298手目 渡された招待券
「チェッ、けっきょく将棋ざんまいか」
将棋会場の撤収風景を眺めながら、あたしはかるく悪態をついた。
あたりは夕暮れに差し掛かっている。
あたしが小石を蹴ると、安奈に見咎められた。
「みんなが楽しかったから、いいんじゃないかしら」
つまらないとは言わないんだが……レモンに一発入れてギャフンと言わせたしな。ムキになってリベンジを申し込もうとしてたけど、将棋仮面に止められていた。あのへんはまだ中学生って感じだ。ま、辛勝だったからリベンジされると困ったんだが。
でもなぁ、これってデートじゃないだろ。
「安奈は良かったのか、午後が御面ライダーショーと将棋祭りで?」
「ええ、並木くんが楽しそうだったら、それでいいのよ」
お、おまえ、幼なじみとか超えて夫婦に突入してないか……?
あたしは心配になる。
そのかたわらで、投了の声が聞こえた。
「負けました」
「ありがとうございました」
歩夢は将棋仮面に頭をさげた。
「お兄さん、めちゃくちゃ強いですね。10連敗しちゃいました」
「ハハハ、きみもなかなか根性があってよかったぞ」
マジであきれる。あたしはイヤミのひとつも言いたくなって、
「おい、変態仮面、ソフト指しかなんかじゃねぇだろうな」
とさぐりを入れた。
「むッ、聞き捨てならないな。どこにソフトがある?」
「そのお面があやしいぜ。カメラついてんじゃねぇのか」
あたしは調べるふりをして、横合いから顔をのぞきこもうとした。
サッと身をひるがえされてしまう。
「まったく、最近の子は夢がな……いたた」
将棋仮面は背中をつねられた。レモンが怒ったような顔をして、
「あなた、招待券はちゃんと配ったの? ずっと同じ人と指してたみたいだけど?」
と尋ねた。
「むッ……忘れていた」
レモンはタメ息をついた。
「どうするのよ。捨てられないし、かといって局にも返せないでしょ」
「ふむ、そうだな……カエデくん」
「下の名前で気安く呼ぶな」
「ちょっと将棋を指してくれ」
あたしは意味が分からないまま、盤のまえに立たされた。
「7六歩」
「おい、なに勝手に先手取ってんだよ」
「まあ、とりあえず指してくれ」
「……3四歩」
将棋仮面は6八銀とした。あたしは8八角成。
「う〜む、うっかりした。私の負けだ」
「は?」
「勝ったご褒美に、この招待券をあげよう」
将棋仮面は2枚のチケットをとりだして、あたしに渡した。
将棋ディナーショー
2015年6月22日(月)
主催:H島ハウステレビ
出演:夜ノ伊吹、内木レモン、他多数
あのなぁ……あたしはチケットをひらひらさせて、
「こんなもんいらねぇぞ」
とつぶやいた。
「私も楓先輩には来て欲しくありません。返してください」
レモンはあたしの手からチケットをひったくろうとした。
あたしは身をかわす。
「いらないんじゃないんですか?」
「売れば小遣いくらいにはなる」
あたしはジーンズのポケットに押し込んだ。
「さ、帰ろうぜ」
あたしは歩夢たちをつれて、ゲートの方向へとむかう。
「問題行動をするひとには売らないでくださいよッ!」
レモンの忠告。あたしは話半分で、アタリーをあとにした。
夜のパレードの列ができ始めていた。でも、並木は寮だから早く帰らないといけないらしかった。こういうところで「正力さんとなら残るよ」と言ってもらえないあたりが、安奈のかわいそうなところだよなぁ。ま、将棋界の風紀委員長(通称)だし、「ダメよ、門限は守らないと」ってオチかな、安奈の場合。
ゲートを抜け、駅のところであたしたちは解散した。
安奈だけ下り電車だ。ホームでお別れ。
「それじゃ並木くん、気をつけて帰ってね。次の日日杯のミーティングで」
「今日は楽しかったよ。こんどは僕が誘うね」
はいはい、お熱いことで。
あたしと歩夢と並木は上り電車に乗る。
「駒込くんとは初めて会ったけど、これからもよろしく」
「将棋バトルウォーズのID、登録しといてね」
並木と歩夢は、将棋アプリのIDを交換したらしかった。
あれこれ話しているうちに、駒桜駅へ到着。
並木はH島市内の寮だから、あたしたちだけ降りる。
「じゃ、並木、またな」
「不破さんも、帰りは気をつけてね」
あたしと歩夢は改札を抜けて、駅前のバス停に並ぶ。
「タバコ吸いてぇなぁ」
「そこに交番があるからダメだよ」
「冗談だよ、冗談。しっかし、遊園地らしくない1日だったな」
あたしの愚痴に、歩夢はきょとんとして、
「いいんじゃない。サイクリングしたり家でごろごろしたり料理したり、全部デートとしてアリなんだから、将棋デートもアリだと思うよ」
と説教した。将棋デートねぇ……ん? デート?
