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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第31局 将棋部 vs TRPG同好会、部室争奪戦!(2015年6月24日水曜)
320/686

308手目 助っ人記者、登場

「それじゃ、おやすみなさい」

 井東いとうさんは夜のあいさつを終えて、立てつけの悪いドアを閉めた。

 室内が暗くなる――作戦会議。

 私たちは布団をかぶった状態で、ぐるりと円形になった。

 押入れで見つけた懐中電灯を使い、おたがいの顔を照らす。

「アハハ、修学旅行みたいだね」

「地球人は夜更かし……というわけで、作戦会議です……」

 まずは私から状況説明。

「ふむ、拙者の聞くかぎり、名人が犯人で確定なのではないか」

「アリバイがあるんですよ……?」

「不在証明があるからこそあやしい。推理小説のようなものだ。できるだけ犯行が不可能そうな人物をあやしむのが定跡。それに、動機もある」

「ソフトに負けそうなだけで、ひとを殺します……?」

「ありうるぞ。将棋指しは負けず嫌いだからな」

 それは偏見だと思う。

 ほかのふたりにも訊いてみた。まずはしずかちゃんからの回答。

「私は毅多川きたがわ名人じゃないと思うよ」

「理由は……?」

「ドラマだと、最後は幼なじみとくっついてハッピーエンドになりそうじゃん」

 みんなエンタメで考えすぎ。

「えーと……とりあえず『おもしろそうなシナリオ』の方向で考えるのは無しで……」

「んー、普通はアリバイがないひとだよね。だれかいる?」

「じつはね……井東さんにはアリバイが一時的にない……」

 ほかの3人は、私にジーッと視線を送ってきた。

「なにか問題でも……?」

「カンナ先輩、ちゃんと見張ってなかったんですか?」

「職務タイマ〜ン」

「忍者学校なら留年になるぞ」

 えぇ……地球人はシビア。

「いや、だって……どうやって何時間も引き止めるの……? 無理じゃない……?」

「ま、いいんだけどさ。で、何時間くらいアリバイがないの?」

「お昼休憩のとき……正確には12:33〜12:58くらいかな……」

 美沙みさちゃんは首をかしげて、

「そんな短時間で殺せるんですか?」

 と不可解そうだった。

「テレビ報道だと、毒殺っぽいんだよね……盛る時間があればいいんじゃないかな……」

「して、速効性なのか、遅効性なのか」

「分かりません……」

 神崎かんざき先輩はタメ息をついた。

「それでは不在証明ありばいを云々すること自体が不適当であろう。遅い効き目の毒ならば、対局が始まるまえに盛ったのかもしれぬのだからな」

「一理ある……けど、すくなくとも盛る時間は必要なはずです……」

 これにはみんな納得してくれた。次は美沙ちゃん。

「だれが犯人か推理するよりも、まずは証拠集めが大切だと思います」

「それも正論……だけど、証拠の入手方法がない……」

「そこが一番の問題点ですね……神崎先輩が警察署に潜入するというのは?」

「忍術が使えぬ以上、警官には勝てぬ」

 忍術が使えない神崎先輩は、やっぱりただの女子高生なんだね。残念。

「でも手裏剣は使ってましたよね……?」

「あれは呼吸法と関係がない。常人でも練習すればできる」

「ほかに練習だけでできる技術はないんですか……?」

「いろいろあるが、銃を持った警官に勝つには忍術が必要だ」

 ダメみたいです。というわけで、ふたたび美沙ちゃんに話を振る。

「美沙ちゃんは、なにかアイデアある……?」

「あります。新聞社にアプローチするというのは、どうでしょうか? 現場にいたと話せば、あちらのほうから食いついてくると思います」

 なるほど、みんな感心した。

「けど、どこの新聞社にアプローチするの……?」

「スポーツ新聞かネットメディアがいいです。大手は無理でしょう」

「そっか……どうすればいいかな……?」

「会場へもどってみるのが手です。犯人は現場にもどる、とも言いますし一石二鳥です」

「了解……それがいいね……手分けして探そう……あと、遊子ゆうこちゃんだけど……」

「見つかりましたか?」

「全然……会場にもいなかったし、遠い地点に飛ばされてるのかも……」

 これってルール違反だと思う。チームプレイの妨害。

「では、明日に備えて寝るぞ。寝不足は乙女の敵だ。いざ、就寝」

 おやすみなさーい。


  ○

   。

    .


