252手目 敵の敵は味方
「61……失敗……」
飛瀬がサイコロに失敗して、5日目の午後は終わった。
「なにも収穫がなかったね」
と師匠。あたしは飴玉を舐めつつ、悠々とマップを眺めていた。
「それでは、情報共有フェーズです」
丸亀の指示が飛んだ。師匠はあたしのほうを向いて、
「不破さん、六連くんとなにをしゃべったの?」
と尋ねた。
「それはヒミツです」
「午後も花屋にいてなにもしなかったし、もしかして買収された?」
「さあ、どうでしょう」
あたしはあくまでも誤摩化した。すると、師匠は困ったような顔をして、
「うーん……不破さんとは情報を共有しないほうがいいのかな」
と呟いた。すぐに西野辺が便乗した。
「当たり前じゃん。絶対に六連とつるんでるよ」
「でも、六連くんとつるむメリットがなくない?」
「リアル買収かもよ? 飴をおごってもらったとか」
あのなぁ、どうしてそうなるんだ。あたしが注意しかけると、丸亀が代わりに、
「リアル買収なら、僕が止めています。ルール違反ですからね」
と弁解してくれた。あたしは腕組みをして、椅子に座り込んだ。
「さあ、あまり時間もありません。情報を共有してください」
丸亀は、全員に会話をうながした。あたしと六連と早乙女がチラ見される。
「こうなったら、六連くん、早乙女さん、不破さんを外すしかなくない……?」
飛瀬の提案に、ほかの面子もうなずいた。
「そうみたいだね……GM、僕と飛瀬さんと西野辺さんと桐野さんで話し合うよ」
「了解です。ほかのメンバーには、さきほどのアイマスクをしてもらいましょう」
あたしはアイマスクと耳バンドをした。
……………………
……………………
…………………
………………おっと、肩を叩かれた。
「終わったか?」
「うん……不破さんたちも話し合う……?」
飛瀬の質問に、あたしは話し合うことはないと答えた。
早乙女も孤立してるし、夜の情報共有フェーズはあっさり終了。
「では、6日目の午前です。順番を決めてください」
サイコロタイム。
あたし→西野辺→桐野→六連→早乙女→飛瀬→師匠
「不破さん、行き先を決めてください」
「花屋で花でも売っとくよ」
「了解です。自宅待機ですね。西野辺さんは?」
「私は花屋に行く」
ん? あたしのほうに絡んできた?
西野辺は、あたしの視線をスルーして、コマを花屋のうえに置いた。
「桐野さん、どうぞ」
「私は市場に行きまぁす」
なんか妙だな。行き先を話し合ったのか、やたらと決めるのが早い。
「六連くんは?」
逆に六連のほうが慎重に考え込んだ。
「……僕も市場へ行く」
「次、早乙女さん、どうぞ」
「私は郵便局で……いえ、ちょっと待ってちょうだい」
早乙女は、髪を撫でながら壁をみつめた。こいつの考えるときの癖だ。
本人曰く、壁を黒板代わりにしているらしいが、よく分かんねぇ。
「……私も花屋へ行くわ」
早乙女もあたしのほうに? 西野辺たちとは相談してないだろ?
