245手目 INVESTIGATORS
そのとき、ちょうど店長が、おからケーキを運んできた。
店長は皿を置きながら、丸亀のほうに視線をむけた。
「ん? 丸亀くんも将棋やってるの?」
「いえ……このお店は、TRPGのセットも売っていますよね?」
「人気シリーズだけだよ。専門店に行ったほうがいい」
「ちょっと見せてもらえますか?」
店長は、奥から色とりどりの箱を持ってきた。
私たちはスペースを作って、箱のまわりを囲む。
アニメっぽいイラストから写実系のデザインまで、見た目もさまざまだ。
「坂下と戦うんですよね?」
丸亀の質問に、飛瀬はうなずいた。
「だとすると……これですか」
丸亀は、ひとつ箱を選んだ。ヨーロッパの田園風景が描かれていた。
比較的大きめで、上部にはINVESTIGATORSという文字が踊っていた。いかにも洋物だ。アルファベットのフォントも凝っている。
「坂下の得意なジャンルは、ミステリとホラーです。ホラーは運要素の強いものが多いので、安全をとるならミステリ系で来るでしょう」
「Investigators……捜査官たち、って意味だね……」
飛瀬、やっぱり英語できるんだな。
「どういうゲーム……?」
「TRPGは、口で説明するよりもやってみるものですよ」
丸亀はそう言って、六連のほうへ向きなおった。
「とはいえ、買わないと開けられないんだよね。だれが買う?」
六連は、財布を取り出そうとした。すると、師匠が止めた。
「アハッ、僕が払うよ」
師匠は店長を呼んで、カードをとりだした。有名な銀行のプリペイドカードだ。
あいかわらず金持ちだなぁ。
「ありがとう。これはきみの所有物だね」
会計を済ませた師匠に、丸亀は箱を渡そうとした。
「丸亀くんが開けてくれていいよ。解説役だから」
「この手のゲームは、箱を開ける楽しみもあると思いますが……了解です」
丸亀は箱を開けた。
説明書っぽい冊子やらカードやらサイコロやらが出てくる。
あたしも興味が出てきて、テーブルにひじをかけた。
「どうやって遊ぶんだ?」
「口で説明するより、やったほうが早いよ。カードを配るね」
丸亀は、手慣れた調子でカードを切ると、反時計回りに配った。
あたしのまえにも、一枚のカードが着地する。
表には、きれいな花々に囲まれた、エプロン姿の少女が描かれていた。
【花屋のリリー】
◇年齢 16歳
◇職業 花屋の店主
◇解説 森で失踪した両親のあとを継ぎ、花屋を営む健気な少女
「なんだこれ? 花屋?」
「みなさんにお配りしたのは、いわゆるプレイキャラクターと呼ばれるものです。みなさんにはこれから、ゲームのなかで、指定されたキャラクターを演じていただきます」
あたしは、もういちどカードを覗き込んだ。
「16歳の花屋ねぇ……」
「あ、お花がお花屋さんやりたいのですぅ」
「交換するか?」
あたしは、桐野にカードを差し出した。すると、丸亀に止められた。
「カードの交換は禁止させていただきます」
「べつによくね?」
「本番でカードチェンジさせてくれると思いますか?」
なるほど、これって飛瀬のTRPG対策なのね。
いつの間にか、巻き込まれちまったようだ。
「分かったよ。で、ここからなにをすればいいんだ? 花の売買か?」
丸亀は無愛想に、べつのカードの束を手にとった。
なんだか、禍々しい模様だ。
「これから配るカードは、絶対に他のプレイヤーに見せないでください」
丸亀はそう念押しして、ふたたび反時計回りに配った。
あたしは、他のプレイヤーに見えないよう、胸元に寄せて覗いた。
【親殺しのリリー】
あなたは、深刻なネグレクトと虐待を受けて育った、かわいそうな少女です。毎晩酒を飲んで暴れる父親と、家庭に対する不満を娘にぶつける母親。思春期を迎えたあなたは、この悪夢を終わらせるため、両親を殺して庭に埋めることにしました。神様も、きっとお赦しになられることでしょう。だって、今日も花壇は、あんなにキレイなのですから。
……………………
……………………
…………………
………………は?
