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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第26局 日日杯への道/中国勢編(後編)(2015年6月13日土曜)
276/686

264手目 ネオン街の誘惑

※ここからは来島さん視点です。

 ここはH島市内のネオン街。

 私はベンツの後部座席で、ともえちゃんの会話に耳をかたむけていた。

「うむ……そうか……わかった。お大事に」

 巴ちゃんは携帯を切った。助手席から、私のほうに顔だけむけた。

「風邪で寝込んでいるそうです。40度近くあるとか」

「ふたりとも?」

「練習試合のとき、おたがいに移しあったのではないかと」

 私はタメ息をついた。腕時計を確認する。

「マズいね。あと30分しかない」

「至急、代打ちを立てる必要があるかと思います」

「巴ちゃんは、心当たりある?」

「いえ……他の組に貸してもらっては?」

「それはダメ。ほかの組が助力するのは禁じられてるから」

 巴ちゃんは、眼帯の位置をすこしなおした。腕組みをして考え込む。

「いかがでしょう、どこの組にも所属していない者に声をかけてみては?」

 そんなのいるわけ……ん、私は、スモークガラスの向こうに視線をむけた。

「ちょっと停めて」

 ゆっくりとブレーキがかかった。私はスモークガラスを、1センチだけ開けた。

「お嬢様、ヒットマンがいるかもしれません。ご用心を」

「……あの女のひと、どこかで見たことがある」

 巴ちゃんも、スモークガラス越しに外をうかがった。

「どの女ですか?」

「あそこのゲーセンで、クレーンゲームしてるひと。カウボーイ姿の」

 あのファッションセンス――記憶違いのはずがない。

 たしか……そう、ジャビスコ杯の打ち上げで見かけたひとだ。

「かぶき者にかまっている暇はありません。至急、代打ちを」

「あのカウガール、どこかの県代表だった気がする」

「県代表? 銃の早打ちですか?」

「ちがうよ。将棋」

 巴ちゃんは、眉間にシワを寄せた。

「あの女がですか? とてもそうは見えませんが」

 うぅん、まちがいない。辰吉たつきちくんに、そう教えてもらった。

 ということは、とりまきの少年たちも、将棋関係者の可能性が高い。

 なんで県代表が夜の街をうろついているのか、そんなことはどうでもよかった。

 今重要なのは、目のまえにある穴を埋めること。それだけ。

「巴ちゃん、ちょっと頼んでもいいかな」

「なんなりと」

「まず、会場のセッティングを……」

 

  ○

   。

    .


