291手目 毒喰わば皿まで
※ここからは不破さん視点です。
「楓さん、好きなひとができたの?」
「ぶふぅ!」
あたしは飲んでいたコーラを吹き出した。目の前の安奈にかかる。
「そそそそそそんなわけないだろ」
「丸わかりなんだけど……楓さん、けっこう態度に出るタイプね」
くそぉ、誰だ、市外の連中にしゃべったやつは。いずれにせよ曲田はあとで殺す。
安奈は紙ナプキンで顔を拭きながら、
「で、告白するの?」
とたずねた。なんでそう単刀直入なんだ。
「……断られたら恥ずかしい」
「そうよね。断られたときに人間関係がどうなるかとか、いろいろ気になるわよね」
安奈も片想い組だからなぁ。お相手は幼なじみの並木通だ。今はH島市内の修身高校の寮に入ってる男子で、中学までは安奈と同じで七日市市に住んでいた。
「楓さんも、夜中に好きな男子のことを考えてドキドキしたりするの?」
「おまえ、やたら食いついてくるな。チクッたのは誰だ?」
「私も寝るまえに並木くんのことが頭に思い浮かんで、ドキドキするわ」
ひとの話を聞けよ。自分語りしたいだけじゃないだろうな。
「まあ、そういうことも……ある」
「うふふ、楓さんも普通の女子高生なのね。昨日なんか……」
「ちょっとちょっとッ!」
ここで3人目の参加者、青來が割り込んできた。
「なんだよ?」
「ふたりとも、なに恋話始めてるんですかッ! 私はその会話に入れないッ!」
「入りゃいいだろ。青來は好きなひととかいないのか?」
「いませんッ!」
なるほど、男抜きで青春一筋か。やるな。
こいつ、気質が体育会系なんだよなぁ。大きなリボンつけたりしてるくせに。
「じゃあエア片想いで入れよ」
「え、エア片想いッ!?」
青來、マジメに悩む。フェイントが効いたところで、安奈との会話にもどした。
「安奈、今の話、どのあたりまで広がってる?」
「F山の早乙女さんも知ってたし、県境までは到達してるんじゃない?」
ま〜が〜た〜ッ! 絶対に殺すッ!
っていうか、だれだよしゃべったのは? 自称宇宙人か?
「お相手はだれなの? まさか並木くんじゃないわよね?」
ん、相手が歩夢ってことはバレてないのか。
「ちげぇよ」
安奈は胸をなでおろした。
「よかったわ。場合によっては、私たちのどちらかが日没を拝めないところだったから」
物騒だなぁ。なにで決着をつけるんだよ。将棋か? 殴り合いか?
いずれにせよ並木が判断することだろ。仮にあたしが安奈とバッティングしててもな。
「で、告白するの?」
安奈は、興味津々と言ったようすだ。
「おまえが先に告白しろよ」
「そ、それは……」
「並木のことだから、強引に押したらいけるんじゃないか?」
安奈は顔を赤くする。
「でも、強引にいって将来もうまくいくとは限らないでしょ? それに、並木くんは一見気が弱そうだけど、芯の強いところがあるの。大事なことは自分で決めれるし、このまえも日日杯の打ち合わせで、きっちりと自分の意見を通していたわ。私は彼のそういうところが好き。じっと見守ってあげたいタイプでもあり、頼れる男でもある。これって……」
はいはいはい、話が長い。
「分かりましたッ!」
うわ、びっくりした。青來がいきなり大声で挙手した。安奈の独り言をさえぎる。
「なにが分かったんだ?」
「テニス部のコーチという設定でいきますッ!」
「ほ、ほんとにエア彼氏で参戦するのか……」
しかもすげぇ年上じゃねぇか。コーチってことは少なくとも20代だろ。
「で、そのコーチがどうしたんだ?」
「テニス部に入った東雲青來は、お蝶々夫人と呼ばれる令嬢にレギュラー争いを阻まれてしまうのですッ! そこへ現れたのが若き男性コーチ! 炎の妖精! 世界大会出場を目前に事故で選手生命を絶たれた彼は、東雲青來の素質を見抜き、猛特訓を始めるのでありましたッ! 『第1話 あきらめんなよッ!テニスの王女様!』乞うご期待ッ!」
はいはいはい、話が長い。
「どこかで聞いたような設定が、いろいろ混ざってるような気がするわね」
「安奈、青來の話はマジメに考えないほうがいいぞ」
「ああッ! ひとに参戦を要求しておいて、なんですかそれはッ!」
あのなぁ……あたしはコーラのグラスを手にした格好で、
「あたしが聞きたいのは恋話なの。熱血スポ根の煽り文句じゃない」
と答えた。
