299手目 アイドルリベンジマッチ
※ここからは箕辺くん視点です。
というわけで、H島の文化ホールに来たんだが――選ばれたのは俺?
「飛瀬じゃなくてよかったのか?」
俺の質問に、捨神はきょとんとした。
「え、もしかしてイヤだった?」
「イヤというわけじゃないんだが……飛瀬を誘わなくていいのかな、と……」
捨神は真面目な顔をして、
「変態かもしれない男のところへ、彼女をつれて行くのはどうかな、と思って」
と答えた。
「あいかわらず妙なところで慎重だな……」
「箕辺くんは、こんなときに彼女同伴にするの?」
……………………
……………………
…………………
………………
「しないな」
「でしょ」
「あぁ、今だれのこと考えてたのかなぁ?」
隣にいたふたばが、つっこみを入れてきた。
ふりふりの可愛い服を着て、ご立腹のようすだ。
「だ、だれのことも考えてないぞ」
「ほんとかなぁ? 『く』から始まるひとじゃなぁい?」
「箕辺くん、蔵持先輩のこと考えてたの? なんで?」
「じ、じつは100円借りててな……」
「ちがうよぉ、くる……むごぉ」
やめやめ、この話題はなし。ふたばの口を封じる。
「とりあえず3人で楽しもう」
「アハッ、そうだね。せっかく不破さんがチケットを譲ってくれたことだし」
「2枚しかなかったんじゃないのか?」
「根回ししたらもう1枚手に入ったよ」
さすが捨神、俺の人脈とは格がちがうな。
俺はガラス張りの壁を見て、ネクタイをなおす。
「俺だけ制服だったのはマズかったか?」
「そんなことないんじゃない? 一番フォーマルだと思うよ?」
捨神のことだから、お世辞で言ってるわけじゃなさそうだ。
とはいってもなぁ、捨神はピアノコンクールのときみたいな蝶ネクタイの正装だし、ふたばはふたばで、ばっちり男の娘キメてる(?)し、俺だけ浮いてる気がする。
「よし、入るか」
俺たちは回転ドアをくぐった。
1階のレセプションは、いろいろなイベントの客でごった返している。
「ちょっとひとが多すぎないか? 女子高生っぽいのもいるし」
「アレ目当てじゃないかなぁ」
ふたばはそう言って、1枚のポスターをゆびさした。
男性アイドルユニットらしきポスターがでかでかと貼られていた。
「……ん、このグループは俺も知ってる。テンペスト、だっけか」
「だねぇ。中堅だけど人気急上昇中のアイドルグループだよぉ」
「じゃあ、みんなこの開演を待ってるってわけか」
「終わったところじゃないかなぁ?」
……あ、ほんとだ。ポスターの開演時間は過ぎてるな。7時までだ。
今は7時15分。すると、この女性陣の集まりは――
「きゃー! 結城くん、こっち見てッ!」
「西海くんッ! 西海くーんッ!」
ホールのドアに向けて、一斉に女性陣が殺到した。
終演後の出入りを待ち構えていたらしい。
数人のスタッフがファンを整理する。
「はいはい、前を開けてくださーい」
こういう人員整理って、ほんとにたいへんそうだな。
俺たちは距離をとって、階段の下に移動した。館内地図を確認する。
将棋ディナーショーは2階の小ホールだった。
「先に入っとくか……っと」
階段下から出ようとしたところで、俺は他人にぶつかりそうになった。
赤いスーツを着た長髪の女性だった。アラサーの会社員っぽい格好。
「す、すみません」
「こちらこそごめんなさい」
おたがいに謝って、俺は階段の手すりをつかんだ。女性は俺のことなどすぐに忘れたらしく、テンペストを取り巻く女性たちの群れを眺めていた。
俺は階段をのぼりながら、
「あのひと、タイミングが取れなかったファンかな?」
と捨神にたずねた。捨神はなんとも言えない表情で、
「スーツを着ていたし、なんか雰囲気がちがってた気がするね」
