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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第22・8局 日日杯への道/那賀・鳴門
239/686

227手目 阿波弁少女にバンドマン

※ここから、駒込歩夢くん視点です。

挿絵(By みてみん)


 うーん……これは、むずかしいな。他のひとの意見も、訊いてみよう。

多喜たきくんなら、ここからどう指す?」

「Alas, my love, you do me wrong♪」

「多喜くん?」

「To cast me off discourteously♪」

 将棋部の部室で、楽器なんか引いちゃダメだよ。しょうがないなあ。

 僕は席を立って、スピーカーのコンセントを抜いた。

「For I have……あれ?」

 多喜くんはヘッドフォンを外して、あたりを見回した。

「あ、駒込こまごめ先輩、コンセントを抜かないでくださいよ」

 抜くよ。二中にちゅう将棋部の部室は、将棋を指すスペースだからね。

 このちょっと茶髪にした、いかにもバンドマンっぽい少年は、多喜くん。

 中学3年生で、僕はそのOBにあたる。見ての通り、大の楽器好き。音楽好き。でも、姉さんと同じくらい将棋バカでもある。僕は将棋バカじゃないよ。

「駒込先輩も、なにか楽器始めませんか。ドラムとか、どうです?」

「僕は将棋しか興味ないから」

「えぇ……」

 えぇ、じゃないよ。ほらほら、この局面を考えるんだ。

 多喜くんは肩にベースをかけたまま、検討を始めた。

「むずかしいですね……こうして、ああして……」


 コンコン

 

 おっと、ノックだ。ノックは3回だよ。

「だれ?」

鳴門なるとだよ。多喜くん、いる?」

 僕が返事をするまえに、多喜くんはテーブルの端から飛び降りた。

 ドアを開けると、肩にヘッドフォンをかけた少年と、純朴そうな少女がひとり。

「こんにちは、お邪魔し……あれ?」

 ヘッドフォンをかけた少年は、僕の顔をみて、オヤっとなった。

「きみは、だれ?」

「僕は、駒込こまごめ歩夢あゆむ。きみこそ、だれ?」

 相手は髪に手を当てて、笑った。

「ごめんごめん、僕のほうが部外者だったね。僕は鳴門なると駿しゅんだよ」

那賀ながすみれだじょ」

 ん、どっちも名前を聞いたことあるな。

「もしかして、四国のひと?」

「そうだよ……きみは、あんまり中学生っぽくないね」

「高校生だから」

「あ、そうなんだ……もしかして、なにか会合でもあった?」

 ないよ。ま、とりあえず入ってもらおう。

 鳴門くん(鳴門先輩だったかな?)と那賀さんは、パイプ椅子に腰をおろした。多喜くんは、持参したビニール袋から、飲み物とお菓子を取り出す。ふたりで食べるには多いと思ったけど、そういうことだったんだね。

「ここは、吹奏楽部かじょ?」

 那賀さんは、室内をきょろきょろ。ま、将棋部には見えないかな。スピーカーとかアンプとかベースとか、そんなものばかりだし。多喜くんが私物化してるからね。

 とはいえ、私物化しても怒られないくらいの実力があるのが、多喜くん。捨神すてがみ先輩と僕の次に強いと思う。不破ふわさんといい勝負かも。

「ハハハ、ここは一応、将棋部だよ。那賀さんも、なにか弾いてみる?」

 多喜くんは、ベースを那賀さんに差し出した。那賀さんは、困ったような顔で、

「すみれは、リコーダーしか吹けないじょ」

 と答えた。

「リコーダーもあるよ」

「うぅ、他人のリコーダーは吹きたくないじょ」

 だよね。多喜くん、あきらめて将棋を指そう。

「ところで、こっちのお兄さんは、多喜くんとどういう関係なんだじょ?」

「僕? 僕はね、多喜くんの師匠だよ」

 ん? 多喜くん、なにか不満かな?

「俺の師匠は、不破先輩ですよ」

「不破さんの師匠は捨神先輩で、捨神先輩の師匠は歩美あゆみ姉さんだろ? 歩美姉さんの師匠は僕だから、僕は多喜くんの大々々師匠だよ」

「えぇ……先輩、いつからお姉さんの師匠になったんですか?」

 昔から。

「な、なんかよく分からないじょ……」

「大丈夫だよ。分からなくても、将棋は指せるから」

 じゃ、将棋を指そうか。盤、駒、チェスクロを用意して、と。

「すみれちゃん、先に指しなよ。僕は多喜くんとバンドの相談があるから」

香宗我部こうそかべ先輩が、指しちゃダメって言ってたじょ?」

「あれは、県代表と指しちゃダメって意味だよ。県代表じゃなきゃいいのさ」

「鳴門先輩、頭いいじょ」

 那賀さんは僕のまえに座って、駒を並べた。

「こう見えても、すみれは強いじょ」

 口調とか語尾で、棋力は判定しないよ。桐野きりの先輩の例もあるし。

 っていうか、この語尾って方言だよね。阿波弁だったかな。

 H島県民が「じゃろ」って言うのと一緒。

「じゃんけんするじょ」

 じゃんけんぽん。僕の勝ち。

「何分でやるじょ?」

「30秒将棋でよくない?」

「すみれ、早指しは苦手だじょ」

 それはよくないなあ。県代表の名が泣くよ。

「1分将棋は?」

「それなら、いいじょ」

 じゃ、飲み物も用意して、お菓子もそばに置いて……準備完了。

「よろしくお願いします」

「よろしくだじょ」

 那賀さんがチェスクロを押して、対局開始。

「あ、言い忘れたけど、僕、今はウルトラ歩夢くんだから、気をつけてね」

「?」

 バイオリズムが絶好調ってやつさ。

 7六歩、3四歩、2六歩。

「4二飛だじょ」


挿絵(By みてみん)


