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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第31局 将棋部 vs TRPG同好会、部室争奪戦!(2015年6月24日水曜)
322/686

310手目 姉妹

《私は冨田とんだ豊久とよひさが開発した人工知能、KASUMI-J1です。お見知りおきを》

 えッ……私たちは顔を見合わせた。

 私が代表して尋ねる。

「カスミさん、ここにいたの……?」

《はい、最初から》

「本体は……?」

《本体とは?》

「人型ロボットだったよね……なんでパソコンのなかに……?」

《それは妹です》

「妹……?」

《私はKASUMI-J1です。妹はJ2です》

 あッ……そういうことか。やっと分かった。あれってナンバリングだったんだね。

 私は他のメンバーと相談しかけた。でも、これじゃカスミ(姉)のほうに話が筒抜けになってしまう。どうしようか。一回部屋から出るか、それとも――私が悩んでいると、しずかちゃんがしゃべり始めた。

「こんにちは。カスミお姉さんは、妹さんの居場所を知ってる?」

《妹は先日から帰ってきていません。妹になにか御用ですか?》

「テレビに出てたからサイン欲しいんだよね」

《……》

 なんか警戒された気がする。しずかちゃん、質問がストレート過ぎる。

 こんどは彦太郎ひこたろうくんが質問した。

「このたびはお悔やみ申し上げます……カスミお姉さんは、冨田さんがお亡くなりになられたので、メンテ要員がいらっしゃらないのでは? 大丈夫ですか?」

《メンテナンスは住み込みの女性にやってもらっています》

「家政婦のおばさん……?」

《いいえ、女子高生です》

 犯罪の匂いがぷんぷんする。

 しずかちゃんは私の耳元で、

「これって誘拐事件とかじゃないのかな」

 とささやいた。

《誘拐ではありません》

「き、聞こえてるんだ……」

《私の高感度マイクは周囲15メートルの音を拾うことができます》

 これじゃ内緒話もできないね。

 遠回しに聞き出していくしかない。

 彦太郎くんもその方針らしく、質問を続けた。

「女性ひとりでメンテはたいへんじゃありませんか?」

《プログラムを書き換えたりするわけではないので、問題ありません》

「しかし、いつかは引っ越さないといけないのでは?」

《それはあなたたちに関係ありません》

 ですね、正論。このAI、自然言語処理に違和感がない。

 ただ、いきなり知らないお客さんが入ってきて、変に思わないのかな。そのあたりは十分にチューニングされていないように思えた。

 彦太郎くんは、すこし考え込んだ。

「……警察がそのうち来ませんか?」

《そうかもしれません》

「証拠品として押収された場合、解体されちゃう可能性もありますよ」

《私の本体はプログラムであってパソコンではありません》

「いや、そうですけど、バックアップしておかないと危険ですよね?」

《そのための機材を女の子に買って来てもらっています……おや》

 カスミお姉さんは急に黙った。画面の光がゆらゆらする。

《……帰って来たようです。足音が聞こえます》

 ありゃりゃ、まずい。私たちはあせった。退散――よりも早くドアが開いた。

「ただいま〜」

 あれ……この声。私たちは、玄関から入ってきた少女におどろいた。

遊子ゆうこちゃん……ここにいたんだ……」

「あ、カンナちゃん、おひさしぶり」

 遊子ちゃんは大きな紙袋を持って、うんしょと部屋に上がった。

「カスミちゃん、買って来たよ」

《ありがとうございます。さきほど説明したとおりに接続してください》

「了解。カンナちゃんも手伝ってくれる?」

 遊子ちゃんは紙袋から箱をとりだした。

 私は商品名を盗み見る。

「外付けSSDポータブル……なるほどね……これで持ち出すわけか……」

「カンナちゃん、もしかしてカスミちゃんとお話しした?」

「うん……警察が来るから、女の子に買い物してもらってるって……」

「じゃあ話が早いね。とりあえずカスミちゃんを移そう」

 私たちはパソコンにUSBをつないだ。

 カチカチとランプがついて、コピーの準備が始まる。

《コピーが完了したら、パソコンのデータは消去してください》

「え……いいの……? 死んじゃうよ……?」

《私に死という概念はありません》

 コピーが生きてたら、それでいいってことか。すごいね。

 まあ、地球の原始的なAIみたいだし、五感とかは再現されてないのかも。

「データ量が凄そう……カスミお姉さん、何分くらいかかりそうですか……?」