とだけ答えた。そこへふたばが割り込んできて、
「ディナーショーの関係者さんじゃないかなぁ」
と推測した。俺は理由をたずねた。
「持ってたスマホに、将棋の駒のシールが貼られてたよぉ」
「マジか? よく気づいたな」
「ボクは観察力あるからねぇ、誰かさんみたいにこっそり付き合ってもバレるよぉ」
その話はやめろぉ。
「え? だれかこっそり付き合ってるの? 大場さんと佐伯くんとか?」
捨神もその話には乗るなぁ。っていうかどういう組み合わせなんだよ、それ。
「えへへぇ、内緒ぉ」
「うーん、そう言われると気になって……あ、受付が見えたよ」
俺たちは受付のお姉さんにチケットを見せた。
高校生3人だから、ちょっと変だと思われたかな。
「本日はご来場ありがとうございます。入って右手奥のテーブルになります」
この案内を聞いた捨神は、俺に耳打ちする。
「無料チケットだから一番悪い席だね」
「え? そんなの分かるのか?」
「ステージから一番遠くて、入場するアイドルもそばで見れないから末席だよ」
……なるほど、理解した。
さすがは捨神、普段からこういうイベントに参加しているだけのことはあるな。
「ま、しょうがないよな。タダチケットだし」
「アハッ、お金を払って入場するひとに、かえって申しわけないもんね」
俺たちはポジティブに考えることにした。
ホールに入ると、天井の照明は半分落ちていて、ロウソクに照らされた幻想的な光景が広がっていた。白いテーブルクロスのうえには食器が用意されている。先客も大勢いた。みんな着飾っていた。
「なんか場違いだな。特に俺」
「そんなことありませんよ、先輩」
突然の呼びかけに、俺たち3人はふりむいた。
ツインテールの少女が、こちらに営業スマイルを送っていた。
「こんばんは、箕辺先輩。今日は私のディナーショーへようこそ」
「こんばんは、内木。招待してくれてありがとな……俺、ちょっと浮いてないか?」
内木はくすりと笑った。
「先輩、意外と体裁を気にするんですね」
「そ、そんなことないぞ」
「アハッ、箕辺くんは僕のコンクールのときも、オシャレを気にしてるよね」
そういう恥ずかしい話をするのは――ん? だれか来たぞ?
前髪ぱっつんショートに、白い制服と赤いネクタイをした少女だった。
とはいえ、それよりも気になったのは、右目の眼帯だ。
ものもらいかな、と思っていると、ふたばが俺の耳もとで、
「こ、このひと、TKY13のレギュラーメンバーだよぉ」
とささやいた。
なんだ? 有名なグループアイドルか?
困惑する俺たちのまえで、少女は内木にちょっかいをかけ始めた。
「レモンちゃん、『わたしたちのディナーショー』じゃないですか? いつからこの企画でセンター張るようになったんです?」
「地元の知り合いに話しかけただけです。自然な言い方だと思いますが?」
眼帯少女は小馬鹿にしたようにタメ息をついた。
「お客さんを平等にあつかわない……プロ意識の欠如ですね」
「伊吹さんこそ、私にちょっかいかけてる暇があったら、あいさつ回りをしてみては?」
「ほら、わたしこれでも全国区ですし、だれかさんと違って顔が広いので」
「いつから近畿だけで全国区を形成するようになったんですかね」
「H島単体よりはおっきぃと思いますけどぉ」
このふたりの仲が悪いことは分かった。
俺とふたば、ひそひそと相談する。
「ひとまず座ろう」
「だねぇ、さわらぬ神に祟りなしだよぉ」
俺たちはその場を離れて、右手奥の席についた。椅子が3つだったから助かる。
「さすがに末席でも、他の客と同席ってことはないか」
「ホールをじろじろ見るには、かえって好都合だよぉ」
ふたばの言うとおりだ。あとは開演を待つばかり。
将棋仮面、絶対現れろよ。
○
。
.
