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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第26局 日日杯への道/中国勢編(後編)(2015年6月13日土曜)
278/686

266手目 駅馬車

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 これは当然の一手。

《予定どおり殺させてもらおう》

 スクリーンに学ランの腕が伸びて、2四歩と突いた。

 このままだと先手は桂損になる。

「ふつうに1三桂成と捨てますやろ」

「そこから1四歩は切れとると思うけどなぁ」

 読み筋を言い合うおじさんたち。みんな好きだね。

 私も1三桂成、同銀、1四歩しか思い浮かばない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

挿絵(By みてみん)


 ん? そっち?

《とりあえずの味付けか。同歩》

 今朝丸けさまる先輩は同歩と取った。

《んー、この端攻めは、かなーりキワドイ》

 梨元なしもとさんは、ちょっとおどけた調子でつぶやいた。

《僕は切れていると見るが》

《出たとこ勝負。やってみないと分かんないでしょ。1三桂成》

 同銀、1四歩、2二銀、1三歩成。

 端の攻防。激しくなってきた。

 同桂、1四歩、1二歩、1三歩成。

《同歩だ。どう継続する?》

 梨元さんは、うーんとうなった。

 先手が悪いのかなぁ。私はタブレットを見る。

 

 【No:013 来島くるしま遊子ゆうこ 様】

 先手 50万

 

 積極的に賭けちゃった。

 勝ち目のない勝負は、したくないんだけどね。主催者だからね。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

《ここに一発ッ!》


 パシーン!


挿絵(By みてみん)


 へぇ、そこなんだ。

《どうです、私の早撃ちは?》

《30秒ぎりぎりで指したように見えたが……》

《まあまあ、そう言わずに、ね?》

 なにが「ね?」なのか分からない。梨元さん、微妙に天然な気がしてきた。

 マズいよ、これ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

《同歩》

《こんどはほんとに早指しですよぉ。3七銀》


挿絵(By みてみん)


 カランと、かっちゃんのグラスの氷が鳴った。

「梨元のやつ、変人だとは聞いていたが、まさかここまでとはな」

「かっちゃん、もしかして梨元さんに賭けた?」

「ん……まあな」

 私はタブレットで賭け金をチェックした。


 先手 650万

 後手 210万

 

 あぁ、もう、スケベおやじばっかりで、めちゃくちゃ。

「これは女子高生補正入ってるわぁ」

 礼子れいこちゃんは私のタブレットをのぞきこんで、そうささやいた。

「ダメだよ、ほかのひとのタブレットのぞいちゃ」

「ええやん、うちらの仲やろ」

 私はね、ゲームについてはガチなんだよ。ぷんぷん。

「そう怖い顔せんといてぇな。手が進んだで」

 私はスクリーンのほうに視線をもどした。

 

挿絵(By みてみん)


 これは……3三角、4六銀、2一玉、3三角成、同金、3四歩かな?

 60手を過ぎたから、1手60秒以内になっている。

「同金は4三角が王手金取りだよね」

「せやねぇ」

 礼子ちゃんはそれだけ言って、煙管きせるを吹かした。

《3二金引》

《7七金ッ!》


挿絵(By みてみん)


《コッキング音が聞こえそうな手ですよね? 飛車がズキューンって》

《こっきんぐおん、とは何だ?》

 これには会場から笑いが漏れた。

「なんや、このあんちゃんハジキ使ったことないんか」

「最近の若者は社会経験が足らんですな」

 いや、その理屈はおかしい。

 

 パシリ

 

 今朝丸先輩は6五桂と止めた。

《コッキング音と言えば、『拳銃無宿』のスティーブ・マックイーン。観ました?》

《いや……聞いたことのないタイトルだ》

《えぇ!? あの超名作西部劇ドラマ、観てないんですかッ!?》

 ああ、西部劇ファンなんだ。それでカウガールのかっこうしてるんだね。

 私もポシェットモンスターの雷鼠が好きだから、制服に縫い付けてあるんだよ。

 親近感。

《ランダルカスタムっていう銃が愛用なんですけど、これがめちゃちゃな改造品で、撮影のときは警察が立会ってたんですよ。M1892が原型の……》


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

《時計が切れるぞ!》

《6五同銀ッ!》


挿絵(By みてみん)


 危ない危ない危ない。ヒヤリとした。

 一方、礼子ちゃんは舌打ち。

「切れときぃな。丸儲けやったのに」

「あ、礼子ちゃんは後手に賭けたの?」

「後手の実力は把握済みや。先手は分からん。知ってるほうに賭けるんがセオリー」

 それもそうだね。

 ただ、礼子ちゃんは先手に賭け金が偏るとみての、大穴狙いじゃないかなぁ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

《6五同歩》

《飛車を撃つとみせかけて角を発射ッ!》


挿絵(By みてみん)


 あれ? 先手いいんじゃないかな?