 さて……しずかちゃんとアミューズメント施設にもどってきたわけですが……。

「ニッタリ・アミューズメントパークって、名前が悪いよね」

 しずかちゃんは、入り口の石碑を見ながらそうつぶやいた。

新足にったりっていう地名らしいね……私たちの世界にはないかも……」

「で、どうするの? 敷地に入るのは自由みたいだけど?」

 とりあえず入ってみる。ゲートのおじさんも、適当にしか見ていない。

 わざと曲線的に作られた坂道が、芝生に囲まれて建物まで続いていた。

 建物は白い壁にガラス張りで、なんとなく現代的な印象。

 屋上には、ニコニコマークみたいな看板が立っていた。

 私たちは道をのぼりながら、いろいろと相談する。

「館内にも、一応入れるみたいだね……入場料が必要……」

「お金なら井東さんから預かって来たよ」

「エスパーは優秀……って、あれ……?」

 私たちは建物の入り口で歩みを止めた――黄色いテープが貼ってある。

「あちゃ〜、さすがに立ち入り禁止だね」

「うーん……どうしよう……」

 私たちはその場であれこれ議論した。結論が出ない。

「女子高生2人だし、バシッと入っちゃえば?」

「しずかちゃん、過激だね……」

「女子高生2人なら捕まっても大丈夫だよ。好奇心とか答えとけばオッケー」

「一理ある……ただ、中に警官いるよ……」

「あ、ほんとだ」

「エスパーは注意散漫……」

「ふだんはサイコキネシスでレーダー張ってるからね。肉眼だと疲れるし」

「それじゃあしょうがないね……ん?」

 ひとりの私服少年が、するすると坂道を上がって来た。

 私たちを一瞥したかと思うと、建物の手前で右手のほうへ曲がった。

 あそこの道は見落としてたかな――っていうか、道じゃなくて、ひとが歩いて芝生が枯れてるんだね。ダメだよ。マナー違反。

 少年はそのまま建物の裏手に消えた。

「ねぇねぇ、カンナちゃん、今の少年、あやしくない?」

「たしかに……裏手になにがあるのかな……?」

「関係者の入り口と予想」

「え……なんで……?」

「芝生が枯れてるってことは、いっぱいひとが通ってるんだよ。正面玄関以外にあそこを通るとしたら、関係者用の通路ってことでしょ。入り口が1つっていうのも変だし」

 さすが。私たちは少年を追いかけることにした。

 建物の裏手へ回ると、右手のほうは木立になっていて、安っぽく舗装された道が、建物の壁ぞいに続いていた。途中で喫煙所を通過する。これは関係者用のスペースっぽいね。消火設備とかポンプとかのうしろに隠れて、少年を見失わないように追跡。

 少年もちょっと動きがあやしくて、ときどき振り返る。危ない危ない。

「あ、立ち止まったよ」

「しずかちゃん、シーッ……」

 貯水槽のうしろから、少年の動きを見守る。

 少年は左右をすこし確認してから、窓に手をかけた。

 関係者用の入り口ですらないのか。すごい度胸。

 少年が窓の中に消えたところで、1分数える。私たちもそれを覗き込んだ。

「……トイレかな?」

「だね。小便器があるから男子トイレ」

 物騒だなぁ。と言いたいところだけど、ここは感謝。

「男子トイレだけど、入る……?」

「全然オッケー。男子が女子トイレに入るのは犯罪だけど逆は犯罪じゃないから」

「地球人は不平等……というわけで潜入……」

 がんばって窓枠につかまり、私たちはトイレに飛び込んだ。

「あッ、窓が開いてる理由が分かったよ」

 しずかちゃんは床を観察して、そう言い切った。

「天才だね……その心は……?」

「ここに吸い殻が落ちてるから、喫煙所代わりになってるんだよ」

「なるほど……換気するために窓を開けっ放しにしてるんだ……ってことは……」

「おい、おまえら、なにしてる?」

 うわッ、びっくりした。

 ふりかえると、トイレの個室からさっきの少年が出て来た。

「尾行してるのは分かってたんだぞ。俺になんの用だ?」

「こんにちは〜、きみこそなにしてるの?」

 しずかちゃん、めっちゃ強気。

 超能力が使えるから気が強いんだと思ってたけど、素なんだね。

「俺のほうが先に質問したんだ。答えろ」

「質問した順番の問題じゃないと思うなぁ。で、なにしてるの?」

「おまえらに教える筋合いはないね……ん?」

 少年は、じろじろと私の顔を見てきた。セクハラかな。

「ごめん……私、彼氏いるから……」

「いや、カンナちゃん、彼氏持ちアピするとこじゃないでしょ、これ」

「カンナ……やっぱりそうか、おまえ、飛瀬とびせカンナだな?」

 ん? どういうこと?

