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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第26局 日日杯への道/中国勢編(後編)(2015年6月13日土曜)
277/686

265手目 カウボーイハットの女

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


《先手だけ長考できて、せこくないですかね?》

《そんなことはないぞ》

 米子よなごくん、けっこう細かいね。まあ、1分以上考える時間があったけどさ。

 2五歩、2八飛、4四歩、3八飛、同飛成、同金、2六歩、2八歩。


挿絵(By みてみん)


 飛車交換になったね。これは予想外だったかな。

「これ先手だけ打てますやん」

 どこかのテーブルで声が聞こえた。

 たしかに、8一飛で先着できる。

「飛車に目が行くと危ないな。後手は2筋を絡めることができる」

 かっちゃんはそう言って、新しい葉巻に火をつけた。

「いずれにせよ、こいつらはかなりの強豪ってことだ。お手並み拝見」

 4五桂、8一飛(先着)、2七歩成、同歩、2八歩、3七桂、2九飛。

 おっと、後手も飛車を打てたね。でも、封じ込められそう。

《3九歩だ》

《俺っちの飛車、死なないっすよね?》

《自分で考えたまえ》

 今朝丸けさまる先輩、後輩にきびしい。

《最悪1七龍で逃げられるから、いっか。1九飛成》


挿絵(By みてみん)


「1七に逃げられる言うても、逃げたら終わりよねぇ」

 礼子れいこちゃんはそう言って、テーブルのワイングラスを手にした。

 かっちゃんも、自分のウィスキーグラスを引いた。

「だな。1七に逃げてる余裕はない。攻め込まれて終わりだ」

 ってことは、この先の数手で、買取チャンスがきそう。

 私はテーブルに備え付けの、折り曲げ式マイクの位置をなおした。

 じっと対局を見守る。

《4五銀だ》

《それは取れないっすねぇ。2九歩成》

 これが60手目。ここからは1手60秒に延びる。

《中盤で持ち時間が増えるのも、妙な感じがするな》

 今朝丸くんは、ぎりぎりまで考える。

 時間切れ負けはダメだよ。しらけるから。

《3四銀》

《どっちが速いかですねぇ、3九と》


挿絵(By みてみん)


 ここかな。私はマイクを引いた。

「先手、買い増すよ。8割」

 会場がどよめいた。

来島くるしまのお嬢ちゃん、強気やなぁ」

「売る? 売らない?」

「いや、もうちょい様子見ますわ」

 ぐぅ、横歩で形勢判断がむずかしいから、ノリが悪い。

 終盤で売り買い合戦になるかも。

 

 パシリ

 

 スクリーンには4三角が指されていた。


挿絵(By みてみん)


「うーん、これ後手悪いんとちゃうかな……来島はん、まだ買うてくれる?」

 さっきとはべつの、パンチパーマのおじさんが手をあげた。

「買うよ。7割5分」

「8割で買うてぇな。1手しか進んどらんじゃろ」

 私は拒否しかけた。けど、場が重いから、まずは動きを作る必要があると思った。

「オッケー、8割で買うよ」

「ほな、うちも売るで」

 あっという間に2件成立。

 ちょうど2件目の売買が終わったところで、盤面が動いた。

 6五角、3二角成、同玉、3五桂、4二香。


挿絵(By みてみん)


「先手切れとるじゃろ」

「あちゃあ、売ったのあかんかったかな」

「まあ最後にどう転ぶか分からん」

 私も切れてる気がしてきた。金の打ち場所がない。

 けど、おなじ先手に賭けた礼子ちゃんの表情には余裕がある。

 後手に賭けたかっちゃんは微妙な顔。

「マズいな。3三歩で痺れるぜ」

 3三歩? ……あ、同銀は2三金だね。

 

 パシリ

 

