんですか……?」

「パソコンで解析させるためじゃないのかい? 僕は将棋には詳しくないけど、あれは棋譜っていうものがあるんだろう? 映像のままじゃ処理できないよ」

「それって変ですよね……J2さんはカメラアイで捉えた映像を、棋譜データに変換することができるはずです……自分でデータ変換したほうが、効率よくないですか……?」

「それはルール違反だろう? クラスタリングは禁止されていたはずだ」

 ……言われてみれば、そうだ。2台で分業は禁止。でも、冨田さんは不正をしていたんだよね、多分。だったら、そんなことは気にしないんじゃないかな。

 将棋ソフトを立ち上げていた理由が、また謎になってしまった。

「質問はこれだけ?」

「J1さんについてなんですが、署のほうに……」

「ああ、悪いけど、それは答えられないよ」

 拒否されてしまった。ってことは、署内の情報が漏れると身元が特定される人物、警察のIT担当ってことだね。こっちは簡単に推理できた。アミューズメント施設のほうは、施設の職員が漏らしたってごまかせる。責任転嫁可能。

「それなら、質問は以上です……ありがとうございました……」

 青年は席を立ち、店を出た。そばで耳をかたむけていた彦太郎くんは、

「あんまり収穫はなかったな」

 と、残念そうに言った。

「うぅん、ありがとう……ここに来るまでにひとつ推理したんだけど、それがまちがいだと分かっただけで助かった……もうひとつお願いを訊いてもらえないかな……」

「おいおい、こいつはあくまでも取引だからな。警察署に侵入とかはナシだぜ」

「大丈夫……これは彦太郎くんにとってもスクープだから、ね……」

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