244手目 カードショップで昼食を
会場から、学生の群れが流れ出た。
師匠の姿もあった。ちょうど真ん中あたりだ。
あたしは声をかける。
「おつかれさまです」
「アハッ、不破さん、おつかれさま……会場には、ちゃんといた?」
あたしは、さっきまでの出来事を説明した。
「将棋仮面? 来年の御面ライダーシリーズは、将棋がテーマなの?」
早乙女とおなじこと言ってるな……呆れ。
「ただの変質者ですよ」
そう言い切ったあたしの横で、早乙女が口をはさんだ。
「ただの変質者じゃないわ。将棋が強い変質者よ」
「変質者に違いはないだろ」
早乙女は、あたしの突っ込みを無視した。師匠のほうへ向きなおる。
「外見からして、高校生だったと思います」
「高校生? だれかのイタズラかな?」
「心当たりはありませんか? 中国地方の強豪は会場内にいましたし、四国地方の男子ではなかったと思います。近畿や九州の県代表も知っていますが、該当者はいません」
なんだなんだ、顔が広いっていう自慢話かぁ。
そういうのは激しく突っ込んでいくからなぁ。
「おまえの交遊範囲なんて、たかが知れてるだろ」
「あら、捨神先輩や私クラスの高校強豪が、全国に何百人もいるの?」
あたしは、チッと舌打ちをした。
同時に、分かったことがある。早乙女は、将棋仮面の実力を高く買っているようだ。
自分と比較するのはいいけど、師匠と比較して欲しくないよなぁ、あんな変態。
そう思ったあたしとは裏腹に、師匠は興味津々の様子だった。
「え? ほんとに? 早乙女さんクラスなの?」
「目隠し将棋では優勢になりましたが、相手も本調子ではないように感じました」
「おまえがそう思っただけなんじゃねぇの?」
「不破さんレベルなら、あの将棋仮面がタダ者じゃないって分かるはずだけど」
ぐッ、反論できない。
あたしは、師匠のほうを見た。
「ま、そういう変態がいたってだけの話ですよ……師匠?」
師匠は、えらくマジメな顔で考え込んでいた。
「師匠、どうしました?」
あたしの声に、師匠はハッとなった。
「あ、うん……ちょっと昔のことを思い出してたんだ」
「昔のこと?」
「御面ライダーシリーズが大好きな、将棋の強い男の子だよ」
あたしと早乙女は、おたがいに顔を見合わせた。
続きを催促したのは、早乙女だった。
「その男の子は今、何歳ですか?」
「もし生きてるなら、僕や御城くんとおなじじゃないかな」
ふぅん、年齢は合ってるな……ん? 今、なんて言った?
早乙女も敏感に反応した。
「『もし生きてるなら』……というのは?」
師匠は、ちょっといい間違えたかのように、両手をあげた。
「ごめんごめん。死んでるって決まったわけじゃないよ」
「決まってないだけで、可能性はあるということでしょうか?」
「その子はね、小学校の高学年でいなくなっちゃったんだ」
「いなくなった、とは? 誘拐ですか?」
「そういう物騒な話じゃないよ。将棋の大会に来なくなっちゃっただけ」
早乙女は納得しかねたのか、髪をなでて視線をそらした。
「そのお話、くわしく伺いたいです」
「おいおい、早乙女、師匠も疲れてるだろ。市内に遊びに行こうぜ」
それに彼女連れだしなぁ、師匠。
「アハッ、みんなでお昼ご飯にしようか」
師匠は、六連や西野辺先輩、桐野先輩もさそった。
「あ、いいねぇ、ランチランチ」
「腹が減ってはいくさができないのですぅ」
西野辺先輩と桐野先輩は、あっさり了承した。六連もOKしつつ、
「1、2、3、4、5、6、7……けっこういますね。予約なしで入れるかどうか」
と危ぶんだ。
「お腹いっぱい食べるわけじゃないんだし、そこらへんの喫茶店でもいいでしょ」
と西野辺先輩。
「ふえぇ、お花はお腹いっぱい食べたいのですぅ」
「お花お姉ぇ、朝もいっぱい食べたって言ってなかった? 太るよ?」
「えへへぇ、お花は太らないのですぅ」
ぐだぐだになってきた。さっさと決めようぜ。
あたしは、地元の人間に声をかけた。
「H島市内は西野辺先輩が一番詳しいんじゃないですか?」
「んー、お店は知ってるけど、女子高生が行くようなところばっかりだよ」
チッ、役に立たねぇな。ソールズベリーはさっさと共学にしろ、共学に。
ここで、六連が口をひらいた。
「僕がよく使っているお店があります。そこはどうですか?」
「アハッ、いいね。でも、予約なしに行って大丈夫?」
「僕は常連ですから、ムリを言えば詰めてくれると思います」
よっしゃ、六連ナイス。飯をくいに行くぞーッ!