「早乙女さんも花屋ですね……飛瀬さん、どうぞ」
「私は薬局……」
「捨神くんは?」
「僕も花屋。但し、西野辺さんとは別行動で、裏庭へ回るよ」
「それはあとで決めてもらいます。では、捜査フェーズの開始です」
丸亀は、一番手のあたしにどうするか尋ねた。
「どうするって……どうすりゃいいんだ?」
「それは自分で考えてもらわないと困ります」
あたしはマップのコマの配置を確認した。
西野辺 花屋
桐野 市場
六連 市場
早乙女 花屋
飛瀬 薬局
師匠 花屋(裏手)
これ……絶対包囲しに来てるだろ。
まちがいない。リリー包囲網だ。5日目の六連との相談で、あたしが裏切ったと思われてる。しかも、あたしの詰みが近いことも察知されているらしかった。
どうしてバレた? ……そうか、簡単だな。六連はカードを大量に集めて、あたしを味方に取り込んだ。あたしがカードで脅されたのは、すぐ分かる。だったら、六連の調査した場所をおとずれて、情報収集しようってわけだ。
しまったな。県代表クラスの将棋指しだと、ゲームへの順応性が高い。
「不破さん、どうぞ」
「ちょっと待ってくれ」
あたしは六連を盗み見た。が、六連はこちらを見てもいなかった。
まあ、相談はできないし、自分で考えるしかないんだが……どうする? 特にヤバいのは、裏庭に回ってきた師匠だ。下手すると、花壇を掘り返しかねない。かと言って、ここから花壇の守りに入ると、そこにヒミツがあるとバレる。
……………………
……………………
…………………
………………
「寝室で日記を書く。鍵は表も裏も寝室も全部閉めるぜ」
「ほぉ……ずいぶんひねりましたね。この建物は、表玄関、店舗と住居の間、裏口に鍵があるだけで、そこまで立派なものではありません。施錠できるのは3ヶ所だけです」
「チッ、しゃーねーな」
「リリーさんは玄関と店舗と裏口を施錠して、寝室で日記を書いています。西野辺さん、早乙女さん、共同で動くかどうか決めてください」
「ごめん、素子ちゃんとは別行動で」
「了解です。郵便屋のハッシュは、ひとりで花屋のまえにいます。どうしますか?」
「これさ、施錠されると連続サイコロが必要ってキツくない?」
「六連くんと条件は一緒なので、そこは飲んでいただかないと」
「まあ、そうなんだけどさ……解錠して寝室まで行くよ」
引っかかった。裏庭に回られなきゃいい。
「えいッ! ……39」
「郵便屋のハッシュは、表玄関を解錠しました。店舗に入ります」
「よーし、もう一回いくよ。えいッ!」
サイコロはテーブルのうえを転がって、緑が5、赤も5になった。
「うーん、失敗」
「郵便屋のハッシュは、住居部分に侵入することができませんでした」
「九十九っちに任せるしかないかぁ。あとはよろしく」
「西野辺さん、別行動しているひとに声かけは禁止です」
「あ、ごめんごめん」
丸亀は、桐野と六連にターンを回した。
「おふたりは、単独行動しますか?」
「はぁい」
「僕は桐野さんを尾行するよ」
「では、おふたりともサイコロを振ってください」
「70ですぅ」
「63」
「ロッジェは、クリストファー村長の尾行に成功しました」
「うにゅう、ストーカーは犯罪なのですぅ」
「ターン的には桐野さんが先ですね。どこへ移動しますか?」
桐野は、六連と話したガキを捜すと言い始めた。
「なるほど……どこを捜しますか?」
「昴くんと同じ場所に行ってみまぁす」
「GM、先回りして捜すことは可能?」
六連の質問に対して、丸亀は首を左右に振った。
「桐野さんのほうが先に行動するので、先回りはできません」
「かならずしも後攻が有利ってわけじゃないのか……了解。そこまで尾行するよ」
「クリストファー村長は、果物屋の近くで、例の少年を見つけました」
「声をかけるのですぅ」
「GM、すぐに駆け寄って割り込むよ。さすがにできるだろう?」
「そうですね。割り込みは先回りではないので、よしとしましょう」
あたしは、ようやく合点がいった。六連は、桐野の妨害をしてくれているのだ。
こうなったら応援せざるをえない。一蓮托生だ。
「ふえ? 割り込み禁止ですぅ」
「GM、子どもをそのまま連れて行くことはできる?」
「あ、おまわりさん、誘拐ですぅ。事件ですぅ」
「ここは桐野さんのほうが有利ですね。村長なので、声をあげたら人が集まります」
「そうか……じゃあ、べつの……」
「割り込まれた時点で声をあげまぁす。助けてくださぁい」