○
。
.
「にっしっし」
翌日、上機嫌なあたしに、捨神師匠が声をかけてきた。
「ふ、不破さん、朝からずっとニヤニヤしてるけど、大丈夫? 変なものでも食べた?」
これがニヤニヤせずにいられますかってんだ。
歩夢もデートだって認識してたんだな。こいつは両想いも近いんじゃないか。
あたしはゲーセンの椅子に腰掛けたまま、てきとうに返事をする。
「なんでもありませんよ、師匠」
「そ、それならいいんだけど……ところで、昨日アタリーに行った?」
ぎくぅ、あたしはちょっと焦り気味に、
「い、いきなりどうしたんですか?」
と、質問を質問で返した。
「テレビで見かけたって言うひとがいたんだ。将棋のイベントがあったの?」
しまった。どっかのカメラに映ってたか。ここはとぼけておく。
「ん〜、昨日ですよね〜、どこにいたかなぁ」
「お、おぼえてないの? じつはね、御面ライダーの仮面をかぶったひとが、将棋を指してたって聞いたんだ。もしかして、将棋仮面のことじゃないかなって」
ん……そういうことか。歩夢とのデートが目撃されたのかと思ったが、ちがったな。
あたしは白状した。
「あ、ようやく思い出しました。アタリーに行きました」
「昨日のことなのに、なんで1分もかかるの? ほんとに大丈夫?」
「心配しないでくださいよ、師匠。ところで、将棋仮面のことが気になるんですか?」
「うん……日日杯のミーティングでも言ったけど、彼、知り合いな気がするんだよね」
あたしは師匠の話を記憶していた。
たしか、九州の小学生強豪が、数年前から行方不明になってるんだったよな。
年齢的にも一致している気がする。将棋仮面はやっぱり10代だ。
「師匠、その番組観てたんなら、雰囲気とかで分からないんですか?」
「ごめん、直接は観てないんだよ。うちはテレビないから」
そうだ、師匠はテレビ持ってないんだった。
「だれか録画して、DuTubeにでもアップしてるんじゃないですか?」
「検索したけど、そのシーンはなかったんだよね……写真とか撮ってない?」
あんな変態の写真、撮ってるわけないんだよなぁ――あ、そうだ。
「師匠、でっかい手がかりがありますよ、レモンです、レモン」
「レモン……? 将棋仮面は、からあげにレモンをかける派なの?」
「ちがいますよ。藤女の内木です。あいつ、将棋仮面と知り合いでしたよ。この目で見たからまちがいありません」
師匠はびっくりした。
「え? 内木さんが将棋仮面の知り合い? どういう関係?」
……どういう関係なんだろうな。彼氏、じゃなさそうだし……でも、あそこまで馴れ馴れしかったら、可能性は……ないか。あたしは、分からないと答えた。
「レモンから聞き出せばよくないですか?」
「内木さんのプライバシーだし、そういうのは……」
師匠、変なところで引くよな……あ、そうだッ!
あたしは指をパチリと鳴らした。
「そういえば、レモンから招待券もらってます。これに潜入しませんか?」
あたしは、財布に入れておいたチケットをとりだした。
ちょうどゲーセンの古参に売りつけようと思ってたところだ。
「……将棋ディナーショー?」
「レモンが出演するらしいですよ。将棋仮面も来るかもしれないです」
師匠はあごに指をそえて、しばらく考えた。
「……アタリーで同席したなら、ディナーショーも可能性はあるね」
よっしゃ、決まりだ。あたしと師匠で潜入――いや、待てよ。
あいつ、あたしが来るのイヤがってたな。ヘソ曲げてしゃべらなくなると困るし、ここは引っ込んでおくか。
「招待券は2枚あるんで、師匠が自由に誘ってください」
「え、いいの?」
「あいつ、あたしに来て欲しくないみたいなんですよね」
ま、師匠なら誘う相手は決まってるだろ。
口惜しいが、ここはゆずってやる。レモンのやろう、首を洗って待ちやがれ。




