271手目 1回戦 五見〔駒北〕vs林家〔藤花〕
※ここからは林家さん視点です。
「さあ、やってまいりました。新人戦。これを迎える女子高生は、林家笑魅、15歳。高校デビューを狙っているこの少女、いったいどのような戦略をみせるのか。苦節15年。彼氏いない歴=年齢のお笑い少女は、いま、高校1年生の春を……おおっとッ! これは痛恨のミスだッ! 将棋部に入ってしまったッ! いったどうやって彼氏をゲットするつもりなのか。今日もまたしょうもない野郎どもと将棋を……いってぇ!?」
「うっせーんだよッ! わけわかんねぇ実況するなッ!」
いたたた、伊織ちゃん暴力ダメ、絶対――林家笑魅でがす。よろしゅう。
「抽選も終わって、選手たちはいよいよパドックに入っている」
「オレたちは馬じゃないっつーの」
「1年生のみなさぁん、トーナメント表ができましたので、確認してくださぁい」
葛城副会長の猫なで声で、いざ出走。
ほほぉ、メガネ野郎とですか。
伊織ちゃんは、私のとなりでポキポキと指の骨を鳴らした。
「虎向とか。こんどこそボコボコにしてやるぜ」
棋力的に虎向持ちですけどね。殴り合ったほうが勝てそう。
「それでは、Frauタカサキ、ハヤシヤ、カスガカワ、よいご報告をお待ちしています」
ポーン先輩の声援を受けて、まずは席へ移動するでがす。
伊織ちゃんは虎向となにか揉めてるけど放置。
「林家さん、おはよう」
「メガネ野郎、おはよう」
私の相手は五見誠。団体戦のときと同じなんだよなぁ。
幹事はもっと抽選をちゃんとやってくだちぃ。
「じゃ、今回も僕が振り駒を……あッ」
あっしがやりやすよ。へっへっへ。
カシャカシャカシャ
「ぽいっと……ちぇ、後手」
「アマだからそんなに関係ないよ」
そういうツッコミがめんどうなんでげすよねぇ。おまえはお母さんか。
「対局準備の整っていないところは、ありますかぁ?」
ないですよ。さくさく。
「では、始めてくださぁい」
「よろしくお願いするでがす」
「よろしくお願いします」
私がチェスクロを押して、対局開始。
7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。
「え? 横歩?」
「え、じゃなくて、選択権は林家さんにあったよね?」
あんまり考えないで誘導した感、あります。
「ここから矢倉にしません?」
「しないよ。2四歩」
くぅ、この男、許すまじ。
同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛、3三角、3六飛。
いたって普通の横歩。8四にするか、8五にするか。
「8四飛ぃ」
「最近の傾向だとそっちだよね。2六飛」
2二銀、8七歩、5二玉、4八銀、7二銀。
んー、めちゃくちゃ普通。
「3六歩」
これも普通……局面としては、けっこう指したことがあります。
となると、研究ストックもそこそこあるわけです。はい。
「8六歩」
これで攻める。琴音ちゃんから教わった秘策なり。
「同歩、同飛、3五歩に2五歩と叩くかたちか。オーソドックスだね」
ふっふっふ、そう思うでしょ。
「同歩」
同飛、3五歩、2五歩、5六飛。
「さーて、ここでぇ」
「研究手でもあるの?」
「お待たせしました。大喜利のコーナーです」
パチパチパチ。
「あのさぁ……マジメに指さない?」
「まあまあ、そうおっしゃらずに。原子力発電所と掛けまして、新1年生と解きます」
「その心は?」
「若さ(若狭)にあふれてます」
決まったな。これだけで勝ちにして欲しい。
「うまいね」
「がしょ?」
「じゃあ、僕もひとつ。林家さんと掛けまして、料理に飽きた新妻と解きます」
「その心は?」
「はやくもカレー(加齢)気味です」
くっそぉ、うまい返ししやがって、この野郎。
私はもうおじさん化してるってか。
「では、オチもついたところで、林家笑魅、突撃するでがんす」
パシリ
どうかしらん、この一手。
五見もメガネをなおしましたよ。
「これは……4四角の重ね打ち、あるいは、2八角?」
迷え迷え。
「……いや、ちがうな。5五角打の合わせ技か」
「チッ、気づいたか」
「さすがに気づくよ。とはいえ、香車を先に拾われるのは確定みたいだ」
五見は1分ほど考えて、8八同銀。
私はノータイムで5五角打とした。
「一回は受けるよね。7七銀」
「ほぉ、銀上がりで受けましたか。1九角成」
「林家さん、もうちょっと考えたほうがいいんじゃないの?」
「考えたら研究してきた意味ないっしょ」
「いやいや、プロでも見なおしはするよ。8二歩」
うーむ、痛い。
正直、採算があるかどうか分かんないんですよね。
アマチュアの横歩は、そんなもんだと思いますが。
しかーし、7七銀はありがたかったです。ちょっとしたネタがあるんです。
「8八歩」
こっそり叩く。