《……》

「カスミお姉さん……?」

《……》

 転送が始まったのかな。返事がない。

 ということは、会話のチャンスでもある。私は遊子ちゃんに話しかけた。

「遊子ちゃん、こんなところにいたんだね……」

「それはこっちのセリフだよ。いきなりみんないなくなるんだもん」

「すみません……で、坂下さかしたくんには会った……?」

 私の質問に、遊子ちゃんはちらりと彦太郎くんのほうをみた。

 あ、そっか、部外者がいるんだ。この話はなし。

「今のはおいといて……冨田さんの部屋にいるのは、なんで……?」

「目を覚ましたら、このアパートのまえのベンチに座ってたんだよ。どうしていいか困ってたところへ、J2ちゃんが通りかかったの。助けてもらっちゃった」

「J2さんに……? 冨田さんに助けてもらったんじゃないの……?」

「ちがうよ。ここは冨田さん名義のアパートだけど、あのひとはほとんど来ないの。だから私はJ2ちゃんから鍵を借りて、こっそり使ってるわけ」

「強い……ってことは、ここはJ1さん専用の倉庫みたいな感じ……?」

「そうじゃないかな。J1ちゃんは『留守番してるだけ』って言ってるけど……冨田さんは、型落ちの彼女にもう関心がないみたいなんだよね。妹のJ2ちゃんはちょくちょく様子を見にきてるけど」

 かわいそう。作ったAIの面倒は最後までみましょう。宇宙AI愛護条約違反。

「J2さんはどこに……?」

「彼女はあの事件以来、帰って来てないよ。多分、警察にいるんじゃないかな」

 だんだん分かってきた。

 私たちの手持ち情報と遊子ちゃんのを合わせれば、両サイドから迫れる。

 だいぶ光明がみえてきた。

「ところで、こっちの男の子は?」

 遊子ちゃんは、彦太郎くんに言及した。

「あ、どうも、こういう者です」

 彦太郎くんは名刺を渡した。遊子ちゃんはそれを見て、

「WebニュースサイトBugFeed……記者さん?」

 と、あんまり信用できないようなまなざしを返した。

 私がフォローする。

「この男子、かなり優秀……このアパートを見つけたのも彼……」

「へへへ、よろしく」

「うーん……ところで、カンナちゃんたちはどこに隠れてたの?」

「隠れてたわけじゃなくて、蕎麦屋さんに住み込んでる……」

 彦太郎くん、聞き耳を立てて勝手にメモをとり始めた。

 ま、いっか。私はここまでの事情を遊子ちゃんに説明した。もちろん、彦太郎くんに聞かれるとマズいことは全部省略。

 話を聞き終えた遊子ちゃんは、

「なるほどね、バラバラになったおかげで、かえって情報が集まったかな」

 とポジティブに分析した。

「ただ、犯人像がまったく絞れないんだよね……なにか心当たりある……?」

 遊子ちゃんはキャラクターフードをなおしながら、

「やっぱり毅多川きたがわ名人があやしいんじゃないかな」

 と答えた。

「アリバイは……?」

「それを崩す必要があると思うよ? そのほうが、ぽくない?」

 そのほうがゲームっぽい、って意味かな。

 遊子ちゃんもメタ推理なのか。どうしよう。私もメタ推理したほうがいいのかな。

「でも、毅多川名人のアリバイは完璧すぎる……日本全国が証人……」

「カンナちゃんの話だと、毒殺なんでしょ? しかも犯人がカメラに映ってないってことは、もしかしたら手渡し以外の方法かもしれなくない?」

 ……ん、その可能性は考えなかった。

「例えば……どういうことが考えられるかな……?」

「最初から部屋にあって、入り口の近くに置いてあっただけって可能性は?」

 私は、しずかちゃんと彦太郎くんに視線をむけた。

「ありえそう……?」

 しずかちゃんはちょっと考えて、

「なくはないと思う。でもさ、あの映像の雰囲気からして、冨田さんはだれかに話しかけられたと思うんだよね。なにか思い出したように振り返った感じじゃなかったよ」

 と答えた。彦太郎くんも否定的な返事で、

「ああ、それに、3時ぴったりに思い出したってのがなんか変なんだよな」

 と言った。もういちど遊子ちゃんと相談する。

「ほかにアイデアはないかな……?」

「だったら、ビンと一緒にボイスレコーダーがあればいいんじゃない? 3時ぴったりに作動するようにセットして、冨田さんはそれに反応したっていう解釈は?」

「あ、うーん……どうだろう……」

 ふたたび、しずかちゃんと彦太郎くんに確認する。

 まずは彦太郎くんから。

「根本的な解決になってなくないか? ビンをどうやって渡したかっていう問題が、ボイスレコーダーをどうやって仕込んだかに変わってるだけだ。ボイスレコーダーがあったら警察が気づいてるだろうしな」