 3三歩が指された。

《いやぁ、きびしいっす。4一玉》

《ごり押しさせてもらうぞ。4三金》

 ここで礼子ちゃんもマイクを持った。

志摩しま組も後手票買ったるでぇ。5割」

「5割は安すぎや。6割」

「アホぉ、どうみても先手優勢や。5割、5割はおらんかぁ」

 ここで私もマイクを持つ。

「来島組、5割2分で買うよ」

「あ、遊子ちゃん、卑怯やでッ!」

 取引の自由。友だちでも、ここはゆずらない。

「志摩組、5割3分や」

「来島組、4分」

 礼子ちゃんは、地団駄を踏んだ。

「えーいッ! 出血大サービスッ! 6割ッ!」

 おっと、これは賭けに出たね。

 残り時間もすくないし、私は手を引いた。

 あっという間に4件ほど取引が成立。

「6割はリスクが高くねぇか?」

 かっちゃんは、礼子ちゃんに話しかけた。

 礼子ちゃんは、タブレットで入力の処理をしながら、

「こんなん遊びよ、遊び」

 と一喝した。

「ちぇっ、大きな組の後継ぎはいいよなぁ」

 こんなやりとりのあいだにも、局面は進んだ。

 4三同香、同桂成、4二金打、5二香、4三金、5一香成、同銀。

《いいパターンに入ったッ! 6二金だッ!》

《まだまだ、4二角ッ!》


挿絵(By みてみん)


 ひと目4三銀成かな、っていう。でも、同角のあとが続かないかも。

「こりゃあかん。だれか後手買うてくれ」

 あちこちで売買が盛んになった。私と礼子ちゃん以外も買い始めている。

 私はオレンジジュースを飲んで、ひと息ついた。

「かっちゃんは売らないの?」

「売りたいのは山々だが、長引くと思うんだよな」

 あとで売るほど損だけどね。買い値が安いから。

「遊子は、もう買わないのか?」

「今はやめとく」

 これだけ買い手がいると、値がうわずってしょうがない。

 それに、先手優勢は明確だから、ひとりあたりの分け前も減りそう。

 大口の礼子ちゃんが、おなじ側に賭けているというのもあった。

 彼女と私を合わせただけで、全体の相場の25%くらいあるからね。

 あとは将棋を楽しもうかな。


 パシリ

 

 局面は進んだ。

 5一金、同角、6二銀、5二金、5一銀成、同金。


挿絵(By みてみん)


「また6二角って打つのかな? 千日手の可能性ある?」

「いや、今度は3二角だろう」

 かっちゃんの指摘に、私も納得。

「3二角、5二玉、4三銀成、同角、同角成、同玉、5一飛成かな?」

「いや、最後は先に2一角と打って、3三玉を強要したほうがいい」

「なるほど、そこで5一飛成だね。かっちゃん、賭けは弱いけど手は読めるんだね」

 かっちゃんは、短めの髪をがりがりと掻いた。葉巻の灰がこぼれる。

「あのなぁ、もう解説しねぇぞ」

「ごめんごめん。で、そろそろ売る?」

「……売る」

 はい、5割でゲット。この局面なら破格だよ。お友だち価格。

 

 パシリ

 

 スクリーンの盤面は、4三銀成まで進んでいた。

 同角、同角成、同玉、2一角、3三玉、5一飛成。

《もうこれに賭けますよッ! 6九銀ッ!》


挿絵(By みてみん)


「先手、危ないんじゃなかろうか」

 となりのテーブルのおじさんは、そうつぶやいた。

 会場のとりひきも、一時的に中断した。形勢判断に困ったのだろう。

 でも、ここはよく見たほうがいい。後手は詰めろになっている。

 4三金、3四玉、2五金、2三玉、3二角成、1二玉、2一龍までだ。

 先手が詰まない限り、先手勝ち。

 6八玉、7八銀成、同玉。

《もういっちょ6九銀ッ!》

《おっと、それは罠だな。取らないぞ。7七玉》

《5五角ッ!》

 今朝丸先輩は、6六歩と静かに進めた。


挿絵(By みてみん)


