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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第27局 2015年度駒桜市新人戦(2015年6月14日日曜)
292/686

280手目 準決勝 曲田〔升風〕vs古谷〔清心〕(2)

 パシリと2八歩が指された。問題の局面。

 俺は、小技について考えてみた。

 だんだんとみえてくる。

「そうか……3五歩、同角に5五歩があるな」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 5五歩単体は意味がない。同角と取られてしまう。だから3五歩、同角とさせて、5五歩、2五桂に同歩、3八飛、5六歩。2枚換えになっている。3五歩に同飛は3四歩、3六飛と押さえてからゆっくりと角を成ればいい。

古谷ふるやの狙いは3五歩か?」

 俺の質問に、佐伯さえきもうなずいた。

「僕ならそこから同角、5五歩と突き出します」

「5六歩と銀をとったあとがむずかしいな。2枚換えとはいえ、先手に手を渡している。攻めるか守るかは先手次第だ」

「9八香としてしまった以上、一回は9九玉とするしかないと思います」

 危なくないか? 俺なら4四角……いや、さすがに5六歩と回収するか。5七歩成、同金のかたちは不気味すぎる。強く戦えない。

曲田まがたのお手並み拝見だな……っと、古谷が指すぞ」


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 曲田はかるくうなずいて、同角と取った。

 以下、5五歩、2五桂、同歩、3八飛、5六歩。

「一回は……同歩」

 曲田は5七歩成を防いだ。無難だとは思う。

 しかし、手番を古谷に渡してしまった。こんどは古谷がチョイスする番だ。

 古谷は30秒ほど読みなおして、桂馬を手にした。

「8四桂」


挿絵(By みてみん)


 ……厳しいな。次に7六桂(王手)、同銀、4九角がある。

「9九玉」

 曲田は穴熊に篭もった。

 これでも7六桂、同銀、4九角は成立するんだが……同銀と取らないつもりか?

「3四歩」

 古谷は深追いせずに、いったん局面をおさめた。

「7六桂に4四角の強攻を嫌ったくさいな。だが、本譜も角は引けない」

「そうですね。角を引けば、古谷くんから一方的に攻められます」

 古谷のやつ、ずいぶんと右玉を指しこなしてるな。

 やっぱり佐伯の入れ知恵があったんじゃないか。疑うぞ、俺は。

「4四角と突っ込んで、同銀、同歩までは確定か。佐伯なら、どうする?」

「そのまま8六歩と突きます。同歩、7六桂、同銀、4九角」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「先手劣勢か? この順は回避できない」

「まだ分かりません。4九角に4八飛と寄れば、次に4三歩成があります。7六角成、7七銀、5四馬、5五歩、5三馬と撤退させていくのがよいかと」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「後手のほうが固いですけど、先手も馬をつくってじわじわ行けば、あるいは」

 言われてみれば納得だ。

 すぐに4三角と打って、同金、同歩成、同馬、同飛成は後手が崩壊する。

「4三角から馬を作れそうか?」

「4三角は、放置して5九銀があるのでは」

 おっと、割打ちのゾーンに入ってるんだな。一回飛車を浮かないといけない。

「飛車をどこかに逃がしてから4三角だな。後手には1手余裕がある」

「消極的に指すなら4二歩ですね」


 パシリ

 

 盤面をみると、4四角が指されていた。

 同銀、同歩、8六歩、同歩、7六桂、同銀、4九角。

 外野の予想どおりに進んでいく。

 4八飛、7六角成、7七銀、5四馬、5五歩、5三馬。

「4七飛」


挿絵(By みてみん)


 曲田が選択したのは、飛車をひとつだけ浮くパターンだった。

 古谷が長考をはじめる。

「気合い入ってるな」

「新人戦は一回しかありませんから」

 佐伯はそう言って、口をつぐんだ。

 俺に対する失言だと思ったのかもしれない。

 俺は高1の前半、将棋部に所属していなかった。だから新人戦は出ていない。

 新人戦で優勝したのは裏見うらみだ。あのときの裏見なら、簡単に勝てた気がするな。

 だとすれば……まあ、たられば、だ。

 古谷はひたいに手をあてて、静かに瞑想していた。

 その姿勢のまま1分ほどが経過し、ようやくまぶたをあげた。

「3三桂」


挿絵(By みてみん)


 これは予想していなかった。

 ほかのギャラリーも、しばらく意味を理解しかねていた。

「佐伯は、この手がみえてたか?」

「一応。指すかどうかは微妙でした」

「狙いは?」

「4三角と打ち込まれたとき、5六銀でかわすのが目的です」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「単に5六銀打は4六飛で空振りになります。3三桂と跳ねておけば、4六飛に4五銀と当てて、4九飛、4三金、同歩成、同馬で駒得になります」