「え? 俺っち、ここで指すだけでいいの?」

 おしゃれなメガネの少年は、目を白黒させた。

 バンドマンっぽい。っていうか、バンドマンだね。背中にギターしょってるし。

 髪型もばっちり決まっている。米子よなごくんと言うらしい。

「将棋を指すだけで食事をおごってもらえるとは、妙だな」

 もうひとりの少年が、怪訝そうにあたりをみまわした。

 詰襟の制服を着た、いかにもお固そうな感じのひとだ。ザ・委員長って感じ。

 太い眉毛が特徴的だった。

 名前は今朝丸けさまるくん。3年生だから、今朝丸先輩かな、一応。

「いいじゃん。おごってくれるって言ってるんだから」

 カウガールのお姉さんは、モデルガンで帽子を突き上げた。

 彼女が県代表という記憶は、正しかった。名前は梨元なしもとさん。

 なにかのイベントがあって、T取からわざわざ来たらしい。

「梨元くんは、調子が良すぎる。高校生の将棋に、普通は飯などおごらないぞ」

 今朝丸先輩は、カウガールのお姉さんをたしなめた。

「さっき説明されたじゃない。大学の研究室で、データを取りたいんでしょ?」

 梨元さんは、私に確認をとってきた。

「はい。そこのひとたちが、H大のコンピューターサイエンス学科なんです」

 私は、部屋のすみにいる若い衆にガンをとばした。

 ごらぁ、さっさと演技せんかい。

「は、はい、俺たちはH大のコンピューターやってます」

 なんか微妙。バレないかなぁ。

 私は、梨元さんたちのようすをうかがった。

 最初に反応したのは、米子くんだった。

「俺っちは指してもいいけど、なにをおごってくれるの?」

「ロイヤルホステスでディナーメニュー」

「え? マジ? 4000円分くらい食べちゃうよ? いい?」

 全然オッケー。代打ちには、毎回何万円も払っている。経費節約。

 だけど、ここでまた今朝丸先輩が割りこんできた。

「そろそろ門限だ。日日にちにち杯の主催者からは、9時までにホテルへもどるように指示を受けている。もう8時を過ぎていて、間に合わない可能性があるぞ」

 このひと、思ったよりメンドくさいかな。

 私はいろいろこじつけることにした。

「大学の研究に協力するっていえば、主催者も分かってくれると思いますよ?」

「そうですよ。今朝丸先輩、もっと柔軟に生きましょうよ」

「私も指しまーす」

 米子くんと梨元さんが味方についた。

 今朝丸先輩は不満顔で、

「ふたりを置いていくわけにもいかない。僕も残ろう」

 と観念してくれた。よしよし。

「ルールは、さっきお伝えしたとおりです」

「俺っちはそのルールでもいいけど、ちょっと変則的過ぎない?」

 60手までは1手30秒、それ以降は1手60秒の早指し。

 それが私の提示したルールだった。

「秒読みによる心拍数の変化も調べてるんです」

「ふぅん」

 米子くんは、それ以上疑問をいだかなかったらしい。

 私は説明を切り上げた。

「それじゃ、よろしくお願いします」

 私はぺこりと頭をさげた。それから、若い衆に視線で合図する。

 みんなばたばたと始めたところで、私は部屋を出た。

 そして、裏口にある緊急用エレベーターへ飛び込んだ。

「お嬢様、いかがでしたか?」

 中では、巴ちゃんが待ってくれていた。すぐに▽ボタンを押す。

「引き受けてくれた。けど、あの若い衆に任せて大丈夫かな?」

「組のなかから、パソコンに詳しい者を集めました。心配ありません」

 ほんとかなぁ。機器の故障が起こると困る。

 

 チーン

 

 あ、到着した。私はエレベーターを降りた。

 入り口でボディチェックを受けて、会場のなかへ。

 3層に分かれた最上段の、真ん中のテーブルへ移動した。

「おう、遊子ゆうこ、遅かったな」

 スーツを着た強面こわもての少年が、こちらへ顔をむけた。

 大伴おおとも勝利かつとし、通称かっちゃんだ。

「ごめん、ちょっと準備に手間取ってた」

「ん? 今夜の出し物は将棋だろ? カメラでも故障したか?」

「特別な趣向があるんだよね」

 私はそう答えて、椅子に腰掛けた。

 対面に座っていた着物姿の少女が、煙管きせるからくちびるをはなした。

「それは楽しみやねぇ」

礼子れいこちゃんに言われると、緊張しちゃうね」

 他愛もない会話。けど、緊張してるのは、わりと本音。

 上の心配をしていると、ウェイターが注文をとりにきた。

「今夜はホストだからオレンジジュースで」

「かしこまりました」

 あとは待つだけかな。私は、かっちゃんたちと雑談にふけった。

 しばらくして、会場内の明かりが落ちた。


《お待たせいたしました。これより第119回例会を始めさせていただきます》


 女性のアナウンス。巴ちゃんが、私のところへピンマイクを持ってきた。


《まずは、ホストの来島くるしま遊子ゆうこ様より、開会のご挨拶をいただきます》


 私はひとつ咳払いをして、席を立った。

「ただいまご紹介にあずかりました、来島遊子です。今宵は親分衆方をはじめとして、たくさんのご列席を拝し、まことにありがとうございました。少々時間が押しておりますので、ご挨拶は以上とさせていただき、さっそく賭場を開帳いたします」

 前方のステージに、巨大なスクリーンがおりた。

「さて、今宵の出し物は将棋。前回のご好評をいただいての、アンコールとなっております。が、おなじ博打では興も削がれますゆえ、少々趣向を凝らさせていただきました」

 私は巴ちゃんに合図した。巴ちゃんは、リモコンのスイッチを押した。

 すると、スクリーンに、将棋盤と2本の腕が映った。

 ちょうど駒をならべているところだった。

「スクリーンに映っておりますのは、ふたりの男子高校生です」

 ほぉ、と、会場から声が漏れた。

「つまり、盗撮っちゅーことか?」

 ホール2段目から質問がとんだ。

 私は、そうだと答えた。さすがに高校生代打ちは雇えないからね。カタギだし。

「彼らは、自分たちが賭けの対象になっていることを知りません」

「高校生じゃおもろうないじゃろ」

「いや、こういうのは年齢関係ないけん」

「中学生が強かったりするかんなぁ」

 会場がざわつき始めた。反対の声があがらないのは、いい。

 私は問題ないと判断した。不安事項がひとつ消えた。

「賭け金はいつもどおり、一口10万から、100万を上限といたしまして、60手までは1手30秒、それ以降は1手60秒の早指しです。ただし、今回は初手合いですので、賭け金は41手目にご提示いただきます」

