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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第29局 不破楓、両想いに踏み切る(2015年6月20日土曜)
310/686

298手目 渡された招待券

「チェッ、けっきょく将棋ざんまいか」

 将棋会場の撤収風景を眺めながら、あたしはかるく悪態をついた。

 あたりは夕暮れに差し掛かっている。

 あたしが小石を蹴ると、安奈あんなに見咎められた。

「みんなが楽しかったから、いいんじゃないかしら」

 つまらないとは言わないんだが……レモンに一発入れてギャフンと言わせたしな。ムキになってリベンジを申し込もうとしてたけど、将棋仮面に止められていた。あのへんはまだ中学生って感じだ。ま、辛勝だったからリベンジされると困ったんだが。

 でもなぁ、これってデートじゃないだろ。

「安奈は良かったのか、午後が御面ライダーショーと将棋祭りで?」

「ええ、並木なみきくんが楽しそうだったら、それでいいのよ」

 お、おまえ、幼なじみとか超えて夫婦に突入してないか……?

 あたしは心配になる。

 そのかたわらで、投了の声が聞こえた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 歩夢あゆむは将棋仮面に頭をさげた。

「お兄さん、めちゃくちゃ強いですね。10連敗しちゃいました」

「ハハハ、きみもなかなか根性があってよかったぞ」

 マジであきれる。あたしはイヤミのひとつも言いたくなって、

「おい、変態仮面、ソフト指しかなんかじゃねぇだろうな」

 とさぐりを入れた。

「むッ、聞き捨てならないな。どこにソフトがある?」

「そのお面があやしいぜ。カメラついてんじゃねぇのか」

 あたしは調べるふりをして、横合いから顔をのぞきこもうとした。

 サッと身をひるがえされてしまう。

「まったく、最近の子は夢がな……いたた」

 将棋仮面は背中をつねられた。レモンが怒ったような顔をして、

「あなた、招待券はちゃんと配ったの? ずっと同じ人と指してたみたいだけど?」

 と尋ねた。

「むッ……忘れていた」

 レモンはタメ息をついた。

「どうするのよ。捨てられないし、かといって局にも返せないでしょ」

「ふむ、そうだな……カエデくん」

「下の名前で気安く呼ぶな」

「ちょっと将棋を指してくれ」

 あたしは意味が分からないまま、盤のまえに立たされた。

「7六歩」

「おい、なに勝手に先手取ってんだよ」

「まあ、とりあえず指してくれ」

「……3四歩」

 将棋仮面は6八銀とした。あたしは8八角成。

「う〜む、うっかりした。私の負けだ」

「は?」

「勝ったご褒美に、この招待券をあげよう」

 将棋仮面は2枚のチケットをとりだして、あたしに渡した。

 

 将棋ディナーショー

 2015年6月22日(月)

 主催:H島ハウステレビ

 出演:夜ノ伊吹、内木レモン、他多数

 

 あのなぁ……あたしはチケットをひらひらさせて、

「こんなもんいらねぇぞ」

 とつぶやいた。

「私も楓先輩には来て欲しくありません。返してください」

 レモンはあたしの手からチケットをひったくろうとした。

 あたしは身をかわす。

「いらないんじゃないんですか?」

「売れば小遣いくらいにはなる」

 あたしはジーンズのポケットに押し込んだ。

「さ、帰ろうぜ」

 あたしは歩夢たちをつれて、ゲートの方向へとむかう。

「問題行動をするひとには売らないでくださいよッ!」

 レモンの忠告。あたしは話半分で、アタリーをあとにした。

 夜のパレードの列ができ始めていた。でも、並木は寮だから早く帰らないといけないらしかった。こういうところで「正力しょうりきさんとなら残るよ」と言ってもらえないあたりが、安奈のかわいそうなところだよなぁ。ま、将棋界の風紀委員長(通称)だし、「ダメよ、門限は守らないと」ってオチかな、安奈の場合。

 ゲートを抜け、駅のところであたしたちは解散した。

 安奈だけ下り電車だ。ホームでお別れ。

「それじゃ並木くん、気をつけて帰ってね。次の日日杯のミーティングで」

「今日は楽しかったよ。こんどは僕が誘うね」

 はいはい、お熱いことで。

 あたしと歩夢と並木は上り電車に乗る。

駒込こまごめくんとは初めて会ったけど、これからもよろしく」

「将棋バトルウォーズのID、登録しといてね」

 並木と歩夢は、将棋アプリのIDを交換したらしかった。

 あれこれ話しているうちに、駒桜こまざくら駅へ到着。

 並木はH島市内の寮だから、あたしたちだけ降りる。

「じゃ、並木、またな」

不破ふわさんも、帰りは気をつけてね」

 あたしと歩夢は改札を抜けて、駅前のバス停に並ぶ。

「タバコ吸いてぇなぁ」

「そこに交番があるからダメだよ」

「冗談だよ、冗談。しっかし、遊園地らしくない1日だったな」

 あたしの愚痴に、歩夢はきょとんとして、

「いいんじゃない。サイクリングしたり家でごろごろしたり料理したり、全部デートとしてアリなんだから、将棋デートもアリだと思うよ」

 と説教した。将棋デートねぇ……ん? デート?

