311手目 エラーメッセージ
「なに、遊子殿が警察に捕まっただと」
神崎さんは、私の報告に眉をひそめた。
「救出せねばならぬ」
「そうしたいのは山々なんですが……このメンツじゃムリかと……」
あのあと、遊子ちゃんは小野崎刑事に車で連行されてしまった。
たぶん深草署だと思う。ようすを見に行こうかとも思ったけど、近くに行くと危ないということで、彦太郎くんが代表して見張ってくれることになった。
「して、その彦太郎という少年は信頼できるのか」
「小野崎刑事と顔見知りみたいだし、私たちよりはベターだと思います……」
「ふむ……しかし、問題が五月雨式に増えるな」
そうでもないんだよね。私は持ち帰った外付けSSDポータブルをとりだす。
「これが捜査を飛躍的に進展させてくれる……はずです……」
「なんだそれは」
私はカスミJ1さんのことを説明した。
「ほほぉ、姉がいたのか。して、その箱のなかに入っている、と」
「これは外付けだからパソコンが必要……どこかにないでしょうか……」
「この蕎麦屋は古風ゆかしき過ぎて、機械はあまり置いておらぬようだな」
そういえば、志織さんがパソコンをいじってるところ、見たことない。
家計簿とか税金申告のときが大変なんじゃないかな。
「どこかで探さないといけないですね……」
「おーい、帰ったぞ」
ガラリと玄関があいた。井東さんのお父さんが入ってきた。
「おっと、おまえたち、今日も店番ありがとな」
井東さんのお父さん――源五郎さんは、やたら上機嫌だった。
「商売というものもなかなか面白いな。修行になる」
「ハハハ、姉ちゃん、あいかわらず変わってるねぇ。おっと、カンナちゃん」
源五郎さんは、ポータブルに視線を落とした。
「なんだい、はやりのファミコンか?」
「ファミコンではないです……ところで、源五郎さん、作業服が汚れてますよ……」
源五郎さんは、泥のついた作務衣を着ていた。飲食店の店長さんがこのかっこうだと、マズいんじゃないかな。案の定、2階から志織さんが、
「お父さん、着替えずに表から入っちゃダメだって言ってるでしょ」
と、ぷりぷり怒りながら降りてきた。
「おいおい、うちの客は土方のあんちゃんたちも多いんだ。服装で注意するなんざ、もってのほかだぞ」
「とにかく、着替えてきて」
源五郎さんは鼻歌を歌いながら2階へ消えた。
私たちはこれさいわいとばかりに、志織さんに話しかける。
「すみません……パソコンってお持ちじゃないですか……?」
「ごめんなさい。うちはそういうの置いてないのよ。お父さんは機械オンチだし、私も特に使うメリットないから。スマホがあれば十分でしょ?」
スマホ派なのか。となると、外部で借りないといけないね。
「このあたりでパソコン借りられる場所はありますか……?」
志織さんはくちびるに指をそえ、上目遣いでしばらく思案した。
「……お父さんが勤めてる商工会議所なら、借りられるかもしれないわ。あそこ、備品の管理が適当だから、頼めば部外者でも使わせてくれるかも」
ナイス情報。私たちは事務所の住所をメモった。
「源五郎さんは、商工会議所にお勤めなんですね……てっきりここの店長かと……」
「店長は私よ。お父さんは観光関係の部署を担当してるの」
なるほど、朝の公園で出会ったのは、そういう理由だったのか。
「それじゃ、店番ありがとね。もう終わりでいいわよ。おつかれさま」
「おーい、志織、わしのジャージはどこだ?」
志織さんはタメ息をついた。
「このまえのはなぜか使ってなかったから、タンスに入れてあるわよ」
やれやれと言った感じで、志織さんは厨房に入る。
私たちは「散歩してきます」と言って、蕎麦屋を出た。
通りは賑わっていて、帰りのサラリーマンや、これから街にくりだす観光客が目の前を通り過ぎる。車のクラクション。遠くにはうっすらと黄色くなり始めた空がみえた。
私は彦太郎くんから借りたスマホをとりだす。ようやくこの世界の通信手段を得た。
プルルルル プルルルル
《もしもし》
「あ、彦太郎くん? 飛瀬だよ……そっちはどう……?」
《んー、署内のようすが全然分かんねぇ》
「さすがに入れない?」
《小野崎のおっさん、だいぶ警戒してるみたいだな。マスコミをシャットアウトしてる。大手の記者も何人か正門前で待ちぼうけだ。被疑者が女子高生だから、少年事件として慎重に扱ってる可能性もある》
「遊子ちゃんが犯人扱いされてるってこと……?」
《あくまでも俺の予想だ。あとな、小野崎のおっさんはベテランだ。冨田の部屋にいたから即犯人扱いってことにはしないと思う》
なるほどね、敵同士だけど相手の腕は認めてるわけか。
だったら話は早い。
「遊子ちゃんはああみえてかなりの肝っ玉娘だから、こっちの事情が漏れる心配はなさそう……ただ、住所不定なせいで警察署にそのまま留置される可能性がある……」
《どうする? 俺たちで身元引受人になるか? うちの社長に頼んで、娘だとかなんとか言ってもらえば引き受けられるかもしれないぜ?》
「いや、どうかな……小野崎刑事が認めないんじゃない……?」
《しかし、このまま拉致させとくわけにもいかないだろ? それに、警察の権限で未成年者をずっと勾留するのも難しいんじゃないか? 最悪、家裁に頼めばいい》
「遊子ちゃんは、ほんとに大丈夫だと思う……だから信頼して……」
彦太郎くんは事情を知らないから、しばらく無言になった。でも最後には、
《分かった。見張りを続けるから、また連絡してくれ》
と言って、通話を切った。
「それじゃあ、商工会の事務所に行こうか……」
○
。
.