○
。
.
壁にならべられたイラスト付きのカード。
カシャカシャパチパチというプラスチック音。
小学生から社会人まで、ごちゃごちゃな空間。
「おまえ、ここカードショップじゃねぇか」
あたしは、お冷やでテーブルをドンとたたいた。
「兼、軽食屋だよ。ランチも食べられる」
六連は、なにげない顔で水を飲んだ。さっきから、周囲の視線を感じる。
「昴先輩が来てる。だれかサインもらいに行けよ」
「周りにいる連中はなんだ? 女もいるぞ?」
こいつ、けっこう有名人なんだな。カードでも県代表だったか。
あたしたちはメニューを見て、てきとうに頼んだ。
「カレーとかラーメンはないのか?」
「匂いがつくものは、おいてないよ。カードショップだからね」
「じゃあ、ハムサンド、コーヒーセットで」
「アハッ、僕もそれにするよ。飛瀬さんは、なにがいい?」
「うーん……」
飛瀬は、メニューの一角をゆびさした。
「この『おからケーキ』って、なに……? デザート……?」
「なんだろうね。不破さん、知ってる?」
師匠も知らないのか。あいかわらず世間知らずだよなあ。
毎日カップラーメンばっか食べてるから、そうなるんだぞ。
「おからケーキっていうのは、ホットケーキのタネにおからをぶちこんだやつですよ」
「おからってなに……? 私、食べたことない……」
うっそだろ、と思ったが、イギリス帰りなら、なくても変じゃないな。
「豆腐を作ったあとで、余ったものです」
「お豆腐……私、お豆腐好きだから、これにするね……」
「飛瀬先輩、豆腐好きなんですか?」
「うん……地球の食べ物のなかでも、とりわけ柔らかい……」
「はいはい……おーい、注文」
三十前後の店長がきて、注文をとってくれた。
「昴くん、今日はどういうメンバーなの?」
「将棋トモダチです」
「ああ、将棋始めたんだっけ。人数多いし、そろうまで時間かかるよ」
「かまいません。できたものから持って来てください」
メニューを待つあいだ、あたしたちはさっきの話の続きを始めた。
「で、師匠、御面ライダー好きの小学生は、どうなったんですか?」
「あ、うーんとね、ものすごく簡単に言うと、いなくなったんだよ」
「どういなくなったんです? この世から消えたとか?」
「それがね、だれも知らないんだ」
「なるほど、神隠し……って、師匠、あんまりからかわないでください」
師匠は、両手を振って否定した。
「からかってるわけじゃないよ。小学5年生のとき、大会に来なくなって、そのままらしいんだ。一説には引っ越したらしいけど、それなら引っ越し先で将棋を続ければいいだけだよね。将棋をやめちゃったんじゃないかな」
死んだ可能性もあると思うが……師匠も病気がちだし、このネタはNGだ。
「そいつが高校生になって、将棋を再開したってわけですか?」
「将棋仮面とその子が同一人物とは、ひとことも言ってないよ。ただ思い出しただけ」
そういう曖昧な言い回し、やめて欲しいんだけどね……っと、飯がきた。
大人数なときは、早めにできそうなものを頼むのが正解だよなぁ。
あたしは皿を受け取って、さっそくパクついた。
「……まあまあだな。カードショップにしては美味いんじゃないか」
「不破さんって、ほんと率直に感想を言うよね」
六連は、澄まし顔でそうつぶやいた。
こいつも大概だと思うがなぁ。こうみえて、けっこうKYなんだよね。
「ところで、師匠、どういう内容の説明会だったんですか?」
特に内容はなかったと、師匠は答えた。
「スタッフの紹介と役員紹介があって、それから、スケジュールの説明、ルールの説明、当日の選手宣誓のうちあわせ、細かい質問タイムがあったよ」
抜けて正解だったな。あたしはハムサンドをたいらげて、手をはたいた。
「どうです。これだけの面子がそろってるんですし、一局……」
「そのまえに、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」
宇宙人は、いきなりそう発言した。
あたしはテーブルに寄りかかって、
