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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第27局 2015年度駒桜市新人戦(2015年6月14日日曜)
290/686

278手目 2回戦 曲田〔升風〕vs駒込〔市立〕(2)

挿絵(By みてみん)


 僕はスーッと飛車を逃げた。

 曲田まがたくんは質問をやめて、じっと盤をにらむ。

「さて……まだ50手台だけど、角換わりなら半分過ぎたかな」

「平均的には過ぎたかもね」

 僕はてきとうに答えた。続きを考える。

 曲田くんが6六歩と打つかどうか。これが焦点だ。

 手がおそくなってきてるし、研究ストックが切れてないかなぁ。

「ま、こうかな」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ああ、うーん、そうか、こう来たか。

 同銀に3六歩で、銀が死んでるわけだね。

 でも、5五銀と出る手がないかな?

 例えば、3五同銀、3六歩、5五銀、3五歩、6六歩。

 厳しくない? 僕が一番やりたかった金頭の叩きだよ。

 5五銀の瞬間に6六歩は、4六銀左と突っ込める。

 ただ、銀損ではあるんだよね。6六歩、7七金、7六歩、7八金(同金は6七銀。そこで5九玉と逃げたら、7六銀成で駒損が解消できる)、6七銀、同金、同歩成、同玉……もう一回6六歩かなあ。微妙に繋がらない気もしてきた。

「駒込くん、また悩んでるね」

「んー、6六歩が思ったより痛くないかも」

「4三銀と下がる?」

 それはできないなぁ。3五に拠点ができたら、後手はおしまいだ。

「形勢判断をミスったかも」

「じつは、ここまでがギリギリ研究範囲なんだよね」

 なんてこったい。あと一段のハシゴだったのに。踏み外してしまった。

 とはいえ、7二とに4一飛は必然だから、もっとまえでまちがってるね。

 とりあえず、冷静になろう。待ったできない以上、この盤面で考えるしかない。

 まず、3五同銀、3六歩までは確定。

 そのあとの反撃として、6六歩も確定だと思う。

 以下、7七金、7六歩、7八金、6七銀、同金、同歩成、同玉、6六歩。


挿絵(By みてみん)


 (※図は駒込くんの脳内イメージです。)

 

 ここで、先手がどう対応するか。

 7六玉から入玉含みで脱出してくる順、ありえなくはない。

 けど、曲田くんの性格からしてなさそう。人読みも使っていく。

 7八玉と危ないほうに逃げるのもない。6八玉or5八玉。

 先手としては5八玉〜4九玉が本命だろうけど、6七角が王手なんだよね。

 つまり、6七角に5九玉と引いた瞬間が、どこまで耐えているか。

 ……耐えてそうだなぁ。こっちは金と歩しかない。豪快な手が必要になってる。

「途中までは一直線っぽいから、ひとまず進めてみるね。同銀」

 3六歩、5五銀、3五歩、6六歩、7七金、7六歩、7八金。

 6七銀と打ち込んで、バラバラにする。

 同金、同歩成、同玉、6六歩、5八玉。

「そっちかぁ、じゃあ6七角」

 曲田くんは、ひとさし指を使ってスイっと5九玉。


挿絵(By みてみん)


 第一感は、7七歩成なんだよ。いきなり詰めろ。

 だけど、7七歩成、5八銀打みたいにがっちり受けられると困る。

 ……ん? そうでもない? 6八金とねじこんで、4九玉、5八金、同銀に4六銀と進撃すれば、けっこう怖くなるかも。6七銀なら同歩成……微妙? 6七銀としなければいいし、4七歩、3六歩、4六歩、3七歩成、同金と一回おさめておけば、次の3四桂が猛烈に厳しい。2二金一発で詰むからね。

 もっと強く先手陣に迫らないと。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………こうするか。

「4六銀」


挿絵(By みてみん)


 これには、曲田くんも目を見開いた。

「へえぇ……仮に研究してても、これは深く掘り下げなかっただろうな」

「過激でしょ?」

「時間は、僕のほうが圧倒的に残してるわけだが……どうなることやら」

 曲田くんは集中して読み始めた。

 これ、自暴自棄に見えるけど、目論見はあるんだ。4六同銀に4五歩。

 これを同桂は、罠にハマる。4七歩が利くから。


挿絵(By みてみん)


 (※図は駒込くんの脳内イメージです。)

 

 同金も3八金も4九金も、全部5八金で詰む。

 だからと言って、3三桂成は4八歩成から詰む。同玉に4六飛と走って、4七歩、3七銀、同玉、3六金、2八玉、2七金打、3九玉、3八金、同玉、4七飛成、2八玉、2七金、3九玉、3八金まで。3七銀捨てが見えたら、そこまでむずかしくはない。

