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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第25局 将棋指したちのTRPG(2015年6月13日土曜)
257/686

245手目 INVESTIGATORS

 そのとき、ちょうど店長が、おからケーキを運んできた。

 店長は皿を置きながら、丸亀まるがめのほうに視線をむけた。

「ん? 丸亀くんも将棋やってるの?」

「いえ……このお店は、TRPGのセットも売っていますよね?」

「人気シリーズだけだよ。専門店に行ったほうがいい」

「ちょっと見せてもらえますか?」

 店長は、奥から色とりどりの箱を持ってきた。

 私たちはスペースを作って、箱のまわりを囲む。

 アニメっぽいイラストから写実系のデザインまで、見た目もさまざまだ。

坂下さかしたと戦うんですよね?」

 丸亀の質問に、飛瀬とびせはうなずいた。

「だとすると……これですか」

 丸亀は、ひとつ箱を選んだ。ヨーロッパの田園風景が描かれていた。

 比較的大きめで、上部にはINVESTIGATORSという文字が踊っていた。いかにも洋物だ。アルファベットのフォントも凝っている。

「坂下の得意なジャンルは、ミステリとホラーです。ホラーは運要素の強いものが多いので、安全をとるならミステリ系で来るでしょう」

「Investigators……捜査官たち、って意味だね……」

 飛瀬、やっぱり英語できるんだな。

「どういうゲーム……?」

「TRPGは、口で説明するよりもやってみるものですよ」

 丸亀はそう言って、六連むつむらのほうへ向きなおった。

「とはいえ、買わないと開けられないんだよね。だれが買う?」

 六連は、財布を取り出そうとした。すると、師匠が止めた。

「アハッ、僕が払うよ」

 師匠は店長を呼んで、カードをとりだした。有名な銀行のプリペイドカードだ。

 あいかわらず金持ちだなぁ。

「ありがとう。これはきみの所有物だね」

 会計を済ませた師匠に、丸亀は箱を渡そうとした。

「丸亀くんが開けてくれていいよ。解説役だから」

「この手のゲームは、箱を開ける楽しみもあると思いますが……了解です」

 丸亀は箱を開けた。

 説明書っぽい冊子やらカードやらサイコロやらが出てくる。

 あたしも興味が出てきて、テーブルにひじをかけた。

「どうやって遊ぶんだ?」

「口で説明するより、やったほうが早いよ。カードを配るね」

 丸亀は、手慣れた調子でカードを切ると、反時計回りに配った。

 あたしのまえにも、一枚のカードが着地する。

 表には、きれいな花々に囲まれた、エプロン姿の少女が描かれていた。


 【花屋のリリー】

 ◇年齢 16歳

 ◇職業 花屋の店主

 ◇解説 森で失踪した両親のあとを継ぎ、花屋を営む健気な少女

 

「なんだこれ? 花屋?」

「みなさんにお配りしたのは、いわゆるプレイキャラクターと呼ばれるものです。みなさんにはこれから、ゲームのなかで、指定されたキャラクターを演じていただきます」

 あたしは、もういちどカードを覗き込んだ。

「16歳の花屋ねぇ……」

「あ、お花がお花屋さんやりたいのですぅ」

「交換するか?」

 あたしは、桐野きりのにカードを差し出した。すると、丸亀に止められた。

「カードの交換は禁止させていただきます」

「べつによくね?」

「本番でカードチェンジさせてくれると思いますか?」

 なるほど、これって飛瀬のTRPG対策なのね。

 いつの間にか、巻き込まれちまったようだ。

「分かったよ。で、ここからなにをすればいいんだ? 花の売買か?」

 丸亀は無愛想に、べつのカードの束を手にとった。

 なんだか、禍々しい模様だ。

「これから配るカードは、絶対に他のプレイヤーに見せないでください」

 丸亀はそう念押しして、ふたたび反時計回りに配った。

 あたしは、他のプレイヤーに見えないよう、胸元に寄せて覗いた。


 【親殺しのリリー】

 あなたは、深刻なネグレクトと虐待を受けて育った、かわいそうな少女です。毎晩酒を飲んで暴れる父親と、家庭に対する不満を娘にぶつける母親。思春期を迎えたあなたは、この悪夢を終わらせるため、両親を殺して庭に埋めることにしました。神様も、きっとお赦しになられることでしょう。だって、今日も花壇は、あんなにキレイなのですから。


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………は?

