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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第24局 日日杯への道/中国勢編(前編)(2015年6月13日土曜)
256/686

244手目 カードショップで昼食を

 会場から、学生の群れが流れ出た。

 師匠の姿もあった。ちょうど真ん中あたりだ。

 あたしは声をかける。

「おつかれさまです」

「アハッ、不破ふわさん、おつかれさま……会場には、ちゃんといた?」

 あたしは、さっきまでの出来事を説明した。

「将棋仮面? 来年の御面ライダーシリーズは、将棋がテーマなの?」

 早乙女さおとめとおなじこと言ってるな……呆れ。

「ただの変質者ですよ」

 そう言い切ったあたしの横で、早乙女が口をはさんだ。

「ただの変質者じゃないわ。将棋が強い変質者よ」

「変質者に違いはないだろ」

 早乙女は、あたしの突っ込みを無視した。師匠のほうへ向きなおる。

「外見からして、高校生だったと思います」

「高校生? だれかのイタズラかな?」

「心当たりはありませんか? 中国地方の強豪は会場内にいましたし、四国地方の男子ではなかったと思います。近畿や九州の県代表も知っていますが、該当者はいません」

 なんだなんだ、顔が広いっていう自慢話かぁ。

 そういうのは激しく突っ込んでいくからなぁ。

「おまえの交遊範囲なんて、たかが知れてるだろ」

「あら、捨神すてがみ先輩や私クラスの高校強豪が、全国に何百人もいるの?」

 あたしは、チッと舌打ちをした。

 同時に、分かったことがある。早乙女は、将棋仮面の実力を高く買っているようだ。

 自分と比較するのはいいけど、師匠と比較して欲しくないよなぁ、あんな変態。

 そう思ったあたしとは裏腹に、師匠は興味津々の様子だった。

「え? ほんとに? 早乙女さんクラスなの?」

「目隠し将棋では優勢になりましたが、相手も本調子ではないように感じました」

「おまえがそう思っただけなんじゃねぇの?」

「不破さんレベルなら、あの将棋仮面がタダ者じゃないって分かるはずだけど」

 ぐッ、反論できない。

 あたしは、師匠のほうを見た。

「ま、そういう変態がいたってだけの話ですよ……師匠?」

 師匠は、えらくマジメな顔で考え込んでいた。

「師匠、どうしました?」

 あたしの声に、師匠はハッとなった。

「あ、うん……ちょっと昔のことを思い出してたんだ」

「昔のこと?」

「御面ライダーシリーズが大好きな、将棋の強い男の子だよ」

 あたしと早乙女は、おたがいに顔を見合わせた。

 続きを催促したのは、早乙女だった。

「その男の子は今、何歳ですか?」

「もし生きてるなら、僕や御城ごじょうくんとおなじじゃないかな」

 ふぅん、年齢は合ってるな……ん? 今、なんて言った?

 早乙女も敏感に反応した。

「『もし生きてるなら』……というのは?」

 師匠は、ちょっといい間違えたかのように、両手をあげた。

「ごめんごめん。死んでるって決まったわけじゃないよ」

「決まってないだけで、可能性はあるということでしょうか?」

「その子はね、小学校の高学年でいなくなっちゃったんだ」

「いなくなった、とは? 誘拐ですか?」

「そういう物騒な話じゃないよ。将棋の大会に来なくなっちゃっただけ」

 早乙女は納得しかねたのか、髪をなでて視線をそらした。

「そのお話、くわしく伺いたいです」

「おいおい、早乙女、師匠も疲れてるだろ。市内に遊びに行こうぜ」

 それに彼女連れだしなぁ、師匠。

「アハッ、みんなでお昼ご飯にしようか」

 師匠は、六連むつむら西野辺にしのべ先輩、桐野きりの先輩もさそった。

「あ、いいねぇ、ランチランチ」

「腹が減ってはいくさができないのですぅ」

 西野辺先輩と桐野先輩は、あっさり了承した。六連もOKしつつ、

「1、2、3、4、5、6、7……けっこういますね。予約なしで入れるかどうか」

 と危ぶんだ。

「お腹いっぱい食べるわけじゃないんだし、そこらへんの喫茶店でもいいでしょ」

 と西野辺先輩。

「ふえぇ、お花はお腹いっぱい食べたいのですぅ」

「お花お姉ぇ、朝もいっぱい食べたって言ってなかった? 太るよ?」

「えへへぇ、お花は太らないのですぅ」

 ぐだぐだになってきた。さっさと決めようぜ。

 あたしは、地元の人間に声をかけた。

「H島市内は西野辺先輩が一番詳しいんじゃないですか?」

「んー、お店は知ってるけど、女子高生が行くようなところばっかりだよ」

 チッ、役に立たねぇな。ソールズベリーはさっさと共学にしろ、共学に。

 ここで、六連が口をひらいた。

「僕がよく使っているお店があります。そこはどうですか?」

「アハッ、いいね。でも、予約なしに行って大丈夫?」

「僕は常連ですから、ムリを言えば詰めてくれると思います」

 よっしゃ、六連ナイス。飯をくいに行くぞーッ!