 へぇ、振り飛車党なんだ。

「四国の振り飛車三銃士の実力、見せてやるじょ」

「あとふたりは、だれなの?」

「E媛のみかん先輩と、K川の早紀さきちゃんだじょ」

 ふぅん、そういう情報って、ぺらぺらしゃべっていいのかな。ま、僕は日日にちにち杯でだれが優勝しようと、どうでもいいから構わないけどね。今の対局に集中。

 6八玉、6二玉、7八玉、7二玉、4八銀、8二玉。

 角交換しないんだ。穴熊でもオッケーってことみたい。

 でも、これだけ調子がいいときは、クマる必要性を感じないんだよね。

「9六歩」


挿絵(By みてみん)


「すみれちゃん相手にクマらないのは、いい度胸だじょ。9四歩」

 2五歩、7二銀、3六歩、8八角成、同銀、2二銀。

「もう攻めるよ。2四歩」

「うむむ……速攻はあんまり好きじゃないじょ……同歩」

 僕の同飛に、那賀さんは3一金とした。歩は打たない方針だね。了解。

「3七桂」


挿絵(By みてみん)


 ガンガン行くよ。

「3三銀だじょ」

 これは、2三飛成を誘ってるけど、2二飛、同龍、同銀で無効になる。

「2九飛」

 おとなしく引いておいた。

 4四歩、2四歩、2二歩で、機敏に2筋をへこませる。

「ここから自陣整備、4六歩」

 3二金、4七銀、4一飛、7七銀、4二銀、5六歩、4三銀、6八金。

 さあ、これは先手のほうがバランスがいいよ。後手は、どうするのかな。

「むぐぅ、すみれに駒組み負けさせるとは、なかなかやるじょ。6四歩だじょ」

「ウルトラ歩夢くんだからね。3八金」

「だけど、この一手で全体が引き締まるじょ」

 

挿絵(By みてみん)


 なるほど、これはいい手だ。6四歩が活きてくるし、飛車も復活、と。

 さすがは県代表、面目躍如って感じかな。

「その銀を目標にするね。5九飛」

「うぅん、中飛車は、なんとなくあると思ってたじょ……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

 那賀さんは、7四歩と指した。僕は8六歩と伸ばす。

「そこは振り飛車党的に、あんまり突かれたくないじょ」

 相手のイヤがることをするのが将棋だからね、しょうがないね。

 那賀さんも8四歩と突き返して、僕は6六銀と出た。


挿絵(By みてみん)


「ん? それはなんだじょ?」

 自分で考えよう。

 那賀さんは腕組みをして、うーんとうなった。

「7五歩、同歩、同銀かじょ? それとも、7七桂と跳ねるかじょ?」

 選択肢を絞らないと、時間がなくなるよ。

 

 ピッ

 

 ほらね。

 

 ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6三銀だじょッ!」

「5七銀」

 那賀さんの目が光った。

「それは9筋が薄くなり過ぎだじょ。8三銀だじょ」

 6六歩、7二金、5八銀、7三桂。

 どうやら、玉頭戦に持ち込む気みたいだね。方針としては正しいかな。6六銀〜5七銀の移動で、左が薄くなったのは事実。

「6七銀」

「それは端に備えてないじょ。9二香」


挿絵(By みてみん)


 本性を現したね。地下鉄飛車だ。9筋から殺到するつもりらしい。

「2九飛」

 僕は2筋に飛車をもどった。結構深謀遠慮だよ、これ。

「9一飛だじょッ!」

「7七金」

「ここで金かじょ? なにしたいんだじょ?」

 将棋したい。

「総攻撃ッ! 6五歩だじょッ!」

「はい、8七金」


挿絵(By みてみん)


「そ、そんな端の受け方があるのかじょ?」

「多分ね」

 那賀さんは、ジュースを飲んで一服。成立してないと思ってるね、これは。

「さすがに崩壊すると思うじょ……うーん……うーん……」

 結局、那賀さんは6六歩、同銀右に5四銀とした。端よりも6筋が有効と見たっぽい。

 これは読み筋だから、僕は7七桂と跳ねて、6筋を補強する。

 那賀さんは、また悩んだ。

「桂馬がいなくなったから、端攻めが成立する……じょ?」

 さあ、どうでしょう。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 那賀さんは、ギュッと歩を摘んで6五に置いた。

 読み切ったというより、損にならない手で時間を稼いだ感じだね。

「5七銀」

 僕の銀引きに、また那賀さんは考え込む。

 ちなみに、端攻めは成立していないと思う。9五歩、同歩、同香、同香に同飛は9六香で死ぬから、9四歩、同香と吊り上げる。このとき、同飛と同銀の選択で、同飛は9五歩に同飛と取れないから、同銀が本筋。でも、そこで9六歩と受けておけば、後手は歩切れだからなにもできない。


挿絵(By みてみん)


 (※図は歩夢くんの脳内イメージです。)

 

 というのが、僕の読み。6五歩と打つまえなら、9五歩があるから、別の筋にしないといけなかった。さっき端攻めを見送ったのは、どうだったのかな。感想戦が楽しみ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 あ、これは……端攻めを完全に諦めたっぽい。

 僕は59秒まで考えて、6四歩と楔を打ち込んだ。

「そこに打たれると、めんどくさいじょ……」

 6三銀と戻れないからね。

 さあ、那賀さん、どうする?

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