304手目 ゲームマスター
「こらぁ! そこでなにやっとるッ!」
ふりかえると、作業服を着たおじさんが、スコップ片手にこちらをにらんでいた。
園芸用の小さなやつじゃなくて、工事現場で使われているしろものだ。
殴られたら一発でアウト。
「貴様こそ何奴だ」
神崎さん、強気の姿勢。忍術が使えないならおとなしくして欲しい。
ただ、女子高生に口答えされたのが響いたのか、おじさんはちょっと怯んだ。
「ここの芝生は立ち入り禁止だ。さっさと出ろ」
あッ、そういうことか――私たちはそそくさと芝生を出た。
「すみません……気づいたらここにいたもので……」
「なんだ、おまえたち? 家出か?」
うーん、なんて説明しようか。
私たちが迷ってると、おじさんのほうから、
「ん? 嬢ちゃん、もしかして外国人か?」
と尋ねてきた。
これ、たまに聞かれるんだよね。顔立ちが日本人と微妙に違うからかな。
「まあ、外国人と言えば外国人ですが……」
「家はどこだ?」
家はシャートフ星の中心街からちょっと離れたところで――あ、この手がある。
「留学に来たんですけど、宿泊先がまだ決まってません……」
「親御さんは?」
「手違いで1ヶ月後に合流します……」
おじさんは信じ切ってくれたようで、
「そうか、そいつはいけねぇな。若いのに野宿はよくねぇよ」
と同情してくれた。
「そうです……だから見逃してください……」
「いやいやいや、こいつはほっとけねぇ。親御さんが来るまで、うちに泊まりな」
え……これは予想外。見逃してもらえたら、それでOKだったんだけど。
神崎さんも話がうますぎると思ったのか、
「この地がどこか分からぬ以上、用心したほうがいいぞ」
と耳打ちしてくれた。
どうしようか。私はしばらく考え込んでしまった。
○
。
.
「お父さん、そのひとたちは?」
お蕎麦の香りがする店内から、ひとりの少女が顔をのぞかせた。
黒のセミロングにパチクリとした目をした女性だった。
高校3年生か、あるいは、もうちょっと年上に見えた。
作業服のおじさんは、いかにも重大事みたいな顔で、
「こいつらが公園で野宿してたもんでよ。うちに泊めてやることになった」
と告げた。
会話からして、父娘かな。
「野宿? ……もしかして、家出?」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
私は、さっきとおなじ説明をした。
おじさんのときと違って、こんどは不審に思われてる感じがする。
少女は、あまり納得しないような顔だった。
「宿泊先を決めないで日本に来たの?」
っていうか、ここ、日本なんだ。リアルの日本かな? それとも平行世界?
娘さんは腰に手をあてて、
「うちは部屋が空いてるからいいけど、ご両親との連絡が先じゃない?」
と、痛いところを突いてきた。
「スマホが通じないんですよね……」
「あとで私のを貸してあげる。とりあえず、あがってちょうだい」
では、お邪魔します。
私たちはのれんをくぐって、お店のなかへ。
まあ、普通のお蕎麦屋さん。
壁にいろんな色紙が貼られてて、古びた写真も……あ、これは。
「将棋をやってらっしゃるんですか……?」
私の質問に、娘さんは、
「ええ、よく分かったわね」
と驚いた。
「そこに詰め将棋の色紙があるので……」
「ああ、なんだ、あなたも将棋を指すのね」
「多少は……」
娘さんは詰め将棋の色紙を見上げながら、
「これは毅多川くんがプロになったときにもらったのよ」
と、懐かしそうな目をした。
キタガワ? ……キタガワってプロ、いたかな?