《あッ……と、投了》

《ありがとうございました》

 会場から安堵と落胆の声が聞こえた。

「最後、詰みそうやったんやけどなぁ」

 さっきのおじさんは、そう言ってビールをがぶ飲みした。

 私は儲けの計算をしつつ、かっちゃんに声をかけた。

「2回目の6九銀に同玉だと、どうなってたの?」

「最後は、けっこう複雑だった気がするな。とりあえず同玉に3八とだろう」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「5九銀と受けたら、同龍と切る」

「切って大丈夫? 6五には角が利いてるから、頭金はできないよ?」

「4八金と打って、6八玉は5九角、7八玉、6九銀以下の詰みだよな」

「6九玉と逃げたら?」

「6八香と釣り上げられないか?」

「同玉なら詰むけど、7九玉で絶対に詰まないと思うよ?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 かっちゃんは、あごに手をあてた。

「だな……6八銀は同玉、5九角、7八玉以下が詰まない」

「単純に並べて打ったら、どうかな? 5八金打、7八玉、6九銀、7七玉、6八角、6六玉のとき、5七角成と成れるよ?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「成れるけど、詰まないぜ。7七玉、6八馬、6六玉、5七馬は王手の千日手だから、先手の負けだ。2回目の6六玉に6四香と打つのは、5五玉の空中玉がある」

「うーん、そっか……そもそも、3八とに7八玉でも詰まないかもしれないね」

「そっちは危ない気がするな。6八金で?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 そこに金? なんか野暮ったいような。

「同玉、5九角が狙い? 単に7七玉は?」

「それは6七金、同玉に6九龍って回られて……ん? 詰まないか?」

「龍を抜く筋はあるね。8二香と打って、8五桂なら9五角、9六玉、5一角。9五角に同玉は8四金だよ。8五桂以外の合駒は9五金、同玉、7三角」

「金銀渡しすぎじゃねぇかな。もっとスマートな寄せがあると思うぜ」

 私たちは検討を続けた。そのうち、巴ちゃんに声をかけられた。

「お嬢様、2回戦の準備が終わりました」

「了解」

 私はピンマイクに切り替えた。

「1回戦、お楽しみいただけましたでしょうか。これより、2回戦を始めます」

 私はひと呼吸おいた。

「次の試合は、さきほどの勝者と、女子高生棋士との戦いです」

 ほほぉ、と声が漏れた。さっきよりもざわざわしている。

 みんな女子高生好きだね。エッチ。

「これは見ものやなぁ。けど、実力差がありすぎるんとちゃうか」

「いや、そこは来島はんじゃけん、なんかあるんでっしゃろ」

 今回も県代表同士の戦いだよ。さて、どうなるかな。

「さきほどと同様、賭け金の提示は41手目になります」

 私は巴ちゃんに合図をした。携帯で、上に連絡をいれる。

《よろしくお願いします》

《よろしくお願いします》

 ふたつの頭がスクリーンに映り込んだ。

「ん? カウボーイハット?」

「コスプレでもしとるんかいな」

 しまった。帽子を脱げって言うのを忘れていた。

 ウィスキーをかたむけていたかっちゃんも、眉をひそめた。

「おい……今の、T取の梨元なしもとじゃないか?」

「気のせいだと思うよ」

「いや、あんなのかぶってる女子校生、ほかに……」

「うふふ、かっちゃん、そういうことにしといたげやぁ」

 礼子ちゃんはニヤリと笑った。やだなぁ。バレちゃった。

 

 パシリ パシリ パシリ

 

 おっと、進行が早いみたいだね。どれどれ。


【先手:梨元 後手:今朝丸】 

挿絵(By みてみん)


 へぇ、ノーマル四間なんだ。

「めずらしいな。猫も杓子も角交換してるってのに……あ、お姉さん、お代わり」

「飲み過ぎは体によくないでぇ」

「おまえだってノンベェくせによぉ」

 酔っ払い同士の会話、禁止。

 4二玉、3八銀、3二玉、6七銀、5四歩、5八金左。

 藤井システムかな。

 5二金右、4六歩、5三銀、3六歩、3三角、1六歩。


挿絵(By みてみん)