夕暮れどき、私たちは3階建てビルの裏手にいた。
窓をみても、灯りがついていない。
定時でみんなあがっちゃったのかな。
「神崎さん、開けられそうですか……?」
「ただのドアだ。忍術がなくても簡単に開けられる」
神崎さんはポニテからヘアピンをとりだすと、鍵穴に差し込んだ。
「……よし、開いた」
ぐぅ器用。私たちは周囲をもういちど確認して、建物に入った。
パネルをみると、2階が商工会議所らしい。階段を使ってあがる。
人気のない廊下に出た。【深草商工会議所 観光課】のプレートがみえる。
「もういちど開けられますか……?」
「お安い御用」
カチリと音がして、ドアが開いた。私たちはこっそり侵入する。
電気はつけない。外は暗くなっているけど、室内が見えないほどじゃなかった。
「一番性能のよさげなやつを探してください……」
「どれも量販店で売っているものにみえるが」
たしかに。事務机は5個しかなくて、どれも一般的なデスクトップパソコンだ。
「メモリが足りないかも……とりあえず試します……」
私は外付けSSDポータブルを、一番手近なパソコンにつないだ。
ピカピカとランプが光る。
……………………
……………………
…………………
………………ランプの点滅が終わらない。
なんかすごくイヤな予感がする。
【ファイルまたはディレクトリが壊れているため、読み取ることができません】
「えぇ……」
「なんだ、この表示は」
「データの保存に失敗してます……」
神崎さんは眉間にしわを寄せた。
「中身が消えたのか」
「修復してみます……ちょっと待ってください……」
それから30分、私はあれこれ修復を試みた。
「ダメみたいです……完全にデータが破損してる……」
「原因はなんだ。もしや、犯人に壊されたのではなかろうな」
「それはないと思いたいです……私がずっと保管してたし……最後のところで刑事が来てバタバタしたから、正常な終了をせずにUSBを引っこ抜いちゃった可能性が……あるいは、保存中に電源を落としちゃったのかも……」
神崎さんは、ふむと息を漏らした。
「かすみじぇいわん殿は、事件についてなにか言っていたのか」
「あのようすだと、製作者が死んだことを知ってただけで、犯人に目星がついていたとは思えないです……いずれにせよ、データ破損はそこまで痛手じゃないので……」
「ふむ、その心は」
「これはあくまでもコピー……J1さんは最後にオリジナルを消去してくれって言ってましたけど、その時間がありませんでした……つまり、オリジナルは生きてます……」
「なるほど、それならば話は単純だ。冨田の仮住まいへ行くとしよう」
○
。
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……………………
……………………
…………………
………………やられた。
私たちが到着したとき、室内はもぬけの空だった。
機材を全部警察に押収されたっぽい。
「後手後手だな。将棋ならば畢竟劣勢だ」
「将棋に喩えてる場合じゃないです……これで証拠品がほぼなくなりました……」
神崎さんはフフフッと笑った。
「『後の先』という言葉もある。これはかえって有利かもしれぬぞ」
「その心は……?」
「これまでの成り行きで、証拠品はあらかた警察の手に渡った。つまり、警察につてができれば総覧できるということだ」
「そういえば、神崎さんは高校卒業後、公安関係に就職希望でしたね……この国家権力に対する絶大な信頼具合が怖い……」
「なにか言ったか」
「いえ、なにも……警察にツテを作るってむずかしくないですか……?」
「そこの突破口をどうするかだ。考えねばならぬ」
私たちはいろいろアイデアを出した。たとえば、痴漢されたことにして駆け込むとか、敢えて容疑者っぽくふるまって逮捕されるとか。でも、妙案じゃない気がした。
「あんまりリスクの高い方法はよくないと思います……」
「されば……うーむ……」
ヴィー ヴィー
ん? スマホが振動した?
みると、彦太郎くんからの電話だった。
「もしもし……」
《もしもし、こちら戸辺だ。警察署のほうが騒がしい》
「騒がしい……? 殺人事件の関係……?」
《さっきJBMの車が飛び込んできた。記者会見に来てた開発部の連中っぽい》
「もしかして、カスミさん関係……?」
《多分な》
私はスマホを切った――チャンス到来。
「神崎さん、うまく行くかもしれません……深草署に行きましょう……」




