305手目 記者会見
「客人とな。もしや……」
「そのもしや、だと思います……神崎先輩はこの部屋で待機していただけますか……?」
「なぜだ?」
「ゲームがもう始まっているので、なるべく分散したほうがいいかな、と……」
神崎先輩は納得してくれた。私は階段をそそくさと降りる。
1階につくと、美沙ちゃんとしずかちゃんが玄関に立っていた。
「カンナ先輩、こちらにいらっしゃいましたか」
「やっほー、カンナちゃん、おひさ」
「よかった……これで全員集合……じゃないね……遊子ちゃんは……?」
「あのキャラクターフードをかぶった女性なら、見かけていません」
美沙ちゃんはそう言って、店内を見回した。
「こちらは、お蕎麦屋さんですか?」
私が答えるまえに、厨房から井東さんの声が聞こえた。
「そうですよー。てきとうに座ってください」
私たちは、なるべく厨房から離れた席を選んだ。
低めのトーンで会話する。
「私と神崎先輩はこの近くの公園に飛ばされたんだけど、美沙ちゃんたちは……?」
「駅前のベンチに座っていました」
優しいね。私たちは地面に放り出されてたのに。待遇格差かな?
「で、確認したいことが一点……アレ使える……?」
「アレとは?」
「とっても便利なアレだよ……」
美沙ちゃんは合点がいったようで、困ったような顔をした。
「いえ、ここに来てから使えなくなってしまいました」
「そっか……しずかちゃんは……?」
「アハハ、私がしゃべってる時点で、お察しだよね?」
「だね……」
魔法も超能力も使えない――か弱い女子高生になっちゃった。
「どうしよう……」
「超能力が使えない静先輩は、タダのイマドキ女子高生ですからね」
「むかッ、美沙ちゃんだって魔法が使えなかったら、タダのノロケおばさんじゃん」
「は? だれがノロケてるんですか?」
「たしかに……美沙ちゃんは『夫婦喧嘩した』からの、『そのあとイチャイチャした』っていう話の流れがすごく多い……私も気になってた……」
美沙ちゃんは魔法のステッキ(今はタダの棒)を握りしめながら、
「愛する人とイチャイチャしたらいけないんですかッ!?」
と問い詰めて来た。いかんくはないです。
「そんなこと言ったら、カンナ先輩だってタダの地方公務員おばさんじゃないですか」
「美沙ちゃん……それを言っちゃあ、おしまいだよ……」
アウトサイダーズ、解散の危機。
「さきほどから深刻な顔で、なにを話してるの?」
おっとっと、厨房から井東さんが出てきた。
私たちは会話をやめる。
「あ、ごめんなさい、邪魔しちゃったみたいね。お昼まではこれで我慢して」
おむすびがテーブルのうえに置かれた。
私たちはお礼を言う。井東さんはまた厨房へもどって行った。
「ここは作戦会議に向いてませんね」
と美沙ちゃん。
「だね……とりあえず食事をしよう……」
私たちはおむすびをぱくぱく。塩で味付けをした淡白な味わい。おいしい。
「美沙ちゃんたちは、なにか気づいたことあった……?」
「そうですね。変わったところは、特に……」
厨房のほうで、皿を置く音がした。
井東さんは手を拭いて、テレビのリモコンを押す。
画面が通販番組に切り替わった。
《というわけで、黒酢はとっても体にいいんですねぇ》
地球の番組、健康の話題が多すぎる。
井東さんも興味がなかったのか、サクッとニュースに変えた。
《次のニュースです。本日午前9時、東京の将棋総館で、人工知能研究者の冨田豊久氏が開発したAIロボット、KASUMI-J2が、日本将棋連合の北川晃名人と会見し、エキシビジョンマッチに向けた最後の抱負を語りました》
ん? 私たちは食事の手をとめた。
天井のすみにあるテレビへ視線をこらす。
羽織を着た若い好青年と、メガネをかけた20代後半の技術者っぽい人。それに、今朝公園で見かけた青い髪の少女が並んで座っていた。
記者会見らしく、フラッシュがたかれる。
《それでは、会場のほうから質問はございますでしょうか?》
司会が仕切り始めた。手がいくつもあがる。
50代くらいのおじさんが指名された。
《毎々新聞の大山です。冨田先生にお伺いしたいのですが、今回ご紹介いただいたAIと従来のソフトとは、どのように異なるのでしょうか?》
冨田さんは手元のマイクを持って、スイッチを入れた。
《今回のKASUMI-J2の特徴は、身体を有する点にあります》
《……と言いますと?》