あたしは顔をあげて、ほかの面子を見回した。
みんな硬直している。
丸亀はコホンと咳払いをして、説明を続けた。
「あなたがたは、争いとイザコザを嫌う、マスカット村の住人たちです。時代は19世紀半ば。場所は中央ヨーロッパのあたりとしておきましょう。残念なことに、この平和な村にも犯罪者の魔の手が伸びてきました。村でただひとりの保安官が殺されたのです。このままでは、中央政府から役人が来て、村のなかは徹底的に調べられてしまいます。それを防ぐ手段は、ただひとつ……村人が自分たちで犯人を突き止めて、証拠といっしょに中央政府へ差し出すことです」
あたしは5秒ほど考えて、それから質問をした。
「自分たちで突き止める? ……捜査官って、あたしたち自身のことか?」
「その通りです。えーと……お名前は……」
「不破楓。破れない、って書くんだぞ」
「不破さんのおっしゃる通りです。捜査官とは、プレイヤーのみなさんのことです」
ここで、西野辺が口を挟んだ。
「ってことは、私たちのなかに警官殺しの犯人がいるわけ?」
「いえ、警官殺しの犯人は、すでに村の外へ逃亡しています」
「え? だったら、私たち冤罪じゃん?」
丸亀は、もういちど咳払いをした。
「さきほども言いましたが、このままでは中央政府から役人が来て、村のなかを徹底的に調査されてしまいます。すると、プレイヤーのみなさんは困るんじゃありませんか?」
西野辺は、カードを盗み見て、
「あ、ふーん……そういうことか。スケープゴートを差し出すゲームなんだね、これ」
と納得した。
「正解です。さすがは将棋指し。ゲームの理解が早いですね」
よく分からない褒め方だなぁ。そう思いながら、あたしはべつの質問をした。
「スケープゴートなら、ひとりでいいだろ? ただの多数決じゃないか」
「不破さん、TRPGでは、GM……司会役の台詞が、非常に大切です。さきほども述べたように、『証拠といっしょに』突き出さないとダメなのですよ」
「証拠? 冤罪だから、証拠なんてあるわけないだろ?」
丸亀は、あたしを指差した。
「あなたがたが殺人犯である、もっともらしい証拠……必要なのは、それだけです」
ああ、なるほどねぇ、理解してきた。
あたしの場合は、両親の死体が見つかったらアウト、ってことか。花壇について書かれてるから、おそらく花壇のしたに埋めたんだろうな。
親殺しとなれば、警官くらいはやりかねない。むしろ、親殺しがバレそうになったから警官を殺した、というストーリーさえ捏造できるわけだ。
あたしは、椅子をうしろにかたむけた。
「だんだん分かってきたぜ。でも、どうやってその『証拠』を捜すんだ?」
丸亀は、さらにべつのカードの束を持ち出した。
これまで配られたキャラクターカードよりも、枚数がかなり多い。
「こちらは、イベントカードです。いくつか種類がありますけど、説明はおいおいやっていきましょう。それより先に、ゲームの進め方を解説します」
テーブルのうえに、一枚の地図が広げられた。
それは、山奥の村落の地図だった。
「さて、みなさん、反時計回りに自己紹介して、自分の家にコマをおいてください」
丸亀は、右どなりに座っている六連に目配せした。
六連は、すこしあらたまった。
「それじゃあ、自己紹介をするよ。僕は猟師のロッジェ。19歳。もともとは王都で衛兵をやっていたんだけど、仕事の重圧に疲れて田舎に引っ越してきたんだ。よろしく」
「ロッジェくんの家は、町外れの小屋になっていますね」
六連は、チェスのコマに似た青い人形をもらって、森の近くの小屋に印をつけた。
「次は……きみ、名前も教えてくれるかな?」