「なるほど、いい手だ。指すかどうか微妙ってのは?」

「先手は4三角と打たないかもしれない、ということです。打たれなかったとき、3三桂がどこまで利いてくるかは分かりません。2四角で狙われる可能性もあります」

「2四角は、どうだろうな。それこそ5六銀〜4五桂じゃないか?」

 この3三桂、いい手に思えてきた。

 曲田も悩んでいるようすだ。

 残り時間は、曲田が6分、古谷が8分。

 序盤の時間差はなくなったが、形勢にそのぶん反映されている。

「動くしかないか……」

 曲田はそう言って、端歩に手をかけた。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 周囲がざわついた。大胆な手だ。

「穴熊からの突き返しか。歩が多めにあるのを見越した手だな」

「はい、9五同歩には9二歩から叩けます」

 悪手ではない、ということで、俺と佐伯の大局観は一致した。

 が、さすがに取らないだろう、これは。

「5六銀」

 古谷もすぐに動いた。

 4九飛(4六飛は4五銀〜4四馬の完封がある)、4五桂、9四歩。

「9二歩」

 古谷はすなおに端をあやまった。

「9五桂」


挿絵(By みてみん)


 左から行くわけか。銀の入手可能性が高いのを見越した手だ。

「先手は次に4六飛っぽいな」

松平まつだいら先輩なら、5七桂成、同金、同銀成、8三角or8三銀と畳み掛けますか?」

「そうしたいのはやまやまだが、いいのかどうか……」

 4六飛のまえに、後手がなにを指すかにもよる。4四馬はないだろう。4六飛、5六桂成の瞬間に4四飛と抜かれてしまうからだ。かと言って、他に手もないような……5七銀打なんて重ねても意味ないしな。それこそ同金、同桂成、8三銀or8三角と打たれるのが目に見えている。

「先手を持ちたい気がしてきた」

「形勢判断が難しい将棋です。古谷くんがこの手を見落としているとは思いませんが」

 古谷に対する佐伯の信頼は厚いようだ。

 俺も、古谷が見落としているとは思えない。端攻めからの桂打ちは常套手段だ。

「端の反動を利用して、いっそのこと8三歩と打っておくのは、どうだ?」

「敢えて攻めさせる作戦ですか? 危ないような……」

「後手の陣形は、6一玉から逃げて行ったほうが広くていい。だったら、のちのち4四馬と取れると信じて、8三角だけ防いでおくのはアリだと思う」

 ただなぁ、8三歩と打つと、8一飛がなにやってんのか分かんないんだよな。

 曲田のほうも、そうとう楽になる。

 古谷がこの順を選ぶかどうかは、あやしい。

 俺と佐伯と歩夢あゆむは、黙って局面を見守ることにした。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 おおぉ、マジか……これは読んでなかった。

「9五銀と取るつもりですね」

 最初に狙いを喝破したのは佐伯だった。

「だけど、8三銀が受かってないぞ?」

「4六飛、5七桂成、同金、同銀成、8三銀は見えますが、これは5七桂成、同金のとき9五銀と先に出て、同香、5七銀成とすれば回避できます。9五銀に5六金なら8六銀と出られますから、さすがに手抜けません」

「なるほど……6五歩まで絡める手もあるな」

 9五銀〜6五歩〜8六銀まで成立したら、先手陣は崩壊する。

 曲田も正念場とみたらしく、腕組みをして前傾姿勢になった。

 猫背気味の姿勢が、ますます猫背になる。

「これしかないか……4六飛」

 古谷は勢いよく5七桂成と成った。

 曲田はすこし躊躇してから、6九金と無音で引いた。


挿絵(By みてみん)


「ひと目、6七銀成だが……」

 俺の第一感に佐伯も同意する。

「そうですね。6七銀成以外になさそうです」

 同金、同成桂、8三角以下で、後手が耐えてるかどうか。

 耐えてなさそうだなぁ。7七成桂が詰めろで、同桂に8七銀と打つのがまた詰めろ。

 先手は助かりそうにない。

「先手は攻めるまえに受ける必要がある」

 俺がそう言ったとたん、古谷は6七銀成とした。

「7六銀」

 曲田は銀を立った。催促したかっこうだ。

 7八成銀、同金、9五銀、同香、6五歩。


挿絵(By みてみん)


 出た。この手は痛烈だ。

 曲田はここで考えて、いよいよ1分将棋になった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「8七銀打」

