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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第29局 不破楓、両想いに踏み切る(2015年6月20日土曜)
303/686

291手目 毒喰わば皿まで

※ここからは不破ふわさん視点です。

かえでさん、好きなひとができたの?」

「ぶふぅ!」

 あたしは飲んでいたコーラを吹き出した。目の前の安奈あんなにかかる。

「そそそそそそんなわけないだろ」

「丸わかりなんだけど……楓さん、けっこう態度に出るタイプね」

 くそぉ、誰だ、市外の連中にしゃべったやつは。いずれにせよ曲田まがたはあとで殺す。

 安奈は紙ナプキンで顔を拭きながら、

「で、告白するの?」

 とたずねた。なんでそう単刀直入なんだ。

「……断られたら恥ずかしい」

「そうよね。断られたときに人間関係がどうなるかとか、いろいろ気になるわよね」

 安奈も片想い組だからなぁ。お相手は幼なじみの並木なみきとおるだ。今はH島市内の修身しょうしん高校の寮に入ってる男子で、中学までは安奈と同じで七日市なのかいち市に住んでいた。

「楓さんも、夜中に好きな男子のことを考えてドキドキしたりするの?」

「おまえ、やたら食いついてくるな。チクッたのは誰だ?」

「私も寝るまえに並木くんのことが頭に思い浮かんで、ドキドキするわ」

 ひとの話を聞けよ。自分語りしたいだけじゃないだろうな。

「まあ、そういうことも……ある」

「うふふ、楓さんも普通の女子高生なのね。昨日なんか……」

「ちょっとちょっとッ!」

 ここで3人目の参加者、青來せいらが割り込んできた。

「なんだよ?」

「ふたりとも、なに恋話こいばな始めてるんですかッ! 私はその会話に入れないッ!」

「入りゃいいだろ。青來は好きなひととかいないのか?」

「いませんッ!」

 なるほど、男抜きで青春一筋か。やるな。

 こいつ、気質が体育会系なんだよなぁ。大きなリボンつけたりしてるくせに。

「じゃあエア片想いで入れよ」

「え、エア片想いッ!?」

 青來、マジメに悩む。フェイントが効いたところで、安奈との会話にもどした。

「安奈、今の話、どのあたりまで広がってる?」

「F山の早乙女さおとめさんも知ってたし、県境けんざかいまでは到達してるんじゃない?」

 ま〜が〜た〜ッ! 絶対に殺すッ!

 っていうか、だれだよしゃべったのは? 自称宇宙人か?

「お相手はだれなの? まさか並木くんじゃないわよね?」

 ん、相手が歩夢あゆむってことはバレてないのか。

「ちげぇよ」

 安奈は胸をなでおろした。

「よかったわ。場合によっては、私たちのどちらかが日没を拝めないところだったから」

 物騒だなぁ。なにで決着をつけるんだよ。将棋か? 殴り合いか?

 いずれにせよ並木が判断することだろ。仮にあたしが安奈とバッティングしててもな。

「で、告白するの?」

 安奈は、興味津々と言ったようすだ。

「おまえが先に告白しろよ」

「そ、それは……」

「並木のことだから、強引に押したらいけるんじゃないか?」

 安奈は顔を赤くする。

「でも、強引にいって将来もうまくいくとは限らないでしょ? それに、並木くんは一見気が弱そうだけど、芯の強いところがあるの。大事なことは自分で決めれるし、このまえも日日杯の打ち合わせで、きっちりと自分の意見を通していたわ。私は彼のそういうところが好き。じっと見守ってあげたいタイプでもあり、頼れる男でもある。これって……」

 はいはいはい、話が長い。

「分かりましたッ!」

 うわ、びっくりした。青來がいきなり大声で挙手した。安奈の独り言をさえぎる。

「なにが分かったんだ?」

「テニス部のコーチという設定でいきますッ!」

「ほ、ほんとにエア彼氏で参戦するのか……」

 しかもすげぇ年上じゃねぇか。コーチってことは少なくとも20代だろ。

「で、そのコーチがどうしたんだ?」

「テニス部に入った東雲しののめ青來せいらは、お蝶々夫人と呼ばれる令嬢にレギュラー争いを阻まれてしまうのですッ! そこへ現れたのが若き男性コーチ! 炎の妖精! 世界大会出場を目前に事故で選手生命を絶たれた彼は、東雲青來の素質を見抜き、猛特訓を始めるのでありましたッ! 『第1話 あきらめんなよッ!テニスの王女様!』乞うご期待ッ!」

