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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第24局 日日杯への道/中国勢編(前編)(2015年6月13日土曜)
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242手目 数学少女と将棋仮面

「これより、第10回日日にちにち杯の開催に先立ち、説明会をおこないます」

 司会のおっさんは、マイクを囃子原はやしばらに渡した。

 囃子原は、エラそうに咳払いした。

「諸君、おはよう。囃子原はやしばら礼音れおんだ」

 会場にいた面子は、一斉に私語をやめた。

 このあたりは、あいつの貫禄だよな。金も出してる。

「今日はせっかくの週末に、集まってくれて感謝している。まずは挨拶を、と言いたいところだが、僕もO山の県代表。選手としてここにいる。本格的な説明は、スタッフを提供してくれた高校将棋連盟H島支部幹事、月代つきしろ晶子あきこくんに任せたい」

 バカデカいポニーテールの女が出てきた。

「えー、H島支部幹事の月代です。本日はお集りいただきまして、まことにありがとうございます。これから日日杯の日程、ルール、注意事項などを説明しますが、そのまえにスタッフのメンバーを紹介させていただきます。まず、日日杯の臨時幹事として、修身しゅうしん高校1年生の並木なみきとおるくん、おなじく1年生で七日市なのかいち高校に在籍の正力しょうりき安奈あんなさん。次に、県内各ブロックの代表として……」

 ふわぁ……眠い。

 こんなの訊く必要ねぇんだよなぁ。

 あたしの名前も入ってるし。

「師匠、席はずしていいですか?」

「トイレ?」

 煙草吸ってきます……とは言えないか。喫煙コーナーには人がいる。

「そのへんぶらぶらしてきます」

「あんまり遠くへ行かないようにね」

「小学生じゃないんですから。師匠こそ、迷子にならないでくださいよ」

 ポケットに手を突っ込んで、あたしはホールを出た。

 100万都市の町並みが、廊下のガラス越しに一望できる。H島城のそばなんだな。

「ぶらぶらするとは言ってみたものの……やることねぇな」

かえでさん」

 うわっ、びっくりした。

早乙女さおとめか……いきなり声をかけるなよ」

「いきなり肩を叩けばいいの? 名前を呼ぶほうが安全だと思うのだけど?」

 あいかわらずの屁理屈野郎だな。

「おまえは県代表だろ? 抜けてもいいのか?」

「スタッフの紹介は聞いてもしょうがないし、日日杯のスケジュールは、伊代いよさんからだいたい教えてもらっているわ」

「いよ? ……ああ、E媛の伊代か。先週は、あいつも来てたのか?」

「ええ、カァプの応援をしてくれたわ」

 そんなことはどうでもいいだろ。

 あたしは呆れつつ、飴玉を交換した。

「つっても、ここじゃすることないぜ?」

「私は、飛瀬とびせ先輩から教えてもらった証明について考えたいわ」

 ん? 飛瀬のやつ、早乙女にちゃんと数学教えられたのか?

「そいつは驚きだな。おまえの数学力を下方修正する必要がある」

「きっと数学のよくできるフレンズなのね。尊敬しちゃう」

 こいつ、ほんとに馬耳ばじ東風とうふうだな。

 せっかくいじってやったんだから、もうちょっと反発しろよ。

「どうする? 単なる説明会っぽいし、あたしは喫茶店に寄りたいんだけど」

 早乙女は、腰まであるロングの髪をふわりとさせた。

「そうね……将棋でも指さない?」

「あ? ……おまえ、ケンカ売ってるのか?」

「将棋指しがふたりいて将棋を指すと、ケンカになるの?」

 こいつ……このまえあんなことがあって、よくそういう誘い方ができるな。

 まあ、あれはあたしも大人げなかったが……どうしたもんか。

「盤がないだろ?」

「あるわよ」

 早乙女は、制服のポケットから折り畳み式のマグネット盤をとりだした。

「それかぁ。それあんまり好きじゃないんだよなぁ」

「目隠しでもいいわ。数学的思考において、必要なのは理性だけよ」

「おまえと目隠しは、やりたくないね。こう見えても、うぬぼれちゃいない」

 あたしはマグネット盤をうけとって、てきとうに座る場所をさがした。

「お、ちょうどいい。そこのソファーで……ん?」

 数メートル手前で、あたしたちは足をとめた。

 先客がいたからだ――特撮キャラのお面をかぶった先客が。

「……早乙女、ちょっとフロアを変えないか?」

「あら、あれって日曜朝の7時にやってる、御面おめんライダー幽玄ゆうげんじゃない?」

 早乙女の声につられて、先客は顔をあげた。バカ野郎ぉ。

「なんだ? 俺に用か?」

 御面ライダーは、滑舌かつぜつのいい澄んだ声で、そうたずねた。

 これは意外だった。見た目が変だもんな。

「もういちど訊く。俺に用か?」

「べつに……」

「御面ライダーの撮影会でもしているのですか?」

 だーッ、早乙女、いちいち会話のきっかけを作るなよ。

 あたしは今すぐこの場から逃げたいんだ。ジーパンに白いTシャツだし、このホテルの宿泊客には見えない。っていうか、特撮のコスプレしてる時点でヤバい。

「いや、本を読んでいるだけだ」

「本? ……私には、詰めパラを解いているようにみえますが」

 早乙女の指摘に、あたしはオヤっとなった。

 言われてみると、表紙にはたしかに詰めパラと書いてあった。

「おまえ……日日杯の関係者か?」

 あたしは、おっかなびっくり尋ねてみた。

「俺か? 俺は将棋仮面だ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「早乙女、ここは危険だ。ホールにもどろう」

「将棋仮面? 来年の御面ライダーシリーズは、将棋がテーマなのですか?」

 会話のきっかけを作るなって言ってるだろうがーッ!