 私は、質問がないかどうかたずねた。

「……ないようですね。それでは、対局を始めさせていただきます」

 私は、巴ちゃんに目配せした。巴ちゃんは、携帯で対局開始の合図をおくった。

 スクリーンの向こうで、すこしだけ動きがあった。

《よろしくお願いします》

《よろしくお願いします》


 パシリ

 

 7六歩――スクリーンの右側から、制服の腕がのびた。

 どうやら、今朝丸先輩が先手のようだ。

《うーん、どうしようかな……》

 微妙に声が入っちゃってるね。多少加工してあるからいいんだけど。

 対局中は名前を呼ばないように注意してあった。

 研究上のプライバシーがうんたらかんたら、という理由で。


 パシリ

 

 3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。

 横歩になっちゃったね。

 2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛、3三角。


挿絵(By みてみん)


「お嬢様、大丈夫ですか。横歩だと早く終わるのでは?」

「んー、さすがに40手は超えると思うよ」

 終盤で勝勢だと、賭けが成立しない。でも、さすがにないでしょ。

 3六飛、2二銀、8七歩、8五飛、2六飛、4一玉、5八玉。

 ちょっと古いかたちになったね。

 6二銀、3六歩、5一金、3八銀、7四歩、3五歩、8八角成。

 

挿絵(By みてみん)


「なぁ、遊子、あのふたりはどこから連れてきたんだ?」

 かっちゃんは葉巻をくゆらせながら、そうたずねた。

「それは教えられないよ」

「かなりの指し手に見えるんだが」

 高校県代表だからね。その情報も、まわりには伝えていない。

 あくまでも匿名の高校生だ。

 同銀、7三桂、3七銀、3五飛、4六銀、2五歩。

 そろそろ40手だね。

 2八飛、3四飛、2五飛、3三桂。


挿絵(By みてみん)


「巴ちゃん、対局を中断させて」

「了解」

 巴ちゃんは、携帯で上に連絡をとった。

《え? ここで中断?》

 米子くんの声。さすがに変に思ったかな。

《今までのデータを整理します。ちょっと待ってください》

 若い衆のひとりがごまかした。ナイス。

 私はピンマイクをオンにして立ち上がる。

「それでは、賭け金をご提示ください」

 会場が一気にざわついた。

 各人、手もとのタブレットで、賭け金の操作を始めた。

「むずいなぁ。次に飛車を逃げることくらいしか分からん」

「先手は前に出過ぎなんとちゃう」

「いや、こういうのは攻めとる方がいいとしたもんですよ」

 みんな迷ってるね。私も迷ってる。

 おなじテーブルのかっちゃんと礼子ちゃんも悩んでいた。

「個人的には後手を持ちたいな。先手はそんなに手がない」

「うちもやねぇ」

 ふむふむ、だけど、この局面でそんなに差があるかなぁ。

 先手の右下が不安なのは、理解できる。なにか打ち込まれそう。

 私はどういう仕手戦を描くか、思案した。

「巴ちゃん、いくらもらってきてる?」

 私は自分の持ち金を確認した。

 巴ちゃんは、ブラックカードをふところから取り出した。

「満額です」

 だったら、多少は張ったほうがいいよね。ホストが張らないと盛り上がらない。

「私は先手に5口」

「お、いくな。俺は後手に2口だ」

「そういう張り方は、男らしくないでぇ。パーッと賭けやぁ」

 礼子ちゃんにからかわれて、かっちゃんはひたいを掻いた。

「うっせぇなぁ。うちの組は金がないんだよ。礼子こそ、いくら賭けるんだ?」

「遊子ちゃんに相乗りさせてもらうわ。先手に50万」

 だいたい出揃ったかな。ほかのテーブルも、入力をほぼ終えていた。

 私はタブレットで株の動きを調べた。

 

 先手 370万

 後手 400万

 

 拮抗してるね。全体的にちょっと賭け金がすくないかな。

 初見だから、みんな控えてるのかも。

 

《全参加者の入力が完了しました》


 オッケー、私はマイクをふたたびオンにした。

「それでは、対局を再開します」

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