 はいはいはい、話が長い。

「どこかで聞いたような設定が、いろいろ混ざってるような気がするわね」

「安奈、青來の話はマジメに考えないほうがいいぞ」

「ああッ! ひとに参戦を要求しておいて、なんですかそれはッ!」

 あのなぁ……あたしはコーラのグラスを手にした格好で、

「あたしが聞きたいのは恋話こいばななの。熱血スポ根の煽り文句じゃない」

 と答えた。

「熱血なくして恋愛なしですッ!」

「んなわけないだろ。その体育会系の思考からちょっと離れろ」

 青來はドカリと椅子に座りなおした。

「そもそも、恋話こいばなしに集まったわけじゃないでしょうッ!」

 いや、そもそもテーマを決めて集まってるわけじゃないだろ。あたしと安奈と青來は、たまにH島市内でいっしょに遊ぶってだけだ。今は夕方。ショッピングなんかを終えて、駅前の喫茶店で帰りのタイミングを計ってるところ。

「つーわけで、安奈、並木に告白しろ。おまえがうまくいったら、あたしもする」

「あら、ちょうど正反対のことを考えていたのよ。楓さんがお先にどうぞ」

 くそぉ、見合いか。

「将棋関係者を集めて、ふたり同時にやりましょうッ!」

 なんでバラエティ番組みたいなことしないといけないんだよ。

「さあッ! お目当の男性に告白をどうぞッ!」

「安奈、乗ってやれ」

「幼いころから、ずっと並木くんのことを見てきました。いいところも悪いところも、全部納得済みです。幼なじみの関係を超えて、ひとつ深いおつきあいをしてください」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「安奈、それ脳内でシミュレーションしたことがあるだろ?」

「ぎくッ」

「よどみがなさすぎですッ!」

「だったら楓さんは、一度もそういう妄想をしたことがないっていうの?」

 こいつマジで減らず口だな。

「そ、そりゃあるけどよ……」

「だったら、楓さんのも見せて欲しいわね。私はやったんだから」

 くそぉ、墓穴を掘っちまった。

 あたしはグラスを置いて、こほんと咳払いをする。

「……おまえのこと、いっぱいチュキ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「ひとにやらせといてなんでノーコメなんだよッ! 恥ずかしいだろッ!」

「キャラが変わりすぎですッ! さすがに引きますよッ!」

「楓さん、けっこうカワイイところがあるのね」

「うっせぇ、あたしは可愛さのかたまりだぞ」

「……」

「……」

「だから沈黙するなって言ってるだろッ!」

 なんだなんだ、あたしの可愛さが伝わらないのか。減点だぞ、減点。

「分かりましたッ! ギャップ萌えですねッ! カン違い乙女チック不良少女と足の臭い美少女の告白合戦ッ! 高視聴率まちがいな……もごぉ」

「楓さん、そっちの手を縛って」

 はいよっと。観葉植物のうしろに捨てて終わり。

 あたしは手をはたいて、コーラを飲みなおした。

「萌えとか燃えとか、そういうのはよく分かんねぇんだよなぁ」

「いずれにせよ、大事なのは雰囲気作りよね」

 安奈、無難にまとめたな。

 そうなんだよなぁ、雰囲気作り。あたしの苦手とするところだ。

 歩夢あゆむといると、どうしても将棋の話をしちまう。

「楓さんのお相手は、どういうタイプの男子なの?」

「内偵禁止」

「タイプが分からなかったら、アドバイスのしようがないと思うのだけれど」

 それは、そう。っていうか、べつに安奈たちに手伝ってくれって言った覚えはない。

「あたしはあたしで、のらりくらりとやっていくのさ」

 ちょっと気取っちまったかな、と思いきや、安奈はやたら噛みついてきた。

「ダメよ。人生100年時代とはいえ、若い期間は伸びてないんだから」

「10代でそれを言うかね……」

 安奈はカバンから一枚のチケットを取り出した。

 遊園地アタリーのカップルチケットだった。目の前で左右にひろげる。

「ツーペア分あるんだけど、楓さんも、どう?」

 くッ……こいつ、獣の目をしてやがる。腹をくくったな。

 あたしは長考した。

「……ひとつ約束しろ。あたしのお相手の名前は絶対漏らすな」

「もちろん約束するわ。で、だれなの?」

 あたしは飲み干したグラスをテーブルに置いた。

「誘いに乗ってくれるか分かんねぇし、会ってからのお楽しみ」

「そう……じゃ、解散しましょうか」

 あたしたちは代金を払って、喫茶店を出た。H島駅に向かう。1番線でI国行きの電車を待った。なんかノリで受けちまった気もするが……ま、いっか。どうせこのまま仲良し男女を続けてても、しょうがないしな。それに……師匠と宇宙人の付き合いを見せつけられて、フラストレーションが溜まってたみたいだ。

 待ってろよ、歩夢ぅ。毒喰わば皿までいくぜ。

「ところで、なんか忘れてねぇか?」

「気のせいでしょ」


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