 

  ○

   。

    .

 

 壁にならべられたイラスト付きのカード。

 カシャカシャパチパチというプラスチック音。

 小学生から社会人まで、ごちゃごちゃな空間。

「おまえ、ここカードショップじゃねぇか」

 あたしは、お冷やでテーブルをドンとたたいた。

「兼、軽食屋だよ。ランチも食べられる」

 六連は、なにげない顔で水を飲んだ。さっきから、周囲の視線を感じる。

すばる先輩が来てる。だれかサインもらいに行けよ」

「周りにいる連中はなんだ? 女もいるぞ?」

 こいつ、けっこう有名人なんだな。カードでも県代表だったか。

 あたしたちはメニューを見て、てきとうに頼んだ。

「カレーとかラーメンはないのか?」

「匂いがつくものは、おいてないよ。カードショップだからね」

「じゃあ、ハムサンド、コーヒーセットで」

「アハッ、僕もそれにするよ。飛瀬とびせさんは、なにがいい?」

「うーん……」

 飛瀬は、メニューの一角をゆびさした。

「この『おからケーキ』って、なに……? デザート……?」

「なんだろうね。不破さん、知ってる?」

 師匠も知らないのか。あいかわらず世間知らずだよなあ。

 毎日カップラーメンばっか食べてるから、そうなるんだぞ。

「おからケーキっていうのは、ホットケーキのタネにおからをぶちこんだやつですよ」

「おからってなに……? 私、食べたことない……」

 うっそだろ、と思ったが、イギリス帰りなら、なくても変じゃないな。

「豆腐を作ったあとで、余ったものです」

「お豆腐……私、お豆腐好きだから、これにするね……」

「飛瀬先輩、豆腐好きなんですか?」

「うん……地球の食べ物のなかでも、とりわけ柔らかい……」

「はいはい……おーい、注文」

 三十前後の店長がきて、注文をとってくれた。

「昴くん、今日はどういうメンバーなの?」

「将棋トモダチです」

「ああ、将棋始めたんだっけ。人数多いし、そろうまで時間かかるよ」

「かまいません。できたものから持って来てください」

 メニューを待つあいだ、あたしたちはさっきの話の続きを始めた。

「で、師匠、御面ライダー好きの小学生は、どうなったんですか?」

「あ、うーんとね、ものすごく簡単に言うと、いなくなったんだよ」

「どういなくなったんです? この世から消えたとか?」

「それがね、だれも知らないんだ」

「なるほど、神隠し……って、師匠、あんまりからかわないでください」

 師匠は、両手を振って否定した。

「からかってるわけじゃないよ。小学5年生のとき、大会に来なくなって、そのままらしいんだ。一説には引っ越したらしいけど、それなら引っ越し先で将棋を続ければいいだけだよね。将棋をやめちゃったんじゃないかな」

