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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第22・10局 日日杯への道/吉良
243/686

231手目 それぞれの日曜日

「んもぉ、あいつ、マジでムカつく」

 スマホで地図を確認しながら、早紀さきお姉ちゃんはぶつくさつぶやいた。

 山陽本線で、O道へ向かう途中だった。

 各駅停車の、なんとも古い車両。でも、こういうほうが安心するかな。

「お姉ちゃん、なんだかんだでMINE交換してたじゃん」

「『俺と再戦するのが怖いんだなッ!』なんて言われたら、交換するしかないじゃん」

 いやあ、どうだろ。あの、えーと……新巻あらまきくんか。新巻くんは、なかなかイケメンだったし、面食いのお姉ちゃんとしては、ストックしておきたかったんじゃないかなあ。双子の妹だから、なんとなく分かるよ。

 

 コナタ 。o O(起きてるか〜?)


 サキ 。o O(寝てる)


 コナタ 。o O(ウソをつくなッ! さっさと再戦しろッ!)


 サキ 。o O(死ね)


 やれやれ、お姉ちゃんも頑固だなあ。

 せっかくのH島観光なんだから、楽しまなきゃ。

 目指すは、O道ラーメン。実家は、うどん屋だけどね。


  ○

   。

    .


 荷物をまとめて、忘れ物がないか確認。

 うしろで兄さんが、やたらとタメ息をついています。

れつ、もう帰るのか?」

「うん、夏休みでもなんでもないからね」

 この、ちょっと怖そうな男子は、僕の兄さん、石鉄いしづちりょうです。

「残念だな……ひさしぶりに兄弟水入らずなんだから、ゆっくりしていけよ」

「ごめんね、母さんたちにも、早く帰るって言ってあるから」

 このあと、彼女とデートがあるとは言えません。

 涼兄さんには、なんだか申しわけないです。

「そうか……母さんたちにも、よろしく言っといてくれ。夏休みには帰る」

 男同士の熱いハグ。

「帰りは船か?」

「うん、電車で観光しながら帰るのは、さすがに時間がないから」

 二階堂にかいどうさんたちみたいに、山陽本線からそのまま乗り換えられればいいんですけど。

「気をつけて帰れよ」


 コンコンコン


 ノックの音――兄さんがドアを開けると、並木なみきくんが顔をのぞかせました。

「石鉄先輩、おはようございます……あ、烈くんも、やっぱりいたんだね」

「ん? 並木、俺の弟が来てること、どこで知ったんだ?」

「昨日、街で会ったんです」

 なんだか、不穏な会い方でしたよね。もっと平和なシチュエーションを望みます。

 並木くんは、どうやら僕の見送りに来てくれたみたいでした。

「あんまり話ができなかったけど、楽しかったよ。また8月に会おうね」

「こちらこそ、知らない場所で親切にしてくれて、ありがとう」

 握手。

「ところで、昨日会った女の子は、べつの場所に泊まってるの?」

「ん? 烈、『女の子』ってなんだ?」

「あ、フェリーの時間だ。もう行かなくちゃ」

 それでは皆さん、ごきげんよう。


  ○

   。

    .


「うぅ、怖かったじょ」

 すみれちゃんは、半べそになりながら、僕の袖に抱きついてきた。

 平和記念資料館は、ちょっと刺激が強過ぎたかな。

「よしよし、今度は、べつのところに行こうね」

「先輩、ちょっと休憩しませんか?」

 ベースを担いだ多喜たきくんが、そう提案した。このあたりの地理は不案内だから、彼に協力してもらっている。駒込こまごめくんって子は、「めんどくさい」とか言って来なかった。