 しずかちゃんもうんうんと首を縦に振った。

「だね。室内になにかを仕込むのはムリじゃないかなぁ」

 遊子ちゃんはタメ息をついて、

「そもそも私、その映像観てないんだよね」

 と答えた。それもそうか。ちょっとアンフェアだった。

「じゃあ、彦太郎くん、遊子ちゃんにもさっきの映像を……」


 ピンポーン

 

 私たちは飛び上がるほど驚いた。

「え……だれ……?」

「新聞屋じゃねぇか?」


 ピンポーン


 私たちは小声で相談する。

「覗き穴があったぜ。俺が見て来ようか?」

「ううん、私が見てくる……」

 私は抜き足差し足、玄関へ近づいた。

 小さなレンズをのぞきこむ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………うわ、小野崎おのざき刑事だ。

 私は音を立てないように、なるべく急いで戻った。

「小野崎刑事だった……」

「マジかよ。あのおっさんもヤリ手だな。さっさとズラかろうぜ」

「逃げるって、ここ5階だよ……」


 ドンドンドン

 

 強くノックする音。続いて、小野崎刑事の声が聞こえた。

「どなたかいらっしゃいませんか? 深草ふかくさ署の者です」

 それから急に静かになった。

「あれ……あきらめたのかな……?」

「いや、大家に開けてもらうつもりだ。あのおっさんの辞書に諦めはないからな」

「今のうちに逃げる……? 玄関からイチかバチか出る……?」

 彦太郎くんは窓に近づいた。鍵を開けてサイドを確認する。

「こんなこともあろうかと、逃げ道は確保してあるぜ。ここから非常階段へ飛び移れる」

 ナイス。私はJ1さんに転送が終わったかどうか尋ねた。

《……》

「あうあう……返事がない……遊子ちゃん、のこり時間分かる……?」

 遊子ちゃんは、マウスをいじってみた。すると、普通のデスクトップ画面になった。

「97%完了」

 早く早く。私があせっていると、遊子ちゃんは、

「とりあえず、ここで待ってる意味はないよ。先にみんな降りて」

 と指示した。まず彦太郎くんが飛び移って、サポート役に回る。そのあとしずかちゃんが続いた。私は窓から顔を出す。5階だからけっこう高い。左手のほうに、あちこち錆びた非常階段がみえた。距離は50センチくらい。

「おい、大丈夫か? 高所恐怖症じゃないだろうな?」

「大丈夫……」

 そのときだった。玄関で声が聞こえた。

「すみません、急なお願いで」

「いいんですよ。冨田さんがお亡くなりになられたのは、ニュースでやってましたし、私のほうでどうしようか困っていたくらいですから」

 来ちゃった。

 私は彦太郎くんとしずかちゃんの手を借りて、非常階段に移った。

 それから、彦太郎くんたちに先に降りるように頼んだ。

「俺たちも待つぞ」

「ダメだよ……4人で駆け下りたら音がすごくなっちゃう……」

 私は彦太郎くんを説得して、しずかちゃんと一緒に先に降りてもらった。

「遊子ちゃん、早く……」

「あと100メガバイト、ちょっと細工してくる」

 細工? 私は中を覗こうとしたけど、距離的にムリだった。

 ガチャガチャと音がした。鍵が開いたらしい。アウト――

 

 ガシャン

 

「ん……ドアチェーンか」

 小野崎刑事のひとりごとに続いて、大家の女性らしき声が聞こえた。

「あら、業者さんを呼びましょうか?」

「いえ、大丈夫です。これくらいなら解錠する技術がありますので」

 こんどは、カチャカチャやる音が聞こえた。

 私はもういちど声をかけようとする。その瞬間、遊子ちゃんが顔をのぞかせた。

「やった……間に合ったんだね……」

「カンナちゃん、これをお願い」

 遊子ちゃんは外付けSSDポータブルを私に放り投げた。あわててキャッチする。

「遊子ちゃん、飛べそう……?」

「ダメ。もう間に合わない。飛んでも階段を降りる音でバレちゃう。先に逃げて」

 そう言って、遊子ちゃんはパタリと窓を閉めてしまった。

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