「ん……しまった、その手があったか」
どうでがすか。
同銀には5五馬、7七銀、5六馬を用意してるんだな、これ。
同金なら8三香と打って、7八金、8九香成。
「五見さぁん、もう1、2分考えたほうが、良かったんじゃないですかねぇ?」
「ちょっと静かにしてね。考慮中」
「ふっへっへっへ」
「女子高生が『ふっへっへっへ』なんて笑うもんじゃないよ……8一歩成」
ま、そうするしかないですよね。攻め合い。
8九歩成、4五桂、7七角成、同金、5四香。
「んー、参ったな」
五見はまた長考。どんどん時間差がひらく。
かなりいい感じに包囲できました。
「投了しますか?」
「べつに僕のほうが悪いってわけじゃなくない?」
いやあ、どうですかね。1六飛なんて逃げたら6五桂で終わりですよ。
こっちはまだ全然寄らない。
「それでは、謎かけ第2弾ッ!」
「林家さん、わざわざネタを仕込んで来てるの?」
落語家として当たり前なんだよなぁ。日々、これ大喜利
「厚化粧の出勤OLと掛けまして、津軽海峡と解きます」
「その心は?」
「行き(雪)が綺麗です」
決まったな。2本先取。
「それって、藤花女学園愛棋会の顧問、音無舞先生のこと?」
「おめぇ、なかなかキワドイ発言するじゃねぇか」
「冗談だよ。こんどこそ静かにしてね」
五見、長考。私も続きを考える。
飛車を逃げたら先手の負けっぽいから、5三桂成ですかね。
でも、続かなくなぁい?
……………………
……………………
…………………
………………おっと、五見が顔をあげた。投了か。
「ここでクイズです」
「は?」
「イッツミーの嘘つき3択」
ついに頭がおかしくなったか、この男。
「次に僕が指す手は、なんでしょうか?」
1番:4六角 2番:5三桂成 3番:3四飛
「さあ、どれでしょう?」
え、これ、マジでクイズなんですか?
「それ言っちゃっていいんでがすか? めちゃんこ不利じゃない?」
「いいんだよ。これもう先手勝勢だから」
はぁ? 将棋のやりすぎで脳が常軌を逸したか?
「ただし、制限時間は1分ね」
けっこう時間がない。
まず、4六角は、どうみても馬の消去。
以下、同馬、同飛、6五桂、7八金、5七桂成……これは後手勝ちじゃない?
次に、5三桂成は、同玉、4一飛、5六香、同歩、7九飛……あれ?
これも後手良くないですかね? だったら3四飛?
でも、3四飛、3三桂……あ、5三桂成、同玉、5四飛寄ッ!
「はい、時間切れ」
パシリ
マジ? 飛車打ちなの?
しかし、さっきの読みでも消去法でこれだった。
3三に金、銀、桂をあがるのは、5三桂成以下で即死。
つまり……4二金しかない?
でも、4二金、5三桂成、同玉は、5四飛寄で変化がないから……同金?
それって3二飛成じゃんかYOYOYO!!
「五見くん、ひとつ訊いていいでがすか?」
「どうぞ」
「これ、後手くっそ悪くない?」
「うん、ソフトだとマイナス1000超えてると思う」
……………………
……………………
…………………
………………
やっちまったなぁ。まだ15分以上あるんだが。
「とりあえず4二金」
5三桂成、同金、3二飛成、4二桂、4一角、5一玉、2一龍。
「飛車は回収できるんだけどなぁ……5六香」
「6三角成」
この開き王手はキツイ……っていうか、どうしようもない。
3一銀打、5三馬、7九飛と打っても、6九桂一発で止まる。
「はぁ〜、謎解き、第3弾」
「どうぞ」
「発と中を鳴いた対面と掛けまして、深夜の酔っ払いと解きます」
「その心は?」
「吐く(白)危険」
やったぜ。笑って投了して、どうぞ。
「これ、残り時間全部、漫才するの?」
「漫才じゃなくて大喜利だって言ってるでがす」
「じゃあ、僕のターンね。宮大工の作業員と掛けまして、今の僕と解きます」
「その心は?」
「投了(棟梁)を待っています」
お後がよろしいようで――投了。
場所:2015年度 駒桜市高校新人戦 1回戦
先手:五見 誠
後手:林家 笑魅
戦型:横歩取り
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩
▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲3六飛 △8四飛
▲2六飛 △2二銀 ▲8七歩 △5二玉 ▲4八銀 △7二銀
▲3六歩 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲3五歩 △2五歩
▲5六飛 △8八飛成 ▲同 銀 △5五角打 ▲7七銀 △1九角成
▲8二歩 △8八歩 ▲8一歩成 △8九歩成 ▲4五桂 △7七角成
▲同 金 △5四香 ▲3四飛 △4二金 ▲5三桂成 △同 金
▲3二飛成 △4二桂 ▲4一角 △5一玉 ▲2一龍 △5六香
▲6三角成
まで55手で五見の勝ち