「熱血なくして恋愛なしですッ!」
「んなわけないだろ。その体育会系の思考からちょっと離れろ」
青來はドカリと椅子に座りなおした。
「そもそも、恋話しに集まったわけじゃないでしょうッ!」
いや、そもそもテーマを決めて集まってるわけじゃないだろ。あたしと安奈と青來は、たまにH島市内でいっしょに遊ぶってだけだ。今は夕方。ショッピングなんかを終えて、駅前の喫茶店で帰りのタイミングを計ってるところ。
「つーわけで、安奈、並木に告白しろ。おまえがうまくいったら、あたしもする」
「あら、ちょうど正反対のことを考えていたのよ。楓さんがお先にどうぞ」
くそぉ、見合いか。
「将棋関係者を集めて、ふたり同時にやりましょうッ!」
なんでバラエティ番組みたいなことしないといけないんだよ。
「さあッ! お目当の男性に告白をどうぞッ!」
「安奈、乗ってやれ」
「幼いころから、ずっと並木くんのことを見てきました。いいところも悪いところも、全部納得済みです。幼なじみの関係を超えて、ひとつ深いおつきあいをしてください」
……………………
……………………
…………………
………………
「安奈、それ脳内でシミュレーションしたことがあるだろ?」
「ぎくッ」
「よどみがなさすぎですッ!」
「だったら楓さんは、一度もそういう妄想をしたことがないっていうの?」
こいつマジで減らず口だな。
「そ、そりゃあるけどよ……」
「だったら、楓さんのも見せて欲しいわね。私はやったんだから」
くそぉ、墓穴を掘っちまった。
あたしはグラスを置いて、こほんと咳払いをする。
「……おまえのこと、いっぱいチュキ」
……………………
……………………
…………………
………………
「ひとにやらせといてなんでノーコメなんだよッ! 恥ずかしいだろッ!」
「キャラが変わりすぎですッ! さすがに引きますよッ!」
「楓さん、けっこうカワイイところがあるのね」
「うっせぇ、あたしは可愛さのかたまりだぞ」
「……」
「……」
「だから沈黙するなって言ってるだろッ!」
なんだなんだ、あたしの可愛さが伝わらないのか。減点だぞ、減点。
「分かりましたッ! ギャップ萌えですねッ! カン違い乙女チック不良少女と足の臭い美少女の告白合戦ッ! 高視聴率まちがいな……もごぉ」
「楓さん、そっちの手を縛って」
はいよっと。観葉植物のうしろに捨てて終わり。
あたしは手をはたいて、コーラを飲みなおした。
「萌えとか燃えとか、そういうのはよく分かんねぇんだよなぁ」
「いずれにせよ、大事なのは雰囲気作りよね」
安奈、無難にまとめたな。
そうなんだよなぁ、雰囲気作り。あたしの苦手とするところだ。
歩夢といると、どうしても将棋の話をしちまう。
「楓さんのお相手は、どういうタイプの男子なの?」
「内偵禁止」
「タイプが分からなかったら、アドバイスのしようがないと思うのだけれど」
それは、そう。っていうか、べつに安奈たちに手伝ってくれって言った覚えはない。
「あたしはあたしで、のらりくらりとやっていくのさ」
ちょっと気取っちまったかな、と思いきや、安奈はやたら噛みついてきた。
「ダメよ。人生100年時代とはいえ、若い期間は伸びてないんだから」
「10代でそれを言うかね……」
安奈はカバンから一枚のチケットを取り出した。
遊園地アタリーのカップルチケットだった。目の前で左右にひろげる。
「ツーペア分あるんだけど、楓さんも、どう?」
くッ……こいつ、獣の目をしてやがる。腹をくくったな。
あたしは長考した。
「……ひとつ約束しろ。あたしのお相手の名前は絶対漏らすな」
「もちろん約束するわ。で、だれなの?」
あたしは飲み干したグラスをテーブルに置いた。
「誘いに乗ってくれるか分かんねぇし、会ってからのお楽しみ」
「そう……じゃ、解散しましょうか」
あたしたちは代金を払って、喫茶店を出た。H島駅に向かう。1番線でI国行きの電車を待った。なんかノリで受けちまった気もするが……ま、いっか。どうせこのまま仲良し男女を続けてても、しょうがないしな。それに……師匠と宇宙人の付き合いを見せつけられて、フラストレーションが溜まってたみたいだ。
待ってろよ、歩夢ぅ。毒喰わば皿までいくぜ。
「ところで、なんか忘れてねぇか?」
「気のせいでしょ」