「藤井システムだな。普通にクマられるんじゃないのか?」

 かっちゃんは、グラスの氷をからりと鳴らした。

「どうやろねぇ。先手のお姉さん、ずいぶんと自信があるみたいやけど」

 礼子ちゃんは、澄まし顔で一服。

 梨元さんの対局をみるのは、これが初めて。

 手つきはしっかりとしている。迷いがない。

《普通に穴熊にしたいところだが、不気味だな》

《アハハ、そう思うならやめてください》

《組めるところまでは組む。4四歩だ》

 3七桂、4三金、6五歩、2二玉。

《はい、2五桂》


挿絵(By みてみん)


 いきなり跳ねた。これには観客も興奮。

「一気にいきましたな」

「端が伸び切ってないから、無理じゃろ」

 これはオッズが分かれそうだね。楽しみ。

 4二角、4五歩(畳み掛けた)、3二玉、5六銀、2二銀。

《はい、穴熊は阻止⭐︎》

《阻止したところで、2五の桂馬は助からないぞ》

《助かってるうちに攻めればオッケー、4四歩⭐︎》

 ノリが軽いなぁ。マジメに指してくれてれば、それでいいんだけど。

 突撃して終わり、じゃダメだよ。あとでおごってあげないからね。

 4四同銀、4五歩、5三銀、1五歩、3一金。

《6七金。飛車を回るわよ》

《反撃だ。8六歩》


挿絵(By みてみん)


 ありゃりゃ、これは激しぃ。

 私はピンマイクをオンにした。

「40手目が指されました。賭け金をご提示ください」

 会場は、一転して静かになった。

 みんな真剣にスクリーンをにらんでいる。

「ここ数ヶ月で、一番むずかしくなったな。意外と先手もいける」

「先手いけるっちゅーか、成功しとらん?」

「4一玉と逃げられるかたちは、なかなか捕まらないぜ」

 かっちゃんは、お代わりのウィスキーをひと口やった。

 そして、黙ってタブレットに入力した。

 この3人だと、賭けた内容を教えるのが普通。

 それを教えなかったとなると、勝負しに来てるね、この局。

「うちも、今回は教えへーん」

 礼子ちゃんは、煙管きせるに火をつけなおした。

 私も念入りに考える。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………こうかな。

 私は賭ける対象と額を入力した。


《全参加者の入力が完了しました》


 よし。私はかるくうなずいて、対局再開を宣言した。

「それでは、続きをお楽しみください」

場所:志摩邸地下カジノ場

先手:今朝丸 高志

後手:米子 耕平

戦型:横歩取り8五飛


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲3六飛 △2二銀

▲8七歩 △8五飛 ▲2六飛 △4一玉 ▲5八玉 △6二銀

▲3六歩 △5一金 ▲3八銀 △7四歩 ▲3五歩 △8八角成

▲同 銀 △7三桂 ▲3七銀 △3五飛 ▲4六銀 △2五歩

▲2八飛 △3四飛 ▲2五飛 △3三桂 ▲2六飛 △2五歩

▲2八飛 △4四歩 ▲3八飛 △同飛成 ▲同 金 △2六歩

▲2八歩 △4五桂 ▲8一飛 △2七歩成 ▲同 歩 △2八歩

▲3七桂 △2九飛 ▲3九歩 △1九飛成 ▲4五銀 △2九歩成

▲3四銀 △3九と ▲4三角 △6五角 ▲3二角成 △同 玉

▲3五桂 △4二香 ▲3三歩 △4一玉 ▲4三金 △同 香

▲同桂成 △4二金打 ▲5二香 △4三金 ▲5一香成 △同 銀

▲6二金 △4二角 ▲5一金 △同 角 ▲6二銀 △5二金

▲5一銀成 △同 金 ▲3二角 △5二玉 ▲4三銀成 △同 角

▲同角成 △同 玉 ▲2一角 △3三玉 ▲5一飛成 △6九銀

▲6八玉 △7八銀成 ▲同 玉 △6九銀 ▲7七玉 △5五角

▲6六歩


まで103手で今朝丸の勝ち

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