 僕らは、平和記念公園の敷地を出て、カフェテリアに入った。ここはどうやら、川に囲まれた中洲なかすみたいだね。どちらのサイドにも橋があるから。

 僕はコーヒー、多喜くんはアイスティー、すみれちゃんはココアを注文した。

 すぐにメニューが出てきて、僕らはひとときの休息を楽しむ。春休みかなにかと、勘違いしちゃうね。明日、ちゃんと起きられるかなあ。

鳴門なると先輩と那賀なが先輩は、どうやって帰るんですか? 電車ですか?」

「んー、H島観光したあと、囃子原はやしばらグループのヘリで送ってもらうよ」

「ヘリって、これまた凄いですね。囃子原先輩、やっぱりお金持ちなんだなあ」

 お金持ちってレベルじゃないから。日本五大グループの御曹司だよ。

「それだけお金持ちなら、うちのバンドのスポンサーになってくれませんかね?」

「いやあ、どうだろ。投資はシビアだよ」

「そう言わずに、頼んでみてください。当たって砕けろです」

 ハハハ、まるで、多喜くんの将棋みたいだね。

 僕がそんなことを思っていると、すみれちゃんは、

「ところで、平和記念資料館にいたメイドさん、なんだったんだじょ?」

 とたずねてきた。僕は、なんのことか分からなくて、

「メイドさんって、なに?」

 とたずね返した。

「すみれたちのうしろに、メイド服を着た女のひとが立ってたじょ」

「え? いたっけ? ……多喜くん、覚えてる?」

「全然。そんなひと、いなかったと思いますけど」

 すみれちゃんは、青くなった。

「ぜ、絶対にいたじょッ! すみれを怖がらせようとしても、ダメだじょッ!」

 いやいや、見間違いだよ。幽霊メイドさんだなんて、ねぇ。


  ○

   。

    .


「じゃじゃーん」

 私は、一枚のタオルケットを広げてみせた。

「見てください。高増たかまし監督のサイン入り限定タオルですよ……って、ちょッ! なに燃やそうとしてるんですかッ!」

 早乙女さおとめさんの手から、私はライターをとりあげた。

 まったく、放火ですよ、放火。重罪です。

「ダメよ、こんな呪いのアイテム。回心できなくなるわ」

「いやいやいや、回心するのは、早乙女さん、あなたです」

「くッ……巨神きょしんの応援をするくらいなら、この場で舌を噛み切ってやる……」

「球界の盟主に、なんてこと言うんですか」

「なにが球界の盟主よ。ただの金満球団じゃない」

 まったく、分かってませんねぇ。

 数学館すうがくかんの寮までもどって来てあげたのに、それはないでしょう。

 私はせつせつと、巨神軍の素晴らしさを説いた。

「み、耳がけがれる」

「いえいえ、早乙女さん、あなたも優勝のよろこびを分かち合いましょう」

 私がそう言った途端、早乙女さんは立ち上がって、勉強机に向かった。鍵のかかった引き出しを開けて、中から紙の束を取り出した。数式がびっしり書かれていた。

「なんですか? 数学のお勉強ですか?」

「これは、非線形シュレディンガー方程式に、現時点での球界のもろもろのデータを入れたあと、独自な変数で確率微分方程式に変換した来年度の拡散過程よ」

「???」

「ようするに、来年度における各チームの優勝確率を求めてみたの」

 えぇ……ありえな〜い。

 で、でも、早乙女さんの数学的才能なら、もしや。

「じゃあ、どこが優勝しそうなんですか?」

 早乙女さんは、フッと笑った。

「86.9%の確率で、カァプがセリーグを制覇するわ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 くすくすくす

「なにがおかしいの?」

「2016年度の優勝候補がカァプ? ありえないですよ……いて」

 早乙女さんは、カァプのメガホンで、私の頭をぽかりとやった。

 私も、巨神のメガホンで、ぽかりとやり返す。

宇和島うわじまさん、実力行使は卑怯よ。理性を使いなさい」

「そっちが先に殴ったんじゃないですか、えいッ!」

「くッ! かくなるうえは、正当防衛ッ!」

「あ、こっちも正当防衛ですよッ!」

 激烈なメガホンちゃんばら。

 ジャイアントファンの名誉に賭けて、負けませんよ。

 巨神軍は、永遠に不滅で〜す!


  ○

   。

    .


