308手目 助っ人記者、登場
「それじゃ、おやすみなさい」
井東さんは夜のあいさつを終えて、立てつけの悪いドアを閉めた。
室内が暗くなる――作戦会議。
私たちは布団をかぶった状態で、ぐるりと円形になった。
押入れで見つけた懐中電灯を使い、おたがいの顔を照らす。
「アハハ、修学旅行みたいだね」
「地球人は夜更かし……というわけで、作戦会議です……」
まずは私から状況説明。
「ふむ、拙者の聞くかぎり、名人が犯人で確定なのではないか」
「アリバイがあるんですよ……?」
「不在証明があるからこそあやしい。推理小説のようなものだ。できるだけ犯行が不可能そうな人物をあやしむのが定跡。それに、動機もある」
「ソフトに負けそうなだけで、ひとを殺します……?」
「ありうるぞ。将棋指しは負けず嫌いだからな」
それは偏見だと思う。
ほかのふたりにも訊いてみた。まずはしずかちゃんからの回答。
「私は毅多川名人じゃないと思うよ」
「理由は……?」
「ドラマだと、最後は幼なじみとくっついてハッピーエンドになりそうじゃん」
みんなエンタメで考えすぎ。
「えーと……とりあえず『おもしろそうなシナリオ』の方向で考えるのは無しで……」
「んー、普通はアリバイがないひとだよね。だれかいる?」
「じつはね……井東さんにはアリバイが一時的にない……」
ほかの3人は、私にジーッと視線を送ってきた。
「なにか問題でも……?」
「カンナ先輩、ちゃんと見張ってなかったんですか?」
「職務タイマ〜ン」
「忍者学校なら留年になるぞ」
えぇ……地球人はシビア。
「いや、だって……どうやって何時間も引き止めるの……? 無理じゃない……?」
「ま、いいんだけどさ。で、何時間くらいアリバイがないの?」
「お昼休憩のとき……正確には12:33〜12:58くらいかな……」
美沙ちゃんは首をかしげて、
「そんな短時間で殺せるんですか?」
と不可解そうだった。
「テレビ報道だと、毒殺っぽいんだよね……盛る時間があればいいんじゃないかな……」
「して、速効性なのか、遅効性なのか」
「分かりません……」
神崎先輩はタメ息をついた。
「それでは不在証明を云々すること自体が不適当であろう。遅い効き目の毒ならば、対局が始まるまえに盛ったのかもしれぬのだからな」
「一理ある……けど、すくなくとも盛る時間は必要なはずです……」
これにはみんな納得してくれた。次は美沙ちゃん。
「だれが犯人か推理するよりも、まずは証拠集めが大切だと思います」
「それも正論……だけど、証拠の入手方法がない……」
「そこが一番の問題点ですね……神崎先輩が警察署に潜入するというのは?」
「忍術が使えぬ以上、警官には勝てぬ」
忍術が使えない神崎先輩は、やっぱりただの女子高生なんだね。残念。
「でも手裏剣は使ってましたよね……?」
「あれは呼吸法と関係がない。常人でも練習すればできる」
「ほかに練習だけでできる技術はないんですか……?」
「いろいろあるが、銃を持った警官に勝つには忍術が必要だ」
ダメみたいです。というわけで、ふたたび美沙ちゃんに話を振る。
「美沙ちゃんは、なにかアイデアある……?」
「あります。新聞社にアプローチするというのは、どうでしょうか? 現場にいたと話せば、あちらのほうから食いついてくると思います」
なるほど、みんな感心した。
「けど、どこの新聞社にアプローチするの……?」
「スポーツ新聞かネットメディアがいいです。大手は無理でしょう」
「そっか……どうすればいいかな……?」
「会場へもどってみるのが手です。犯人は現場にもどる、とも言いますし一石二鳥です」
「了解……それがいいね……手分けして探そう……あと、遊子ちゃんだけど……」
「見つかりましたか?」
「全然……会場にもいなかったし、遠い地点に飛ばされてるのかも……」
これってルール違反だと思う。チームプレイの妨害。
「では、明日に備えて寝るぞ。寝不足は乙女の敵だ。いざ、就寝」
おやすみなさーい。
○
。
.