「なんで名前知ってるの……?」

「じつはな、俺はこういう者だ」

 少年はポケットから名刺を取り出した。

 

 Webニュースサイト BugFeed

 取材部部長 戸辺とべ彦太郎ひこたろう

 

 東京市葛鹿区7丁目1番地竜田ビル5F

 Tel: B39-1682-A

 

「取材部部長……? その年で……?」

「へへへ、めちゃくちゃ優秀だからな」

「社員が数人しかいなくて、みんな役職持ちとかじゃないよね……?」

「ぎくッ」

 はい、図星。

 少年は顔を真っ赤にして弁解した。

「そ、そんなことないぞッ! ほんとに優秀なんだぞッ!」

「優秀な記者がトイレの窓から入るかな……?」

「じっさいにおまえの名前を知ってただろッ!」

「あ、そうだ……そのことについて訊いたんだ……なんで知ってるの……?」

 少年は鼻の下をこすって自慢げに、

「警察の情報なんて、この彦太郎さまには全部筒抜けだぜ」

 と答えた。

「つまり……警察署から情報を抜いた……?」

「おう」

「しずかちゃん……警察に突き出そうか……」

「アハハ、この世界でも多分犯罪だね」

「待て待て待てッ! 教えてやったのにその仕打ちはないだろッ!」

 教えるほうが悪いんじゃないかな。でも、これは渡りに船。

「あのさ……私たちも今回の事件を調べてるんだけど、協力しない……?」

「協力? 事件を調べてる? なんでだ?」

「私が昨日の夜どこにいたか知ってる……?」

「……深草ふかくさ警察署」

「ぐぅ優秀……じゃあ、理由もなんとなく分かるんじゃないかな……?」

 彦太郎くんはあごに手を当てて一考した。

「……身の潔白を証明したい?」

「正解……というわけで、ご協力いただけませんでしょうか……?」

「身の潔白もなにも、あんたは犯人に見えないけどね。疑われてるの?」

「疑われてます……」

 ここは嘘をつく。彦太郎くんはジャーナリストの勘が働くのか、なかなか信じてくれなかった。あの手この手で言いくるめて、最後は情報提供も約束することで手打ちに。

「んー、分かった。で、なにをすればいいんだ?」

「事件当日の状況を、できるだけ詳しく……」

「それならお安い御用だ。ちょうど実見しようと思ってたからな」

 彦太郎くんは、私たちをつれてトイレを出た。薄暗い、だれもいない廊下に出る。

「警官は正面玄関にしかいないみたいだが、あんまり大声出すなよ」

「よく調べられるね……」

「へへへ、じつはな、監視カメラにアクセスしてるんだ」

「監視カメラ……もしかして、当日の映像とか抜けたりしない……?」

「もう持ってるぜ」

 なんか一気に進展した。私たちの勝ちなのでは。

 と、フラグを立てるのはやめておいて、映像を見せてもらうことにする。

「ただ、こいつを見ても犯人は分からないんだよなぁ」

 彦太郎くんはそう言いながら、スマホをみせてくれた。アプリで再生。

 灰色の画面――椅子に座ったひとの背中が映ってるね。パソコンをいじっている。

「これは廊下じゃなくて室内だね……なんで室内が監視されてるの……?」

「カスミの開発者の機材置き場だからさ。正確に言うと、冨田とんだは監視カメラがついた部屋を希望したんだ。高価な機材を搬入するっていうんで」

「ってことは、このうしろ姿は冨田さんなんだね……時刻は14:59……」

「よーく見てろよ」

 私としずかちゃんは画像を見つめた。

 すると、いきなり冨田さんが振り返った。たしかに冨田さんの顔だ。

 冨田さんはなにか言って、席を立った。

「あれ……画面から消えちゃった……」

「ドアのほうへ向かったんだと思う」

「あッ……帰って来た……」

 ふたたび冨田さんが画面に映り込んだ。手になにか持っている。

「これは……なんだろう……ビンかな……?」

「多分これに毒が入っていたんだな」

「毒物の名前は分かる……?」

「シアン化ナトリウムらしいけど、俺はよく知らないや」

「シアン化ナトリウム……即効性の毒物……」

 私たちは、冨田さんが飲み干して昏倒するまでの映像も確認した。ビンを開けて口をつけたのが15:01、その直後に昏倒。警備員が慌てて駆けつけたのが15:05。救急スタッフが来たのが15:22……これは間に合わないね。搬送先の病院で死亡というのも頷けた。

「よく見れるな。グロ画像の一種だと思うんだが」

「まあ多少は……で、このビンはなんだったの……?」

「コケコーラらしいぜ」

 炭酸飲料水の名前かな。あとでコンビニで確認しよう。

「ということは、ビンを渡したひとが容疑者ってことになるね……」

 彦太郎くんはスマホを持ったまま、両腕を後頭部にあてた。

「そう、間接的に目星はついてるんだけどさ……廊下の監視カメラにはだれも映ってないんだ。まるで幽霊がノックしたみたいなんだよ」

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