 4七歩のところで4七金なら、4九金と打つ。パッと見、スジが悪いけど、3七玉には4八銀と打てる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は駒込くんの脳内イメージです。)

 

 4六玉で飛車を取るのは4五金の一手詰み。2八玉と逃げて、2七金、同玉、4七飛成とすれば、そのまま詰み。

 でね……一番悩んだのは、4九金に3八玉なんだ。直前の読みの大半は、このスライドが詰むかどうかの検証に使ってる。まず、4八金打と野暮ったく打って、2八玉(2七玉は4七飛成+4五角成があるから簡単に詰む)、2七銀、1七玉(同玉はさっきと同じ4七飛成+4五角成)、1六銀成、1八玉(2八玉なら2七成銀と押し売る)、4五角成。ここで合駒問題。3六銀は同馬、同金、1七銀までだよね。3六桂なら1七成銀、同玉、4七飛成、2七銀、3五馬と桂頭にスライドして、2六銀打に1六金!

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は駒込くんの脳内イメージです。)

 

 多分、これで詰んでる。

 同玉、1五歩、1七玉、1六歩、2八玉、3八金、同銀、1七歩成、同香、同香成、同銀、同龍。あるいは、1五歩のところで同銀なら、同香、同玉、1四歩、同玉、1三馬、1五玉、1四歩、1六玉、1五銀、1七玉、3五馬、2六香、同銀、1八玉、1七銀成まで。

 最初の3六桂合に代えて3六角合なら、同角、同金、2七角、同飛、同成銀、同玉、4七飛成として、3七金合なら同龍、同玉、4七飛で詰み。別の合駒なら、3八龍と刷り込んで詰み。やったね。

 曲田くんが詰まないと判断してこっちに突っ込んでくれたら、僕の勝ち。

 ただ、曲田くん、5分以上考えてるんだよね。これは読み切られちゃうかなぁ。

 けっきょく、曲田くんは残り10分を切るまで時間を投入した。

「だいたい分かった。4六同銀」

 僕はノータイムで4五歩と突き出す。

 曲田くんはさらに30秒使って、持ち駒の角に手を伸ばした。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ああ、バレちゃった。

 でも、これはこれで成功だ。4六歩と取り込んで、銀を回収する。

 先手もプレッシャーがかかってきた。

「さて、思ったより難しいな」

 曲田くんは、持ち駒の桂馬を空打ちした。

「銀損にはならなかったからね」

「それもあるし、先手陣は意外と狭い」

 たしかに。このまま4七銀or4七歩成と突っ込めれば、かなり怖くなる。

「というわけで、先に詰めろをかけようか。3四桂」

 厳しい。2二銀の一手詰めだ。

「大駒は近づけて受けよ。5四歩」

「近づかない2二銀」

 即打ちかぁ。3二玉に5四角とするつもりかな。

「3二玉」

「6八歩」


挿絵(By みてみん)


 受けたね。

 4七歩成か4七銀で勝ってるかもしれない。どっちも詰めろだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あれ、そうでもないな。3三銀成、同玉、2二銀で、王様が4筋に行っちゃう。

 4四玉で飛車先が止まって、詰めろじゃなくなるね。

 この追撃があるなら、金銀を渡すのは危ない。単に4七歩成として、3三銀成、同玉、2二銀、4四玉……ここで6七歩と手をもどすつもりかな。4八と、同玉、5五玉で王手角取り。でも、4二歩と止められて、6五玉、5六角以下は、こっちの負けだ。

「いや、まいったな。これ」

「後手劣勢だと実感?」

「実感」

 4六銀捨でも解決していなかった。残念。

「まだ諦めないよ。4七歩成」

 3三銀成、同玉、2二銀、4四玉。

「6七歩」

 同歩成は4七角で手が続かない。先に金を取ろう。

「4八と」

 当然の同玉に、僕は1分ほど考えた。

 残り時間は5分を切っているけど、あと10手くらいで決着がつきそう。

 どっちに転んでも、ここで使わない手はない。

「……3六金」


挿絵(By みてみん)


 上から押さえよう。

「ん、それは……?」

 曲田くんは、一瞬、銀に指が行った。でも、すぐにもどした。

 4五銀のつもりだったのかな。それは4五銀、5五玉のあと、3六銀とできない。空き王手で負けになる。飛車先が通るからね。先手玉も怖い位置にいるはずなんだ。

「これは安全策をとるか」

「とらないで」

「4五金」

 いたたた、前に出る手段がなくなっちゃった。

 僕は5三玉と下がる。4二歩、4七歩、5八玉、6四玉、6六歩。

 さすがに入玉できないよなぁ。

「7八銀」


挿絵(By みてみん)