さて……しずかちゃんとアミューズメント施設にもどってきたわけですが……。
「ニッタリ・アミューズメントパークって、名前が悪いよね」
しずかちゃんは、入り口の石碑を見ながらそうつぶやいた。
「新足っていう地名らしいね……私たちの世界にはないかも……」
「で、どうするの? 敷地に入るのは自由みたいだけど?」
とりあえず入ってみる。ゲートのおじさんも、適当にしか見ていない。
わざと曲線的に作られた坂道が、芝生に囲まれて建物まで続いていた。
建物は白い壁にガラス張りで、なんとなく現代的な印象。
屋上には、ニコニコマークみたいな看板が立っていた。
私たちは道をのぼりながら、いろいろと相談する。
「館内にも、一応入れるみたいだね……入場料が必要……」
「お金なら井東さんから預かって来たよ」
「エスパーは優秀……って、あれ……?」
私たちは建物の入り口で歩みを止めた――黄色いテープが貼ってある。
「あちゃ〜、さすがに立ち入り禁止だね」
「うーん……どうしよう……」
私たちはその場であれこれ議論した。結論が出ない。
「女子高生2人だし、バシッと入っちゃえば?」
「しずかちゃん、過激だね……」
「女子高生2人なら捕まっても大丈夫だよ。好奇心とか答えとけばオッケー」
「一理ある……ただ、中に警官いるよ……」
「あ、ほんとだ」
「エスパーは注意散漫……」
「ふだんはサイコキネシスでレーダー張ってるからね。肉眼だと疲れるし」
「それじゃあしょうがないね……ん?」
ひとりの私服少年が、するすると坂道を上がって来た。
私たちを一瞥したかと思うと、建物の手前で右手のほうへ曲がった。
あそこの道は見落としてたかな――っていうか、道じゃなくて、ひとが歩いて芝生が枯れてるんだね。ダメだよ。マナー違反。
少年はそのまま建物の裏手に消えた。
「ねぇねぇ、カンナちゃん、今の少年、あやしくない?」
「たしかに……裏手になにがあるのかな……?」
「関係者の入り口と予想」
「え……なんで……?」
「芝生が枯れてるってことは、いっぱいひとが通ってるんだよ。正面玄関以外にあそこを通るとしたら、関係者用の通路ってことでしょ。入り口が1つっていうのも変だし」
さすが。私たちは少年を追いかけることにした。
建物の裏手へ回ると、右手のほうは木立になっていて、安っぽく舗装された道が、建物の壁ぞいに続いていた。途中で喫煙所を通過する。これは関係者用のスペースっぽいね。消火設備とかポンプとかのうしろに隠れて、少年を見失わないように追跡。
少年もちょっと動きがあやしくて、ときどき振り返る。危ない危ない。
「あ、立ち止まったよ」
「しずかちゃん、シーッ……」
貯水槽のうしろから、少年の動きを見守る。
少年は左右をすこし確認してから、窓に手をかけた。
関係者用の入り口ですらないのか。すごい度胸。
少年が窓の中に消えたところで、1分数える。私たちもそれを覗き込んだ。
「……トイレかな?」
「だね。小便器があるから男子トイレ」
物騒だなぁ。と言いたいところだけど、ここは感謝。
「男子トイレだけど、入る……?」
「全然オッケー。男子が女子トイレに入るのは犯罪だけど逆は犯罪じゃないから」
「地球人は不平等……というわけで潜入……」
がんばって窓枠につかまり、私たちはトイレに飛び込んだ。
「あッ、窓が開いてる理由が分かったよ」
しずかちゃんは床を観察して、そう言い切った。
「天才だね……その心は……?」
「ここに吸い殻が落ちてるから、喫煙所代わりになってるんだよ」
「なるほど……換気するために窓を開けっ放しにしてるんだ……ってことは……」
「おい、おまえら、なにしてる?」
うわッ、びっくりした。
ふりかえると、トイレの個室からさっきの少年が出て来た。
「尾行してるのは分かってたんだぞ。俺になんの用だ?」
「こんにちは〜、きみこそなにしてるの?」
しずかちゃん、めっちゃ強気。
超能力が使えるから気が強いんだと思ってたけど、素なんだね。
「俺のほうが先に質問したんだ。答えろ」
「質問した順番の問題じゃないと思うなぁ。で、なにしてるの?」
「おまえらに教える筋合いはないね……ん?」
少年は、じろじろと私の顔を見てきた。セクハラかな。
「ごめん……私、彼氏いるから……」
「いや、カンナちゃん、彼氏持ちアピするとこじゃないでしょ、これ」
「カンナ……やっぱりそうか、おまえ、飛瀬カンナだな?」
ん? どういうこと?
