248手目 増え続けるヒント
午後は、飛瀬→あたし→師匠→早乙女→西野辺→六連→桐野の順になった。
飛瀬は、いきなり長考した。
「1番手はむずかしいね……」
飛瀬はさっきイベントカードを引かれたから、立ち回りが難解なはずだ。
あたしも「役場に押しかける」なんて提案をしたけど、宇宙人の家でも構わない。
あるいは、猟師の小屋をのぞいてもいいんだ。桐野が極端に不利ってわけじゃなくて、飛瀬と六連のイベントも同じように進んでいる。あたしは、まだ安泰。
「家にいてもいなくてもイベントが起こるなら、出掛けたほうがいいかな……」
飛瀬はそう言って、役場にコマをおいた。逡巡の結果、攻め。
「あたしも役場を攻めるぜ」
たたみかけたほうがいい。泣きっ面には蜂をぶつける。
「ふえぇ……イジメ、ダメ、絶対ですぅ」
「アハッ、僕の番だね。西野辺さん……じゃない、ハッシュさんは、どうする予定?」
師匠の質問に、丸亀の忠告が入った。
「行き先を決めているときは、相談禁止です」
「え? ダメなの?」
「今、みなさんは自宅にいるという設定です。相談する手段がありません」
「そっか……じゃあ、僕も役場に行くよ」
師匠もカラいなぁ。普段はヘラヘラしてる美少年なのに、将棋指しは怖いねぇ。
「私も役場に行かせてもらうわ。リベンジね」
「あ、私も」
早乙女、西野辺も続いた。将棋指しはみんなカラい。
丸亀はメモ帳にチェックして、最後に六連にたずねた。
「昴くんは、どうする?」
「僕はイゾルデばあさんの家に行くよ」
六連のやつ、やたらと足並みを乱しにくるな。
なにかあるのか? もしかして、六連の秘密も役場にある?
「うにゅぅ、イジメには屈しないのですぅ。執務室のまえで待機しまぁす」
全員が行動を決定した。
丸亀は、ボールペンで速記しながら、
「役場に固まってしまいましたね。みなさん、単独行動にしますか?」
と尋ねた。
あたしたちは、単独行動とそうでないときの基準について質問した。
「同じ場所に行ったからと言って、イコール共闘というわけではありません。が、さすがに同じ部屋で単独行動はムリですね。六連くんと早乙女さんみたいに、執務室と待合室へ分かれる必要があります。もちろん、共闘でもまったく問題ありませんよ」
「単独行動はサイコロを人数分振れるのに、共闘だと一回なのって不公平じゃない?」
西野辺がそう突っ込んだ。丸亀は、
「共闘は相談できますが、単独行動は相談できません。また、2人以上でおこなう作業についても、単独行動の場合はクリア条件を満たさなくなってしまいます」
と答えた。
「2人以上でおこなう作業?」
「重い荷物を運ぶとか、そういうことですね。いろいろあります」
西野辺は納得したらしく、それ以上質問しなかった。
「よろしいですか? では、木こりのフェリス、郵便屋のハッシュ、イゾルデばあさん、少年トマス、花屋のリリーは、役場のまえで鉢合わせになりました。それぞれ、単独行動するかどうか決めてください」
初めに口をひらいたのは、飛瀬だ。
「5人もいるけど……どうする……?」
「午前は失敗してしまったので、窓口でリベンジさせていただけませんか?」
早乙女の提案に対して、みんなOKした。
「役場の入り口近くに、だれかひとはいないの?」
師匠の質問に、丸亀は「いる」と答えた。
「みなさんは、ひとりの老人を見かけました。馬車に荷物を積んでいます」
「アハッ、僕はそのひとに話しかけるよ。飛瀬さん……じゃない、イゾルデおばあさんたちは、中のほうを頼むね」
「あ、待って……丸亀くん、荷物を積んでるんだよね……?」
「はい」
「これって、さっきの『2人以上必要なイベント』じゃないかな……?」
飛瀬、勘がいいな。丸亀はポーカーフェイスだが、合ってる気がするぞ。
「では、木こりのフェリスと共闘しますか?」
「うん……そうするね……」
「木こりのフェリスとイゾルデばあさんは、相談可能とします。残りのおふたりは?」
あたしと西野辺は、顔を見合わせた。
「1437が暗号なら、私とリリーちゃんで相談しながらのほうがよくない?」
「いいですよ。あたしも乗ります」
「全員そろいましたね。それでは、飛瀬さんのサイコロが一番小さかったので、イゾルデばあさんと木こりのフェリスのターンからです。どうぞ」
丸亀の合図を受けて、師匠は照れくさそうに笑った。
「こ、こんにちは、よろしくお願いします」
お見合いかよ。
「よろしく……あそこのおじいさんに話しかけようか……」
「そうだね」
「会話を始めます。どうぞ、僕に話しかけてください」
師匠と宇宙人はゆずり合って、師匠が話しかけることになった。
「アハッ、こんにちは。いい天気ですね」
「こんにちは。フェリスさんが町に出てるなんて、めずらしいな」
「アハハ、そんなことないですよ……なにをしてるんですか?」
「となり町まで運ぶ荷物を積んでるんだよ。郵便とか、そういうものをね」
「へぇ、大変ですね……ん? 郵便?」
師匠は真顔になって、すこし考え込んだ。