 僕は詰めろをかけた。

「なんだかんだで一手差か。駒込くんの将棋は、しつこい」

「僕はしつこいよ」

 姉さんと一緒かな。頭金まで粘る。

「じゃあ、詰ませようか。7三銀」


挿絵(By みてみん)


 ……詰んだね。7五玉は8四角、5三玉は5四金。

 6六歩の時点で3手詰めだったから、しょうがない。

「負けました」

「ありがとうございました」

 僕はチェスクロを確認した。1分ほど残っちゃった。

「使い切ればよかったかな」

「なにを?」

「時間」

 曲田くんはお茶を飲んだ。キャップを閉める。

「いいんじゃないかな。時間をかけたら逆転できる、ってわけじゃないし、仮に逆転してもそこで1分将棋になってたら、再逆転の可能性があるよね……っと、そのまえに、4六銀、同銀、4五歩のところ、同桂だと4七歩だったよね?」

「うん、3三桂成は詰むよ」

「途中で合駒の選択があったから、もしかしたら詰んでないかも……と思ったけど……なるほど、詰んでるわけだ。危ない、危ない」

「どこかで角を打てばよかったかな。6七角が直接的過ぎたかも」

「あそこで打たないと、4九玉と抜けられてダメじゃない?」

「うーん、そうか……」

 僕は腕組みをした。中盤から悪かったのかなあ。

「対局が終わったところから、昼食休憩に入ってください」

 おっと、もうこんな時間か。将棋大会の昼休みは短い。

「また今度検討しようか。僕もお腹が空いたし」

「だね。それじゃ、準決勝はきみのぶんもがんばってくるよ」

 相手は兎丸くんだと思う。がんばってね。

 僕たちは解散した。市立いちりつの控え席にもどる。

「オーイ、歩夢あゆむ

 不破ふわさんに声をかけられた。

「どうだった?」

「負けちゃった」

 不破さんは大きくタメ息をついた。

「あんなのに負けてどうすんだよ」

「研究にハマっちゃったんだよね。不破さんのほうは?」

「虎野郎に負ける要素はねーよ」

 そうかな。虎向こなたくんなら、不破さんに一発入れてもおかしくない。

「ほかは?」

「知らね」

「僕に最初に声かけたの?」

「なんか悪いのか?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「不破さんって、僕のこと好き?」

 不破さんは真っ赤になって、変なダンスをおどった。

「ななななななななに言ってんだッ!?」

「いや、曲田くんがそう言ってたから」

「曲田ァ!」

 不破さんは大声を出して、升風ますかぜのブースに切り込んで言った。

 僕は市立のほうにもどる。

 あの対局、帰って姉さんと検討しようかなあ……あ、姉さん、K都だった。

場所:2015年度 駒桜市高校新人戦 2回戦

先手:曲田 勝己

後手:駒込 歩夢

戦型:角換わり腰掛け銀


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲8八銀 △3二金 ▲7八金 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀

▲3八銀 △6二銀 ▲4六歩 △6四歩 ▲6八玉 △4一玉

▲3六歩 △5二金 ▲3七桂 △7四歩 ▲4七銀 △6三銀

▲4八金 △3一玉 ▲2九飛 △5四銀 ▲5六銀 △7三桂

▲2五歩 △3三銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲1六歩 △1四歩

▲3五歩 △4四歩 ▲3四歩 △同 銀 ▲4七銀 △4三銀右

▲3六歩 △3三金 ▲6六銀 △5四銀 ▲7五歩 △6五歩

▲7四歩 △6六歩 ▲7三歩成 △6七歩成 ▲同 金 △8一飛

▲7二と △4一飛 ▲3五歩 △同 銀 ▲3六歩 △5五銀

▲3五歩 △6六歩 ▲7七金 △7六歩 ▲7八金 △6七銀

▲同 金 △同歩成 ▲同 玉 △6六歩 ▲5八玉 △6七角

▲5九玉 △4六銀 ▲同 銀 △4五歩 ▲6五角 △4六歩

▲3四桂 △5四歩 ▲2二銀 △3二玉 ▲6八歩 △4七歩成

▲3三銀成 △同 玉 ▲2二銀 △4四玉 ▲6七歩 △4八と

▲同 玉 △3六金 ▲4五金 △5三玉 ▲4二歩 △4七歩

▲5八玉 △6四玉 ▲6六歩 △7八銀 ▲7三銀


まで101手で曲田の勝ち

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