 あたしは顔をあげて、ほかの面子を見回した。

 みんな硬直している。

 丸亀はコホンと咳払いをして、説明を続けた。

「あなたがたは、争いとイザコザを嫌う、マスカット村の住人たちです。時代は19世紀半ば。場所は中央ヨーロッパのあたりとしておきましょう。残念なことに、この平和な村にも犯罪者の魔の手が伸びてきました。村でただひとりの保安官が殺されたのです。このままでは、中央政府から役人が来て、村のなかは徹底的に調べられてしまいます。それを防ぐ手段は、ただひとつ……村人が自分たちで犯人を突き止めて、証拠といっしょに中央政府へ差し出すことです」

 あたしは5秒ほど考えて、それから質問をした。

「自分たちで突き止める? ……捜査官って、あたしたち自身のことか?」

「その通りです。えーと……お名前は……」

不破ふわかえで。破れない、って書くんだぞ」

「不破さんのおっしゃる通りです。捜査官とは、プレイヤーのみなさんのことです」

 ここで、西野辺にしのべが口を挟んだ。

「ってことは、私たちのなかに警官殺しの犯人がいるわけ?」

「いえ、警官殺しの犯人は、すでに村の外へ逃亡しています」

「え? だったら、私たち冤罪じゃん?」

 丸亀は、もういちど咳払いをした。

「さきほども言いましたが、このままでは中央政府から役人が来て、村のなかを徹底的に調査されてしまいます。すると、プレイヤーのみなさんは困るんじゃありませんか?」

 西野辺は、カードを盗み見て、

「あ、ふーん……そういうことか。スケープゴートを差し出すゲームなんだね、これ」

 と納得した。

「正解です。さすがは将棋指し。ゲームの理解が早いですね」

 よく分からない褒め方だなぁ。そう思いながら、あたしはべつの質問をした。

「スケープゴートなら、ひとりでいいだろ? ただの多数決じゃないか」

「不破さん、TRPGでは、GM……司会役の台詞が、非常に大切です。さきほども述べたように、『証拠といっしょに』突き出さないとダメなのですよ」

「証拠? 冤罪だから、証拠なんてあるわけないだろ?」

 丸亀は、あたしを指差した。

「あなたがたが殺人犯である、もっともらしい証拠……必要なのは、それだけです」

 ああ、なるほどねぇ、理解してきた。

 あたしの場合は、両親の死体が見つかったらアウト、ってことか。花壇について書かれてるから、おそらく花壇のしたに埋めたんだろうな。

 親殺しとなれば、警官くらいはやりかねない。むしろ、親殺しがバレそうになったから警官を殺した、というストーリーさえ捏造できるわけだ。

 あたしは、椅子をうしろにかたむけた。

「だんだん分かってきたぜ。でも、どうやってその『証拠』を捜すんだ?」

 丸亀は、さらにべつのカードの束を持ち出した。

 これまで配られたキャラクターカードよりも、枚数がかなり多い。

「こちらは、イベントカードです。いくつか種類がありますけど、説明はおいおいやっていきましょう。それより先に、ゲームの進め方を解説します」

 テーブルのうえに、一枚の地図が広げられた。

 それは、山奥の村落の地図だった。

「さて、みなさん、反時計回りに自己紹介して、自分の家にコマをおいてください」

 丸亀は、右どなりに座っている六連に目配せした。

 六連は、すこしあらたまった。

「それじゃあ、自己紹介をするよ。僕は猟師のロッジェ。19歳。もともとは王都で衛兵をやっていたんだけど、仕事の重圧に疲れて田舎に引っ越してきたんだ。よろしく」

「ロッジェくんの家は、町外れの小屋になっていますね」

 六連は、チェスのコマに似た青い人形をもらって、森の近くの小屋に印をつけた。

「次は……きみ、名前も教えてくれるかな?」

