表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第29局 不破楓、両想いに踏み切る(2015年6月20日土曜)
307/686

295手目 欠陥アトラクション

挿絵(By みてみん)


 ガクンとシーソーが下がった。

《これは確実に1000を超えたな。同成桂》

 ちくしょう、おちつけ、不破ふわかえで

 ジリ貧のときの鬼手は、ソフト的に悪手。そんなことは分かっている。

 いちいち心理的に反応してたらキリがない。

「人間に勝ちやすい手と最善手は違うんだよッ! 2六馬ッ!」

《おまえは大山おおやま康晴やすはるか。5四成桂ぇええええッ!?》

 ケツがトランポリンみたいに跳ね上がる。 

 あたしは座席の手すりにつかまった。

「びっくりさせるなッ!」

《め、メガネがズレた……メガネ……》

 欠陥品だろ、これ。

 しかし逆転……してないか。+500くらいにもどったっぽい。

「結果良ければすべてよしッ! 5九歩成ッ!」

 7五歩、8五銀、6三角。


挿絵(By みてみん)


《また1000にもどったのではないか?》

 うわーん、さっきと同じ位置まで下がった。

 それに、人間の判断でもはっきり後手不利だ。

 このままじゃ駒を渡したときに寄せられる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「脱出ぅ! 8四歩ッ!」

 お、シーソーが動かなかったぞ。意外だな。

 以下、5九銀、6七金、6八歩、7八金、同飛、7一金と進んだ。


挿絵(By みてみん)


「わーっはっは! 平らになってきたぞッ!」

《むむむ……どこが悪かったのか……》

 先手の穴熊が薄くなって、そこがマイナス評価なんだろうな。多分。

 こっちは金銀2枚に復活した。

「このまま逆転するぜッ!」

《そうはさせない。7二金》

 同金、同角成、7一金、6三成桂、3二飛、7一馬、同馬。

《ここが急所だな。7四歩ぅおッ!?》


挿絵(By みてみん)


 完全に平らになった。互角だ。

「なかなか面白い急所だったぜ」

《ぐぅ、なぜこの手が悪手なのだ》

「ソフトの評価をいちいち気にしてたら負けだ」

 このセリフに、毛利もうりはやたら感心した。

《たしかに、大学の合格判定も気にすると美容によくない》

 いや、それは気にしろよ。

 あたしは呆れながら7四同銀とした。

 6四金(ここで逆転)、6三銀、同金、7二金。

 じわじわとあたしの座席が持ち上がる。

《一時撤退だ。6四金》

 その瞬間、あたしは重力に逆らって跳ねた。逆転だぁ!

 こんどは毛利を見下ろすかたちになる。


挿絵(By みてみん)


「穴熊は食らいつかないとダメだろ。6四金じゃなくて6四金打だったな」

《ぐッ……》

 あたしは3七角と反撃に出た。

 7九飛、6七桂、同歩、同歩成、6八歩、5八歩。

 上げ下げは激しいが、一貫して後手有利。

 6七歩、5九歩成、6三銀、6八銀、7八飛。

「泣く子も黙る、と金攻め。6九と」


挿絵(By みてみん)


 たしかな手応え。形勢は400〜500くらいで後手持ち。

 あたしのほうは金銀飛馬で守ってるから固い。

 毛利は7四歩から食らいついてくる。

「それは無視ッ! 5九角成ッ!」

 7二銀成、同飛。

 ここで毛利が悪手を指した。

《6三金打ぃひいッ!?》

 1000を超える上がり方。あたしは7九銀打とする。

 7三歩成、同桂、同金上、8八銀成、同飛。

「7九銀不成」

《な、7二金右》


挿絵(By みてみん)


 グーッとシーソーが傾く。来たな、2000の大台。

「最後の突撃ってか。清算して終わりだ。同馬」

 8一金、同馬、8三桂、同銀、8二銀。

 シーソーはますます傾いた。

 地上からはゆうに10メートルはありそうな高さだ。

「いやあ、気持ちいいねぇ。見晴らしがいい」

 風を受けながら、あたしは瀬戸内海を一望した。

「そこのお客さんッ! シートベルト外して立たないでくださいッ!」

 大丈夫だって、バランス感覚はいいんだ。

「ほいじゃ、取って終わり。8二馬」

 あたしはタブレットをちゃちゃっといじった。


 パシーン!


挿絵(By みてみん)


 ……は?

 あたしの視界は重力に引きずられ、体が宙を舞った。


  ○

   。

    .


