270手目 1回戦 高崎〔藤花〕vs新巻〔清心〕(2)
「端角かぁ」
いおりんはガリガリと頭をかいた。
この手は、3四銀〜2三銀成に2五歩を用意した手だ。
一見、同角で加速しそうにみえる。が、7九角成と切ればいい。
以下、同銀に9七桂成から殺到して潰せそうだ。
「5四歩」
いおりんは中央に手を進めた。同銀、同銀、同金、4三歩成はマズい。
「6二銀」
いったん引いておく。先手には打ち込む駒がない。攻めるとすれば4三歩成か。これを同飛は4四銀で藪蛇だ。放置する一手。以下、2五歩、同桂、7九角成、同銀、9七桂成の攻め合いだろうなぁ。先手は5三歩成もあるから、ややこしい。
「いろいろありそうなんだが……ああして、こうして……」
いおりんも長考し始めた。残り時間は、いおりんが9分、俺が10分。
俺は、とにかく2五歩〜7九角成を狙えばいい。防げないだろう。
「どれもうまくいかねぇな。いったん受ける」
パシリ
ん、この手があったか。
「いおりん、やるな」
「消極的な手は指したくないんだけどなぁ」
そう、この手の意味は明確だ。7九角の回避。
次こそ3四銀と突っ込まれる。攻めるしかなくなった。
9七桂成、同銀まではいい。そこでなにを指すかだな。本命は9二香打。
先手はそれに合わせて4三歩成か。これも同飛とできない。飛車を4筋から突破させるのは無理だ。となると……地下鉄飛車? 9六香、同銀、同香、9七歩、同香成、同桂、9六歩、9八歩、9一飛。あるいは、9七歩のところで8八玉と脱出する手も考えられる。
(※図は新巻くんの脳内イメージです。)
……後者が有力か? 右に逃げたほうが広い。
「よしッ! いおりんッ! 俺のダンクを喰らえッ! 9七桂成ッ!」
「んなことは週50時間くらい練習してから言えッ! 同銀ッ!」
9二香打、4三歩成、9六香、同銀、同香。
「8八玉」
予想どおり。いおりんは脱出を選択した。
「9七歩ッ! 追撃戦だッ!」
「チッ、放置できねぇ。9九歩」
「9一飛ッ!」
俺のほうが良くなったんじゃないか。7九玉には2五歩の王手角取りまであるぞ。
「させるかッ! 5三歩成ッ!」
9八歩成、7七玉、8九と。
ここで、いおりんはのけぞった。
「あッ……8五桂があるのか……」
「6八玉、2五歩で王手角だぞッ!」
「6八金引……も微妙だな。5七歩」
冷静に対処してきた。こういうのが一番困る。
9九香成は遅いし、歩を拾っても意味はない。
5三銀、同と、同金と清算するのもダメだ。先手の攻めが加速する。
となると、これか。
「9七香成」
さぁ、いおりん、この手の狙いが見えるか?
「ん? 飛車を成り込めなくした?」
いおりんは目を細めた。この手は怖い手ぞぉ。
「……6三と」
「同銀」
「5三と」
「かかったなッ! 5九銀だッ!」
いおりんは、数秒で青ざめた。
「げげッ!? 詰めろかよッ!?」
8五桂、7六玉、7五歩、同玉、7四銀右、8四玉、8三金までだ。
8六玉に9六飛を用意したのが、9七香成の効果。
「虎の牙からは逃れられないぞッ!」
「くそぉ、兎の子飼いにやられてたまるかッ!」
威勢はいいけど、長考してるじゃないか。
いおりんの持ち時間はどんどん減っていく。残り5分を切った。
「これしかねぇな……8五桂ッ!」
マジかッ!?
「敵の打ちたいところに打てって言っても、限度があるだろッ!」
「うっせぇな、これしかねぇんだよ」
そ、そう言われるとそうだが……これ、詰めろはちゃんと消えてるのか?