しかも、キタガワくんというのが気になる。
「えーと……どういうご関係で……?」
「小学校6年生まで一緒だったの。彼は地元の中学じゃなくて、東京へ行っちゃった」
なるほど、幼なじみだけど、奨励会に入っちゃったんだね。
神崎さんも色紙に感心して、
「きたがわという男は、なかなかいい詰め将棋を作るな。何段だ」
と尋ねた。
娘さんは怪訝そうな顔をする。
「何段っていうか……名人よ」
「……そうか、拙者の知識不足だ。失敬」
「あ、あなた、変わった話し方をするのね……とりあえず、2階へ案内するわ」
最初の1段で、娘さんはふりかえった。
「私の名前は井東志織。あなたたちは?」
「私は飛瀬カンナです……」
「拙者は神崎忍」
自己紹介も終わって、私たちは1段1段、階段をのぼった。
木製で、けっこうきしみがある。全体的に古いようだ。
2階にはいくつかの小部屋があって、私たちは1番奥へ案内された。
畳敷きで、くすみの多い窓ガラスから、下町っぽい風景がみえた。
「あとで片付けるから、しばらく我慢してね」
「ありがとうございます……」
娘さんは準備が忙しいのか、さっさと下に降りてしまった。
「えーと……どうしましょうか……あれ? 神崎さん?」
神崎さんは、部屋のなかをごそごそし始めた。
「なにをなさってるんですか……?」
「情報を制する者が勝負を制するのだ。まずはこの世界のことを知りたい」
「さすが忍者は合理的……私も手伝います……」
こうして、部屋のなかにある古雑誌や古新聞を漁る作業が始まった。
30分後、私たちが出した結論は――
「どうやら、日ノ本と似た世界のようだ」
「ですね……地理はそっくりだけど、中の人が違うみたいです……」
総理大臣とか、芸能人とか、私たちが住んでいる世界とは異なっていた。
「ところで、坂下が拙者たちをここに閉じ込めた理由は、何だ」
「さあ、それはまだ……」
「ケケケ、俺が説明してやるよ」
ん? なにこの変な声?
窓の外から聞こえたような気がする。私たちはふりかえった。
「コウモリ……?」
コウモリの羽を生やした、それでいて一つ目の変な生き物が浮かんでいた。
「坂下様からの伝言だ。心して聞けよ」
コウモリはそう言って、左の翼に持っていた水晶玉をかざした。
坂下くんがいきなり部屋に現れる。
「曲者!」
神崎さんは手裏剣を投げた。坂下くんを突き抜けて、反対側の壁にあたる。
《アハハ、僕はホログラフみたいなものだから、刺さらないよ》
「くっ……卑怯者め」
《それより、自分たちがどこの世界にいるか、それを知りたいんじゃない?》
それは、そう。私は冷静に質問する。
「で、ここはどこ……?」
《ここはパンドラボックスの中さ》
「パンドラボックスって、なに……?」
《悪魔の力を借りて作ったヴァーチャルリアリティゲームだよ》
すっごい矛盾を感じる。
地球人は科学とオカルトの融合に成功していた?
辺境の星には不思議がいっぱい。
「事前に情報提供しないのは、さすがに卑怯じゃないかな……」
《ハハハ、飛瀬さんが言えるセリフじゃないよね、このメンツだと》
ぎくり。バレてたのか。
「若干スーパー女子高校生級を集めたことは認めるけど……で、ゲームの内容は……?」
坂下くんは、パチリと指を鳴らした。テレビがつく。
なにやら記者会見の模様――あれ、見たことのある女性だ。
「この青髪、今朝公園で見た女ではないか」
「だね……えーと、テロップは……」
AI美少女ロボvs現役名人 緊急記者会見
え……ロボット? あのひと、ロボットだったの?
