278手目 2回戦 曲田〔升風〕vs駒込〔市立〕(2)
僕はスーッと飛車を逃げた。
曲田くんは質問をやめて、じっと盤をにらむ。
「さて……まだ50手台だけど、角換わりなら半分過ぎたかな」
「平均的には過ぎたかもね」
僕はてきとうに答えた。続きを考える。
曲田くんが6六歩と打つかどうか。これが焦点だ。
手がおそくなってきてるし、研究ストックが切れてないかなぁ。
「ま、こうかな」
パシリ
ああ、うーん、そうか、こう来たか。
同銀に3六歩で、銀が死んでるわけだね。
でも、5五銀と出る手がないかな?
例えば、3五同銀、3六歩、5五銀、3五歩、6六歩。
厳しくない? 僕が一番やりたかった金頭の叩きだよ。
5五銀の瞬間に6六歩は、4六銀左と突っ込める。
ただ、銀損ではあるんだよね。6六歩、7七金、7六歩、7八金(同金は6七銀。そこで5九玉と逃げたら、7六銀成で駒損が解消できる)、6七銀、同金、同歩成、同玉……もう一回6六歩かなあ。微妙に繋がらない気もしてきた。
「駒込くん、また悩んでるね」
「んー、6六歩が思ったより痛くないかも」
「4三銀と下がる?」
それはできないなぁ。3五に拠点ができたら、後手はおしまいだ。
「形勢判断をミスったかも」
「じつは、ここまでがギリギリ研究範囲なんだよね」
なんてこったい。あと一段のハシゴだったのに。踏み外してしまった。
とはいえ、7二とに4一飛は必然だから、もっとまえでまちがってるね。
とりあえず、冷静になろう。待ったできない以上、この盤面で考えるしかない。
まず、3五同銀、3六歩までは確定。
そのあとの反撃として、6六歩も確定だと思う。
以下、7七金、7六歩、7八金、6七銀、同金、同歩成、同玉、6六歩。
(※図は駒込くんの脳内イメージです。)
ここで、先手がどう対応するか。
7六玉から入玉含みで脱出してくる順、ありえなくはない。
けど、曲田くんの性格からしてなさそう。人読みも使っていく。
7八玉と危ないほうに逃げるのもない。6八玉or5八玉。
先手としては5八玉〜4九玉が本命だろうけど、6七角が王手なんだよね。
つまり、6七角に5九玉と引いた瞬間が、どこまで耐えているか。
……耐えてそうだなぁ。こっちは金と歩しかない。豪快な手が必要になってる。
「途中までは一直線っぽいから、ひとまず進めてみるね。同銀」
3六歩、5五銀、3五歩、6六歩、7七金、7六歩、7八金。
6七銀と打ち込んで、バラバラにする。
同金、同歩成、同玉、6六歩、5八玉。
「そっちかぁ、じゃあ6七角」
曲田くんは、ひとさし指を使ってスイっと5九玉。
第一感は、7七歩成なんだよ。いきなり詰めろ。
だけど、7七歩成、5八銀打みたいにがっちり受けられると困る。
……ん? そうでもない? 6八金とねじこんで、4九玉、5八金、同銀に4六銀と進撃すれば、けっこう怖くなるかも。6七銀なら同歩成……微妙? 6七銀としなければいいし、4七歩、3六歩、4六歩、3七歩成、同金と一回おさめておけば、次の3四桂が猛烈に厳しい。2二金一発で詰むからね。
もっと強く先手陣に迫らないと。
……………………
……………………
…………………
………………こうするか。
「4六銀」
これには、曲田くんも目を見開いた。
「へえぇ……仮に研究してても、これは深く掘り下げなかっただろうな」
「過激でしょ?」
「時間は、僕のほうが圧倒的に残してるわけだが……どうなることやら」
曲田くんは集中して読み始めた。
これ、自暴自棄に見えるけど、目論見はあるんだ。4六同銀に4五歩。
これを同桂は、罠にハマる。4七歩が利くから。
(※図は駒込くんの脳内イメージです。)
同金も3八金も4九金も、全部5八金で詰む。
だからと言って、3三桂成は4八歩成から詰む。同玉に4六飛と走って、4七歩、3七銀、同玉、3六金、2八玉、2七金打、3九玉、3八金、同玉、4七飛成、2八玉、2七金、3九玉、3八金まで。3七銀捨てが見えたら、そこまでむずかしくはない。
4七歩のところで4七金なら、4九金と打つ。パッと見、スジが悪いけど、3七玉には4八銀と打てる。
(※図は駒込くんの脳内イメージです。)
4六玉で飛車を取るのは4五金の一手詰み。2八玉と逃げて、2七金、同玉、4七飛成とすれば、そのまま詰み。
でね……一番悩んだのは、4九金に3八玉なんだ。直前の読みの大半は、このスライドが詰むかどうかの検証に使ってる。まず、4八金打と野暮ったく打って、2八玉(2七玉は4七飛成+4五角成があるから簡単に詰む)、2七銀、1七玉(同玉はさっきと同じ4七飛成+4五角成)、1六銀成、1八玉(2八玉なら2七成銀と押し売る)、4五角成。ここで合駒問題。3六銀は同馬、同金、1七銀までだよね。3六桂なら1七成銀、同玉、4七飛成、2七銀、3五馬と桂頭にスライドして、2六銀打に1六金!