「アハッ、本名は捨神九十九。キャラは木こりのフェリスだよ。家は、ここ」
師匠は、緑色のコマを森のなかに立てた。六連の小屋から近い。
「捨神くん、キャラの紹介もお願いね」
「あ、ごめんごめん。人付き合いが悪くて、めったに村に現れない42歳のおじさん」
ふぅん、かなり怪しいのを引いたみたいだな。すでに犯罪者臭いぞ。
次に、飛瀬の番。
「地球名は飛瀬カンナ……キャラは裁縫屋のイゾルデおばあさん……61歳……」
ババァキャラを引いたか。しゃべりがそれっぽくていい。
一方、丸亀は目を白黒させていた。
「ちきゅうめいって、なんですか?」
「ああ、丸亀、そこは気にしなくていいぞ」
「不破さん、きみって年下じゃないの? 僕は高2なんだけど」
そんなのは、どうでもいいだろ。続き、続き。
「イゾルデおばあさんは、夫が亡くなって、毎日お裁縫ばかりしています……」
んー、旦那が亡くなってるのは、気になるな。殺したか?
飛瀬は、村の中央、民家の集中している地点のひとつに、茶色のコマをおいた。
「次の女性の方、どうぞ」
「私の名前は、西野辺茉白。キャラは郵便屋のハッシュ。27歳。男性だね。村はとても小さいから、他の村落へ郵便を届ける仕事をしているみたい」
うおッ……犯罪者に思えない。手強そうだ。
西野辺は、公会堂の近くに黄色いコマをおいた。飛瀬の家の南西。
「お次は?」
「えへへぇ、お花ですぅ。お花は、村長さんですぅ。おっさんですぅ」
こいつが村長かよ。村が潰れるぞ。
「名前もお願いします」
「名前はぁ、クリストファーですぅ。50歳ぴったんこですぅ」
「詳しい設定も」
「もう10年も村長してるのでぇ、みんなからの信頼は厚いのですぅ」
ウソくせぇなぁ。横領とかしてんじゃないのか。
桐野は公会堂のすぐそばの家に、黒いコマをおいた。
「お次の方」
「早乙女素子。カァプ女子です」
「その情報、要らないだろ」
「不破さんはせっかちね……キャラは少年トマス、13歳」
「13歳ぃ? ほんとかぁ?」
早乙女は、あたしにキャラクターカードを見せた。
たしかに、13歳と書いてあった。
「信用してもらえた?」
「チッ、分かったよ。続けろ」
「両親は行商で出掛けていて、イゾルデおばあさんの家に住み込んでいるわ」
早乙女は、白いコマを飛瀬の横にならべた。
「最後に、不破さん、どうぞ」
あたしは、カードをテーブルのうえにおいて、自己紹介する。
「本名は、もういいな? 花屋のリリー。16歳。森で失踪した両親のあとを継ぎ、花屋を営む健気な少女、だ。分かったか?」
あたしは赤いコマを、勢いよく村の中央においた。
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…………………
………………
周囲の視線を感じる。これ、殺したってバレてないか?
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………………
いや、落ち着け、楓。推理は大事じゃないんだ。証拠集めが重要。うん。
「おい、丸亀、どうやって証拠を集めるのか、そろそろ説明しろ」
「きみ、早乙女さんが言ってたように、ほんとせっかちだね」
うるさい。あたしは気が短いんだ。自他ともに認めていくぞ。
「ま、TRPGは時間がかかりますし、始めますか。それでは……」
丸亀はそう言って、イベントカードをテーブルの中央に並べ始めた。
INVESTIGATORS
本作オリジナルのTRPG。ヨーロッパからの輸入品。
作中で使われているものは、日本語版になっている。