「アハッ、本名は捨神すてがみ九十九つくも。キャラは木こりのフェリスだよ。家は、ここ」

 師匠は、緑色のコマを森のなかに立てた。六連の小屋から近い。

「捨神くん、キャラの紹介もお願いね」

「あ、ごめんごめん。人付き合いが悪くて、めったに村に現れない42歳のおじさん」

 ふぅん、かなり怪しいのを引いたみたいだな。すでに犯罪者臭いぞ。

 次に、飛瀬の番。

「地球名は飛瀬カンナ……キャラは裁縫屋のイゾルデおばあさん……61歳……」

 ババァキャラを引いたか。しゃべりがそれっぽくていい。

 一方、丸亀は目を白黒させていた。

「ちきゅうめいって、なんですか?」

「ああ、丸亀、そこは気にしなくていいぞ」

「不破さん、きみって年下じゃないの? 僕は高2なんだけど」

 そんなのは、どうでもいいだろ。続き、続き。

「イゾルデおばあさんは、夫が亡くなって、毎日お裁縫ばかりしています……」

 んー、旦那が亡くなってるのは、気になるな。殺したか?

 飛瀬は、村の中央、民家の集中している地点のひとつに、茶色のコマをおいた。

「次の女性の方、どうぞ」

「私の名前は、西野辺にしのべ茉白ましろ。キャラは郵便屋のハッシュ。27歳。男性だね。村はとても小さいから、他の村落へ郵便を届ける仕事をしているみたい」

 うおッ……犯罪者に思えない。手強そうだ。

 西野辺は、公会堂の近くに黄色いコマをおいた。飛瀬の家の南西。

「お次は?」

「えへへぇ、お花ですぅ。お花は、村長さんですぅ。おっさんですぅ」

 こいつが村長かよ。村が潰れるぞ。

「名前もお願いします」

「名前はぁ、クリストファーですぅ。50歳ぴったんこですぅ」

「詳しい設定も」

「もう10年も村長してるのでぇ、みんなからの信頼は厚いのですぅ」

 ウソくせぇなぁ。横領とかしてんじゃないのか。

 桐野は公会堂のすぐそばの家に、黒いコマをおいた。

「お次の方」

早乙女さおとめ素子もとこ。カァプ女子です」

「その情報、要らないだろ」

「不破さんはせっかちね……キャラは少年トマス、13歳」

「13歳ぃ? ほんとかぁ?」

 早乙女は、あたしにキャラクターカードを見せた。

 たしかに、13歳と書いてあった。

「信用してもらえた?」

「チッ、分かったよ。続けろ」

「両親は行商で出掛けていて、イゾルデおばあさんの家に住み込んでいるわ」

 早乙女は、白いコマを飛瀬の横にならべた。

「最後に、不破さん、どうぞ」

 あたしは、カードをテーブルのうえにおいて、自己紹介する。

「本名は、もういいな? 花屋のリリー。16歳。森で失踪した両親のあとを継ぎ、花屋を営む健気な少女、だ。分かったか?」

 あたしは赤いコマを、勢いよく村の中央においた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 周囲の視線を感じる。これ、殺したってバレてないか?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 いや、落ち着け、楓。推理は大事じゃないんだ。証拠集めが重要。うん。

「おい、丸亀、どうやって証拠を集めるのか、そろそろ説明しろ」

「きみ、早乙女さんが言ってたように、ほんとせっかちだね」

 うるさい。あたしは気が短いんだ。自他ともに認めていくぞ。

「ま、TRPGは時間がかかりますし、始めますか。それでは……」

 丸亀はそう言って、イベントカードをテーブルの中央に並べ始めた。

INVESTIGATORS


本作オリジナルのTRPG。ヨーロッパからの輸入品。

作中で使われているものは、日本語版になっている。

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