(※図は駒込くんの脳内イメージです。)
多分、これで詰んでる。
同玉、1五歩、1七玉、1六歩、2八玉、3八金、同銀、1七歩成、同香、同香成、同銀、同龍。あるいは、1五歩のところで同銀なら、同香、同玉、1四歩、同玉、1三馬、1五玉、1四歩、1六玉、1五銀、1七玉、3五馬、2六香、同銀、1八玉、1七銀成まで。
最初の3六桂合に代えて3六角合なら、同角、同金、2七角、同飛、同成銀、同玉、4七飛成として、3七金合なら同龍、同玉、4七飛で詰み。別の合駒なら、3八龍と刷り込んで詰み。やったね。
曲田くんが詰まないと判断してこっちに突っ込んでくれたら、僕の勝ち。
ただ、曲田くん、5分以上考えてるんだよね。これは読み切られちゃうかなぁ。
けっきょく、曲田くんは残り10分を切るまで時間を投入した。
「だいたい分かった。4六同銀」
僕はノータイムで4五歩と突き出す。
曲田くんはさらに30秒使って、持ち駒の角に手を伸ばした。
パシリ
ああ、バレちゃった。
でも、これはこれで成功だ。4六歩と取り込んで、銀を回収する。
先手もプレッシャーがかかってきた。
「さて、思ったより難しいな」
曲田くんは、持ち駒の桂馬を空打ちした。
「銀損にはならなかったからね」
「それもあるし、先手陣は意外と狭い」
たしかに。このまま4七銀or4七歩成と突っ込めれば、かなり怖くなる。
「というわけで、先に詰めろをかけようか。3四桂」
厳しい。2二銀の一手詰めだ。
「大駒は近づけて受けよ。5四歩」
「近づかない2二銀」
即打ちかぁ。3二玉に5四角とするつもりかな。
「3二玉」
「6八歩」
受けたね。
4七歩成か4七銀で勝ってるかもしれない。どっちも詰めろだ。
……………………
……………………
…………………
………………
あれ、そうでもないな。3三銀成、同玉、2二銀で、王様が4筋に行っちゃう。
4四玉で飛車先が止まって、詰めろじゃなくなるね。
この追撃があるなら、金銀を渡すのは危ない。単に4七歩成として、3三銀成、同玉、2二銀、4四玉……ここで6七歩と手をもどすつもりかな。4八と、同玉、5五玉で王手角取り。でも、4二歩と止められて、6五玉、5六角以下は、こっちの負けだ。
「いや、まいったな。これ」
「後手劣勢だと実感?」
「実感」
4六銀捨でも解決していなかった。残念。
「まだ諦めないよ。4七歩成」
3三銀成、同玉、2二銀、4四玉。
「6七歩」
同歩成は4七角で手が続かない。先に金を取ろう。
「4八と」
当然の同玉に、僕は1分ほど考えた。
残り時間は5分を切っているけど、あと10手くらいで決着がつきそう。
どっちに転んでも、ここで使わない手はない。
「……3六金」
上から押さえよう。
「ん、それは……?」
曲田くんは、一瞬、銀に指が行った。でも、すぐにもどした。
4五銀のつもりだったのかな。それは4五銀、5五玉のあと、3六銀とできない。空き王手で負けになる。飛車先が通るからね。先手玉も怖い位置にいるはずなんだ。
「これは安全策をとるか」
「とらないで」
「4五金」
いたたた、前に出る手段がなくなっちゃった。
僕は5三玉と下がる。4二歩、4七歩、5八玉、6四玉、6六歩。
さすがに入玉できないよなぁ。
「7八銀」
僕は詰めろをかけた。
「なんだかんだで一手差か。駒込くんの将棋は、しつこい」
「僕はしつこいよ」
姉さんと一緒かな。頭金まで粘る。
「じゃあ、詰ませようか。7三銀」
……詰んだね。7五玉は8四角、5三玉は5四金。
6六歩の時点で3手詰めだったから、しょうがない。
「負けました」
「ありがとうございました」
僕はチェスクロを確認した。1分ほど残っちゃった。