「クリストファー村長の声を聞きつけて、屈強な男たちが大勢集まりました」
六連はタメ息をついて、帽子のつばを下げた。
「しまった。身分差があったか……どうなるの、これ?」
「村長の指示次第かと思いますが……桐野さん、どうしますか?」
「しょっぴぃて牢屋に入れるのですぅ」
「うーん、それはさすがにムリですね。村長も独裁者ではないので」
「だったらぁ、揉めてるあいだに子どもだけ連れていくのですぅ」
おまえが誘拐犯じゃねぇか。
「クリストファー村長は、子どもの連れ出しに成功しました。六連くんはロストです」
「了解」
六連が離脱。これは痛い。
一方、桐野のほうはご満悦な表情で、先を続けた。
「ではぁ、昴くんと話した内容を教えてくださぁい」
丸亀は咳払いをして、子どもの演技を始めた。
「ロッジェさんとは、なにもしゃべってません」
「ウソついてもダメなのですぅ。白状するのですぅ」
「村長さんは、だれかを見間違えたんです」
丸亀、ごねまくる。
こっちの味方をしているというよりは、証拠を出せという感じだった。
少年もノゾキがバレるとマズいから、全力で否定するのは当たり前。
「ふえぇ……ラチが開かないのですぅ……サイコロ振らせてくださぁい」
「適切なアクションがないと、サイコロは振れません」
「だったら、お金を握らせまぁす」
「少年は拒否しました」
「おかしいのですぅ。昴くんのときは、リンゴで買収されたのですぅ」
ちゃんと見てないな。リンゴで買収されたんじゃなくて、メモで脅されたんだ。
いくら金をもらっても、自分の犯罪を売るやつはいない。
「そろそろタイムアップですね。どうしますか?」
「う、うにゅう……あとで茉白ちゃんたちと相談しまぁす」
「クリストファー村長のターンは終了です。早乙女さん、どうぞ」
「GM、こういうことって、できるのかしら?」
早乙女は、メモ帳に走り書きをして、丸亀に渡した。
丸亀はそれをみて、眉間にしわを寄せた。
「ダメです」
「あら、どうして? 私の勝利条件なら、これができないとおかしいと思います」
ん? 勝利条件? 早乙女が自分の勝利条件に言及した?
ほかの連中も、怪訝そうに早乙女と丸亀のやりとりをみていた。
「早乙女さんの勝利条件に、この行動は必要ありません」
「いいえ、あります」
早乙女はメモ帳に走り書きして、ふたたび丸亀に渡した。
「……なるほど、一理ありますね」
「というわけで、認めて欲しいのですけど」
「んー、しかし……こういうのは、どうですか?」
こんどは丸亀がメモ帳に書いて渡した。早乙女はそれに目を通して、
「これも一理ありますね……分かりました。ここで手を打ちます」
と妥協した。内容はまったく不明だった。
「では、このターンの行動を決めてください」
「捨神先輩が来るのを待ちます」
「了解です。同じ場所なので、捨神くんのターンを先に処理します」
「えーと、これは早乙女さんと出くわしたってことになるのかな?」
「はい、木こりのフェリスは、少年トマスとばったり出くわしました」
「こんにちは、フェリスさん」
早乙女は、さっそく演技を始めた。師匠は困惑した。
「こ、こんにちは、トマスくん」
「こんなところで、どうしたんですか?」
「いや、あの……うーんとね……散歩してるんだ」
「奇遇ですね。私も散歩中です。ご一緒にいかがですか?」
おっと、これは……早乙女も妨害してくれてるのか。でも、理由が分からない。早乙女の勝利条件がなにかは知らないが、あたしたちとはつるんでいなかったからだ。
「いや、ひとりがいいかな……うん、ひとりで散歩するよ」
「そうですか、呼び止めて失礼しました。どうぞ、散歩の続きを」
「え、あ、うん……って、ちょっと、GM」
師匠は、丸亀に助けを求めた。
「これ、トマスくんのまえで柵越えするとマズいの?」
「それは、トマスくんの反応次第ですよ。見逃してくれるかもしれませんし」
「と、トマスくん、これから僕はリリーさんに用事があるんだ」
「そうなのですか。私はここで遊んでいるだけです。どうぞご自由に」
師匠は、ホッと胸をなでおろした。
「じゃあ、柵越えするよ」
「サイコロをどうぞ」
カラカラカラ
「09! 成功!」
「木こりのフェリスは、柵越えをして庭に降り立ちました」
「それじゃあ、次は裏口の鍵だね。もう一回……」
ここで早乙女が口を挟んだ。
「GM、不法侵入だと叫んで、近所のひとを呼びます」
「えぇ!?」
師匠、裏切られる。