 そう思ったのもつかの間、今朝丸先輩は6四角と打ち返した。

「これはキツイぜ。8二角成、4六角の取り合いは先手が不利だ」

 かっちゃんはそう言って、ウィスキーをちびりとやった。

「でも、銀を逃げられなくない?」

「いや、逃げるしかないんじゃねぇか?」

 うーん、逃げたら7二飛だと思うんだけど……あ、指すね。

 

 パシリ

 

 うわ、3五銀とあがった。

《7二飛だ》

《ちょっと誤射ったかなぁ》

 スクリーンに、カウボーイハットのつばが映り込んだ。

 マジメに考えているらしい。さっき考えて欲しかったな。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 これは……んー……攻めてるほうがよく見えちゃう。

 3三桂に同銀以下は、3四歩ともう一回打てる。ほぐせそう。

 やっぱり先手を持ちたい。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

《1二玉》

 逃げたね。梨元さんは、この手にうなった。

 さっきまでの軽口は消えていた。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

《切りますッ! 5三角成ッ!》

《短気はいかんぞ、短気はッ! 同角ッ!》


挿絵(By みてみん)


《さあ、どうする? またまた銀当たりだ》

《引くと清算されて終わりかぁ……4四桂》

 この桂打ちは、きびしいんじゃないかな。

 2三金、6五飛、3七角(王手香取り)、5八玉。

《ぶつけるぞ、6二飛》

 梨元さんは59秒ぎりぎりまで考えて、同飛成と取った。

 同角、6一飛、5一銀。


挿絵(By みてみん)


「だれも売り買いしねぇな」

 かっちゃんは、そう言いながら葉巻に火をつけた。

 あたりに濃厚な煙がただよう。

「形勢判断がつかんからやろなぁ」

 礼子ちゃんも一服。

 私もぜんぜん分からない。どちらがどれくらいいのか。そもそも差がついているのか。

「先手は、飛車を打たれたら崩壊するんじゃねぇか?」

「後手も手がついたらはやいでぇ。1九の香車は、まだ生きとる」

 かっちゃんと礼子ちゃんの意見を参考にしていきたいね。

 私よりずっと強いから。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


《3二桂成》

 梨元さんは攻めた。同金なら2一銀の一手詰めだ。

《8八飛》

 今朝丸先輩は、当然に放置して攻め返した。王手。

《7八銀、と……先輩の飛車、窮屈過ぎません?》

《うぅむ、おたがいに決め手がないな》

 持ち駒が歩しかない。先手は3一成桂と入れるから、先手有利なのかな。

 このままだと、全体的に取り分が減るね。オッズが低くなっちゃう。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

《非常手段だッ! 1四歩ッ!》


挿絵(By みてみん)


 おっと、これは入玉大作戦。場内がざわつき始めた。

「後手悪いんとちゃいますか?」

「おーい、だれか後手買うもんおらんかぁ」

 ひとりのおじさんが手をあげた。だれも反応しない。

 かっちゃんは首にかけたマフラーをなおす。

「後手株はすくないからな。買っても儲けにならねぇよ」

「せやねぇ」

「せやねぇ、って、礼子は後手で買ったんだろ?」

 礼子ちゃんは、女子高生にあるまじき妖艶な表情で、くすりと笑った。

「こういうのは、焦ったらあかん。ほんとに先手がええんか?」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 先手の猛攻が始まった。

 同銀、1四香、同金、2一桂成、5五角成。

「なんや、入玉できるんか、できんのか?」

「あほぉ、それが分かったらだれも困らん」

 3一成桂、3五角、3二銀、2二香、2一成桂。

《退路は確保できたッ! 1三玉ッ!》


挿絵(By みてみん)


