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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第28局 ニャンと猫山さんに彼氏!?(2015年6月16日火曜)
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288手目 かけなおされた写真

裏見うらみ先輩……」

「……」

「裏見先輩……」

 私は名前を呼ばれていることに気づいた。

 顔をあげると、飛瀬とびせさんがこちらを見ていた。

 ここは駒桜こまざくら高校女子将棋部の部室。週一のミーティングの最中だった。

「新規部室の獲得について、この作戦でいいですか……?」

 配られた参考資料を、私はぺらぺらとめくりなおした。

 マル秘と書かれたそれは、TRPG同好会と戦うためのプランらしい。

 私は軽くタメ息をついて、

「2年生以下で決めてちょうだい」

 と返した。正直、部室を大きくしていいのかどうか、判断がつきかねた。もちろん、狭いのはイヤ。でも、飛瀬さんたちが部室を大きくしようとしているのは、駒桜の将棋部を男女混合に戻したいと思っているからだ。そういう画策は歓迎しない。

「えーと……それでは引き続き審議するということで……」

 なんか無難におさめたわね。大丈夫かしら。

 もちろん、干渉する気はほんとにない。私はしばらくぼんやりする。

 福留ふくどめさんが話しかけてきた。

「裏見先輩、なんかあったんですか?」

「べつに」

「先輩、最近冷たくないですか?」

 そういうつもりはないけど……んー、やっぱり態度に出てる?

 私はちょっと意識を変えて、今悩んでいるテーマを振ってみることにした。

「仮に、の話だけど……自分の彼氏がいきなり目の前からいなくなったら、どうする?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え、なにこの空気。

 飛瀬さんは同情のまなざし。

「裏見先輩……ついにこの日が来てしまいましたね……」

 来島さんも携帯ゲーム機から顔をあげて、

「やっぱり早めにキープしといたほうが、よかったと思いますよ?」

 と言った。

「じゃけん、新しい男を探しましょうねぇ〜」

 ??? 私はなんのことか尋ねた。

 飛瀬さんは、

松平まつだいら先輩にフラれたんですよね……?」

 と言った。

「は? なんでそうなるの?」

「違うんですか……?」

「違うわよ。『仮に』って言ったでしょ」

「地球人のその台詞、『これは実際にあったんだけど〜』以外に解釈できない……」

 ぐッ……たしかにそんな気はする。

 どう弁解したものか考えていると、葉山はやまさんと来島くるしまさんがひそひそ話を始めた。

「ねぇねぇ遊子ちゃん、ほんとに松平先輩のことじゃないのかな?」

「松平先輩、さっき廊下でピンピンしてたよ?」

「殺されてないのか……じゃあ違うっぽい」

 ちょっとちょっと、なんで私が嫉妬深い扱いになってるんですか。

 とはいえ、容疑は晴れたから放置しておく。

「で、みんななら、どうする?」

 部員は、おたがいに顔を見合わせた。

「彼が私のまえからいなくなるのはありえないってことで……」

 あのさぁ、「仮に」って言ってるでしょ。ラブラブアピールはいいから。

「宇宙人は仮定の話ができないの?」

「私が宇宙人という仮定、裏見先輩からは初めて聞いた気がする……」

「いいから、答えなさい」

「うーん……事件に巻き込まれてるかもしれないし、急いで捜すかな……」

 なるほど、合理的。飛瀬さん、言動は変だけど、こういうところで冷静なのよね。

「来島さんは?」

「待ちます」

「何年も帰って来なかったときは?」

「一生待ちます」

 えぇ……来島さん、意外と尽くす系?

「葉山さんは?」

「家に行ってみて、住所が変わってたら友だちのツテで捜します」

 ジャーナリストっぽい発想。

「福留さんは?」

「とりあえず泣くッ!」

馬下こまさげさん?」

「これも縁だと思ってあきらめます」

赤井あかいさん?」

「自分に嫌われるところがなかったか反省します」

 ほら、全員バラバラじゃない。私の見立てだと、猫山ねこやまさんはひっそりと自分で抱え込むタイプだと思う。そこに他人がほいほい干渉していいわけがない。けっきょく、タマさんのお節介なのよね。

 と、私が納得したところで、全員の目がこちらに向けられた。

「ん? どうしたの?」

「裏見先輩だけ回答しないの……ズルくないですか……?」

「おほほほ、受験勉強を思い出したわ。ごめんあそばせ」

「「「は?」」」

 

  ○

   。

    .


「こんにちは〜」

「いらっしゃーい」

 かろやかな鈴の音。私は八一やいちのカウンター席に腰をおろした。

香子きょうこちゃん、最近よく来るね」

「ここでコーヒー飲みながら勉強すると、はかどるんです」

「常連サマサマ。いつものコーヒー?」

 私はうなずいて、鞄から参考書をとりだした。

 三角関数の復習を――ん? 私はあたりを見回す。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………常連特有の違和感をおぼえる。なにか模様替えがあった予感。

 けど、椅子もテーブルもそのままだし、観葉植物や絵も……あれ?