「なんで名前知ってるの……?」
「じつはな、俺はこういう者だ」
少年はポケットから名刺を取り出した。
Webニュースサイト BugFeed
取材部部長 戸辺彦太郎
東京市葛鹿区7丁目1番地竜田ビル5F
Tel: B39-1682-A
「取材部部長……? その年で……?」
「へへへ、めちゃくちゃ優秀だからな」
「社員が数人しかいなくて、みんな役職持ちとかじゃないよね……?」
「ぎくッ」
はい、図星。
少年は顔を真っ赤にして弁解した。
「そ、そんなことないぞッ! ほんとに優秀なんだぞッ!」
「優秀な記者がトイレの窓から入るかな……?」
「じっさいにおまえの名前を知ってただろッ!」
「あ、そうだ……そのことについて訊いたんだ……なんで知ってるの……?」
少年は鼻の下をこすって自慢げに、
「警察の情報なんて、この彦太郎さまには全部筒抜けだぜ」
と答えた。
「つまり……警察署から情報を抜いた……?」
「おう」
「しずかちゃん……警察に突き出そうか……」
「アハハ、この世界でも多分犯罪だね」
「待て待て待てッ! 教えてやったのにその仕打ちはないだろッ!」
教えるほうが悪いんじゃないかな。でも、これは渡りに船。
「あのさ……私たちも今回の事件を調べてるんだけど、協力しない……?」
「協力? 事件を調べてる? なんでだ?」
「私が昨日の夜どこにいたか知ってる……?」
「……深草警察署」
「ぐぅ優秀……じゃあ、理由もなんとなく分かるんじゃないかな……?」
彦太郎くんはあごに手を当てて一考した。
「……身の潔白を証明したい?」
「正解……というわけで、ご協力いただけませんでしょうか……?」
「身の潔白もなにも、あんたは犯人に見えないけどね。疑われてるの?」
「疑われてます……」
ここは嘘をつく。彦太郎くんはジャーナリストの勘が働くのか、なかなか信じてくれなかった。あの手この手で言いくるめて、最後は情報提供も約束することで手打ちに。
「んー、分かった。で、なにをすればいいんだ?」
「事件当日の状況を、できるだけ詳しく……」
「それならお安い御用だ。ちょうど実見しようと思ってたからな」
彦太郎くんは、私たちをつれてトイレを出た。薄暗い、だれもいない廊下に出る。
「警官は正面玄関にしかいないみたいだが、あんまり大声出すなよ」
「よく調べられるね……」
「へへへ、じつはな、監視カメラにアクセスしてるんだ」
「監視カメラ……もしかして、当日の映像とか抜けたりしない……?」
「もう持ってるぜ」
なんか一気に進展した。私たちの勝ちなのでは。
と、フラグを立てるのはやめておいて、映像を見せてもらうことにする。
「ただ、こいつを見ても犯人は分からないんだよなぁ」
彦太郎くんはそう言いながら、スマホをみせてくれた。アプリで再生。
灰色の画面――椅子に座ったひとの背中が映ってるね。パソコンをいじっている。
「これは廊下じゃなくて室内だね……なんで室内が監視されてるの……?」
「カスミの開発者の機材置き場だからさ。正確に言うと、冨田は監視カメラがついた部屋を希望したんだ。高価な機材を搬入するっていうんで」
「ってことは、このうしろ姿は冨田さんなんだね……時刻は14:59……」
「よーく見てろよ」
私としずかちゃんは画像を見つめた。
すると、いきなり冨田さんが振り返った。たしかに冨田さんの顔だ。
冨田さんはなにか言って、席を立った。
「あれ……画面から消えちゃった……」
「ドアのほうへ向かったんだと思う」
「あッ……帰って来た……」
ふたたび冨田さんが画面に映り込んだ。手になにか持っている。
「これは……なんだろう……ビンかな……?」
「多分これに毒が入っていたんだな」
「毒物の名前は分かる……?」
「シアン化ナトリウムらしいけど、俺はよく知らないや」
「シアン化ナトリウム……即効性の毒物……」
私たちは、冨田さんが飲み干して昏倒するまでの映像も確認した。ビンを開けて口をつけたのが15:01、その直後に昏倒。警備員が慌てて駆けつけたのが15:05。救急スタッフが来たのが15:22……これは間に合わないね。搬送先の病院で死亡というのも頷けた。
「よく見れるな。グロ画像の一種だと思うんだが」
「まあ多少は……で、このビンはなんだったの……?」
「コケコーラらしいぜ」
炭酸飲料水の名前かな。あとでコンビニで確認しよう。
「ということは、ビンを渡したひとが容疑者ってことになるね……」
彦太郎くんはスマホを持ったまま、両腕を後頭部にあてた。
「そう、間接的に目星はついてるんだけどさ……廊下の監視カメラにはだれも映ってないんだ。まるで幽霊がノックしたみたいなんだよ」