8五同歩、6三と……あ、そっか、有効な王手がない。
でも、それで先手が良くなっているとも思えないぞ。
例えば、7五桂と打ったら詰めろになってたり……しないな。9六飛と浮いても詰めろにならない。先に8六歩と突くと……同歩で8五桂と打てない。ないない尽くしか。いおりんの8五桂、第一感よりいい。
「どうした? やけに考え込んでるよな?」
「ちょっと静かにしろ」
俺の注意に対して、いおりんは椅子をかたむけた。
したり顔をする。
「スリーポイントシュートかもなぁ。速度で逆った気がするぜ」
んなわけあるか。どうみても俺のほうが速い……はず。
とりあえず、2六の角が邪魔だ。こいつが7一を睨んでいて危ない。
例えば、7五桂、7二と、同銀に8四香がある。
(※図は新巻くんの脳内イメージです。)
これがめちゃくちゃ厳しい。
香車の利き自体は8三桂で遮断できる。が、6二角成と成り込まれて困る。次に7三銀、同銀、7二金、9三玉、7三馬の詰めろで、どうにもならない(9二銀と打っても8三香成、同銀、8二銀、9四玉、9五金まで)。先手は6七桂成に同玉と取って詰まない。
俺の持ち時間は、残り1分。このままじゃマズいぞ。
「同歩」
とりあえずこの一手だ。桂馬を払う。
いおりんは10秒ほど読みなおして、6三とと入った。
……………………
……………………
…………………
………………ピッ
俺のほうは1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7五桂」
攻めるしかない。6三同金は5四銀捨から崩壊する。
「7二と」
「同玉」
「んー、そっちか。6三金」
いおりんは、むりやり捨ててきた。取れない。同玉は、さっきと同じ5四銀だ。
「8一玉」
「ワンコも年貢のおさめどきだな……っと、オレも1分将棋か」
いおりんは、腕まくりして読み始めた。
生きた心地がしないぞ、これ。
「ん? 簡単に寄ってないか?」
いおりんは、2六の角に指をそえた――7一角成、同玉、7三銀か?
(※図は新巻くんの脳内イメージです。)
これは厳し……くないッ! 俺の勝ちだッ!
先手は詰む。8七桂成、同金、同成香、同玉、8六金、7八玉、8七角、8九玉、7七桂、7九玉、6九角成、8八玉、9七飛成まで。しかも、必至にすらなってない。9二飛と浮けば俺のほうは詰まないからな。
「んー、もしかして簡単な必至かぁ?」
いおりんは角から指をはなした。そして、もういちど触れた。
勘違いしろ勘違いしろ勘違いしろ勘違いしろ勘違いしろ勘違いしろ勘違いしろ。
「ん……待てよ、9二飛で解除……いや、それなら8三金で……」
そこまで言って、いおりんは自陣に視線を落とした。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ちげぇッ! 先手が詰むじゃないかッ!」
パシーン
なんだそれッ!?
いおりんも舌打ちした。
「ぜ、全然考えずに指しちまった……マズったか……?」
手拍子だからって、必ずしも悪いとは言えない。そこが将棋の怖いところだ。
俺は自分を落ち着かせた。6五歩は好手か? 悪手か?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「9六飛ッ!」
詰めろをかける。8七桂成、同金、同成香、同玉、8六飛、7七玉、8七金までだ。
「くそぉ、攻めてる場合じゃなくなった」
いおりんは顎にこぶしを当てた。盤面をにらむ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7六歩ッ!」
「6五歩!」
「7五歩ッ!」
「2二角だーッ!」
「ここで角が働くのかよッ!」
「6五歩と突くのが悪いんだぞッ!」
「うっせぇ! 簡単に止まるだろッ! 4四桂ッ!」
その合駒を待ってたんだ。2六の角も同時に止まるからな。
俺は寄せの構想を練った。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
パシリ
俺は、歩と金のあいだに桂馬をすべりこませた。
「ん? 遅くないか?」
先手にターンを回した感は、正直ある。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
いおりんは黙って7三金。詰めろだ。
「7八桂成」
とりあえず金を回収。
うっかり同飛としないかな。8七成香、同玉、8六飛で詰むんだが。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同玉」
間違えないか……一回受ける。
8二金、5八飛、7三金、6九玉、4八金。
「よ、4四の桂馬が邪魔すぎる……」
俺にも予想外だった。2六の角が死に体だ。
しかも4八金は取れない。取ったら同銀成で、ほぼ必至。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7一銀ッ!」