 私は、カウンター奥の壁に目をとめた。1枚のカラー写真が貼ってあった。

「マスター、その写真、昔からありました?」

 マスターはお湯を沸かしながら、

「あ、気づかれちゃった?」

 と照れ笑いした。私は写真を観察してみる。路地裏で撮ったものらしく、木箱の上に猫が3匹写っていた。向かって一番左は短毛のグレーで、目が金色。典型的な猫って感じの猫。真ん中にいるのは、三毛猫。そのとなりで真っ白な猫が顔をなでていた。

「……マスター、猫ブームに便乗中?」

「これは僕が昔撮った写真だよ。高校生のときの作品。オリジナルはもっと小さいんだけど、引き伸ばして装飾用にアレンジしてみた」

 へぇ、マスター、写真もやってたんだ――あれ?

「最近作ったにしては、ちょっと色がくすんでませんか?」

「あ、うん。引き伸ばしたのは、もう何年もまえだよ」

 マスターは、黙ってコーヒーを淹れる。

 私は質問を続けたものか迷った。微妙なツボを突いてしまった気がする。

 陶磁のカップを出しながら、マスターは声をひそめた。

「これはね、猫山さんが来るまえに飾ってあったんだ。覚えてないかな?」

 猫山さんが来るまえ……あ、思い出した。そういえばこの写真、見たことある。

「思い出しました。同じ場所に飾ってありましたね。なくなったとき、『そこにあった猫の写真、どうしたんですか?』って訊いた記憶があります……でも、マスター、『額縁がくぶちが落ちて中身が破れたから捨てた』って言ってませんでした?」

「うん……ほんとは、はずしてしまってあったんだ」

 マスターは、猫山さんがその写真を見るとイヤそうな顔をしていたからだ、と答えた。

「はぁ……猫山さん、猫嫌いなんですね」

「ハハハ、猫山さん、なのにね」

 マスター、顔では笑ってるけど、やっぱりさみしそう。この写真を出したってことは、猫山さんはもう来ないと思っているようだ。

「この3匹の猫、地域猫ですか?」

「おじさんが高校生の頃は、地域猫っていう言い方はなかったかな。一番右の白い子は、駒桜神社の猫だったかな。今でもたまに見る気がする」

「あ、そう言えば、この白い猫、神社の境内けいだいにたまにいます」

 ってことは、かなりの高齢だ。あんまり動かないでゴロゴロしてる理由が分かった。

「じゃあ、真ん中の三毛猫は?」

 おじさんは腕組みをして、首をひねった。

「野良じゃないかな。その子は、写真を撮るときたまたまいたんだけど、ポール……あ、グレーの猫の名前ね。ポールと仲がいいみたいだったから、友だち猫かな?」

「ポールくん、一度もお目にかかったことないですけど、自宅で飼われてるんですか?」

 マスターは軽く目を閉じて、となりの空いた皿を片付けた。

「ある日、いきなりいなくなって……車にかれたんじゃないかな」

「あ、すみません……変なこと訊いちゃって……」

 マスターは笑った。

「いや、いいんだよ。どのみち寿命で今はいないと思うから……と、お客さんだ」

 カランと鈴の音が鳴る。マスターは、私の頭越しに挨拶した。

「いらっしゃい」

 私はちらりと振り向いた――むせてコーヒーを吹きかける。

 ドアのところに立っていたのは、あの外国人の少年だった。

「……はじめまして」

「どうぞ、お好きな席へ」

 お好きな席へ、と言っても、カウンター席しか空いていない。

 少年は周囲の注目を浴びながら、私のとなりに座った。

「……おまえ、昨日会った女だな」

 覚えられてるぅ。って、当たり前か。もろに顔見せちゃったし。

「メニューはそこにあるよ。壁に貼ってあるやつが本日のスペシャル」

 少年はメニューにも掲示物にも目をくれず、一枚の写真をとりだした。

 ちらりと盗み見た瞬間、私は唖然あぜんとする――猫山さんだ。

 どこで撮ったのか分からないけど、遊園地でアルバイトをしているシーンのようだ。

 少年は私ではなくマスターに写真をみせた。

「この女を捜している。知らないか?」

「さあ、知らないね」

「とぼけてもムダだ。ここで雇っているんだろう」

「仮にそうだとしても、教えてもらえないことくらいは分かるんじゃないかな?」

 マスターの口調は断固としていた。いつもの優しげな雰囲気は消えている。

 少年は表情を崩さず、しばらく押し黙った。

「今日来れば会えると思ったが……もしかして休んでるのか?」

「注文がないなら、帰ってもらおうか」

 マスターと少年の視線がぶつかる。

 これまで見たことのないマスターの威圧感に、少年のほうが根負けした。

「……分かった。帰らせてもらう」

 少年は席を立った。背中を向けかけたところで、ふと壁に視線をとめた。

「……この写真は?」

 少年は、例の猫の写真を指差した。

 マスターは、答えるかどうか迷ったらしい。最初は沈黙を選択しかけた。

「……それは、近所の猫たちだよ」

「左のシャルトリューは、まだ生きていると思うか?」

 私もマスターもびっくりした。写真の劣化具合から、古いって判断したの?

「……僕は多くを望まない性格でね」

 この答えに、少年は一瞬だけ悲しそうな顔をした。

「そうか……もう会うこともないだろう。アデュー、ムッシュ」

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