 う〜ん……う〜ん……ベットでのたうち回る僕に、阿南あなんくんが薬を持ってきてくれた。

「どう? 治った?」

「全然……」

 お腹が痛い。あのチーズケーキ、腐ってたのかなぁ。変な味がしたから、用心して食べなければよかった……とはいえ、阿南くんはお腹を壊してないし、べつの可能性も……。


 ニャ〜

 

 猫が鳴いた。ベットの片隅から、白黒のぶち猫が顔をのぞかせた。

「あ、阿南くん、ホテルに連れ込んだらマズいよ」

「え〜、かわいいじゃん」

 阿南くんは猫を抱き上げて、頭をなでてやった。

「あのスイーツ店を出てから、ずっとついて来るんだよね。阿南あなん是靖これやす、動物にもモテモテみたいだ。アハハハ」

 阿南くん、人間の彼女いたっけかなあ……いたたた……また腹痛が……。

「パティシエの長尾ながおあきらが食中毒って、結構洒落にならないよね。地元の週刊誌に、リークしちゃおうかな。彰は、関西では有名人みたいだから」

 やめてくれぇ。ブランドに傷がつくぅ……いたたた……はやく、はやく薬を……。


  ○

   。

    .


 遥かな雲海を望んで、心もまた明鏡止水。

 拙僧、しぃちゃんと一緒に、中国地方最高峰の大山だいせんにやって参りました。

「さすがは日本百名山。見晴らしがよいですね」

「左様。修行にもおあつらえむきだ」

 しぃちゃんは、そばにある岩のうえで腕組みをして、そう答えました。

 忍者さんたちは、1700メートルを駆け上がって、足腰を鍛えるのですね。

「ぜぇ……ぜぇ……もう限界っす……」

 スケ番姿の雨宮あまみやさんは、ひざに手をついて、肩で息をしました。

「ぜんそくで登山は、体によくないのではありませんか?」

「いや……まあ……空気がいいかな、と……ふぅ……」

 ムリは禁物です。修行と健康の兼ね合いを。

 とはいえ、途中からしぃちゃんがおぶっていましたが。

「さすがに大山からでも、四国は見えませんか」

「海沿いでなければ、難しい。それも、よほど天気がよくないとな」

 瀬戸内海を挟んでいるだけですから、もっとよく見えるかと思ったのですが、そうでもないのですね。私は東西を見渡し、植生や山の品格なども味わいました。山の品格、すなわち山格というのは、『日本百名山』を著した登山家、深田ふかだ久弥きゅうやの言葉です。

「杞憂かもしれぬが、ひぃちゃんは山登りなどしていて、よいのか」

「と、言いますと?」

 しぃちゃんは岩から跳躍して、すたりと私の目の前に飛び降りました。

日日にちにち杯の準備はしなくてよいのか、という意味だ」

「二日ほどの休養で、優劣は変わらないと思います」

 拙僧の返事に、しぃちゃんは、やや不満そうでした。

「拙者は、ひぃちゃんに優勝して欲しい」

「それは、拙僧の実力を見込んでのことですか? それとも……」

 しぃちゃんは、ふたたび腕組みをして、フッと笑いました。

「もちろん、女の友情に賭けてだ」

「……拙僧、しぃちゃんを友人に持てて、ほんとに良かったと思います」

 がっしりと、女同士の友情ハグ。

「あの……神崎かんざき先輩たちって、そういう関係だったっんすか?」

 む、聞き捨てなりません。

「そういう、とは?」

「いや……なんつーか……その……」

「雨宮さん、拙僧としぃちゃんの友情があやしいものに見えるなら、それはあなたの心が穢れているからです……成仏させてさしあげましょう」

「なんと、ひぃちゃんに成仏させられるとは……忍者の拷問よりも恐ろしい……」

「え? え? な、なにが始まるんですか? ……うわぁあああああああ!?」

 それでは皆さん、日日杯で、お会い致しましょう。南無三。

ここまでお読みいただき、まことにありがとうございました。

本作は、これから日日杯を山場にそえて、盛り上げて行こうと思います。

というわけで、本作の冒頭に「プロローグ」を挿入し、

日日杯の1局目を、香子ちゃん視点で書くことにしました。

来週からは、最新話ではなく、作品の1話目をご覧ください。


なお、途中挿入は章立ての修正が必要なので、

月曜と金曜の7時ではなく、日曜と木曜の深夜に投稿する予定です。


部室争奪戦や中国地方勢の紹介もおこなっていきますので、

今後とも、よろしくお願いいたします。

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