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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第31局 将棋部 vs TRPG同好会、部室争奪戦!(2015年6月24日水曜)
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311手目 エラーメッセージ

「なに、遊子ゆうこ殿が警察に捕まっただと」

 神崎かんざきさんは、私の報告に眉をひそめた。

「救出せねばならぬ」

「そうしたいのは山々なんですが……このメンツじゃムリかと……」

 あのあと、遊子ちゃんは小野崎おのざき刑事に車で連行されてしまった。

 たぶん深草署だと思う。ようすを見に行こうかとも思ったけど、近くに行くと危ないということで、彦太郎ひこたろうくんが代表して見張ってくれることになった。

「して、その彦太郎という少年は信頼できるのか」

「小野崎刑事と顔見知りみたいだし、私たちよりはベターだと思います……」

「ふむ……しかし、問題が五月雨さみだれ式に増えるな」

 そうでもないんだよね。私は持ち帰った外付けSSDポータブルをとりだす。

「これが捜査を飛躍的に進展させてくれる……はずです……」

「なんだそれは」

 私はカスミJ1さんのことを説明した。

「ほほぉ、姉がいたのか。して、その箱のなかに入っている、と」

「これは外付けだからパソコンが必要……どこかにないでしょうか……」

「この蕎麦屋は古風ゆかしき過ぎて、機械はあまり置いておらぬようだな」

 そういえば、志織しおりさんがパソコンをいじってるところ、見たことない。

 家計簿とか税金申告のときが大変なんじゃないかな。

「どこかで探さないといけないですね……」

「おーい、帰ったぞ」

 ガラリと玄関があいた。井東さんのお父さんが入ってきた。

「おっと、おまえたち、今日も店番ありがとな」

 井東さんのお父さん――源五郎げんごろうさんは、やたら上機嫌だった。

「商売というものもなかなか面白いな。修行になる」

「ハハハ、姉ちゃん、あいかわらず変わってるねぇ。おっと、カンナちゃん」

 源五郎さんは、ポータブルに視線を落とした。

「なんだい、はやりのファミコンか?」

「ファミコンではないです……ところで、源五郎さん、作業服が汚れてますよ……」

 源五郎さんは、泥のついた作務衣さむえを着ていた。飲食店の店長さんがこのかっこうだと、マズいんじゃないかな。案の定、2階から志織さんが、

「お父さん、着替えずに表から入っちゃダメだって言ってるでしょ」

 と、ぷりぷり怒りながら降りてきた。

「おいおい、うちの客は土方のあんちゃんたちも多いんだ。服装で注意するなんざ、もってのほかだぞ」

「とにかく、着替えてきて」

 源五郎さんは鼻歌を歌いながら2階へ消えた。

 私たちはこれさいわいとばかりに、志織さんに話しかける。

「すみません……パソコンってお持ちじゃないですか……?」

「ごめんなさい。うちはそういうの置いてないのよ。お父さんは機械オンチだし、私も特に使うメリットないから。スマホがあれば十分でしょ?」

 スマホ派なのか。となると、外部で借りないといけないね。

「このあたりでパソコン借りられる場所はありますか……?」

 志織さんはくちびるに指をそえ、上目遣いでしばらく思案した。

「……お父さんが勤めてる商工会議所なら、借りられるかもしれないわ。あそこ、備品の管理が適当だから、頼めば部外者でも使わせてくれるかも」

 ナイス情報。私たちは事務所の住所をメモった。

「源五郎さんは、商工会議所にお勤めなんですね……てっきりここの店長かと……」

「店長は私よ。お父さんは観光関係の部署を担当してるの」

 なるほど、朝の公園で出会ったのは、そういう理由だったのか。

「それじゃ、店番ありがとね。もう終わりでいいわよ。おつかれさま」

「おーい、志織、わしのジャージはどこだ?」

 志織さんはタメ息をついた。

「このまえのはなぜか使ってなかったから、タンスに入れてあるわよ」

 やれやれと言った感じで、志織さんは厨房に入る。

 私たちは「散歩してきます」と言って、蕎麦屋を出た。

 通りは賑わっていて、帰りのサラリーマンや、これから街にくりだす観光客が目の前を通り過ぎる。車のクラクション。遠くにはうっすらと黄色くなり始めた空がみえた。

 私は彦太郎くんから借りたスマホをとりだす。ようやくこの世界の通信手段を得た。

 

 プルルルル プルルルル

 

《もしもし》

「あ、彦太郎くん? 飛瀬とびせだよ……そっちはどう……?」

《んー、署内のようすが全然分かんねぇ》

「さすがに入れない?」

《小野崎のおっさん、だいぶ警戒してるみたいだな。マスコミをシャットアウトしてる。大手の記者も何人か正門前で待ちぼうけだ。被疑者が女子高生だから、少年事件として慎重に扱ってる可能性もある》