 古谷は滑らせるように8四桂と置いた。

 先手は5四銀と置く暇があるかどうか。

 すぐには置けない。6四馬、6五歩、5五馬と進めば王手飛車だ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 曲田は5四銀を準備した。これなら6四馬とは出られない。

 古谷も1分将棋になる。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「7六桂」

 同飛、7五銀、6四桂、同銀直。

「1八角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 遠見の角。曲田渾身の一手。

 先に王手がかかったのは後手玉だった。

 古谷の6三桂に、曲田は6四歩と追撃する。

「やっぱ右玉は薄いな。パターンに入ったんじゃないか?」

「いえ、まだ上部が厚いです」

 佐伯は後手持ちで変わらないようだ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同馬」

 曲田は59秒ぎりぎりまで考えて、7五飛と切った。

 同馬、7六銀打。

「それは同馬だよ」


挿絵(By みてみん)


 決めに行った。

 曲田も予定外だったのか、「エッ?」という感じだった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同銀ッ!」

「6七銀ッ!」


挿絵(By みてみん)


「……しまったッ!」

 曲田の顔色が変わった。

 ムリもない。寄り筋だ。

 放置はもちろんないが、8七銀と引いても、7八銀成、同銀、6八成桂と入られる。

 8七銀打でも事情は変わらない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ

 

 曲田は8七銀打を選択した。

 7八銀成、同銀、6八成桂、8七銀打、7八成桂、同銀。

「6八飛」

 古谷は飛車を打ち下ろした。


挿絵(By みてみん)


 攻防の飛車打ち。6筋をタテに守りつつ、先手玉をヨコから攻めている。

 6四歩としている暇がない。

 先手の劣勢は、だれの目にも明らかになってきた。

 8七銀打、7九銀。ふたたび詰めろ。

「け、桂馬を使うしかない……8八桂」

「6六金」

 4五角打、6四歩――反撃の手段が消えた。

 曲田は猫背のまま、ジッと盤をみつめた。

 さきほどまでの焦りは消えて、いつもの憎ったらしい落ち着きをみせていた。

「もうすこし研究しておけばよかったよ……負けました」

「ありがとうございました」

 ギャラリーがどよめいた。と同時に、べつの方向から歓声があがった。

 なんだ? なにかあったか?

場所:2015年度 駒桜市高校新人戦 準決勝

先手:曲田 勝己

後手:古谷 兎丸

戦型:後手右玉


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲7八金 △8五歩

▲7七角 △3四歩 ▲8八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀

▲4八銀 △6二銀 ▲4六歩 △4二玉 ▲4七銀 △7四歩

▲5八金 △6四歩 ▲6八玉 △6三銀 ▲5六銀 △7三桂

▲1六歩 △1四歩 ▲4五歩 △6二金 ▲6六歩 △8一飛

▲3六歩 △3三銀 ▲3七桂 △9四歩 ▲9六歩 △5二玉

▲2五歩 △6一玉 ▲7九玉 △7二玉 ▲8八玉 △5四歩

▲4六角 △4二金 ▲6八金右 △5二金左 ▲9八香 △4四歩

▲2四歩 △同 歩 ▲3五歩 △同 歩 ▲2六飛 △3六歩

▲同 飛 △3八角 ▲2八歩 △3五歩 ▲同 角 △5五歩

▲2五桂 △同 歩 ▲3八飛 △5六歩 ▲同 歩 △8四桂

▲9九玉 △3四歩 ▲4四角 △同 銀 ▲同 歩 △8六歩

▲同 歩 △7六桂 ▲同 銀 △4九角 ▲4八飛 △7六角成

▲7七銀 △5四馬 ▲5五歩 △5三馬 ▲4七飛 △3三桂

▲9五歩 △5六銀 ▲4九飛 △4五桂 ▲9四歩 △9二歩

▲9五桂 △8四銀 ▲4六飛 △5七桂成 ▲6九金 △6七銀成

▲7六銀 △7八成銀 ▲同 金 △9五銀 ▲同 香 △6五歩

▲8七銀打 △8四桂 ▲6五歩 △7六桂 ▲同 飛 △7五銀

▲6四桂 △同銀上 ▲1八角 △6三桂 ▲6四歩 △同 馬

▲7五飛 △同 馬 ▲7六銀打 △同 馬 ▲同 銀 △6七銀

▲8七銀打 △7八銀成 ▲同 銀 △6八成桂 ▲8七銀打 △7八成桂

▲同 銀 △6八飛 ▲8七銀打 △7九銀 ▲8八桂 △6六金

▲4五角打 △6四歩


まで134手で古谷の勝ち

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