 ここで、礼子ちゃんはさっそうとマイクを手にとった。

志摩しま組、先手3割で買うたる」

 場内の親分衆は、いっせいにこちらのテーブルをみた。

「ほらほら、はよう売らんと先手負けや。入玉は止まらんで」

「さ、3割で売る!」

 ひとりが売った途端、なだれをうったように売買が始まった。

「かっちゃん、これ入玉できそう?」

 喧騒のなか、私は小声で尋ねた。

「分かんねぇ。けど、売りたいのは確かだ。1八あたりまでははいられる」

 ぐぬぬ、マズったか。

 でも、ここで売ったら女がすたる。

 っていうか、礼子ちゃんの丸儲けになっちゃう。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

《6三飛成ッ!》

 梨元さんは、大慌てで飛車をひっくり返した。

 4三歩、2二成桂、1五金(ハッチが開いた)、2三銀不成、2五歩。

 意外と入玉……きわどい。まわりの売買も低調になってきた。

 1六香、2四玉、3三歩成――今朝丸先輩は、3五の角に指をそえた。

《悪いが、緊急脱出用のハッチもあるのだ。5七角成》


挿絵(By みてみん)


 ……あ、これは。

 前傾した梨元さんのカウボーイハットが、盤面をおおった。

《……》

《さあ、取るしかないぞ?》

《……》


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 梨元さんは、ぎりぎりで同玉とした。

 5六銀、5八玉、3五玉、1五香、6五桂。


挿絵(By みてみん)


 礼子ちゃんは、高らかに笑った。

「ほら、さっさと売らんから、こういうことになるんや。こっからは1割やで」

 それでも売る人続出。

 私のほうは身動きが取れない。このまま50万の株と心中?

 いや、ゲームは熱くなっているときほど冷静に。

《この大脱走って、『駅馬車』を思い出しません?》

 梨元さんはそう言いながら、3四とと引いた。

《駅馬車? 駅馬車定跡のことか?》

《やだなぁ、1939年の西部劇ですよ。主演はジョン・ウェイン》

 私は頭をかかえた。終盤で雑談しないでぇ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん? 西部劇?

《戦前の映画は知らんな。3六玉》

《西部劇に古いも新しいもないんですってば。何回説明させるんですか》

《将棋の最中に雑談をしてはいかんと、何回説明させるんだ》

 これさ……先手有利なんじゃない?

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

挿絵(By みてみん)


《うしろから打ったか……てっきり3八金打かと思ったが……》

《それは3七歩で痺れるじゃないですか》

 だね。3八金打、3七歩に3九金引なら2七の地点が空く。打った意味なし。

《まあいい。2七玉だ》

 今朝丸先輩は、ようやく先手陣に入った。

《ジョン・ウェインが演じるのは、脱獄囚のリンゴ・キッド》

 3八角、1八玉。

《キッドは家族を殺したプラマー兄弟に復讐するため、刑務所を逃げ出してきたんです》

 1九歩、同馬。

《そして、知り合いの保安官カーリーと出くわしてしまいます》

 梨元さんは、5六角で銀を払った。

 今朝丸先輩は、6五の桂馬に手をかけた。そして、こう答えた。

《つまり、ジ・エンドというわけだ。7七桂成》


挿絵(By みてみん)


 私はタブレットをすばやく操作した。

 

 先手  70万

 後手 790万

 

 私ともうひとりかふたり、先手で粘ってるね……グッド。

「遊子、売り損じたな」

「うーん、どうかな」

 私はとぼけておいた。

 スクリーンのほうでは、あいかわらず梨元さんが西部劇の解説をしていた。

《『駅馬車』のラストシーンでは、からになったライフルで決闘をするんですよ》

《空のライフルでは勝てないだろう。殴るのか?》

《いやいや、リンゴ・キッドは、そこで隠し弾を……》


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシーン!