「使い切ればよかったかな」
「なにを?」
「時間」
曲田くんはお茶を飲んだ。キャップを閉める。
「いいんじゃないかな。時間をかけたら逆転できる、ってわけじゃないし、仮に逆転してもそこで1分将棋になってたら、再逆転の可能性があるよね……っと、そのまえに、4六銀、同銀、4五歩のところ、同桂だと4七歩だったよね?」
「うん、3三桂成は詰むよ」
「途中で合駒の選択があったから、もしかしたら詰んでないかも……と思ったけど……なるほど、詰んでるわけだ。危ない、危ない」
「どこかで角を打てばよかったかな。6七角が直接的過ぎたかも」
「あそこで打たないと、4九玉と抜けられてダメじゃない?」
「うーん、そうか……」
僕は腕組みをした。中盤から悪かったのかなあ。
「対局が終わったところから、昼食休憩に入ってください」
おっと、もうこんな時間か。将棋大会の昼休みは短い。
「また今度検討しようか。僕もお腹が空いたし」
「だね。それじゃ、準決勝はきみのぶんもがんばってくるよ」
相手は兎丸くんだと思う。がんばってね。
僕たちは解散した。市立の控え席にもどる。
「オーイ、歩夢」
不破さんに声をかけられた。
「どうだった?」
「負けちゃった」
不破さんは大きくタメ息をついた。
「あんなのに負けてどうすんだよ」
「研究にハマっちゃったんだよね。不破さんのほうは?」
「虎野郎に負ける要素はねーよ」
そうかな。虎向くんなら、不破さんに一発入れてもおかしくない。
「ほかは?」
「知らね」
「僕に最初に声かけたの?」
「なんか悪いのか?」
……………………
……………………
…………………
………………
「不破さんって、僕のこと好き?」
不破さんは真っ赤になって、変なダンスをおどった。
「ななななななななに言ってんだッ!?」
「いや、曲田くんがそう言ってたから」
「曲田ァ!」
不破さんは大声を出して、升風のブースに切り込んで言った。
僕は市立のほうにもどる。
あの対局、帰って姉さんと検討しようかなあ……あ、姉さん、K都だった。
場所:2015年度 駒桜市高校新人戦 2回戦
先手:曲田 勝己
後手:駒込 歩夢
戦型:角換わり腰掛け銀
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲8八銀 △3二金 ▲7八金 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀
▲3八銀 △6二銀 ▲4六歩 △6四歩 ▲6八玉 △4一玉
▲3六歩 △5二金 ▲3七桂 △7四歩 ▲4七銀 △6三銀
▲4八金 △3一玉 ▲2九飛 △5四銀 ▲5六銀 △7三桂
▲2五歩 △3三銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲1六歩 △1四歩
▲3五歩 △4四歩 ▲3四歩 △同 銀 ▲4七銀 △4三銀右
▲3六歩 △3三金 ▲6六銀 △5四銀 ▲7五歩 △6五歩
▲7四歩 △6六歩 ▲7三歩成 △6七歩成 ▲同 金 △8一飛
▲7二と △4一飛 ▲3五歩 △同 銀 ▲3六歩 △5五銀
▲3五歩 △6六歩 ▲7七金 △7六歩 ▲7八金 △6七銀
▲同 金 △同歩成 ▲同 玉 △6六歩 ▲5八玉 △6七角
▲5九玉 △4六銀 ▲同 銀 △4五歩 ▲6五角 △4六歩
▲3四桂 △5四歩 ▲2二銀 △3二玉 ▲6八歩 △4七歩成
▲3三銀成 △同 玉 ▲2二銀 △4四玉 ▲6七歩 △4八と
▲同 玉 △3六金 ▲4五金 △5三玉 ▲4二歩 △4七歩
▲5八玉 △6四玉 ▲6六歩 △7八銀 ▲7三銀
まで101手で曲田の勝ち