「……さん……わさん……」

 あたしは目を開けた。歩夢あゆむの顔が大写しになる。

 んー、ついに王子様のご登場か。ぶちゅう。

不破ふわさん、なにしてるの?」

「……はッ!」

 あたしは上半身を起こした。

「い、生きてる?」

「だね」

 あたしはその場で地面をたたいた。

「やっぱ欠陥品じゃねぇかッ! 人身事故だぞッ!」

かえでさんがシートベルトを外したのが悪いと思うよ」

 くそぉ、まさか指し間違えるとは。

 王手放置禁止機能くらいつけとけよ。

「しかし、なんであたしは生きてるんだ?」

「すごく哲学的な問いだね」

「そういう意味じゃねぇよ。どっかに引っかかったのか?」

「拙者が助けたのだ」

 げげッ、この声は――顔を上げると、神崎かんざきが仁王立ちしていた。

「まったく、拙者がいなければ死んでいたぞ」

「くッ……サンキュ。それにしても、なんで神崎がここに?」

「忍者が遊園地にいてはいかんのか」

 そもそも忍者がいること自体が納得いかんだろ。

 神崎はあたしたちをじろじろ見て、

「さては貴様ら、逢引あいびきだな?」

 と尋ねた。ぎくぅ。あたしは話を逸らす。

「神崎こそ、おひとりさまか?」

「おはな殿と丸子まるこ殿も一緒だ」

「なんだ、けっきょく女同士か」

「女同士ではいかんのか」

 あたしは反論せずに立ち上がった。ケツと膝の砂を払う。

「で、将棋はどうなった?」

 歩夢は、全敗だと答えた。

「不破さんのところは、最後ポカしなければ1勝だったかな」

「チェッ……おい、毛利もうり、参ったと言え」

 毛利は呆れたように、

「王手放置は反則だろう」

 と反論した。これには文句のつけようがない。

「HAHAHA、楽しかったデース」

 元凶が笑った。だいたいこいつのせいだ。

「こんど世論調査があったら基地反対に1票入れてやるからな」

「ベースはI国だから、H島県人関係ないデース」

 あたしはドッと疲れを感じた。運動して頭を使ったせいか、それとも心労か。

 ポケットをまさぐって、食事券がなくなっていないことを確認する。

「歩夢、安奈あんな、そろそろ飯食いに行こうぜ」

「もう一局指さない?」

 あたしは歩夢の頭を押さえつける。

「腹減ったよなぁ?」

「はい」

 よし、混む前に行くぞ。全速前進。


 *** 少年少女、なんだかんだで行列中 ***

 

「次のお客様、どうぞ」

 30分以上並んだな。あたしたちは窓際の4人席に案内される。

「こういうのもらったんだけど、オッケー?」

 あたしは食事券を見せた。店員は、

「承りました。ランチメニューから1品ずつご注文ください」

 と答えた。詫び券なのに、しけてんなぁ。どれどれ。

 あたしたちはメニューとにらめっこした。

「んじゃ、この瀬戸内のパスタで」

「僕もそれにしようかな」

 歩夢が便乗してきた。

「こっちのハンバーグにしろよ」

「え? なんで?」

「ふたりで分けたら2種類食べれるだろ」

 あたしって頭いいなぁ。うまい口実ができた。

 安奈と並木なみきも同じように分けることになった。

「Aランチ2つ、Bランチ2つ」

 店員はメニューを持ってさがる。あたしは予習しておいた会話をする。

「歩夢と遊園地にいると、いつもより楽しいな」

「え、そうなの? やっぱり将棋指したから?」

 んなわけないだろ。あれはアクシデントだ。

「僕は萩尾はぎおさんに当たったけど、瞬殺されちゃった。さすがはY口ナンバーワンの女流だよね。早乙女さおとめさんとの勝負が楽しみだなぁ。日日杯は、不破さんも見に行くよね?」