《以上、詰め将棋のコーナーでした。正解者にもういちど拍手をお願いします》
パチパチパチ
俺たちは拍手をしつつ、捨神の帰還をむかえた。
捨神はリボンのついた箱をかかえて、席につく。
「まさかおまえが挙手するとは思わなかったな」
俺のコメントに捨神は、
「ステージに立ったほうが、会場をよく見渡せるからね」
と答えた。なるほど、一理ある。
開演を迎えたディナーショーは盛況で、食前酒(俺たちはジュース)からコース料理へ進み、そのあいだずっと将棋界の関係者が入れ替わり立ち替わり、さまざまな企画を催してくれた。今終わったのは、観客参加型の詰め将棋。最後の15手詰めの難問を、捨神はあっさり詰ませた。その景品がこれってわけだ。
「で、将棋仮面っぽいやつはいたか?」
俺の質問に、捨神は首を振った。
「いないね。僕たちと同じ年頃の男子は3人で、みんな顔が違ったよ」
「記憶違いってことはないか?」
「うーん、小学生以来だから、多少は変わってるかもしれないけど……」
《それでは次のコーナー、『アイドルペアマッチ』に移りたいと思います!》
おっと、これはまた面白そうなのが来た。
内木が指すのか?――と思いきや。
《今回は、近畿を中心に人気急上昇中のアイドルグループTKY13から、夜ノ伊吹さんがご参加くださいました。拍手でお迎えください》
会場が大きく沸いた。一方、俺たちは複雑な心境になる。
「内木はやっぱローカルアイドルなんだな……」
「たっちゃん、こればっかりはしょうがないよぉ。実力の世界だしぃ」
俺はがっかりした。でも、イベントは淡々と進む。
まずは挨拶。
《こんばんは、アイドルグループTKY13から来ました夜ノ伊吹です。今日はこんなに大勢のお客さんのまえで将棋を指せることになり、とても光栄です》
《伊吹さんは、最近将棋を始めたらしいですね?》
《はい、2ヶ月目です》
おいおい、2ヶ月目でペア将棋とか、ないだろ。
内木がますます可哀想だぞ。
俺は心配になって、内木のほうを盗み見た。すると、俺の予想とは違い、悔しそうな顔は浮かべていなくて……いや、なんというか、営業スマイルでもなくて、なにかを警戒しているように見えた。
《伊吹さん、特に指したい、という子はいますか。いないなら……》
《はいッ! いますッ!》
伊吹という名の少女は、右手を高々とあげた。
《内木レモンちゃんと指したいです》
全員の視線がそちらへ移った。内木は瞬時に営業スマイルをつくる。
《あ、私ですか?》
《はい、レモンちゃんには『アイドル登竜門』で負けちゃったので、リベンジします》
なんだ、べつの番組で指したことがあるのか。
そりゃ負けるだろ。レモンは駒桜の中学市代表だし、県代表にも近いポジションだ。
もう1ヶ月練習したから勝てる、なんてほど甘くないぞ。
《いやぁ、リベンジですか。同じメンツは飽きられちゃいませんか?》
《いえいえ、みなさん楽しみにしてたと思いますよ。それとも降参します?》
《んー、親切心で言ったんですが、ぶつかりに来るならしょうがないですね》
ちょっと殴り合いが強すぎる。司会のお姉さんも若干困惑していた。
《そ、それでは、ペアになる方を会場のなかから抽選で選ばせていただきます。抽選はこちらの箱でおこないますので、座席番号を呼ばれた方はご起立ください》
ホールが暗くなった。天井からステージへライトが向けられる。
まずはレモンの抽選。
《では、引きます》
レモンは3秒ほどかき混ぜて、カードを1枚引いた。
《48番》
ライトが会場を舞う。小太鼓の音が鳴り響いた。
ダダダダダダ ジャーン!
ライトはちょうど俺たち――のとなりのテーブルで止まった。
ひとりの男が照らし出される。
「ふむ、ようやく俺の出番か……そのまえにCM」