っと、詰めろで来たか。取ると3二桂成で、王手しながら角筋を通す気だな。
でも、9二玉と逃げておけば――
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同玉」
この一手に、いおりんは目を見開いた。
「取ったら逆転だッ! 3二桂成ッ!」
8一玉、9三桂、9二玉、7一角成。
「逆転はしてない。5八金」
詰みだ。同玉、2八飛、5九玉、5八銀、6八玉、6七銀成、同玉、6六金まで。
いおりんは悔しそうにうなだれた。
「逆ったと思ったんだが……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
「ありがとうございました」
……………………
……………………
…………………
………………
勝ったぜ。いおりんは、タメ息をついた。
「途中、8一玉に7一角成、同玉、7三香だったか?」
「どこの場面だ?」
「と金を清算したとこ」
ああ、あそこか。盤面をもどす。
【検討図】
「いったん7二桂……いや、8二玉か」
俺は王様をななめに逃げた。
「それは7一銀って打つだろ? 9三玉で飛車筋が止まるぜ?」
いおりんはそこまで言って、オヤッという顔をした。
「9五角で詰みか?」
俺はうなずいた。7一銀、9三玉、5八飛、9五角のとき、8六金しか合駒がない。
以下、同角、同歩、8七金、同金、同成香、7六玉、8六成香まで。
「7三香に代えて7三銀も詰むしなぁ。参ったぞ、これ」
いおりんは、またタメ息をついた。
俺は、べつの順を検討することにした。
「1三の角筋を5七歩で止めたところがあるだろ。あそこで6八金引は?」
【検討図】
いおりんは納得いかないような顔をした。
「それも考えたが、5五桂で痺れると思った」
「5五桂? ……駒に当たってなくないか?」
「4七銀で飛車先を止められると、オレのほうは手が続かないんだよ」
「せめて先に4七歩と叩くのは、どうだ?」
「同飛、5五桂、4六飛と浮かれてダメじゃないか?」
「そろそろ感想戦を終わりにしてください。2局目の準備に入ります」
おっと、箕辺会長から指示が出た。
俺たちは感想戦を中断した。
「はぁ、高校デビュー失敗か。2回戦もがんばれよ」
「いおりんの分もがんばるぜッ! ありがとうございましたッ!」
「ありがとうございました」
俺は一礼して立ち上がった。
ふりかえると、兎丸が立っていた。
「おつかれ。勝ったみたいだね」
「ああ、兎丸はどうだった?」
「ちょっと早めに終わったかな」
梓が相手だったかな。棋力差がある。
どうせ梓のやつ、兎丸の顔をみて「目の保養」とか言ってたんだろ。
だいたい分かるぞ。
「次はだれだ?」
「虎向は不破さんだね」
「うッ……」
「不破さん、調子がいいみたいだから気をつけてね」
えーい、当たって砕けろッ! 兎丸と決勝で当たるために、がんばるぞッ!
場所:2015年度 駒桜市高校新人戦 1回戦
先手:高崎 伊織
後手:新巻 虎向
戦型:先手居飛車穴熊vs後手四間飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △4二飛
▲6八玉 △7二銀 ▲5六歩 △3二銀 ▲7八玉 △9四歩
▲5七銀 △5二金左 ▲5八金右 △6二玉 ▲7七角 △6四歩
▲2五歩 △3三角 ▲8八玉 △7四歩 ▲6六歩 △7三桂
▲6七金 △9五歩 ▲9八香 △7一玉 ▲9九玉 △6三金
▲8八銀 △8二玉 ▲3六歩 △8四歩 ▲5九角 △4五歩
▲7八飛 △8三銀 ▲7五歩 △同 歩 ▲同 飛 △7四歩
▲7八飛 △4三銀 ▲7九金 △7二金 ▲1六歩 △1四歩
▲2六角 △5四銀 ▲2八飛 △4三銀 ▲7七金 △5四歩
▲3七桂 △5二銀 ▲4八飛 △4一飛 ▲6七金 △2二角
▲2八飛 △3三角 ▲2九飛 △5三銀 ▲2八飛 △6二銀
▲4八飛 △2二角 ▲4六歩 △同 歩 ▲4四歩 △5三銀
▲4六銀 △4四銀 ▲2四歩 △同 歩 ▲4五銀 △5三銀
▲4四歩 △9六歩 ▲同 歩 △9七歩 ▲同 香 △8五桂
▲5五歩 △1三角 ▲5四歩 △6二銀 ▲7八金 △9七桂成
▲同 銀 △9二香打 ▲4三歩成 △9六香 ▲同 銀 △同 香
▲8八玉 △9七歩 ▲9九歩 △9一飛 ▲5三歩成 △9八歩成
▲7七玉 △8九と ▲5七歩 △9七香成 ▲6三と △同 銀
▲5三と △5九銀 ▲8五桂 △同 歩 ▲6三と △7五桂
▲7二と △同 玉 ▲6三金 △8一玉 ▲6五歩 △9六飛
▲7六歩 △6五歩 ▲7五歩 △2二角 ▲4四桂 △6六桂
▲7三金 △7八桂成 ▲同 玉 △8二金 ▲5八飛 △7三金
▲6九玉 △4八金 ▲7一銀 △同 玉 ▲3二桂成 △8一玉
▲9三桂 △9二玉 ▲7一角成 △5八金
まで142手で新巻の勝ち