「郵便物を運んでるんですか?」
「そうだよ」
「ということは、ハッシュさんの上司?」
「いやいや、わしとハッシュは担当がちがうんだ。わしは急ぎのものを運ぶ。ハッシュはそうでないものを運ぶ。わしは馬車を使うが、ハッシュは徒歩のときもある」
師匠は、飛瀬のほうに顔をむけた。
「ハッシュさんには、仕事仲間がいたんだね。ゲームと関係があるのかな?」
「急ぎじゃない郵便っていうのが、気になる……郵便は全部急いでると思うけど……」
「え? そうかな? 日本でも、普通郵便と速達に分かれてるよ?」
「でも、徒歩で持っていくようなところに預ける……?」
預ける可能性はあるんじゃないかね。時代的にみて。
あたしたちよりライフスタイルはゆっくりしてるだろう。
「大事な情報かどうか分からないし、イベントも起きないね。どうしようか?」
「んー……手伝ってみる……?」
「なにを?」
「荷物運び……おじいさんだから、大変なんじゃないかな……」
師匠は了解して、丸亀に手伝いを申し出た。
「イベントタイムです。サイコロを振ってください」
おっ、マジかよ。それがフラグか。
「やったね。飛瀬さん……じゃない、イゾルデおばあさん。どっちが振る?」
「フェリスくんが振っていいよ……」
師匠は、サイコロをころがした。
「やったッ! 30だよッ!」
「カードを配ります。木こりのフェリスとイゾルデばあさんのターンは以上で終了です。次は不破さんと西野辺さんのターンになります」
よーし、いっちょやってやるか。あたしは袖まくりをした。
「リリーちゃん、どうする? 私と共闘だけど?」
「そんなの決まってますよ。村長の部屋に突撃しましょう」
「ま、それしかないか……村長の部屋に踏み込むね」
西野辺はそう言って、コマを待合室から執務室へ移動させようとした。
「郵便屋のハッシュと花屋のリリーは、入り口のところで村長と鉢合わせになりました」
「えへへぇ、そこまでなのですぅ」
げぇ、待ち伏せもありなのか。しくったな。
桐野は、いつものあやしげな笑い方をした。
「勝手にうろうろする悪い子は、おしおきなのですぅ」
「なーにがオシオキだ。こっちは二人掛かりなんだぞ」
「ふ、ふえぇ……だれか助けに来てくださぁい」
「助けに来るわけないだろ。ほかの連中は出払って……」
「騒ぎを聞きつけた役場の職員が、すっとんで来ました。屈強そうな大男です」
マジかよッ!
「おい、待て、お助けキャラがいるとか卑怯だぞ」
「村長が助けを呼んだのに、だれも来ないほうがおかしいと思いますが?」
ぐッ、反論できない。
困惑するあたしと西野辺をよそに、丸亀は桐野と会話を始めた。
「クリストファー村長、どうしました?」
「このふたりが、勝手に部屋へ入ろうとしているのですぅ。追い出してくださぁい」
「イベントタイムです。まず、桐野さんがサイコロを振ってください」
おいおいおい、勝手に話が進んでるぞ。どうなってんだ。
「えへへぇ、よんじゅうにぃ」
「次に、西野辺さんと不破さんのどちらかが振ってください」
あたしはサイコロを奪い取ってころがした。
「ぐッ……43……1大きい」
「村長の勝ちです。郵便屋のハッシュと花屋のリリーは、役場から追い出されました」
「お、追い出されたら、どうなるんだ?」
「ターン終了です。次は早乙女さんの番になります」
あたしはドンとテーブルを叩いた。
「こっちはなにもしてないだろッ!」
「敵対キャラ同士で相手が勝てば、当然にターン終了です。桐野さんも今のでサイコロを使いましたから、村長も同じくターン終了になります。ご注意ください」
「どろぼうさんをやっつけたので、満足ですぅ」
「ちくしょー、そんなのありかよッ!」
あたしが悶絶するよこで、早乙女は自分のターンをさっさと始めた。
「執務室のほうは任務失敗。こちらの責任は重大ね」
「どうしますか?」
「午前中とおなじでいいわ。時計の話をするわよ」
「まったく同一のイベントですか……会話をスキップしますか?」
「ええ」
「少年トマスは、時計について窓口の男性に質問しました。サイコロをどうぞ」
早乙女はサイコロを振った。
「緑が0、赤が4、成功したわ」
「少年トマスにイベントカードを配ります。ラストは六連くんですね」
「僕の番か……とりあえず、リリーさんの家の間取りを見せてもらうよ」
うお……なんかイヤな予感がする。
あたしは、視線が花壇へ行かないように気をつけた。
「ずいぶんこざっぱりした家だね。店舗と住居部分、それに花壇か……表玄関の鍵は?」
「閉まっています」
「花壇の周りの柵は、飛び越えられそう?」
「サイコロを振ってください」
失敗しろぉ。
「28、成功」
「猟師のロッジェは、人目につかず柵を飛び越えました。どうしますか?」
六連はキャップ帽を親指で持ち上げて、しばらく見取り図を俯瞰した。
花壇を掘りさげられたら、一発でアウトだろ、これ。
いや、それとも当てずっぽうの推理はダメなのか? 証拠が必要?