記者会見はちょうど終わり頃だったらしく、司会が話をまとめていた。
坂下くんはパチリと指を鳴らし、テレビが消える。
《ネットにいくらでもあがると思うから、あとで確認してよ。再放送もあるだろう》
「今回のゲームと記者会見は、どういう関係……?」
《今からルールを説明するよ。よーく聞いてね》
なるほど、ゲームはほんとにするんだね。
《僕が選んだのは、推理型テーブルトークRPGだよ》
「Investigatorsみたいなやつ……?」
《へぇ、すこしはTRPGについて調べたのかな? だったら話が早い。このゲームのほうがルールは単純だから。探偵役と犯人役に分かれて、探偵役は犯人を見つけたら勝ち。犯人役は最後まで逃げおおせるか、探偵役が誤った推理をしたら勝ち。OK?》
「OK……って言いたいところだけど、役割分担は……?」
《きみたち将棋部のメンバーが探偵役だよ》
「すると、犯人は坂下くん……じゃないよね、それだとバレてることになる……」
《きみたちが当てないといけないのは、これから起こる殺人事件の犯人だ》
私と神崎さんは、ちらりと視線をかわした。
「殺人事件……これから起こる……? どこで……?」
《明日、東京のテレビ局で行われるAIvs将棋名人のエキシビジョンマッチで》
これはびっくり。将棋殺人事件。
「事前に防止すると……?」
《それはルール違反だよ》
「人が死ぬのを見捨ててはおけんだろう」
神崎さんの乱入。ところが、坂下くんは笑って、
《ヴァーチャルリアリティゲームだって言っただろう》
と言い訳した。
「しかし、ここまで現実に似ていては、落ち着かん」
《負けでもいいなら、好きにすればいいよ》
私は神崎さんをなだめた。地球人はヴァーチャルリアリティにまだ慣れてないね。
「ゲームの内容は分かったよ……でも、どうやって会場に入るの……?」
《それはきみたちが自分で考えてもらわないと困る》
えぇ……平行世界のテレビ局にツテなんてない。
「それもゲームのうち……?」
《そうさ。5人もいるんだから、なんとかなるだろう。以上でルール説明は終わり。なにか質問はあるかな?》
「じゃあ、ふたつ……坂下くんの役割は……?」
《僕はゲームマスターだよ》
「それって、このゲーム自体が坂下くんの意のままってこと……?」
《安心して欲しい。パンドラボックスは公正無私な魔法の箱だ》
信用してくれ、だけなのか。ちょっとどうだろう。
あとで美沙ちゃんに確認しておこう。ここで問答しても水掛け論になる。
「ふたつめ……私たちの特殊能力が封印されてるのは、坂下くんのしわざ……?」
《もちろん》
「これは不公正じゃないの……?」
《きみたちが持ってる能力を使えるほうが、不公正だと思うけど?》
ぐぅの音も出ない。
《納得してくれたかな。じゃあ、そちらの忍者さんもOK?》
「貴様、拙者がくノ一だとなぜ知っている」
《けっこう有名だと思うけど?》
有名です。っていうか、街中で忍術使ってたら目立つし。
神崎さんはすこし反省したような顔で、
「ふぅむ、忍び方が足りなんだか」
とつぶやいた。忍んでください。
「されば、忍者らしい質問をしよう。拙者たちが負けるとどうなるのだ」
《いい質問だね。きみたちが負けたら、僕の下僕になってもらうよ》
「下僕……?」
《そう、僕の言うことはなんでも聞いてもらう。今の生徒会のメンバーも、そうやって集めたからね。ただ、一般人を手下にしても、できることなんて限られてる。だから、きみたちには、ぜひ傘下に入ってもらいたい》
「この下衆め。拙者たちが勝ったときは、どうするつもりだ」
《そのときは僕と悪魔の契約が切れて、僕の能力はすべて失われる》
ということは、手下も全員解放になるわけだね。
がんばらなきゃ。
《それじゃ、ほかに質問はないかな? ないようなら、健闘を祈るよ。バイバイ》
水晶玉が輝きを失って、坂下くんのホログラムは消えた。
「ケケケ、あばよ」
コウモリはパタパタと空の向こうへ去って行った。
私たちは、しばらく沈黙する。
「……とんでもないことになってしまったな」
「巻き込んですみません……」
「否、このようなときこそ忍者の出番だ。生徒たちを救出せねばならぬ」
「ですね……とりあえず、将棋エキシビジョンマッチに潜入する方法を……」
「トビセさーん、カンザキさーん、お客さんですよーッ!」
おっと、これはもしや……?