「ま、まあな。師匠も出るし、スタッフだし」

「あれって招待制なの? もしかして一般人は入れないとか?」

 そう言われてみると、会場がホテルだから制限されてる気がする。

駒桜こまざくらからは選手もスタッフもけっこう出るし、まぎれたら分かんないだろ」

「狭い世界だから顔バレしない?」

「いちいちそんなの気にして……っと、飯が来た」

 あたしたちのまえにパスタが2皿、ハンバーグ定食が2皿並べられた。

 パスタは海鮮で、きエビとブロッコリーの盛り合わせにクリームがかかっていた。

 ハンバーグはマッシュルームの入ったデミグラスソースにサラダとパン。

「いやあ、両方頼んで正解だったな。いただきまーす」

 あたしはパスタをぐるぐるやって口に運ぶ。

「うーん、うまい」

 あたしは舌鼓を打った。歩夢もハンバーグをおいしそうに頬張る。

「さすがは中国地方最大のテーマパークだね」

 しかもタダ飯だもんなぁ。

「歩夢、交換しようぜ」

 あたしは歩夢のハンバーグをひと切れもらった。反対にパスタを盛ってやる。

「ところで、午後はどうする? 一発目にジェットコースター行くか?」

「食後にアレ乗るの、胃に悪そう。ちょっとブラブラしない?」

「ブラブラしてどうするんだよ。公園じゃないんだぞ」

「パンフレットある?」

 あたしはポケットから丸めたパンフを取り出した。

「えーと、今いるところは……」

「行儀悪いぞ。食い終わってからにしろ」

 このハンバーグもうまいな。いい合挽あいびき肉使ってる。

 あたしがもぐもぐしてるまえで、安奈は並木の口もとを拭いていた。

「ソースがついてるわよ」

「ありがとう。正力しょうりきさんにいつも拭いてもらってる気がする」

「これからもずっと拭いてあげるわよ」

 はいはい、お幸せに、っと――

「ああッ!」

 うわッ、びっくりした。大声立てるなよ。

「なんだ、歩夢? ゴキブリでも入ってたか?」

「す、すごい。御面ライダー幽玄ゆうげんショーで主演の天王寺てんのうじりょうが来てるッ!」

 だれだよ、それ。

「おまえ、高校生にもなって御面ライダー観てるのか……」

 ところが、これに並木が食いついてきた。

駒込こまごめくん、それほんと? 代理のひとじゃない?」

「出演者名簿に本人の名前があるよ」

 歩夢は並木にパンフレットを見せた。

 おいおい、ちょっと待て。この流れはイヤな予感がするぞ。

「……ほんとだ。天王寺了って書いてある」

「トークショーがあるのかな? 1時からになってるね。観に行く?」

「H島に本人が来るなんて、たぶんもうないよ。サインもらおう」

 男子2人は急いで残りをたいらげた。え、ちょ、ま。

 

 *** 夢見がちな少年たち、アタリー中央公園へ移動中 ***

 

 うわぁ、なんだこれは。めちゃくちゃ人がいるぞ。

 子供連れの家族から、追っかけくさい女まで大量に集まっていた。

 1時の鐘がなり、舞台のうえにひとりの青年が現れた。

 会場がドッと騒がしくなる。

「御面ライダー! パパ、御面ライダーだよ!」

「了くん、こっち見てぇ」

 あたしは後ろ髪を掻いて、デザートの飴玉を噛みしめる。

 まいったな。デートがめちゃくちゃだ。

「おい、歩夢、これじゃサインは無理……ん?」

 いない。あたしは周囲を見回す――はぐれたっぽい。

「チッ、こうなったらいったん出るか」

 あたしは人混みが苦手だから、ちょっと下がろうとした。

 そのとき、誰かと背中がぶつかった。

「っと、わりぃ……ああッ!」

場所:アタリー

先手:不破 楓

後手:毛利 輝子

戦型:相穴熊


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲2五歩 △5二飛

▲4八銀 △5五歩 ▲6八玉 △3三角 ▲7八玉 △4二銀

▲5八金右 △6二玉 ▲6六歩 △7二玉 ▲6七金 △8二玉

▲7七角 △5三銀 ▲8八玉 △9二香 ▲9八香 △9一玉

▲9九玉 △8二銀 ▲7八金 △6四歩 ▲8八銀 △7一金

▲5九銀 △6二銀 ▲6八銀 △5一金 ▲3六歩 △5四飛

▲4六歩 △6三銀 ▲7九銀右 △6二金左 ▲5九角 △4四飛

▲3七角 △7四銀 ▲4八飛 △6五歩 ▲同 歩 △同 銀

▲6六歩 △7四銀 ▲2六角 △6四飛 ▲3七桂 △3五歩

▲同 角 △1五角 ▲3八飛 △3四歩 ▲6二角成 △同 飛

▲2四歩 △4七角 ▲3九飛 △2四角 ▲4五桂 △1五角

▲5三桂成 △2二飛 ▲6八銀 △4八角成 ▲7九飛 △3六角成

▲4三成桂 △6五歩 ▲3二歩 △5六歩 ▲同 金 △5五歩

▲同 金 △6六歩 ▲5六金 △5八歩 ▲6二歩 △2六馬寄

▲5二金 △6二金 ▲同 金 △同 馬 ▲5三金 △同 馬

▲同成桂 △2六馬 ▲5四成桂 △5九歩成 ▲7五歩 △8五銀

▲6三角 △8四歩 ▲5九銀 △6七金 ▲6八歩 △7八金

▲同 飛 △7一金 ▲7二金 △同 金 ▲同角成 △7一金

▲6三成桂 △3二飛 ▲7一馬 △同 馬 ▲7四歩 △同 銀

▲6四金 △6三銀 ▲同 金 △7二金 ▲6四金 △3七角

▲7九飛 △6七桂 ▲同 歩 △同歩成 ▲6八歩 △5八歩

▲6七歩 △5九歩成 ▲6三銀 △6八銀 ▲7八飛 △6九と

▲7四歩 △5九角成 ▲7二銀成 △同 飛 ▲6三金打 △7九銀打

▲7三歩成 △同 桂 ▲同金上 △8八銀成 ▲同 飛 △7九銀不成

▲7二金右 △同 馬 ▲8一金 △同 馬 ▲8三桂 △同 銀

▲8二銀 △7二馬


まで152手で不破の反則負け

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