 

  ○

   。

    .


「にっしっし」

 翌日、上機嫌なあたしに、捨神すてがみ師匠が声をかけてきた。

「ふ、不破さん、朝からずっとニヤニヤしてるけど、大丈夫? 変なものでも食べた?」

 これがニヤニヤせずにいられますかってんだ。

 歩夢もデートだって認識してたんだな。こいつは両想いも近いんじゃないか。

 あたしはゲーセンの椅子に腰掛けたまま、てきとうに返事をする。

「なんでもありませんよ、師匠」

「そ、それならいいんだけど……ところで、昨日アタリーに行った?」

 ぎくぅ、あたしはちょっと焦り気味に、

「い、いきなりどうしたんですか?」

 と、質問を質問で返した。

「テレビで見かけたって言うひとがいたんだ。将棋のイベントがあったの?」

 しまった。どっかのカメラに映ってたか。ここはとぼけておく。

「ん〜、昨日ですよね〜、どこにいたかなぁ」

「お、おぼえてないの? じつはね、御面ライダーの仮面をかぶったひとが、将棋を指してたって聞いたんだ。もしかして、将棋仮面のことじゃないかなって」

 ん……そういうことか。歩夢とのデートが目撃されたのかと思ったが、ちがったな。

 あたしは白状した。

「あ、ようやく思い出しました。アタリーに行きました」

「昨日のことなのに、なんで1分もかかるの? ほんとに大丈夫?」

「心配しないでくださいよ、師匠。ところで、将棋仮面のことが気になるんですか?」

「うん……日日杯のミーティングでも言ったけど、彼、知り合いな気がするんだよね」

 あたしは師匠の話を記憶していた。

 たしか、九州の小学生強豪が、数年前から行方不明になってるんだったよな。

 年齢的にも一致している気がする。将棋仮面はやっぱり10代だ。

「師匠、その番組観てたんなら、雰囲気とかで分からないんですか?」

「ごめん、直接は観てないんだよ。うちはテレビないから」

 そうだ、師匠はテレビ持ってないんだった。

「だれか録画して、DuTubeにでもアップしてるんじゃないですか?」

「検索したけど、そのシーンはなかったんだよね……写真とか撮ってない?」

 あんな変態の写真、撮ってるわけないんだよなぁ――あ、そうだ。

「師匠、でっかい手がかりがありますよ、レモンです、レモン」

「レモン……? 将棋仮面は、からあげにレモンをかける派なの?」

「ちがいますよ。藤女ふじじょの内木です。あいつ、将棋仮面と知り合いでしたよ。この目で見たからまちがいありません」

 師匠はびっくりした。

「え? 内木さんが将棋仮面の知り合い? どういう関係?」

 ……どういう関係なんだろうな。彼氏、じゃなさそうだし……でも、あそこまで馴れ馴れしかったら、可能性は……ないか。あたしは、分からないと答えた。

「レモンから聞き出せばよくないですか?」

「内木さんのプライバシーだし、そういうのは……」

 師匠、変なところで引くよな……あ、そうだッ!

 あたしは指をパチリと鳴らした。

「そういえば、レモンから招待券もらってます。これに潜入しませんか?」

 あたしは、財布に入れておいたチケットをとりだした。

 ちょうどゲーセンの古参に売りつけようと思ってたところだ。

「……将棋ディナーショー?」

「レモンが出演するらしいですよ。将棋仮面も来るかもしれないです」

 師匠はあごに指をそえて、しばらく考えた。

「……アタリーで同席したなら、ディナーショーも可能性はあるね」

 よっしゃ、決まりだ。あたしと師匠で潜入――いや、待てよ。

 あいつ、あたしが来るのイヤがってたな。ヘソ曲げてしゃべらなくなると困るし、ここは引っ込んでおくか。

「招待券は2枚あるんで、師匠が自由に誘ってください」

「え、いいの?」

「あいつ、あたしに来て欲しくないみたいなんですよね」

 ま、師匠なら誘う相手は決まってるだろ。

 口惜しいが、ここはゆずってやる。レモンのやろう、首を洗って待ちやがれ。

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