 

挿絵(By みてみん)


《こんなふうに撃ち込むんです》

 あたりが静まり返った。今朝丸先輩も、しばらく無言になる。

 梨元さんはカウボーイハットをはずして、くるりと画面のなかで回してみせた。

《まさにジ・エンドってやつです。さあ、取りますか?》


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

《僕にはったりは効かんぞ。同馬》

 同角、1九玉、3七角。


挿絵(By みてみん)


 今朝丸先輩の手が止まった。

《そ、そうか……合駒あいごまが悪いッ!》


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

《に、2八銀ッ!》

《1八金ッ!》

 2九玉、2八金、1九玉、3八金、1八玉。

《1九歩☆ ジ・エンド☆》


挿絵(By みてみん)


 詰んだね。これは私でも分かる。

 1七玉、1八銀、1六玉、2七金までだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

《ま、負けました》

《ありがとうございました☆》

 会場のメンバーは呆然としていた。

 かっちゃんはひたいを掻きながら、

「いやぁ、絶対に入玉したと思ったけどなぁ」

 とつぶやいた。

「かっちゃん、礼子ちゃんに売ったの?」

「いや、将棋に熱中してて売るの忘れてた」

 じゃ、私とおなじで丸儲けだね。

 分配の仕方は、負けたほうの賭け金を勝ったひとの株の比率で分配。

 私は50万円、かっちゃんは10万円で、もうひとりいるみたいだから5:1:1。

 後手には790万円プールされている。つまり、私の取り分は約665万。

 一方、後手の買占めをした礼子ちゃんは、ぽとりと煙管の灰を落とした。

「あ、あかん……おとんに怒られる……」

 ごっちゃんです。

「遊子は、先手がいいと思ってたのか?」

「思ってたよ」

「マジか? 形勢判断が得意なんだな」

 得意ってわけじゃないんだよねぇ。トリックがあるんだよ。

 梨元さん、いきなり西部劇の話を始めたでしょ……あれが優勢のシグナル。

 そのまえの局面で西部劇の話をしていたときも、イケイケの状況だった。

 だから、先手優勢だと判断したわけ。梨元さんの形勢判断に乗っ掛かり。

 私自身は、なにも考えていない。

「お嬢様、次の対局は、いかがいたしましょうか?」

 ともえちゃんが、スマホ片手に話しかけてきた。

「次はカウガールvsバンドマンくんでいいんじゃない?」

「それで一巡しますか。では、そのように連絡いたします」

 というわけで、興行は順調。まだまだ宵の口だし、はりきっていこうか。

場所:志摩邸地下カジノ場

先手:梨元 真沙子

後手:今朝丸 高志

戦型:先手藤井システム


▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △8四歩 ▲7八銀 △8五歩

▲7七角 △6二銀 ▲6八飛 △4二玉 ▲3八銀 △3二玉

▲6七銀 △5四歩 ▲5八金左 △5二金右 ▲4六歩 △5三銀

▲3六歩 △3三角 ▲1六歩 △4四歩 ▲3七桂 △4三金

▲6五歩 △2二玉 ▲2五桂 △4二角 ▲4五歩 △3二玉

▲5六銀 △2二銀 ▲4四歩 △同 銀 ▲4五歩 △5三銀

▲1五歩 △3一金 ▲6七金 △8六歩 ▲同 歩 △2四歩

▲6四歩 △同 歩 ▲1三桂成 △同 桂 ▲1四歩 △1二歩

▲1三歩成 △同 歩 ▲3五歩 △同 歩 ▲3七銀 △3三角

▲4六銀 △2一玉 ▲3三角成 △同 金 ▲3四歩 △3二金引

▲7七金 △6五桂 ▲同 銀 △同 歩 ▲7一角 △6四角

▲3五銀 △7二飛 ▲3三桂 △1二玉 ▲5三角成 △同 角

▲4四桂 △2三金 ▲6五飛 △3七角 ▲5八玉 △6二飛

▲同飛成 △同 角 ▲6一飛 △5一銀 ▲3二桂成 △8八飛

▲7八銀 △1四歩 ▲3一成桂 △同 銀 ▲1四香 △同 金

▲2一桂成 △5五角成 ▲3一成桂 △3五角 ▲3二銀 △2二香

▲2一成桂 △1三玉 ▲6三飛成 △4三歩 ▲2二成桂 △1五金

▲2三銀不成△2五歩 ▲1六香 △2四玉 ▲3三歩成 △5七角成

▲同 玉 △5六銀 ▲5八玉 △3五玉 ▲1五香 △6五桂

▲3四と △3六玉 ▲3五金 △2七玉 ▲3八角 △1八玉

▲1九歩 △同 馬 ▲5六角 △7七桂成 ▲2九銀 △同 馬

▲同 角 △1九玉 ▲3七角 △2八銀 ▲1八金 △2九玉

▲2八金 △1九玉 ▲3八金寄 △1八玉 ▲1九歩


まで137手で梨元の勝ち

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