 あたしは、早乙女の肩をひっぱった。だけど、早乙女はその場を動こうとしない。

 どうする? あたしだけ逃げるか?

 早乙女なら、案外数学でなんとかして……できるわけないか。

 将棋仮面はソファーから腰をあげた。あたしは身構える。

「や、やるのか?」

「休憩だ」

 将棋仮面は、腕時計を確認した。銀色に黒革のブランド品だった。

「まだ30分ほどあるな……おい」

 将棋仮面(という名の変質者)は、あたしたちに声をかけた。

「おまえたち、将棋が指せるな」

「さあ……」

「はい、指せます」

「30分なら、目隠し将棋30秒で1局ってところか」

「早乙女、ホールへもどるぞ」

「30秒はギリギリです。20秒では?」

 あたしは、早乙女の胸ぐらをつかんだ。

「早乙女ぇ! さっさとずらかるぞッ!」

「楓さん、落ち着いて。持ち時間の交渉をしているのよ」

「初対面の変質者と交渉するやつがあるかッ!」

 あたしは将棋仮面をゆびさして、思いっきりにらみつけた。

 すると、将棋仮面はさも平然としたようすで、

「すまない。不快にさせたのなら謝ろう。俺はウォーミングアップを必要としている」

 と返してきた。

「ウォーミングアップぅ?」

「そうだ。このあと、将棋を指しに行く」

 なにを言っているのか、意味が分からなかった。

 混乱した拍子に、早乙女はあたしの腕をふりほどいて、一歩まえに出た。

「では、私がお相手しましょう」

「それは助かる……先後は?」

「おゆずりします」

 将棋仮面は、「ふむ」と声をもらした。

「本来なら振り駒だが、スケジュールも押している。レディファーストだ」

「では、お言葉に甘えて7六歩」

「3四歩」

 2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金、2四歩。

 こ、こいつら、マジで目隠し将棋を始めやがったッ! アホだろッ!

「このスピード、30秒でも良かっただろうに……同歩」

「同飛」

「8六歩」

 同歩、同飛、3四飛、3三角、3六飛、8四飛、2六飛、2二銀。

「おさめます。8七歩」


挿絵(By みてみん)


 早乙女は8七に打つかたちを選択した。

 将棋仮面のほうは8四飛型か……こいつ、ただの変質者じゃないな。

 いくら序盤とはいえ、目隠し将棋で符号があっさり出てくる素人はいない。

「5二玉」

 この手に、早乙女は小考した。

 将棋仮面は腕時計をはずして、あたしのほうに向かって投げた。

 かるくキャッチする。

「20秒計ってくれ」

「チッ、あたしは秒読み係じゃないんだけどな……」

 とはいえ、習性で計っちまう。

「10秒、1、2、3、4、5」

「5八玉」

「7二銀だ」


挿絵(By みてみん)


 へぇ、片美濃か。最近よく見るかたちだ。

 3八銀、7四歩、3六歩、7五歩、3五歩、7六歩。

 あたしは、ヒューと口笛を吹いた。

「おたがいに過激だねぇ」

「楓さん、秒読みはしっかり」

「分かってるって……10秒、1、2、3、4、5、6、7」

「3七桂」

 7六飛とは、取らなかったか。

 振り飛党のあたしにはよく分からないけど、なにか意味があるんだろう。

 将棋仮面も、こくりと首をたてに振った。

「俺のほうは動く手がないというわけか……やるな」

「あなたこそ、タダ者ではありませんね。どこかの県代表ですか?」

 ん? その可能性、ぜんぜん考えなかったが、アリだぞ。大アリだ。

 日日杯関係者なんじゃねぇか?

「楓さん、秒読み」

「おっと、わりぃ。15秒、16、17、18」

「8二歩」


挿絵(By みてみん)


 渋い手だ。おそらくは2四飛とぶつける準備。

 その代償として、後手は逃げ道が減った。

「7六飛」

「2四飛」

「2五歩……さあ、どこに逃げますか?」

「もちろん中央だ。5四飛」


挿絵(By みてみん)


 細かくて、すぐには理解できないな。

 7六飛は歩を払った手だが、2四飛は2五歩とわざと打たせたか?

 ここで角交換をすれば、2八角がある。後手に選択肢が多い。

「7七桂」

 案の定、早乙女は角交換を避けた。

 数学の女王と互角に指してるこのお面野郎、何者だぁ?

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