「変な質問はダメですよ」
と釘を刺した。
「変な質問って……?」
「宇宙とか地球とかが出てくるのは、全部ダメです」
「大丈夫……今回は関係ないから……」
飛瀬はそう言って、六連のほうへ向きなおった。
「六連くんは、カードゲームが得意なんだよね……?」
「カードゲームというのは、語弊があります。トレーディングカードゲームです」
「それは、TRPGといっしょ……?」
六連はツバ付き帽子をかぶりなおして、しばらく熟考した。
「むずかしい質問ですね……RPGを『なりきりゲーム』としてとらえるなら、トレカもTRPGの一種だと思います。世界観が存在していて、プレイヤーはそのなかに位置付けられるわけですから……でも、どうしてそんな質問を?」
「じつはね……」
飛瀬は、市立でおこなわれている、部室争奪戦について語った。
TRPG同好会と将棋部で勝負して、勝ったほうが新しい部室をもらえる、と。
これには、六連がしぶい顔をした。
「TRPG専門のサークルとTRPGで勝負? ……負けますよ、それは」
「やっぱり……?」
「どのタイトルを選ぶのかは知りませんが、TRPGはれっきとしたゲームです。素人が玄人に勝てるようにはなっていません。サイコロを振るので、将棋よりは運要素もありますが、実力差を埋めるほどではないです」
「うーん……玄人と言っても、高校生の集団なんだけど……」
「高校生だから弱いというのは、ゲームの世界では通用しませんよ」
「だけど、全部の高校が強いわけじゃないよね……?」
「まあ、それは正論です」
六連は、椅子越しにうしろをふりかえった。
そして、眼鏡をかけた出っ歯の少年に声を呼び出した。
「おーい、丸亀」
丸亀と呼ばれた少年は、カードを持ったまま、こちらを睨んだ。
「なんだ?」
「おまえ、TRPGもやってたよな?」
「ああ……だからどうした? 教えて欲しいのか?」
「うん」
丸亀は、ヒューと口笛を吹いた。
「俺が六連に教えるがわとは、おどろいたね」
「僕じゃなくて、こっちの先輩に教えて欲しい」
丸亀は、六連の示したほうをみて、二度おどろいた。
「女にTRPGを教えるのか……生まれて初めてだ」
なんだよ、そのコメント。
丸亀は対戦相手にことわって、席を立った。
飲食スペースにやってきて、六連の横に腰をおろした。
「で、なにを教えて欲しいんですか?」
「駒桜市立のTRPG同好会って、強い……?」
丸亀は、眼鏡の奥で眉をもちあげた。
「たまげましたね……めちゃくちゃ強いですよ」
「え……そうなの……?」
丸亀は、テーブルに両ひじをついて、手を組み合わせた。猫背になる。
「駒桜市立は、去年頃から急激に頭角をあらわしてきた学校です。代表者は県内の大会で優勝してますし、チームも全国でかなりいいところまでいきました」
「代表者って、坂下くん……?」
「えぇ、たしかそういう名前でしたね」
飛瀬は、視線を横にながした。どこか納得したような顔だ。
「だんだん分かってきたかな……」
「しかし、坂下が生徒会長だとは知りませんでした。今年度からですか?」
「うん……部室の勝負も、坂下くんから言ってきた……」
この話を聞いて、師匠の顔が若干青くなった。
「も、もしかして、飛瀬さんのこと狙ってるんじゃないかな?」
「考え過ぎですよ、師匠。どうせオタクの暴走です」
そう言ったとたん、丸亀が反論した。
「坂下は、そこそこイケメンだよ。かわいい系」
「マジか? オタク基準でイケメン・カワイイとか言ってんじゃないだろうな?」
「きみ、口が悪いね。そんなに疑うなら、見に行けば?」
あたしは椅子にもたれかかって、腕組みをした。
「とにかく、TRPG同好会がTRPG勝負を言い出すとか、アホでしょ」
「アホでも受けちゃったからね……正式に返答したし……」
「飛瀬先輩は、もうちょっと常識を身につけたほうがいいですよ。だいたい……」
その瞬間、ピンとコインを弾く音がした。
あたしたちは、一斉に六連のほうへ顔をむけた。
「それじゃ、ひとつ練習しましょうか……この面子で」