「木こりのフェリスは、慌てて逃げ出しました。最後に、飛瀬さん、どうぞ」
「なんだか場が二極化してきたね……薬局の店主はいる……?」
「います」
「六連くんのときと同じ手順で買収したい……」
「サイコロを振ってください」
カラカラカラ
「42……成功……」
「イゾルデばあさんは、店主から情報を聞き出すことに成功しました」
カードは六連が持っていたので、丸亀はメモ帳に写しを作って渡した。
「午前の捜査フェーズを終了します。情報共有フェーズに入ります」
あたしたちは、交互に相談することに決めた。
まず、あたしと六連と早乙女がアイマスクと耳バンドをつけて待機。
……………………
……………………
…………………
………………よし、肩を叩かれた。
こんどはあたしと六連が相談。
「どうする? あたしが狙われてるように思うんだが?」
あたしはアイマスクを外しながら、そう尋ねた。
「そうだね……とは言っても、みんな花屋のなかが怪しいと思ってるみたいだし、残りは3ターンしかない。あまり変な行動に出ないほうがいいんじゃないかな」
「飛瀬は3番目のカードを見つけたし、さっきの相談で情報共有されてるだろ?」
「たしかに、そこはネックかな。4番目のカードは僕たちも見つけていない」
「まあ、早乙女もなぜか妨害に協力してくれてるから、なんとかなりそうか」
早乙女の名前が出た途端、六連の顔が引き締まった。
「そこなんだけど……早乙女さんには気をつけたほうがいいと思う」
「でも、助けてくれてるぜ?」
「早乙女さんと僕たちの勝利条件は、おそらく全然ちがう。捨神先輩に対する妨害は、敵の敵は味方理論だったのかもしれない。最後まで味方とは限らないよ」
なるほど、とあたしは納得した。
「そろそろよろしいですか?」
丸亀に催促されて、あたしたちは相談を打ち切った。
全員、アイマスクと耳バンドを外す。
「では、行動順を決定します。サイコロを振ってください」
六連→飛瀬→あたし→捨神→西野辺→桐野→早乙女
「六連くんから、行き先を決定してください」
「参ったな。このタイミングで先頭は引きたくなかったんだけど……」
ほかの連中の妨害に回れないからな。ちょっとサイコロ運が悪い。
「市場に行くよ」
「了解です。飛瀬さんは?」
「女の子が集まってる場所はある……?」
「それは、自力で推理してもらう必要があります」
「そっか……」
飛瀬は、マップを凝視した。
「裁縫屋さん……」
「裁縫屋ですね。コマを置いてください。不破さんは?」
「家で待機する。午前と同じだ」
「捨神くんは?」
「森のなかにひとっている? それとも、そこは捜査の範囲外?」
師匠は、かなり変わった質問を飛ばした。
「います。森の捜査範囲です」
「じゃあ、森に行ってみるよ」
よく分からないな。思いつきじゃなくて、さっき相談した結果なのだろうか。
「西野辺さんは?」
「私は教会」
「なるほど、みなさん行き先を変えてきましたね……桐野さんは?」
「森のクマさんに会いに行きまぁす」
「も、森ですね……では、最後に早乙女さん」
早乙女はピンと背筋を伸ばして、
「花屋で」
と答えた。
うーん、こんどは援軍になってないと思うんだが。ほかにだれも来てないぞ。
早乙女が敵なのか味方なのか、イマイチ分からない。
「それでは、全員コマを配置しましたね。六連くんから、どうぞ」
「どうも午後はツイてないな。することがない。パス」
「では、飛瀬さん、どうぞ」
「店内に女の子はいる……?」
「います。数人の少女たちが、お裁縫の仕事をしているようです」
「彼女たちに話しかける……」
丸亀はコホンと咳払いして、演技を始めた。
「あら、イゾルデおばあさん、こんにちは」
「こんにちは……」
「めずらしいですね、こんなところにいらっしゃるなんて」
「ちょっと訊きたいことがあって来ました……」
「なんですか?」
「リリーさん、最近ケガをしたって言ってなかった……?」
「さあ……そういう話は、全然」
よしよし、リリーは同性を警戒してたからな。このルートは安全だ。
飛瀬も困ったのか、すこしばかり考え込んだ。
「ここだと思ったんだけど……じゃあ、質問を変えるね……リリーさんって、花屋で普段なにをしてるか、知ってる……?」
「もちろん、花を売ってますよ」
「もっと日常生活で……例えば、変わった趣味があるとか、習慣があるとか……」
丸亀は指を立てた。
「サイコロを振ってください」