《将棋ソフトは、与えられた盤面を解析し、そこから得られたデータを評価関数によって処理します。このとき、評価関数を人間が決めてしまうのではなく、ソフトが対局を通じてどんどん改善していくところに、機械学習の強みがあるわけですね》
《もうすこし簡潔にお教えいただけますでしょうか?》
《AIも人間と同じように練習で強くなるということです》
《なるほど……そうなると、身体を持つ必要は無いように思われますが? データを処理する機材があれば、よろしいのではありませんか?》
《人間が将棋を練習するとき、符号だけでもできますね。でも、盤を見たほうがいいし、盤を見るときに符号は意識されていないわけです。これは、視覚自体に情報があることを意味します。みなさんはおたがいの顔を見て、誰々さんだ、と分かりますね。顔という画像に、個々人のデータが含まれている証拠です。これを利用したのがKASUMI-J2でして、内蔵カメラで盤面を認識しながら画像処理することにより、高度な解析を可能にしたのです》
なるほどね、理解した。地球のテクノロジーもだんだん上がっている。
大川という記者は、お礼を言って着席した。
べつのおばさんが指名される。
《読切新聞の加原です。冨田さんに質問です。今回のルール設定にあたり、外部リソースを使うかどうかが焦点になった、とさきほどお話にありましたが、もうすこし詳しくご説明いただけませんでしょうか?》
《ロボットというものは、その身体領域が曖昧です。人間とは異なり、外部からデータを直接取り込むことができます。例えば、人間は脳波を他人に送って情報を伝える、ということはできませんが、ロボットはできてしまうわけです。同様に、人間は自分の脳の記憶をSSDに保存することはできませんが、これもロボットはできます。さらに、情報をやりとりできる以上は、おたがいに計算を協力し合うこともできます。すると、こういう外部リソースを使っていいのかどうか、そもそもなにが外部でなにが内部なのか、が問題になります。極端な話をすれば、研究所のスパコンと繋いでもいいのかもしれません》
《さすがに不公平ではありませんか?》
《おっしゃる通りです。もしAIのリソースを制限しないなら、人間側も他のひとと相談したり、ソフトに解析させたりすることを認めないといけません。そこで、クラスタ……簡単に言うと、コンピュータ同士の相談は禁止とし、J2を構成するハードのみを使うことになりました。ただし、J2は人間に似せるためにバッテリや駆動部の占有率が大きいので、演算処理装置は外部に置き、通信で処理することが認められています》
《すみません、後半がよく分かりませんでした》
《みなさんのまえにいるJ2は、パソコンだとモニタの部分に相当します。J2の本体、ハードディスクに相当する部分は、ほかのところに保管されているということです》
《それではスパコンをハードにしてもいい、ということですか?》
《いいえ、J2開発時に使用したパソコンに限ります》
《分かりやすいご説明、ありがとうございました》
おばさん記者は着席した。パラパラ手があがる。
司会のひとは腕時計を確認した。
《時間が押しておりますので、お二方に限定させていただきます。協賛の不二テレビ様》
《ありがとうございます。手短に、名人の決意表明をお聞かせください》
質問を向けられた青年は頬を引き締めて、
《名人として恥ずかしくない将棋を指したいと思います》
と答えた。ほんとに手短。悲壮な感じが伝わってくる。
《では最後に、協賛のJBM開発部様、どうぞ》
《ありがとうございます。わたくしは純粋に技術者として本戦に興味があります。そこでKASUMI-J2さんの口から直接、今回の抱負を述べていただけませんでしょうか》
会場の視線が、J2と呼ばれたロボットに集中した。
ロボット――涼やかな髪の色をした少女は、しばらく無表情だった。
開発者が代わりに口をひらきかけたところで、少女はフッと笑みを漏らした。
《私の名前はKASUMI-J2。将棋特化型人工知能です。本日は、私たちのために盛大な記者会見をひらいていただき、ありがとうございました。将棋の名人とお話しさせていただけたことを、たいへんうれしく思います。私は……》
そこでスピーチが止まった。会場がざわつく。
質問したおじさんは、もういちど尋ねた。
《私は、なんですか?》
J2は唐突ににっこりと笑った。
《私はほんとうに将棋が好きです。すばらしい将棋を指したいと思います》