「遊子ちゃんが犯人扱いされてるってこと……?」

《あくまでも俺の予想だ。あとな、小野崎のおっさんはベテランだ。冨田とんだの部屋にいたから即犯人扱いってことにはしないと思う》

 なるほどね、敵同士だけど相手の腕は認めてるわけか。

 だったら話は早い。

「遊子ちゃんはああみえてかなりの肝っ玉娘だから、こっちの事情が漏れる心配はなさそう……ただ、住所不定なせいで警察署にそのまま留置される可能性がある……」

《どうする? 俺たちで身元引受人になるか? うちの社長に頼んで、娘だとかなんとか言ってもらえば引き受けられるかもしれないぜ?》

「いや、どうかな……小野崎刑事が認めないんじゃない……?」

《しかし、このまま拉致させとくわけにもいかないだろ? それに、警察の権限で未成年者をずっと勾留するのも難しいんじゃないか? 最悪、家裁に頼めばいい》

「遊子ちゃんは、ほんとに大丈夫だと思う……だから信頼して……」

 彦太郎くんは事情を知らないから、しばらく無言になった。でも最後には、

《分かった。見張りを続けるから、また連絡してくれ》

 と言って、通話を切った。

「それじゃあ、商工会の事務所に行こうか……」


  ○

   。

    .


 夕暮れどき、私たちは3階建てビルの裏手にいた。

 窓をみても、灯りがついていない。

 定時でみんなあがっちゃったのかな。

「神崎さん、開けられそうですか……?」

「ただのドアだ。忍術がなくても簡単に開けられる」

 神崎さんはポニテからヘアピンをとりだすと、鍵穴に差し込んだ。

「……よし、開いた」

 ぐぅ器用。私たちは周囲をもういちど確認して、建物に入った。

 パネルをみると、2階が商工会議所らしい。階段を使ってあがる。

 人気のない廊下に出た。【深草商工会議所 観光課】のプレートがみえる。

「もういちど開けられますか……?」

「お安い御用」

 カチリと音がして、ドアが開いた。私たちはこっそり侵入する。

 電気はつけない。外は暗くなっているけど、室内が見えないほどじゃなかった。

「一番性能のよさげなやつを探してください……」

「どれも量販店で売っているものにみえるが」

 たしかに。事務机は5個しかなくて、どれも一般的なデスクトップパソコンだ。

「メモリが足りないかも……とりあえず試します……」

 私は外付けSSDポータブルを、一番手近なパソコンにつないだ。

 ピカピカとランプが光る。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ランプの点滅が終わらない。

 なんかすごくイヤな予感がする。

 

 【ファイルまたはディレクトリが壊れているため、読み取ることができません】


「えぇ……」

「なんだ、この表示は」

「データの保存に失敗してます……」

 神崎さんは眉間にしわを寄せた。

「中身が消えたのか」

「修復してみます……ちょっと待ってください……」

 それから30分、私はあれこれ修復を試みた。

「ダメみたいです……完全にデータが破損してる……」

「原因はなんだ。もしや、犯人に壊されたのではなかろうな」

「それはないと思いたいです……私がずっと保管してたし……最後のところで刑事が来てバタバタしたから、正常な終了をせずにUSBを引っこ抜いちゃった可能性が……あるいは、保存中に電源を落としちゃったのかも……」

 神崎さんは、ふむと息を漏らした。

「かすみじぇいわん殿は、事件についてなにか言っていたのか」

「あのようすだと、製作者が死んだことを知ってただけで、犯人に目星がついていたとは思えないです……いずれにせよ、データ破損はそこまで痛手じゃないので……」

「ふむ、その心は」

「これはあくまでもコピー……J1さんは最後にオリジナルを消去してくれって言ってましたけど、その時間がありませんでした……つまり、オリジナルは生きてます……」

「なるほど、それならば話は単純だ。冨田の仮住まいへ行くとしよう」


  ○

   。

    .


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………やられた。

 私たちが到着したとき、室内はもぬけの空だった。

 機材を全部警察に押収されたっぽい。

「後手後手だな。将棋ならば畢竟ひっきょう劣勢だ」

「将棋にたとえてる場合じゃないです……これで証拠品がほぼなくなりました……」

 神崎さんはフフフッと笑った。

「『あとさき』という言葉もある。これはかえって有利かもしれぬぞ」

「その心は……?」

「これまでの成り行きで、証拠品はあらかた警察の手に渡った。つまり、警察にができれば総覧できるということだ」

「そういえば、神崎さんは高校卒業後、公安関係に就職希望でしたね……この国家権力に対する絶大な信頼具合が怖い……」

「なにか言ったか」

「いえ、なにも……警察にツテを作るってむずかしくないですか……?」

「そこの突破口をどうするかだ。考えねばならぬ」

 私たちはいろいろアイデアを出した。たとえば、痴漢されたことにして駆け込むとか、敢えて容疑者っぽくふるまって逮捕されるとか。でも、妙案じゃない気がした。

「あんまりリスクの高い方法はよくないと思います……」

「されば……うーむ……」


 ヴィー ヴィー

 

 ん? スマホが振動した?

 みると、彦太郎くんからの電話だった。

「もしもし……」

《もしもし、こちら戸辺とべだ。警察署のほうが騒がしい》

「騒がしい……? 殺人事件の関係……?」

《さっきJBMの車が飛び込んできた。記者会見に来てた開発部の連中っぽい》

「もしかして、カスミさん関係……?」

《多分な》

 私はスマホを切った――チャンス到来。

「神崎さん、うまく行くかもしれません……深草署に行きましょう……」

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