あたしは心臓がドキドキしてくる。
「……裏口の鍵は開いてる?」
「ロッジェは裏口の鍵を確認しました。掛かっていないようです」
「じゃあ、入らせてもらおうか。16歳の少女には悪いけど」
あたしは内心でガッツポーズした。六連の青いコマが、花壇から遠ざかる。
「最初の部屋は物置き場です。売りものの花や腐葉土が置かれています」
「そこと居間は飛ばして、寝室に侵入するよ」
「無事、潜入することができました。どうしますか?」
「メモはない? 重要そうなことが書かれてる紙切れとか」
「ロッジェは机のうえを調べましたが、それらしきものは見当たりませんでした」
「日記は?」
「悪趣味だなぁ」
「不破さん、他人のプレイ中はお静かに……昴くん、サイコロを」
六連はサイコロを振った。緑が1、赤が7。
くっそ、成功率が高過ぎだろ。
「ロッジェは日記らしきものを見つけました。どうしますか?」
「まだイベントカードはもらえないの?」
「まだです。日記らしきものには、鍵がかかっているので」
「そういうことか……鍵を壊せない?」
丸亀は、サイコロをうながした。
六連の転がした結果は――54。
「肝心なところで失敗か。まいったね」
「ロッジェは、店舗のほうに人の気配を感じて、逃げ出しました……以上で、午後の捜査フェーズは終了です。夕方の情報共有フェーズに入ります。食堂に集合しました」
あたしたちは、ランチのときと同様に、おたがいのカードを見せ合うことにした。
と、そのまえに……あたしは六連を睨んだ。
「六連はさっき裏切ったから、ハブるぞ」
「僕を? GM、そういうことはできるのかな?」
「可能です。ムリヤリ参加する権利はありません」
六連はかるく肩をすくめて、
「それなら、音楽でも聴いておくよ」
と言い、耳にイヤホンを嵌めた。残りのメンバーは、相談を始める。
「まずは、僕と飛瀬さんからだね」
【H−2−1 一通の封筒】
郵便袋から落ちた封筒を拾った。ハッシュ宛で、中身は空っぽだった。
「えぇ、それってドロボウじゃん」
ハッシュ役の西野辺が文句を垂れた。
「アハッ、ごめんね。リアルで拾ったときはちゃんと届けるよ」
師匠が形式的に謝って、次は早乙女の番だ。
「私が役場の窓口で入手したのは、これよ」
【C−5−2 役場の時計】
役場の時計は、執務室にしか置かれていない。
みんな沈黙する。
「私もうまく推理できないけど、やはり時計を調べてみる必要があるわ」
早乙女の発言に、あたしはうなずいた。一点、丸亀に確認したいことができた。
「末尾の2っていうのは、なんだ?」
「イベントの進捗度です。数字がだんだんと増えていき、最後に☆マークのカードを誰かが引けば、その時点でゲーム終了。勝敗判定に移ります。番号通りに集める必要はありませんし、☆マークへ辿り着くヒントのようなものだと思ってください」
丸亀は回答を終えて、あたしたちをぐるりと見回した。
「他に共有する情報はありますか? なければ、2日目の午前に……」
「ちょっと待って」
西野辺がストップをかけた。
「なにか?」
「丸亀くんじゃなくて、素子ちゃんに質問があるんだけど」
「私に、ですか?」
「昴が見せなかったカードの番号は何番だった?」
早乙女は髪を撫でて、それから、
「C−5−3でした」
と答えた。
「ふえぇ……やっぱりお花が一番不利なのですぅ……」
「西野辺さん、今のお答えでよろしいですか?」
「あ、うん、いいよ。素子ちゃん、ありがとね」
西野辺は、なんだか妙な雰囲気で、情報共有タイムを終わらせた。
「それでは、2日目の午前に入ります。サイコロを振ってください」