 死んだ可能性もあると思うが……師匠も病気がちだし、このネタはNGだ。

「そいつが高校生になって、将棋を再開したってわけですか?」

「将棋仮面とその子が同一人物とは、ひとことも言ってないよ。ただ思い出しただけ」

 そういう曖昧な言い回し、やめて欲しいんだけどね……っと、飯がきた。

 大人数なときは、早めにできそうなものを頼むのが正解だよなぁ。

 あたしは皿を受け取って、さっそくパクついた。

「……まあまあだな。カードショップにしては美味いんじゃないか」

「不破さんって、ほんと率直に感想を言うよね」

 六連は、澄まし顔でそうつぶやいた。

 こいつも大概だと思うがなぁ。こうみえて、けっこうKYなんだよね。

「ところで、師匠、どういう内容の説明会だったんですか?」

 特に内容はなかったと、師匠は答えた。

「スタッフの紹介と役員紹介があって、それから、スケジュールの説明、ルールの説明、当日の選手宣誓のうちあわせ、細かい質問タイムがあったよ」

 抜けて正解だったな。あたしはハムサンドをたいらげて、手をはたいた。

「どうです。これだけの面子がそろってるんですし、一局……」

「そのまえに、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」

 宇宙人は、いきなりそう発言した。

 あたしはテーブルに寄りかかって、

「変な質問はダメですよ」

 と釘を刺した。

「変な質問って……?」

「宇宙とか地球とかが出てくるのは、全部ダメです」

「大丈夫……今回は関係ないから……」

 飛瀬はそう言って、六連のほうへ向きなおった。

「六連くんは、カードゲームが得意なんだよね……?」

「カードゲームというのは、語弊があります。トレーディングカードゲームです」

「それは、TRPGといっしょ……?」

 六連はツバ付き帽子をかぶりなおして、しばらく熟考した。

「むずかしい質問ですね……RPGを『なりきりゲーム』としてとらえるなら、トレカもTRPGの一種だと思います。世界観が存在していて、プレイヤーはそのなかに位置付けられるわけですから……でも、どうしてそんな質問を?」

「じつはね……」

 飛瀬は、市立いちりつでおこなわれている、部室争奪戦について語った。

 TRPG同好会と将棋部で勝負して、勝ったほうが新しい部室をもらえる、と。

 これには、六連がしぶい顔をした。

「TRPG専門のサークルとTRPGで勝負? ……負けますよ、それは」

「やっぱり……?」

「どのタイトルを選ぶのかは知りませんが、TRPGはれっきとしたゲームです。素人が玄人に勝てるようにはなっていません。サイコロを振るので、将棋よりは運要素もありますが、実力差を埋めるほどではないです」

「うーん……玄人と言っても、高校生の集団なんだけど……」

「高校生だから弱いというのは、ゲームの世界では通用しませんよ」

「だけど、全部の高校が強いわけじゃないよね……?」

「まあ、それは正論です」

 六連は、椅子越しにうしろをふりかえった。

 そして、眼鏡をかけた出っ歯の少年に声を呼び出した。

「おーい、丸亀まるがめ

 丸亀と呼ばれた少年は、カードを持ったまま、こちらを睨んだ。

「なんだ?」

「おまえ、TRPGもやってたよな?」

「ああ……だからどうした? 教えて欲しいのか?」

「うん」

 丸亀は、ヒューと口笛を吹いた。

「俺が六連に教えるがわとは、おどろいたね」

「僕じゃなくて、こっちの先輩に教えて欲しい」

 丸亀は、六連の示したほうをみて、二度おどろいた。

「女にTRPGを教えるのか……生まれて初めてだ」

 なんだよ、そのコメント。

 丸亀は対戦相手にことわって、席を立った。

 飲食スペースにやってきて、六連の横に腰をおろした。

「で、なにを教えて欲しいんですか?」

駒桜こまざくら市立いちりつのTRPG同好会って、強い……?」

 丸亀は、眼鏡の奥で眉をもちあげた。

「たまげましたね……めちゃくちゃ強いですよ」

「え……そうなの……?」

 丸亀は、テーブルに両ひじをついて、手を組み合わせた。猫背になる。

「駒桜市立は、去年頃から急激に頭角をあらわしてきた学校です。代表者は県内の大会で優勝してますし、チームも全国でかなりいいところまでいきました」

「代表者って、坂下さかしたくん……?」

「えぇ、たしかそういう名前でしたね」

 飛瀬は、視線を横にながした。どこか納得したような顔だ。

「だんだん分かってきたかな……」

「しかし、坂下が生徒会長だとは知りませんでした。今年度からですか?」

「うん……部室の勝負も、坂下くんから言ってきた……」

 この話を聞いて、師匠の顔が若干青くなった。

「も、もしかして、飛瀬さんのこと狙ってるんじゃないかな?」

「考え過ぎですよ、師匠。どうせオタクの暴走です」

 そう言ったとたん、丸亀が反論した。

「坂下は、そこそこイケメンだよ。かわいい系」

「マジか? オタク基準でイケメン・カワイイとか言ってんじゃないだろうな?」

「きみ、口が悪いね。そんなに疑うなら、見に行けば?」

 あたしは椅子にもたれかかって、腕組みをした。

「とにかく、TRPG同好会がTRPG勝負を言い出すとか、アホでしょ」

「アホでも受けちゃったからね……正式に返答したし……」

「飛瀬先輩は、もうちょっと常識を身につけたほうがいいですよ。だいたい……」

 その瞬間、ピンとコインを弾く音がした。

 あたしたちは、一斉に六連のほうへ顔をむけた。

「それじゃ、ひとつ練習しましょうか……この面子で」

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